45.転禍為福
「ネコヤくん!ソキウス、ウィズ!」
「グルッ!?グルールグル!?」
「ピィ!?ピピィピーピッ!?」
「はぁ〜〜〜〜!?何で来たんですかお前ぇ〜!!」
「ひぃん…凄いブーイングだや…」
ルーヴヌフマン達の治療が一段落した所で前線に合流したリィンは、とても歓迎されていない様子にショボショボと肩を落とす。
そりゃ、戦えもしない鈍臭い人間はお荷物以外の何物でもないだろうし、それは一番リィンがよくわかっているが…
(それでも、後ろにいるわけにはいかない。"不自然"に思わられたらダメだ)
「壁の向こうから声がしたら変だもんね、うん」
「壁ぇ〜?」
「と、とにかく!私の事は気にしないで!」
「ニャパス!ニュルニャー!」
そうだ任せろと鳴くシャルを腕に巻き付け、リィンは収納型魔具から風乗板型魔具を取り出した。
〈ゴガァァァァ!!〉
「あぁ〜もぅ〜!」
「あわわわわ!?」
言い争いしている余裕など無いと思い出したネコヤが、飛来した岩槍の魔法を球体を振り回して砕きながら魔物に飛び掛っていく。
落ちてきた岩の破片をシャルの魔法と魔道具で上手く躱すリィンを見て諦めたとも言う。
「グルッ…!」
「ソキウス、その、キミの抱っこの方がそりゃ好きなんだけど…やってもらいたいことがあるから、ね?」
「……グルゥ」
ハンカチでも噛んでキィーッ!としそうなソキウスを宥め、リィンは皆の邪魔にだけはならないようにとなるべく魔物から離れた。
そしてパキンと魔石を砕く。
(さぁ、やろう!ソキウス!)
【筋力向上】
「グルルールゥ!!」
ソキウスはリィンから受け取った魔法式と思いに応えるように魔法を纏い、力強く地面を蹴った。
そして、ネコヤに突き出されそうになっていた角を掴んで止める。
「ひゃ〜助かりましたぁ~」
「グルッ!!」
〈ゴガァァァァ!!〉
そのまま左後ろにいなすように力を抜き、突出したその横っ面に右の回し蹴りを叩き込んだ。
相変わらず分厚い皮膚に阻まれてダメージにこそならないが、魔法で力の上がった一撃の衝撃は僅かに魔物のバランスを崩す。
たたらを踏んだ隙に、ソキウスは魔物の脇腹へと回り込んだ。そこへリィンから次の魔法式を渡される。
【貫通付与】
【火槍】
「グルルゥ!」
〈ゴゴォッ?〉
ソキウスから放たれた火の槍が魔物の脇腹に突き刺さった。…否。
「げぇ〜…貫通付与しても通らないとかぁ〜どんな皮ですかぁ〜」
そう、突き刺さりはしていない。ただ強烈な炎がそこを炙るだけだ。微かに香る生き物の焼ける匂いにネコヤは顔を顰め、それでもケロッとした様子の魔物に更に顔を顰めた。
「シャル!お願い!」
「ニャパス!!」
同じく顔を顰めて伸ばした白衣の袖で鼻を覆いつつ、脇腹の横に位置取りしていたリィンが叫ぶ。
シャルが大量に飛ばした氷槍の魔法はソキウスの魔法が消えた直後に魔物の脇腹へ殺到したが、やはり手応えは無い。
〈ゴガァァァァァァ!!〉
「あわわ…!撤退ー!!」
「ニャポ!」
魔物の視線にピュウとボードを加速させ、シャルが目眩ましに偽人形の魔法で身代わりを置く。
魔物がそちらに気を取られた隙にリィンはまた離れ、代わりにネコヤが魔物の足元に接近して鎖を巻き付けた。
「そぉ〜れ〜!!」
〈ゴッ!?〉
丁度持ち上げていた足を引かれ、魔物がまたしても体勢を崩す。そして、ギロリと睨んだ魔物の左目に風の刃が突き刺さった。さすがに目玉は硬くなかったらしく、ブシャリと鮮血が飛び散る。
〈ゴガァァァァ!?〉
「おぉ〜ナイスショットぉ〜」
「ピュピピィ!」
ウィズは小さい体ながら勇ましく鳴き、蔦檻の魔法で魔物を閉じ込めた。
暴れる魔物はガンガンと蔦を攻撃するが、絶妙な弾力に力が逃されて簡単には壊せない。とはいえ長くは持たないだろうが。
