第五章(中編)「初陣」
ダンジョン内部は、想像していた以上に「異質」だった。
石造りの通路がどこまでも続き、壁にはうっすら光る苔のようなものがこびりついている。時折、何かが蠢くような音が聞こえてくる。悠斗と亜衣は、最初の数十メートルこそ物珍しそうにきょろきょろしていたが、じきにその空気に呑まれたように口数が減っていった。
「な、なあ蒼……これ、本当に大丈夫なんだよな?」
「浅い階層なら、そこまで強い個体は出ない。落ち着いていけば平気だ」
俺は前を歩きながら答える。実際、この階層に出るモンスターの強さなど、俺にとってはどうということもない。だが、それを悟られるわけにはいかなかった。あくまで「多少詳しいだけの一般人」を演じ続ける必要がある。
「きゃっ――」
亜衣が小さく悲鳴を上げる。通路の先、闇の奥から、体長一メートルほどの狼型のモンスターが姿を現す。ゲーム時代にも見慣れた、下級モンスター「シャドウウルフ」だ。
「大丈夫、これくらいなら」
莉世が短剣を構え、前に出ようとする。だが、それより早く俺は一歩踏み出していた。
「危ない」
短く言い放ち、腰の双剣を抜く。跳びかかってくるシャドウウルフを最小限の動きで受け流し、一撃で沈めた。加減はした。本来の実力の、十分の一も出していない。それでも、悠斗と亜衣の目には十分すぎる光景だったらしい。
「うわ、蒼つえー!」
「今の、一瞬すぎない?」
悠斗が興奮気味に声を上げる横で、莉世が俺をじっと見つめていた。何かを確かめるような、探るような視線だった。
「……蒼くん、結構やるんだね」
「まあ、ゲームでそこそこやり込んでたから」
俺は素っ気なく答えて、視線を逸らす。莉世の目に浮かんだ何かに、気づかないふりをして。
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「よ、よし、次は俺が!」
悠斗が意気込んだ様子で、見習い戦士らしく木刀のような初期武器を構える。次に現れたシャドウウルフに、恐る恐る斬りかかった。
「うおおおおっ!」
振り下ろした一撃は、お世辞にも綺麗とは言えなかったが、それでもしっかりとモンスターに命中し、わずかなダメージエフェクトが散った。
「や、やった……?」
「まだ倒れてない、もう一撃!」
横から莉世が声をかける。ぎこちないなりに二撃目を放った悠斗は、シャドウウルフを沈めることに成功した。
「よっしゃあ!倒した!俺、モンスター倒した!」
悠斗が拳を突き上げて叫ぶ。その様子に、亜衣がくすくすと笑った。
「悠斗くん、テンションおかしいよ」
「だってお前、これ現実だぞ!?ゲームの中の話じゃなくて!」
その言葉に、俺は思わず内心で苦笑した。ゲームが現実になった、というこの状況の異常さを、素直に楽しめる悠斗の感性は、ある意味で得難いものかもしれない。
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その後もいくつかのモンスターと遭遇したが、俺と莉世が前に立つことで、大きな問題もなく進んでいった。悠斗と亜衣も、少しずつ慣れてきたのか、最初の緊張はどこへやら、はしゃぎながら通路を歩いている。
「あ、あそこキラキラしてる!」
亜衣が指差した先、通路の隅に小さな光を放つアイテムが落ちていた。ダンジョン内でドロップするアイテムの一種だ。
「触っても平気なやつ?」
「多分、初級のポーションか何かだと思う」莉世が答える。「持って帰れば、現実でも使えるはずだよ」
「マジで?ゲームみたいじゃん!」
はしゃいだ様子でアイテムを拾い上げる悠斗。その無邪気な反応に、莉世も思わず笑みをこぼした。
俺はその光景を、少し離れた位置から眺めていた。ゲームが現実に染み出してから三ヶ月、こうして誰かと一緒にダンジョンを歩くのは、実のところ初めてだった。ソロでの攻略に慣れきっていた俺にとって、この時間は――悪くない、と素直にそう思えた。
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