第五章(後編)「予感」
浅い階層の最奥に近づいた頃、通路が少し開けた空間に差し掛かった。
「ここ、広いね」
「休憩ポイントだ。この先、少しモンスターの密度が上がる」
俺の言葉に、莉世が真剣な表情で頷いた。
「私が先行してもいい?このあたりの敵は、多分私でも対応できるから」
俺は一瞬、迷った。莉世の実力は、掲示板の情報や先ほどの立ち回りから、ある程度把握している。悪くはない。だが――
「油断はするな。何が出るか分からない」
「うん、分かってる」
莉世は短剣を構え直し、先頭に立って歩き出す。その背中を見ながら、俺は僅かな緊張感を覚えていた。何かがおかしい――そんな漠然とした違和感が、頭の片隅にちらついていた。
「なあ、この辺で少し休憩しない?」悠斗が息を切らしながら言う。「俺、まだ慣れてなくて」
「そうだね、ちょっと休もっか」
亜衣も同意し、四人は開けた空間の壁際に腰を下ろした。悠斗は自分のステータスウィンドウを何度も呼び出しては眺め、亜衣はドロップしたポーションを興味深そうに観察している。
「なんか、変な感じだよな」悠斗がぽつりと呟く。「ちょっと前まで、こんなの全部ゲームの中の話だったのに」
「私も、最初は現実感なかった」莉世が答える。「でも、慣れてくると……悪くないな、って思うこともある」
少し離れた位置で、俺はその会話にただ耳を傾けていた。ゲーム時代を知る莉世と、これから知っていく悠斗たち。その温度差が、奇妙に噛み合っている気がした。
――その違和感が確証にかわるまで、そう時間はかからなかった。
休憩を終え、再び歩き出してからしばらく。空間の奥、闇の中から、これまでとは明らかに違う気配が近づいてくる。
「莉世、下がれ!」
俺の声に、莉世が咄嗟に後ろへ跳んだ。次の瞬間、暗闇を切り裂くようにして、一回り大きな影が姿を現す。
――シャドウウルフとは明らかに違う、階層不相応の個体。
悠斗と亜衣が、息を呑む音が聞こえた。
「な、なんだよあれ……!」
悠斗の声が僅かに震えている。俺は双剣を構え直しながら、目の前の個体を観察した。
体長二メートルを超える、漆黒の毛並みを持つ狼型モンスター。目にあたる部分が、禍々しい赤色に光っている。
――『シャドウウルフ・ロード』。本来、この階層に出現するはずのない、上位個体だ。
「莉世、悠斗と亜衣を連れて下がってろ」
「え、でも――」
「いいから」
俺は短く言い切ると、双剣を握り直し、静かに前へ足を踏み出した。
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