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3.邂逅


サクサク、サクサクと長耳手兎型魔獣(アウヌスレプス)に案内されながら草地を進む。

サイズもあるが、体色が周りの風景からかなり浮いているおかげで見失うことはなかった。

あちらが常にリィン達の様子を気にしてくれた事も大きいが。


(…いや、あれは親切心というか…逃亡防止な気も…)


存在がトリッキー過ぎて、彼女はまだあの魔獣の性格を掴み損ねていた。

一般的なアウヌスレプスをよく知るからこその齟齬がすごい。


「アウヌスレプスぅ、どこまで、いくの…!?」

「クゥーイ!」

「ぜぇ…もう少し、だといいなぁ…はぁ…体力つけよう…」

「グルル?グゥール!」


途中から気を利かせて抱っこしようか?と手を伸ばすソキウスに断りを入れると、代わりに大きな手で拳を握りながら応援してくれた。

その可愛さで少し気力が回復するあたり、我ながら単純である。


(……ん?)


息を切らせつつアウヌスレプスを追いかけることしばらく。

少し先に不思議な光景を見つけた。

香草小鳥型魔獣(ヘルバアウィス)達が草原の真ん中に群がっているのだ。


(またあの下水っぽい嫌な気配の土かな…?)


そう思って少し背伸びをしたリィンだったが、実際に見えたものは予想の斜め上だった。


(え、あれ人…?ウソ、人が倒れてる!?)


ヘルバアウィスに群がられているのは、見間違いでもなく人だったのである。

いわゆる、行き倒れというやつだろうか。


遠目で見てもヨレヨレボロボロの白衣に、そこかしこに散らばった紙類、放り出された見たことのない魔道具類…

正直に言おう。ものすごく怪しい。

どのくらいかと言えば、町中で意味もなく黒スーツサングラスの人物を見かけたくらい。

つまり、露骨に怪しい。心配より先に疑心がくる。


(でも…)


リィンはチラリとアウヌスレプスを見やる。

その人を見るなり、脇目も振らずに駆け寄ったその表情。

はぐれた子供に駆け寄る母親のような、あるいは、転んだ弟に駆け寄る兄のような…そういう、深い愛情を感じる目だった。


(あの子を見た感じ、悪い人…では、ないのかな…?いや、でも…自信ないなぁ)


正直な話、マフィアや自由業の方々は一張羅で自己紹介してくれている分親切だが、こちらはそれがないのでたちが悪いと思う。


「…というか、あの人ヘルバアウィスにすっごくつつかれてない??大丈夫??まぁ確かにばっちいけど…」

「グルール」

「クゥーールィーー!」

「あ、アウヌスレプスに散らされた」


ヘルバアウィス達もとんだ災難だなぁと現実逃避してみるが、早くこいと言いたげに腕を組んでいる魔獣が逃がしてはくれなそうだ。


肩で息をしつつ、やっとの思いで行き倒れのもとにたどり着いた。

しかしながら…近くで見れば見るほどアレである。


どうやら男であるらしいその人は、自分の身なりは一切気にしませんと全身が語っていた。

モジャっとした紫の髪の隙間から見える肌は不健康な白さで、そもそも人間かどうかを疑いたくなる。


「…え、い、生きてる?生きてるのこれ!?」

「クゥー!」

「ど、どうすればいい?私じゃ担ぐこともできないよ…?」

「クゥクゥ、クールゥルーイ!」

「んーーー?」


腰に手を当てて、グイッと何かを飲むような動作。

おっさn…いや、風呂上がりの牛乳にしか見えないが、さすがに絶対違うだろう。


「グルルルゥ?」

「クーイクルゥ」

「グルル!グール!」

「わ、なに!?ソキウス?リュック?ちょっと待っておろすから…」


慌ててリュックをおろすと、ソキウスはポケットの一つをカリカリと引っ掻いていた。

そこに入れてあるのは…飲み物類と、ガウラから貰った栄養剤(?)である。


「まさか…こ、これ…?」

「クゥ!!」


リィンが試験管を取り出すと同時にそれをひったくったアウヌスレプスは、男をペイッとひっくり返すと…


「クルィ」

「がぼっ!!?」

「わ"ーーーーーーーー!?!?」


一切の躊躇なく男の口にぶち込んだではないか。


「がぼがぼかぼ…」

「あわわわわわ!?だ、大丈夫!?大丈夫なのかなこれ!?やっぱりその薬、毒だったりする!?って、ちょ、アウヌスレプス加減!加減しよう! それ以上詰め込むのは…あ"ー!やめてあげて!?溺れちゃうよそれ絶対死んじゃう、死んじゃうって!!ほらその人ちょっと白目に…あ、動かなくなった…動かなくなった!?」


