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50.嵐の前の凪


「はぇ~、改めてオセアールを見ると…本当に賑わってるなぁ」


朝であってもリゾート区には大勢の人が行き交い、食事処以外は店もしっかり目覚めているようだ。


その中をリィンは人にぶつからないよう気を付けながら、家々の壁の白漆喰に負けない白さの白衣を潮風に靡かせて歩く。


朝の空気は日中よりも涼やかで、潮風というより陸側から海へ向かう穏やかな陸風がスッと耳をかすめて行くようだった。


魔力も昨日より緑属性の気配と草の香りを感じ、同じ場所なのに不思議なものだとリィンは目を瞬かせる。


(ふふっ…この時間が好きな人もいるみたい。私も好きかも。ベタつかないし、でもちゃんと海を感じられるし)


店先のベンチで顎を少し持ち上げながら風を浴びるおじいさんも、わざわざビーチチェアを出して寝転ぶ若者も、そんなのんびりさん達に鼻を鳴らしながら動きやすい今のうちにせかせかと掃除をするおばさんも…


当然ではあるが、この地で生きる人達にも営みがそれぞれにあるようだ。観光客ばかりではない。


そこに魔法生物の息吹が無いことだけがやはり異質で、リィンはチラリと空を見上げ、こっそりと近くの屋根に降り立って羽繕いをするウィズに苦笑をこぼした。


「さてと、時間までまだまだあるけど…広い街だし、早速見て回ろう!」


サイカスの困り事を聞き、ベルセルに連絡を入れてから一夜明けた今日。

空からの日差しと海からの反射。

その二つの合わせ技に、昨日見た大人達の表情が頭に残っていたせいか妙な気持ちの重さを抱えつつも、リィンはバッチリと起こされた。


すぐにソキウスとハグを交わし、肩に止まった寝ぼけ眼のウィズをモフり、目を瞑ったままベッドでうぞうぞと彷徨っていたシャルを撫で…


そうして毎朝欠かさず行なっているコンディションチェックを、今日もしっかりと済ませたものである。皆、本日も健康なり。


そのままホテルで寝てても良いと言ったが、全員が昨日と同じような布陣でついてきてくれた。

嬉しさと、不便な思いをさせる申し訳なさが半々。


でもやはり、近くにいてくれるという安心感は大きい。この街では特に。


そんなこんなで今、約束の時間まで街歩きを決行しているのだ。

勿論手にはバッチリとメモとペンを携え、朝の情景はスケッチ済みである。


「おーい、そこのお嬢ーさん!」

「…んぇ?」


カリカリとペンを走らせていたリィンは、のそりと顔を上げた。自分が呼ばれたのか否か確信が持てなかったが、彷徨わせた視線が声の主だろうお姉さんとバッチリぶつかって微笑まれる。


「えっと、その…私ですか…?」

「そーそー!可愛いお嬢さん!観光…にしちゃ、随分紙とにらめっこしてるね?何かの調査?」

「あ、はい。観光ではあるんですけど…私、実習生でして」

「あー!学生さんのアレか!成る程ね…って!上手いもんじゃないか!」

「えへへ…ありがとうございます」


お姉さんはリィンの手元…スケッチを見て、朝イチに見た海のようにキラキラと目を輝かせた。

その興奮のままに隣の店先にいたおじさんを呼び、そのおじさんも感嘆の声を上げたものだから、何だ何だと近くの人々が集まってくる。


そんな連鎖を経て、リィンはあうあうと目を回しそうになりながら、街の人々にすっかり囲まれてしまった。


「ほー、こりゃ綺麗なもんだな!やりおる!」

「あ、ありがとうございます!」

「うちの店がこんなに綺麗に描かれとるよアンタ!」

「ム」

「ごめんなコイツ無口だけど、めっちゃ喜んでるから。勿論オレも感激」

「そう、なんですね…?喜んでもらえて良かったです…」

「将来は画家さんかぃ?」

「ひょえ!?ま、まさか!ただの特技というか…趣味ですぅ」

「オイオイ、よってたかってそんなに喋ってやるなよ…この子が困っちまうだろ」


一人の壮年の男性が宥めてくれたおかげでリィンは皆と適正距離に戻る。ホッと息を吐くと、最初のお姉さんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「やー、ごめんね。あたしのせいで騒がせちゃって」