この隙にネコヤは転ばす為に無理した肩の脱臼を嵌め、ウィズは次の魔法の準備を始め、ソキウスは駆け出した。
狙うは再び先ほどの脇腹である。
リィンは距離を取りながら魔物をじっと観察していた。
先ほどソキウスとシャルが攻撃した皮膚は僅かに炭化し、表面がパキパキになっている。
見るからに脆くなっていそうな雰囲気だが、あくまでも変化は表面に留まっていた。
(でも、それでいい)
と、ソキウスが再び魔物の脇腹を捉え、リィンもまたその意志を汲んで再度魔石を砕く。
【貫通付与】
【火槍】
「グルルーゥ!!」
〈ゴォォ?〉
ほんの少し刺さった槍の先が、先程より皮膚の深い場所を焼いたのが分かった。しかしそれでもダメージには至らないらしい。ソキウスの四つ目が忌々しそうに歪んだのが見えた。
「シャル、またお願い!」
「ニャポ!ニャー!」
ソキウスの魔法の直後、シャルがズラリと並べた氷矢の魔法を放つ。そのほとんどは魔物の皮膚にあっさり弾かれたが、脇腹にはほんの数本が刺さって周囲を氷つかせている。
〈ゴァ?〉
「ひぃん…それでもケロッとしてるぅ!タフすぎるよ!」
「ニュル!ニャポ!」
「はいはぃ〜さっさと離れてくださぃ〜」
憤慨するシャルとリィンがボードを加速させて離れると同時に、とうとう蔦檻の魔法が千切られた。
逆に好都合だとネコヤは駆け出し、未だ血の流れる左目目掛けて球体を振り回す。ゴッと鈍い音ともに水が弾けるような音が響き、魔物が悲鳴を轟かせた。
〈ゴギャァァァァァァァァァ!!〉
「も〜らいぃ〜ってうわぁ〜」
「グルッ!?」
「ピ!?ピピッ!?」
「ひょえっ!?」
大暴れする魔物に揺らされ、ダンジョンの天井からいくつもの鍾乳石が落ちてくる。その上魔物は我武者羅に走り始めた。読めない攻撃の数々に一同は逃げ惑う他ないが…
「お願い!魔物をルーヴヌフマン達のいる方に近づかせないで!!」
「無茶言わないでくれますぅ〜!?」
「ピピッ!!」
「グルルッ!!」
ネコヤは文句を言いつつ鎖を、ウィズは蔦縛の魔法を鼻頭の角に巻き付け、ルーヴヌフマン達の方に向いていた顔を何とか横に向ける。
ダメ押しに額の大角にソキウスが跳び回し蹴りを当てれば、横滑りしていた魔物はズゥンッと横転した。鉄球の尾がゴロリと腹側に転がる。
それを好機と捉え、ソキウスとウィズは更に追撃をかけようと…
「ダメ!!!全員逃げて!!」
「グルッ!?」
「ピッ!?」
「っ〜!?」
【茶耐性付与】
しかし、リィンの突き刺さるような叫びも虚しく…魔物が持ち上げた鉄球のような尾は、強力な魔力をまとって地面を叩いた。
刹那、魔物を囲うように地面からザッと岩棘の魔法が飛び出したのである。
「ギュビィッ!?」
「グ、ガッ…!?」
「ぅぐっ…!?」
斜め上方向に飛び出したそれはウィズの翼を穿ち、魔法で耐性を上げたソキウスの肩と足すらも砕いた。
魔法の効果範囲ギリギリにいたネコヤですら、飛び出した一本に脇腹を抉られている。
そして、リィンも例外ではない。いや、彼女はある意味例外か。何せ…明確に狙われたのだから。
「ニャパ…!!ッ!」
「っい"!!」
皆を無差別に攻撃した岩棘とは別に、リィンに向けて放たれた岩槍の魔法。シャルが咄嗟に防ごうとしたが、いきなり過ぎて魔力が込めきれなかった氷壁の魔法は砕かれてしまった。
声にすらならない悲鳴が喉の奥で潰れる。
視界がチカッと白く爆ぜ、信じられない痛みが体を襲った。
けれども、岩槍の魔法でありながらリィンの体に穴を開けること無くその体を吹き飛ばすに留まったのは…リィンの背負っていた魔道具に追加されていた過保護な機能のおかげだろう。
常時展開されていた魔法防御の魔法が、白い光を放ちながら彼女を守ったのである。