大パニックである。

そして、されるがままに栄養剤(??)を飲まされていた男は、ビクビクと痙攣した後パタリと静かになってしまった。

リィンの脳裏に殺人の二文字が躍る。


「どうしようどうしようどうしよう…!?だ、だだだ大丈夫ですか!?うっ、起きてくださいぃぃ!!」

「……うるさい。喚くな。あと、揺さぶるな…吐く…」

「へ?」


理知的だが、ひどく疲れをはらんだバリトンボイスが耳朶を打つ。

誰の声?と疑問を投げ掛ける頭より先に、目がその声を辿って下を向いた。

そして、どんよりとした三白眼とバッチリ目が合ったのである。

さぁ、と草原の風が彼女の漆黒を揺らして、三拍。


「びゃーー!?」

「ぐっ…突き飛ばすとは、失礼な奴だな…」

「ご、ごめんなさい!びっくりしてしまって…あの、ゾ、ゾンビとかじゃないんですよね!?」

「は???」

「わかってます、わかってますよ非現実的だって!でも、だって、白目剥いて痙攣していきなり動かなくなったら誰だって死んじゃったかもって思うじゃないですか!?」

「はぁ…ひとまず落ち着きなさ…ケフッ」

「ひいぃ!?変な色の体液吐いて…ううっ…ハンカチ、いりますか…?」

「…大丈夫だ。気持ちだけいただいておく。いや、そもそもこれは体液ではなケフッ」

「大丈夫じゃなさそう!!」

「クゥルーイ」

「グル?」


爽やかな草原が何とも賑やかになったものだ。

まだパニックの尾を引くリィンを雑に宥めつつ、男は口端から垂れた蛍光ピンクとライムグリーンが混ざった色合いの栄養剤(???)を袖で拭って立ち上がる。


落ち着いたバリトンボイスのおかげでなんとか平静を取り戻し、長身痩躯と表すのが相応しいだろう男を改めて見つめた。


服装については…もはや何も言うまい。

立って動いて喋っても尚、不審者である。


首元ほどの長さがある紫の癖毛はフワフワと無造作に跳ねていて、左右の耳の後ろには一束ずつ他より伸びた部分があり、まるでアウヌスレプスの長耳の特徴を写したようだった。グリーンのメッシュが入っていることもあり、まるでお揃いみたいだ。


それにしても、カタルシアでは単色ではない髪色が流行っているのだろうか?

お洒落だなぁ、と何度目か分からない感想を抱きながら、リィンは己の混じり気のない黒髪を指に巻きつける。うむ、真っ黒黒。


雰囲気は年配の人に似た落ち着きがあるものの、顔の造形からすると男はまだ若そう…とはいえ、自分の父くらいではあるだろうか。

整った顔立ちだからより若く見える。まぁそれも、目の下にベットリと張り付いた隈で台無しだが。


隈の上に乗っている灰色の三白眼はこちらもアウヌスレプスに似てダウナーな雰囲気があるものの、宿す光が決定的に違う。

焦がされそうなほど強いそれが何なのかリィンは分かるはずもないが…この人には、こんな目をするほどに求めるものがあるのだろうな、というのは感じ取れた。


「クァ、クゥクルーイ」

「…ふむ。ふむ、そうか」


それでも、アウヌスレプスを見る時の目は酷く優しくて穏やかだ。


(…うん、やっぱり、悪い人ではないみたい。よかった…)

