第十二章・第三話「羽鳥の過去・奪われた瞬間」
その日は、よく晴れた休日だった。
玲は、兄の部屋の前を通りかかった時、中から聞こえてきた異様な声に、思わず足を止めた。
「――は? なんだこれ、サービス終了……?」
困惑した声に続いて、呆然としたような、重い沈黙が部屋の中に広がっていくのが分かった。普段なら気にも留めないような、ドア越しのその空気の変化に、玲は妙な胸騒ぎを覚えた。
「兄ちゃん、どうした――」
不安を覚え、玲は思わずノックもそこそこにドアを開けた。
そこにいたのは、モニターの前で、まるで時が止まったかのように固まっている兄の姿だった。普段は姿勢よく椅子に座る蓮が、今は背を丸め、両手をだらりと膝の上に落としたまま、画面を見つめ続けている。
「蓮兄ちゃん……?」
声をかけても、反応がない。玲はおそるおそる、部屋に足を踏み入れ、モニターを覗き込んだ。そこには、ゲームの終了を告げる、無機質な告知文が表示されていた。
〈本タイトルは、本エンディングをもってサービスを終了いたします〉
その一文の下には、兄が何年もかけて準備してきたはずの、最高難度クエストへの挑戦ボタンが、虚しくグレーアウトして表示されていた。
後になって、玲は事情を知ることになる。あの日、誰かが「真エンドコンテンツ」をクリアしたことで、ゲームは突如サービスを終了した。そして、兄が何年もかけて準備してきた最高難度クエストへの挑戦は、開始されることすらなく、永遠に失われてしまったのだ。
「……全部、終わったのか」
ようやく絞り出された兄の声は、玲がこれまで聞いたことのないほど、空虚なものだった。感情という感情が、すべて抜け落ちてしまったかのような、乾いた声だった。
「兄ちゃん……」
玲は、かける言葉を見つけられなかった。何年もの時間をかけて築き上げてきたものが、ある日突然、他人の手によって一方的に奪われる。その理不尽さの重みを、玲自身も、まだ正確には理解できていなかった。
その日を境に、蓮の様子は明らかに変わっていった。
仕事から帰っても、以前のように部屋にこもってゲームをすることはない。かといって、何か他のことに打ち込むでもない。ただ、虚ろな目で、何もない時間を過ごすことが増えていった。食卓での会話も、日に日に減っていく。
「兄ちゃん、大丈夫?」
玲が何度声をかけても、返ってくるのは力のない相槌だけだった。かつて誰よりも生き生きと将来を語っていた兄の姿は、もうそこにはなかった。
玲は、その時はまだ知らなかった。この出来事が、兄の人生に、そして自分自身の未来に、どれほど大きな影を落とすことになるのかを。
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