「いえ!褒めてもらえて嬉しかったので!その…オセアールの皆さんは気さくで、素敵ですね」

「お!嬢ちゃん見る目があるじゃねぇか!その通り!俺達オセアールの住民は誰にでも優しく!人間皆友達がモットーだ!悪人は別だがね!」


自信満々に胸を突き出す半袖短パンの涼やかなおじいさんの頭を、隣の奥さんが持っていたハタキで叩く。


「嘘おっしゃいな!じいさんアンタ、この前も隣の通りの店に難癖つけてたじゃないの。ねぇ!」

「ム。ムム。ム」

「???えぇと…??」

「ごめんなコイツ無口だけど、じいさんが偏屈なのは確かだがオセアールの住民が助け合いの精神を持ってるのも確かだって言ってるから。勿論オレも同意見」

「そんな長文が入ってたんですか!?」


個性的な街の人々は、口々にそうだそうだと声を揃える。

軽口を言い合いながら肩を組んだり、隔てなく文句を言い合うその光景は暖かく、きっと本当なんだろうとリィンに思わせるには十分だった。


「なんかねぇ、誰かが困ってるとどうもお節介したくなるのよねぇ」

「そー、だからあたしもお嬢さんについ声かけちゃったんだよね。何か手伝える事あるかなーって」

「そうだったんですね…それは凄く、嬉しいです」


リィンが表情を綻ばせると、街の人々もまた嬉しそうにやいやい賑わう。

何でも言ってくれ、遠慮するな、むしろ手伝わせろと、ちょっぴり押し売り気味な親切心から、自分はこの前誰々を助けた、いや自分の方がもっと役に立ったと自慢まで始まってくる始末。

本当に明るい人達だ。


「オイオイ、皆してそんな強調することでもないだろ。押し売りも自慢もこの子が困ってる。あー…学生ちゃん、オセアールの…というかマーレリアの歴史はある程度知っているかい?」

「えっと…」


それはおそらく、魔獣や精霊との争いの話だろう。

リィンが口にするのを躊躇っていると、男性はカラカラと笑って手で遮った。


「あぁ、その表情で十分だよ。そんな事があったから…ここの人間は、人間と結び付かざるを得なかったんだ。他に頼れるものも手を差し伸べてくれるものも無かったからね」


魔法生物と手を取り合えないのなら、人は人と手を取り合う他ない。

それは選択肢のない帰結であり、同時に共通の敵がいるからこその団結だった。


リィンの気持ちは無視するとして、その理屈は理解できる。多くの物語でも、共通悪という存在は団結を描く為に必要とされるものであるからだ。


(だけど…どうしてだろう)


リィンは成る程という納得を男性に返そうとして、口を噤む。先程まではあんなにも、競い合うように人々の繋がりを自慢していたのに…大人達は浮かない表情をしていた。


表面に張り付いた笑みは波間を揺れる泡より頼りなく、弾けて消えてしまいそうだ。

薄い膜の向こうにあるのは、よくベルセルが浮かべる痛みの色と…


(後悔…?いや、後ろめたさ…?)