「…キミ、どうやら世話になったようだな。礼を言おう」

「あ、いえ…私は連れてこられただけなので…」


空になった試験管とリィンを交互に示す魔獣の意を汲み取ったのか、男が軽く頭を下げる。

が、何故か眼光はやや不穏だ。


「ところでキミ、これをどこで?」


これ、と男が指で摘んだのは、アウヌスレプスが持っていた試験管。

軽く揺する姿はとても似合っていた。


「…計算するまでもなく、これはガウラの栄養剤だと思うのだが。何故キミが…」

「あ、はい。ガウラ先生からもらいました。作りすぎたからって…」

「……"先生"?」


キョトンと呟いた男に特に何も考えず首肯を返すと、彼はばつが悪そうな顔で頭をかく。


「あぁ…そうか。キミは、セントール学園の生徒か」

「はい!あ、そういえば自己紹介がまだでした…私、セントール学園二年のリィンです!こっちが相棒のソキウス!」

「グゥル!」

「はぁ…わたしはベルセル。まぁ、しがない研究者だ。相棒はこのアウヌスレプスで、名はフラーテル」

「クゥ!」

「あの、もしかしてベルセルさんは…ガウラ先生のお知り合いですか?」

「…まぁ、な。大学の先輩後輩だったという程度の間柄だが」


…もしかして、だが。

彼…ベルセルはガウラを心配していたのだろうか。

栄養剤の出処を探ったのは、これが不正なルートで流れていたり、もしくは無理やり奪われたりと彼女に不都合な事が起きてないかの確認…とか。

何にせよ、ガウラの名前を出した瞬間から軟化した態度に、不仲ではないのだろうと察することはできた。


すっかり不審者のレッテルが剥がれたところで、リィンはたまらず湧き上がった欲にウズウズと瞳を煌めかせる。


「あ、あの、ベルセルさん!その、フラーテルを…触ってみてもいいですか!?」

「…だ、そうだが?」

「クゥル!クァーイ」


肯定代わりに頭を差し出してくれたフラーテルに、とうとう好奇心が弾けた。ずっと気になっていたのだから仕方ない。


「ありがとう!…あ」


リィンは手を伸ばそうとして、けれどもピタリと止まる。


「クゥル?」

「ごめんね、確認して無かったなぁと…えっと、撫でられたら嫌な所とかある?」

「…お腹はやめてやれ。それと、長耳の先と尾の先には毒があるから触れないように。それ以外は問題ない」

「クゥクゥ!」

「じゃあ失礼して…」


そっと遠慮がちに手を乗せると、焦れったいといわんばかりにフラーテルの方から頭を押しつけてきた。


「わ、わ…!なんだか普通のアウヌスレプスよりしっとりしてる気がする…それに、魔力も少し重めだね?扱う魔法も結構違ってそう…それと、薬品みたいな…このちょっと刺激的な香りはキミの?それともベルセルさんから移った、とか?…あ、そうだ図鑑も見ながら…」


興奮を目元に表しながら撫で回すリィンだが、空いた片手では休みなくメモを取っている。

次いでタブレットをもたもたと弄って図鑑を出すと、アウヌスレプスのページを見つけて目を瞬かせた。


(カタルシアの厳しい環境に適応した変異種…?)


ぱちり、と困惑が瞼を刺激した。

少なくとも目の前のフィオーレ区や、これまで見てきた学園周辺の景色には当てはまらない文面だ。

とはいえ、彼女はまだこの国の初心者。きっとどこかにそんな場所…姿を変える必要がある環境があるのだろう。


キラキラした目であれこれと書き留めていくリィンにフラーテルは自分の主人を重ねでもしたのか、ちょっと呆れた顔だ。


さて、そんな魔獣観察に勤しんでいるリィンを、ベルセルもまたじぃっと観察していた。

あまりにも露骨であったので、さすがに首の後ろがピリピリして振り返る。


「あの、ベルセルさん?何か…?」

「…キミ、二年ということは…もしや実習中、か?」

「はい!見習い調査官?をやっています!」


言い慣れない言葉にややぎこちなくなりながら答えると、ベルセルは「はあぁぁ…」と肺の中身をすべて出すかのように大きな溜め息を吐いた。


「いや、生徒の自主性を重んじる学園の教育方針は理解している。理解しているが…なんだこの必要最低限の装備すら満たしていない子供は。もう少しこう…あぁもう、人の心配をしている場合ではないがしかし、わたしとて大人の端くれ…ブツブツ」