とはいえ、防御や魔法防御はあくまでも受けるダメージをカットする魔法だ。痛みや傷をゼロには出来ない。
「かはっ…っ、ぐっ…!」
「ニャポニャ!?」
「へ、いき…!負ける、もんか!」
己の背を打った壁を使って立ち上がり、リィンはボタボタと血を吐き出した。
白衣に赤い斑が散り、ヒュウと嫌な呼吸音が肺から響く。
けれども彼女は取り乱すシャルを宥め、収納型魔具から出した回復薬を飲みながら一緒に飛ばされたボードを震える手で手繰り寄せた。
そして痛む身体に鞭打ってボードを走らせると、まず羽から血を流して倒れているウィズの元へ急ぐ。
「っ、ウィズ!!」
「ニャパス!!」
「ピ…ィ…」
シャルが影縛の魔法をうまく使い、本来は対象を捕まえる影の手でその体を拾い上げ、リィンはすぐさま回復薬をかけながら傷口を縛る。次いで、呼吸が安定したのを確認しながらネコヤの元へ向かい、自前の回復薬を呷っている彼にウィズを押し付けた。
「ネコヤくん!お願い!!!」
「ちょ〜!?うぐ、い"っっっだぁ〜」
「わ、ごめんっ!!」
そのまま彼女はボードを走らせ、足の負傷で身動きが取れなくなっていたソキウスの元へ急ぐ。
「ソキウスッ!!」
「グ、ルゥ…」
悲鳴じみた叫びに顔を上げたソキウスへ、リィンは容赦なく魔法薬をぶっ掛けた。よく見れば腹部にも大痣ができ、口から血を垂らしている。
リィンは泣きそうに…否、泣きながらも回復薬をソキウスの口にぶち込んだ。泣き喚いてどうにかなるなら既にギャン泣きしてる。
「ソキウスも、一旦下がっ…っ」
「グルッ!?グルルゥ!?」
「ニャポ!?ニュルニャ!」
ソキウスの無事を確認したせいか、リィンの虚勢がフツッと切れた。無理に動いたせいでまったく回復していない痛みに意識が遠のきかけ、倒れそうになった彼女を慌ててソキウスが抱き留める。
「ソキウスぅ〜!その馬鹿連れて下がってくださいぃ〜!」
「グルッ!」
ソキウスはリィンから漂う血の匂いと透き通った魔力の気配に混乱しつつ、魔物からなるべく離れた場所で体勢を整えているネコヤ達に合流した。直後、リィンはネコヤに罵声と共に魔法薬を浴びせられる事となる。
「もぉぉ〜!馬鹿なんですかお前ぇ〜!自分がまずボロボロのくせにぃ〜!!ば〜〜か!」
「あはは…馬鹿で、いいよ。何かを…守りたいって必死な時に、お利口な方、が…間違ってガポッ」
「黙れぇ〜い」
リィンとて無茶を反省していた。ソキウスは戦場であることを忘れて絶対逃さないバックハグ状態だし、シャルは首に巻き付いて大泣きだし、ウィズもリィンの頭にベトッと体全部でしがみついて震えてしまっている。
心配をかけたと意地でも分からせてくる相棒と友達に、反省せざるを得ないというものだ。
それでも、誰もが理解している。
ウィズとソキウスは、リィンがあの瞬間動かなければまずかった。
ソキウスは魔物に近すぎる場所で動けなくなっていたし、ウィズは血をかなり流した上で翼を負傷していたのだから。
「でぇ〜?ここからどうするんですかぁ~」
ネコヤはこれ以上の小言を止め、鼻息荒く立ち上がってしまった魔物に魔道武具を構える。
彼含め、全員満身創痍だ。こちらの攻撃は効かないし、あちらの一撃はどれも痛すぎる。
リィンもどうしたものかと眉を寄せたその時、待ち望んでいた声が聞こえた。
「ガルッ」
「ルーヴヌフマン?…出来た、んだね?」
「ガルガオ!」
「は〜?出来たって何がですぅ〜?というか、どこから…」
ネコヤはふと違和感に気付く。
あれだけいたボロボロのルーヴヌフマン達は、そういえばどこに行ったのか。何より、果たしてこの戦場は…こんなに狭かっただろうか。
「ネコヤ、くん。選手…交代だよ」