「「「おっはよーございまーす!」」」

「あれー?知らないおねーちゃんがいるよー?」


返す言葉に困っていると、弾むような声が微かな魔力の流れと共に飛び込んできた。


花を模した魔道具の乗り物からわっと降りてきたのは子供達で、その声に呼ばれて周りの店や家の中からもトットットと軽い足音が響いてくる。


「お姉さんだぁれ?」

「…ふふっ、お姉さんはリィンって言うの。よろしくね」

「「「「よろしくー!リィンお姉さん!」」」」

「うーん、元気なお声!花丸!」


気さくさは子供達にもしっかり引き継がれているようで、警戒心もなくわちゃわちゃとリィンを囲んでいった。


と、女の子達がリィンの背中…否、リュックを見て大きな目をクリクリに輝かせる。


「ねーねー、お姉さんのかばん可愛いねー!」

「これ、うさぎさん?」

「ううん。これはフラーテル…長耳手兎型魔獣(アウヌスレプス)って魔獣さんだよ」

「えっ!?魔獣さん!?」

「こ、怖いの…?」


魔獣という言葉にざわつく子供達に抱いた悲しみを飲み込み、リィンは柔らかく笑って首を横に振る。


「まさか!ちょっと待っててね…」

「「「「?」」」」


そして新しいメモ紙を取り出し、サラサラとペンを走らせた。

ここに実物はいなくても、フラーテルの姿は隅々まで思い浮かべることができる。

まぁ、少しくらいリィンの可愛いフィルターによる忖度が入っているかもしれないが。


子供達はリィンの手元をじっと見入り、その上から大人達もまた目を丸くする。


「はい!これがアウヌスレプス!どうかな?」

「か、か…」

「「かわいーーーー!!」」

「お顔、うさぎさんより可愛い!」

「お耳がたくさんある!」

「ふふっ、この魔獣さんはね。こっちの大きなお耳が凄く器用なんだ。だから、この丸いお手々より、お耳の方でものを掴んだり動かしたりするの」

「えっ!?お耳で!?」

「すごいすごい!」

「へー…あたし知らなかったな…」

「俺もだ…」


キャッキャとはしゃぐ子供の隙間で、大人達からもチラホラ声がした。

勿論、魔獣なんてという声もあったが…可愛いだとか、面白いだとか、そんな小さな小さな声も確かに聞こえたのである。


「なー、お姉さんってこの魔獣となかよしなのか?」

「仲良しだよ!でも、お姉さんの一番はね…この子!」


そう言って、リィンは次にソキウスを描く。亜空部屋の向こうから喜んでいる感情が伝わってくるようで、笑顔にいっそう力が入った。


「こ、この子はちょっとこわいかも…」

「「か、かっけー!」」

「わかる!かっけーよな!?」

「えー、お面怖くないかチビ共」

「何言ってんのおばさん!騎士みたいでいいじゃん!」

「ム」

「あらアンタ、こう言うのが好きなのね。無口だから知らなかったわ」


どうやらソキウスは、女の子より男の子の方が人気らしい。


「おねーちゃん!この子はなんていうの!?」

「この子は、鉄面袋鼠型魔獣(マスクロプス)。女の子にはお腹に袋があって、そこで子供を育てるの。男の子には袋はないけど…この大きな手で子供と女の子を丸ごと抱えて守るんだよ」

「「「「「へー!」」」」」

「雄と雌でちがうんだねぇ」

「ふんっ、女と子供を守るなんざ、やるじゃねぇか…」


はしゃぐ子供達の影。話に混ざる大人もいれば、リィンの語りに批判的な大人もいるし、けれども…その誰もが子供達を止めるでもなく話題から遠ざけるでもなく、ただ複雑そうに見つめていた。


そこで、リィンはようやく気づく。


(あぁ…そっか。誰もが誰も、この状況が正しいと思ってるわけじゃないんだ)


それでも、積み上げられた歴史の重みは簡単に動かせるものではない。街のそれも、人の中のそれすらも。


それに…こうは言いたくないが、団結は時に排斥と隣り合わせだ。だからこそ、変わることは難しい。


(…難しいな)