「わぁ」


めちゃくちゃ心配されてる。

自分なりに装備を整えたつもりではあったのだが。

ちょっと口を尖らせつつ、ついっと視線で服をなぞる。


「そうまずその服…動きやすさはともかく生地が薄い。もっとしっかりした、魔力糸で作られたものでないとすぐに穴が開くぞ。そもそもフィールドワークでスカートは論外だ」

「キュロットですけど…」

「足が出てるならどっちでも変わらん。怪我するぞ。というか既にしてるじゃないか」

「掠り傷ですぅ」

「傷は傷だ」


ペッと言い捨てながら散らばった己の荷物から肩掛け鞄型の収納型魔具(ストレージ)を見つけ、ベルセルは中に入っていた予備の白衣をリィンに投げつけた。

攻撃されたのだろうか…と見当外れな事を思うくらいには事態が飲み込めてない。


「…安心しろ。洗濯したばかりで綺麗なはずだ」

「いえそうではなく…」

「それに靴も…履き慣れた靴である事は大事だがそれはカタルシア製ではないな?どころか…なんだこれは。魔力の欠片もない…は?そんな靴が存在するのか??チッ…それではこの国を歩くには不足だ。…靴の予備はないな。計算外だ。仕方ない…今はこれで」


リィンを無視して次は靴にターゲットを移したベルセルは、ブツブツ言いながら何だか分からないものをシュッシュッと靴に吹きかけていく。青属性の魔力を感じるので、たぶん保護系の魔法薬だと思うが。

靴裏もやるからと言われ、もうどうにでもなれという気持ちで足を上げた。

ついでとばかりに膝の傷に魔法薬をかけられる。新手の通り魔だろうか。


「ふぅ…万全ではないが…及第点か。わたしの計算では、フィオーレ区程度であれば大丈夫だろう」

「はぁ…ありがとうございます?」

「ところで、フラーテルから聞いたところキミはこの後森に向かうそうだが…行先はファームルワか」

「えぇと」

「いや、言わずとも分かる…わたしの計算に狂いはない。ふむ…よし、同行しよう」

「え?」

「…勘違いするな。森で野垂れ死にされでもしたら、この辺りの環境に悪影響が出るから仕方なくだ」


恐ろしいほど話が進んで行く。高速移動の魔法でも使っているのだろうかこの人は。


「あの、迷惑とかじゃ…ベルセルさんにも予定があるでしょうし」

「予定は当然ある。目的地も異なる。だが、どうせ方向は同じだ。ファームルワまで程度なら問題ない。…まぁ、キミが迷惑だと言うのなら無理強いはしないが」


迷惑かと問われると、それはないと断言できる。

正直、この地に慣れた大人が一緒なのは心強いのだ。

ソキウスがいるので心細いとは言わないが、先ほどのダンジョンのような不測の事態に直面したらどうしよう…という思いは浮き立つ心の影にずっとくすぶっている。

やはり慣れない土地は…少し怖いから。


それに、道中色々話を聞くことができるのも大きい。見るからに物知りそうなので。


(この人…結構というか、だいぶ変わってるけど…きっと根っこが優しいんだろうな)


突き放したような言葉選びをしているが、こんな右も左も分からない子供の…それも赤の他人の面倒をみたいなんて、お人好し以外の何と言えばいいのか。


そりゃ、フラーテルもやれやれと肩をすくめるわけだ。リィンは小さく笑い、改めてまっすぐベルセルの瞳を見た。


「実は、不安だったんです。ベルセルさんさえ良ければ…一緒に来てくれませんか?」

「ふん…そもそもこちらから言い出した事だ…子供が遠慮などするものではない」

「ありがとうございます!その、よろしくお願いします!」

「グゥル!グルー!」

「クゥクゥ、クルーイ」


ファームルワまでの旅路は、期せずして楽しく賑やかになりそうだ。

リィンは好奇心に少しの安堵を混ぜて、変わり者の同行者に頭を下げたのである。


「ところで、今更ですけど…ホントにあれ、栄養剤だったんですね…だってほら、凄い色と香りだったし、ガウラ先生も"イッパツでぶっ飛ぶわよ!"とか言うから…ヤバいタイプの魔法薬物かなって」

「あいつは…まったく。というか、そのヤバい薬だと思ったものを問答無用でわたしに飲ませたのか??」

「飲ませたのはフラーテルですけど!?」

「クァール」

「「どこに照れる要素があった??」」


存外、仲良くやれそうである。


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