第七章(後編)「噂の生徒」
翌週、蒼の通う高校の教室は、いつもと違う空気に包まれていた。
「なあ、聞いたか?二年の……確か羽鳥先輩だっけ、あの人がすごい成果出したって話」
「知ってる!ダンジョンの中層攻略、ソロで達成したんでしょ?しかも記録更新したって」
朝のホームルーム前、教室のあちこちで同じ話題が飛び交っている。俺は自分の席で、その噂話を何とはなしに聞き流していた。
「なあ蒼、聞いたか今の話」
悠斗が机に頬杖をつきながら、興味深そうに身を乗り出してくる。
「いや、詳しくは」
「うちの学校の先輩がさ、中層ダンジョンをソロで攻略したらしいんだよ。しかも、公式の記録サイトにも載るくらいの成果だってさ」
「へえ」
俺は素っ気なく相槌を打ちながら、内心で僅かな引っかかりを覚えていた。同じ高校に、そこまでの実力者がいるとは、今まで聞いたことがなかった。
「動画とかも出回ってるらしいぞ。見るか?」
「別にいい」
「ノリ悪いなぁ。まあ、お前もダンジョン多少詳しいなら、興味あるかと思ったんだけど」
悠斗はそう言いながら、スマホの画面をスクロールしている。俺はちらりとその画面に目をやったが、遠目からでは詳細までは分からなかった。
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昼休み、廊下を歩いていると、その話題はさらに広がりを見せていた。
「あの人、確か普段は目立たない感じだったよね?」
「それが逆にすごいって話題になってるんだよ。隠れた実力者、みたいな」
すれ違う生徒たちの会話の断片が、耳に入ってくる。俺はそれを聞きながら、小さな違和感を拭えずにいた。
(隠れた実力者、か)
その言葉に、どこか他人事ではない響きを感じてしまうのは、気のせいだろうか。
俺自身、正体を隠しながらダンジョンを攻略してきた身だ。似たような境遇の人間が、同じ学校に、しかも自分の知らないところにいる――その事実に、漠然とした落ち着かなさを覚えていた。
もっとも、噂の主が誰なのか、俺はまだ顔も名前も、はっきりとは把握していなかった。
廊下の掲示板には、既に学校側が用意したらしい、簡易な祝福コメントの貼り紙まで掲げられていた。
〈本校生徒がダンジョン中層攻略の快挙!今後の活躍に期待!〉
その貼り紙を横目に、俺はそのまま通り過ぎた。今のところ、自分とは関わりのない話だ。そう思いながらも、頭の片隅に残る小さな引っかかりは、なかなか消えてくれなかった。
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放課後、昇降口に向かう途中、俺はふと視線を感じて振り返った。
だが、そこには誰もいなかった。廊下の先、少し開いた窓から吹き込む風が、カーテンを揺らしているだけだった。
(気のせいか)
俺は小さく息をつくと、そのまま昇降口へと足を進めた。
――窓の外、少し離れた校舎の陰から、こちらを見つめる視線があったことに、俺はまだ気づいていなかった。
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