リィンの絵をもらって楽しそうに駆け回る子供達を見ていると、不意に髪に何かが触れた。次いで美味しそうな香りが隣にやってくる。


「これ、あたしの店のお土産なんだ。良かったらもらって!」

「え、あ、髪留め…星みたいな貝殻だ!可愛い…!って、いえ貰うわけには…!」

「ごめんねあたしの所返品不可ー」

「えっ!?」

「ほらほら嬢ちゃん、この焼き立ての貝殻パンケーキ、どうだい?」

「ムム」

「ごめんなコイツ無口だけど、自分の作ったノンアルコールカクテルも飲んで欲しいって。勿論オレからもフルーティオ産の果物を使ったフルーツバーガーをプレゼント」

「はわわわわ…!海みたいな飲み物…綺麗!ってバーガー大きすぎません??いやそもそも多い多い多い…!」

「なんだ今どきの子はこれくらいも食えんのか!?けしからんな!」

「オイオイ、皆その子が困ってるだろ。ほら、俺からは手彫りのストラップをあげるよ」

「ひぃん…!容赦ないぃ…!」


親切の大放出の大バーゲンセールの波がリィンを盛大に飲み込んだ。


この後、リィンは子供達を巻き込んでのフードファイトをこなし、オセアールの朝をこれでもかと楽しんだのである。


…


「遅刻だ」

「「ひょえ」」


陽光に色が付き始めた昼下がりと夕刻の間で、悠然と足を組んだ不健康そうな男が言い捨てた。


その隣でココナッツジュースを堪能していた紫色の魔獣が、親しげな様子で長い耳を手のように振っている。

言わずもがな、ベルセルとフラーテルだ。


サイカスと、彼に荷物のように運ばれていたリィンは、ジトリとした三白眼に萎縮して縮こまった。


それぞれが目でお前のせいだと言い合うも、不毛なので早々に止めて席につく。


ここは海を眺める事ができるカフェの一つであるが、まぁ所謂お偉いさんがちょっぴり密会に使う隠れ家でもあるらしい。


街のガイドマップには載っておらず、送られてきた店名にハテナを飛ばして彷徨いていたリィンを直感で感じ取ったサイカスが攫ってきたのだ。


その行いのせいで彼はギルドマスターのクセに警邏隊に職質され、時間ロスに繋がった次第である。


リィンはフラーテルが伸び伸びとしている様子を見て、迷わず亜空部屋のソキウスと影の中のシャルを、そして一度外に出てウィズを呼び寄せた。


「ソキウスー!ウィズー!シャルー!会いたかったよぅ!!」

「グルゥ!!」

「ピピィ!!」

「ニャポ!!」

「はぁ…毎度計算を上回る騒がしさだ…」

「クゥイ」

「大袈裟ッスねー」

「む!大袈裟じゃないです!!私にとって呼吸を奪われていたようなものですよ!?」

「大事(おおごと)すぎるだろう」

「だから、大事(おおごと)なんですぅ!!」


椅子の上にソキウス、ソキウスの上にリィン、リィンの腕にシャルで、頭にウィズ。

おまけでフラーテルがリィンのお腹に顔を埋め、完璧な団子になった途端、彼女はデロリと溶けた。


「はぇ〜…天国ぅ〜…」

「うわ…ヤバいッスね…下手な薬よかキマってるッス…」

「はぁ…フラーテル…悪ノリは程々に」

「クゥイクルゥー!」


そのまま数分の後、人間に戻れたリィンがフラーテルのしっとりもっちりボディを堪能しながら首を傾げる。


「というか、ベルセルさん直接来たんですね!生身ではお久しぶりです!フラーテルも!」

「あぁ、そうだな。相変わらず元気そうでなにより」

「クゥ!」

「あはは、そちらは相変わらず顔色最悪ですけどね」

「余計なお世話だ」

「む!そういう事言うと、ガウラ先生けしかけますよ!」

「やめろ」

「きぃぃぃぃ!ベルセル先輩と楽しそうにお喋りとか…!やっぱりアンタ泥棒猫ッス!!」

「ふむん?人徳の差じゃないですか」

「グルグル!」

「ピィピィ!」

「ニュルニュル!」

「きぃぃぃぃ!」

「勘弁してくれ…計算外だ…何故キミが煽る…」


とんでもない空間にベルセルは片手で頭を抑え、空気を切り替えるようにコホンと喉を鳴らした。


ピャッと静かになった二人に最初からそうしていろと視線を投げ、収納型魔具(ストレージ)から持ち運び型の多機能型魔力計算機(パソコン)を取り出す。


「昨日の件だが」

「…っ」


ビリッと張った緊張感に、リィンは小さく息を詰まらせた。やっぱり大人の、こういう切り替えの早さはちょっぴりズルい。


「あれから色々と確認したが、わたしの心あたり…"聞き覚え"に間違いは無さそうだった」

「そ、ッスか…」

「…」


ベルセルの痛みが増している。本人はケロリとしているが、リィンはその冬空の空気に似た魔力が制御の下で揺らいでいるのを感じた。

まぁ、フラーテルの表情が一番わかりやすいが。分かりやすく、ベルセルを心配している。


「だからといって詳細が判明したわけではないが…事の端が見えれば、粗方計算は出来る」

「凄い事言ってません??」

「何言ってんスか?ベルセル先輩は凄いんスよ!」

「静粛に」

「「…」」

「はぁ…おそらくだが、黒属性魔力とキスティスの出どころは同じだ」


ピコンと音がした。

どうやらベルセルがサイカスの通信魔具(スマホ)に何かを送ったらしい。

サイカスはそれを確認し、不思議そうに眉を寄せた。


「これって…マーレリア自治区の地図ッスよね?でも、地形が変わる前ッスから…ざっと30年前くらいのものッスか?」

「30年前…魔法生物達との争いが起こる前の地図、ですか?」

「あ、知ってるんスね…優秀な学生のようで何よりッス」

「…ありがとうございます。それで、ベルセルさんはどうしてこの地図を?」

「ふん…そこに古い工場がいくつか載っているだろう」

「ああ、あるッスね!今となっちゃほぼ廃虚ッスけど…」


サイカス曰く、壊された港の復興に人手も物資も必要になったため、必要最低限の工場を残して破棄されたのだそうだ。多くは取り壊されて港を修繕する材料となったが、いくつかは残って廃虚になっている場所もあるらしい。


