第二章「噂とフードの男」
次の日の教室は、いつもの喧騒に包まれていた。
「なあ蒼、知ってるか?昨日の夜、駅前のダンジョンで『黒鴉』の連中がボコボコにされたらしい」
親友の田中悠斗が、身を乗り出して話してきた。俺は、なるべく興味なさそうな顔を取り繕って答えた。
「知らないな」
「フード姿の男がやったらしいぞ。双剣使いで動きが速すぎて、被害者側もほとんど見えなかったって」
俺は内心で舌打ちした。目撃者がいたのは分かっていたが、こんなに早く噂が広まるとは思っていなかった。
「へえ。物騒な話だ」
「他人事みたいに言うなって。うちの学校にもダンジョン帰りの奴、結構いるだろ?」
悠斗はそう言いながらも、深く追及してくる様子はなかった。こいつは昔から、俺が何かを隠していても、無理に聞き出そうとはしない。その距離感には、正直かなり助けられている。
「そういえば」と悠斗が続ける。「助けられた女の子、うちの近くの高校の子らしいぞ。莉世とかいう名前で……知り合いの知り合いから聞いた話だけどな」
――莉世。
名前を聞いても、特に何の感慨も湧かなかった。俺にとっては、たまたま助けた誰かでしかない。
「ふうん」
俺はそれだけ返して、窓の外を眺めた。
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同じ頃、莉世は自室のベッドに座り込み、スマートフォンを親友の亜衣との通話に繋いでいた。
「――だからさ、本当にあっという間だったの。気づいたら『黒鴉』の三人が地面に転がってて」
「え、待って待って。それマジで危なかったじゃん!怪我は?」
「うん、平気。助けてくれた人が、本当にすごくて……」
莉世は昨夜のことを思い出しながら、声のトーンが自然と落ち着いていくのを感じていた。あの瞬間の恐怖よりも、なぜか今は別の感情のほうが明らかに強い。
「その人、フードで顔隠しててさ。声も、素っ気なかったんだけど……なんていうか、嫌な感じがしなくて。守られてる、みたいな」
「莉世がそんな風に言うの、珍しいじゃん」
亜衣がからかうように言う。莉世は誰に対しても愛想よく振る舞うタイプではない。ゲーム時代からの数少ない友人である亜衣は、それをよく知っていた。
「別にそういうんじゃなくて……ただ、お礼が言いたいだけ。名乗らずに行っちゃったから」
「手がかりとかは?」
「装備は、多分ゲーム時代の上位装備だと思う。黒ベースで、金と銀の装飾が少し入ってた。あと、双剣使いだった」
「それだけ分かれば十分じゃない?掲示板に書き込んでみたら?『アステリズム・オンライン』関連の掲示板、今もダンジョン絡みの情報交換で結構動いてるし」
「……そうだね。やってみる」
通話を切った後、莉世は、かつて自分がプレイしていたゲームの非公式掲示板にアクセスした。ログインするのは久しぶりだった。
〈新規スレッド:心当たりのある方、情報をください〉
〈昨夜、駅前ダンジョンで黒装備(黒ベース+金銀の装飾)の双剣使いの方に助けていただきました。フードを被っていて、お顔は分かりません。お礼を伝えたいので、心当たりのある方がいたら教えてください〉
書き込んでから数分もしないうちに、返信がついた。
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〈Re: 心当たりのある方、情報をください〉
〈黒ベースの装備に金銀の装飾、双剣……もしかしたら、俺の知ってる奴かもしれない〉
〈昔ゲーム内でよく一緒にパーティ組んでた後輩っぽいんだよな。歳は俺より5個くらい下だったと思う〉
〈あいつ、面倒見が良いっていうか、放っておけないタイプだったから。困ってる人を見捨てるとは思えない〉
〈もし本当にあいつなら、心配しなくても悪い奴じゃないから安心してくれ〉
書き込んだのは、ハンドルネーム「クロウ」。かつてゲーム内で、蒼が最も世話になった先輩プレイヤーの一人だった。
実際の年齢は蒼より五つ上。面倒見が良く、初心者だった頃の蒼を何度も助けてくれた、いわば「兄貴分」のような存在――。
もっとも、当の本人である蒼自身は、この書き込みの存在に、まだ気づいていない。
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