第九章・第六話「澪への接近」
その頃、澪は、学校帰りに立ち寄った書店で、思いがけない出会いをしていた。
「――澪ちゃん、だよね?」
声をかけられて振り返ると、そこには人懐っこい笑みを浮かべた青年が立っていた。
「え、あの……どちら様ですか?」
「ああ、ごめんごめん。怪しい者じゃないよ。蒼くんの知り合いでさ」
その一言に、警戒がふっと緩む。兄を知っている人だと言われれば、無下にはできなかった。
「お兄ちゃんの……そうなんですか」
「うん。実はさ、蒼くんに渡したいものがあって。でも、連絡先が変わっちゃったみたいで、繋がらなくてさ」
困ったように笑いながら、青年はそう続けた。
「よかったら、澪ちゃんから渡してもらえないかな。あと、お兄ちゃんが最近どんな感じか、教えてくれると助かるんだけど」
「お兄ちゃんの……様子、ですか?」
「うん。ほら、心配性なお兄さんの友達、みたいな感じでさ」
人懐っこい笑顔のまま、青年はそう続けた。少し違和感を覚えながらも、「兄の知り合い」という言葉に、澪は警戒を完全には解ききれずにいた。
「……すみません、あんまり詳しいことは分からないです」
「そっか、まあ無理にとは言わないよ」
あっさりと引き下がると、青年は名刺のようなものを一枚差し出した。
「もし気が変わったら、ここに連絡してね」
戸惑いながらも、澪はその紙を受け取ってしまった。にこやかに笑うと、青年はそのまま書店を後にしていった。
(何だったんだろう、今の人……)
受け取った紙をじっと見つめる。そこには、簡素な連絡先だけが記されていた。会社名も、肩書きも、何一つ書かれていない、妙に素っ気ない紙切れだ。
得体の知れない違和感を覚えながらも、澪はそれを鞄の中にしまい込んだ。
――この日の出来事を、澪はまだ、兄に話していなかった。
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