「倒壊の危険があるから立ち入り禁止だし、入っても空っぽでなんもないはずッスけど…そこに何かあるんスね?」

「…わたしの計算が、当(・)た(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)ならな」


珍しく歯切れの悪い答えを返したベルセルに、しかしサイカスは張り切った様子でガタンと乱暴に席を立った。


「こうしちゃいられないッス!!ベルセル先輩がこんなに頑張ってくれたの、無駄には出来ないッスよね!!オレ、準備してくるッス!」


一方的にそう告げ、ちゃっかり多めのお金を店のカウンターに叩き付けながら、サイカスはその場から去っていく。

静かになった空間で、リィンは視線を感じてベルセルに顔を向けた。

この後続くだろう言葉を察し、カサついた薄い唇が開くのをどこか他人事のように観察していた、のだが…


「あの馬鹿を頼んだ」

「…ぇ?今なんと…??」

「グルルゥ…?」

「あの馬鹿を頼んだ、と言ったのだが?」

「ピ?」

「ニャ?」


リィンは豆鉄砲を食らった鳩のような顔で、まじまじとベルセルを見る。

相変わらず不健康そうで、癖っ毛では片付けられないほどボサボサの髪、ベットリと主張する隈。


どこからどう見てもベルセルで、強いていえばいつもより覇気がない。


「寝不足でおかしくなりました…?大丈夫ですか…?」

「ほう…?頼っていいと言っていたのはキミだったと思ったが」

「嘘です嘘です!頼ってください!!ベルセルさんに頼られるのは、嬉しいです!!!」

「…」

「…あ、えと、その…っ」

「っく、くく…!」

「クゥル…」


勢いでとんでもなく恥ずかしい事を言ってしまい、リィンは真っ赤になった顔を伸ばした袖で隠す。

白衣のせいで真っ赤な耳が尚鮮やかに見えてしまっているが、そんな事を指摘してやるほどベルセルは優しくなかった。

フラーテルは相変わらずの契約者に呆れ顔だ。


「くく…本音を言えば当然、キミを巻き込みたくなどない。約束破りの常習犯だからな」

「ぐっ…」

「グル」

「ピィ」

「ニャポ」

「クゥイ」

「ちょ、皆で同意しないでよ…!」

「だがおそらく、あの馬鹿一人で行かせるのは…悪手だ」

「どうしてですか?サイカスさん、直感鋭いみたいですし…」

「ふん…キミは疑問に思わなかったか。その鋭すぎるという直感が、何故答えにかすりもしないのか」

「それは…」

「勿論、非論理的な"勘"である以上、絶対など無い。だが、少なくともわたしは…ここまで直感が冴えていない馬鹿を見たのは初めてだ」


ガウラから大学時代の知り合いだと聞いているので、ベルセルとサイカスは十年かそこらの付き合いがあるはずだ。その中で初めてとなると、確かにイレギュラーと言ってもいいのだろう。


