第十二章・第二話「羽鳥の過去・兄の背中」
――羽鳥にとって、兄の存在は、幼い頃からずっと特別だった。
七つ年の離れた兄、羽鳥 蓮。勉強もスポーツも人並み以上にこなし、それでいて驕ることのない性格は、幼い羽鳥――玲にとって、憧れそのものだった。近所の子供たちからも慕われ、頼られる存在だった兄の背中を、玲はいつも少し後ろから追いかけていた。
そんな兄が、唯一熱中していたもの。それが『アステリズム・オンライン』だった。
「見てろよ、玲。俺、絶対このゲームでトップクランの一員になるから」
中学生だった玲は、兄のその言葉を、いつも誇らしげに聞いていた。画面の中で縦横無尽に動き回る兄のキャラクターを眺めながら、いつか自分もあんな風になりたいと、漠然と夢見ていたことを覚えている。
社会人になってからも、蓮のゲームへの情熱は、少しも衰えることがなかった。むしろ、現実での責任が増えるほどに、ゲームの世界への没入度は増していったようにさえ見えた。仕事の合間を縫って、寝る間も惜しんでプレイを続ける兄の姿を、玲はいつも近くで見ていた。
「このゲーム、俺の生きがいなんだ」
ある夜、少し酔った様子で、蓮がそう漏らしたことがある。玲はその言葉を、冗談半分で聞き流していた。だが、今思えば、それは兄の偽らざる本心だったのだろう。
仕事での人間関係に悩み、評価されない日々に疲弊しながらも、蓮にとってゲームの世界は、唯一自分の力を正当に評価してもらえる場所だった。トップクランでの活躍、仲間からの信頼、何年もかけて積み上げてきた実績――それらすべてが、蓮にとっての誇りであり、生きる支えだった。
「もうすぐ、念願の最高難度クエストに挑戦できるんだ」
その日、蓮は誰よりも興奮した様子で、玲にそう語っていた。リビングのテーブルに向かい合って座り、普段はあまり語らない仕事の愚痴さえ忘れたように、嬉々としてその計画を語る兄を、玲は久しぶりに見た気がした。
「何年もかけて準備してきたんだ。パーティメンバーも、装備も、全部整えた。絶対、成功させてみせる」
その瞳には、これまで見たことのないほどの、強い輝きが宿っていた。玲は、そんな兄の姿を、心から誇らしく思っていた。現実で何があっても、兄にはこの場所がある。そのことが、玲にとっても、どこか安心できる事実だった。
――だが、その願いが叶うことは、二度となかった。
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