「…とにかく、わたしは馬鹿一人には任せられないと判断した。その上で共に行動するよう頼めるのは…」

「私だけ、って事ですね。分かりました!任せてください!」

「張り切るな。無理をするな。調子に乗るな」

「グルッ!」

「ピィッ!」

「ニャパス!」

「クゥッ!」

「ひぃんっ…容赦ない…!」

「はぁ…キミに頼みたいのは解決ではない。馬鹿を…サイカスを、支えてやれ。それだけでいい」

「はい?」


支えが必要な程貧弱な大人には見えなかったので、リィンは思わず疑問符を返した。

体つきもだが、精神性も図太そうだが…どうやらベルセルの見立ては違うらしい。


「知っているか?あの馬鹿はあのナリで、専門は魔法だ」

「えっ、魔法師!?どう見てもバリバリの前衛ですよ!?」

「わたしも常々疑問だが…アレはどうも逃げ癖があるようでな。もっとも、ガウラが気付いたことだが」

「逃げ癖…」


昔、ガウラとサイカスがダンジョンに挑んだ際、良いところでサイカスが帰還を提案したそうだ。

すると、そこには徘徊ボスが出現したらしい。


普通に考えれば危機を察して回避したと認識するだろうが、ガウラは違った。

何故ならその徘徊ボスこそが目的であり、依頼で探していた存在だったからだ。


当然依頼を受けたのは無謀ではなく、ガウラとサイカスと他の面々で討伐可能な範囲だったが故。

しかし、サイカスは直感でそれを見つけた上で接敵を拒んだ。


「ガウラはあの性格だからな。問いただしたらしい」

「うーん…目に浮かびますね…」

「するとあの馬鹿はこう返した」


"や、オレもよく分かんないッスけど…直感が嫌な予感を感じとったんス。ほら、もし徘徊ボスが想定より強かったら危ないじゃないッスか!"


「わたしが思うに…あの馬鹿の直感は鋭すぎ、故に頼りすぎた弊害だろうな」

「…なるほど」


要は慣れていないのだ。直感が警笛を鳴らすような事態に直面する(・・・・)という事に。だって彼は…避けられるから。


「だから今回は逃げないようにって事ですか?お目付け役?」

「はぁ…それよりもっと厄介というか、面倒な状況だろうと予想しての保険だ」

「むぅ…はぐらかされてるや」

「わたしの口から言う事でもない。それより…」


ベルセルはふと手を伸ばし、リィンの頭をそっと撫でた。

否、頭ではなく…


「こんな髪飾り、キミは着けていたか?」

「お、ベルセルさんさすがの観察眼ですね!これ、オセアールの街歩きをしている時にお店でもらったんです!可愛いでしょう!」

「クゥイ!」

「ニャパス!!」

「グルルゥ?」

「ピ?」


フラーテルとシャルは何度も頷いて同意を示し、ソキウスとウィズはよく分からないといった様子である。


反応は二の次で、こういう個性が出るところがたまらなく愛おしいとリィンは緩く目を細めた。


「ふむ…星窓貝(スターカピス)か。良いセンスだ」

「おぉ…いつもヨレヨレの格好をしてるベルセルさんが言うと違和感が凄いや…」

「ふん…わたしがめかし込んでどうする。不要だろう」

「クゥ…」

「とにかく、キミに星はよく似合っている」


リィンはキョトっと目を丸くし、次いで眉を下げながら視線を床に彷徨かせる。

白衣を指で弄り、耳がそっと色付いた。

やがて口がモニョモニョと波打って、辿々しい動きで開く。


「は、初めて言われましたよ…星が似合う、なんて…」

「そうか」

「ぐっ…軽い…!恥ずかしがってる私が馬鹿みたいじゃないですか!」


サラッと返したベルセルに口を尖らせるも、相手はどこ吹く風…というか、何故リィンが恥ずかしがっているのかもよく分かってなさそうだ。

当然のことを当然だと言った顔である。

これは酷い。


「フラーテル…ダメだよこの人何とかしなきゃ…」

「クゥクゥイー…」

「何の話か知らんが、失礼な事を言っているな?」

「別にぃ?」


プイッと顔を背けてソキウスに寄りかかったリィンにため息を吐き、ベルセルはカタリと席を立った。

それを横目で見て、リィンもまたソキウスから降りる。どうやらお開きらしい。


「ベルセルさん達もこのままオセアールに滞在ですか?」

「いや、調べたい事が出来たのでな。わたし達は帰るとする」


調べたい事ってなんですか、と聞けるものなら聞きたかった。けれどベルセルの沈痛に沈んだ三白眼を見てしまえば、そんな事軽々しく言えやしない。聞いた所で答えないのは明白だ。


何が彼をここまで追い詰めているのだろう。

ガウラだったら、ケーキをぶん投げながらも踏み込めたのだろうか。


結局、「さようなら」とありふれた言葉で別れたリィン達を、白波が立つ海だけが見ていた。


そして、波に跳ねながらざわめくキスティス達の目がギラギラと港を睨みつけていた事もまた…暗い海だけが知っていたのだ。



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