リィンの薄墨が凪ぎ、そこにキラキラと星が瞬く。
その視線はルーヴヌフマンに向けられ、キュッと弧を描いた。
「…っ、見せて、あげよう!キミの作品を!」
…
【火炎】
「グルルゥーー!」
「ニュルニャー!」
〈ゴガッ?〉
シャルの魔法による巨大な氷塊がソキウスの炎で溶かされ、フィールドを水蒸気が覆った。
視界不良の中、徘徊ボスは唸りながら気配を探る。
「ガルッ!」
〈ゴガァ〉
そんな魔物に、霧の中から岩槍の魔法が放たれた。
ちっとも強くない魔法は、すぐさま魔物の皮膚で砕ける。
しかし相手は諦めないらしく、次は岩塊の魔法を撃ってきた。当然、同じ結果を辿ったわけだが。
〈ゴォガ〉
鬱陶しい。何度も何度も何度も。
あのルーヴヌフマンの長よりも、あの赤い魔獣よりも、あの小さな鳥の魔獣よりも、精霊の氷よりも、何なら人間の放つ武器より余程弱い攻撃がチクチクと続いていた。
魔物は見えない相手に苛立ちながら、前足をドシンドシンと踏み鳴らす。
そして、何度目かの岩槍の魔法とすれ違うように魔法を放った。すると、当たりこそしなかったが…弱そうなルーヴヌフマンの姿が霧の切れ間に見える。
〈ゴガァァァ!〉
「ガルルッ」
それは小賢しくもまた霧に紛れて逃げた。魔物は尚更腹立たしくなり、鼻息荒く辺りを探る。
そして…薄れ始めた霧の向こうにその影を見つけたのだ。
そう理解した瞬間、六本の脚が地面を蹴る。
自慢の角を突き出し、ヤツを思いっきり轢き殺してやるのだと。
〈ゴガァァァァァァァ!!!!〉
角は当たった。逃げるそれはバキッと砕け、壁に…叩きつけられることなく、尚も奥へ逃げようとするものだから、魔物も更に一歩踏み込んで…ようやくおかしいと気付く。
何故それは壁に当たらない?何故一歩踏み込んだ自分は壁に当たらない?否、何かには当たった。しかしそれは壁ではなく、押されて重く動く何か…
「「「「ケケケ!」」」」
笑い声を自覚するより早く、魔物は凄まじい勢いで横から殴りつけてきた何かに脇腹をぶち抜かれ…砕け散ったのである。
あまりにも無慈悲に、あまりにも呆気なく。
最後に魔物が見たのは…愉悦に歪んだ一体のルーヴヌフマンの目だった。
…
「はぁ〜〜〜〜〜???」
「やったーーーー!!凄い!!やっぱりキミは凄いよ、ルーヴヌフマン!!!天才!」
「ガルガルガオー!」
静まり返った戦場に、あまりにもキラキラした称賛の声が響き渡る。思わず抱きついたリィンに満更でもない顔で九つの手をヒュンヒュン飛ばすルーヴヌフマンに、ソキウス達は羨ましそうな顔を向けていた。
そんな一同を、どこにいたのかルーヴヌフマンの群れの面々が恐ろしいものを見るように静かに見つめている。
「説明ぃ〜〜〜!!」
「わっ!?どうしたのネコヤくん」
「ガル?」
「どうしたのじゃないですよぉ〜!ボクだけ蚊帳の外とかムカつきますぅ〜!お前ぇ〜いや、お前達何したんですかぁ〜!?」
「あわわわ!荒ぶってるや…」
「グルル…」
「でも、説明も何も…見えてるものが答えなんだけどなぁ」
リィンは困り顔で頬をかきつつ、フィールドにでんと鎮座する石像を見つめた。何と問われれば、徘徊ボスに負けないくらい巨大な腕と手である。何故このデザインなのかはリィンにも分からないが。
肘の部分には砕けた何かがくっついていて、周辺もひび割れていた。ここに魔物がぶつかった証拠だ。
肘から少しずれたところには支柱が刺さっており、その表面は岩とは思えないほどツルツルに磨かれている。
そして手の部分…とりわけ指先のところには、巨大で残忍な棘がズラッと並んでいた。
「えっと、まずはルーヴヌフマンの群れのみんなに幻影の魔法をお願いしたんだ。これを隠すために」
「あぁ〜だから壁が近いように感じたんですねぇ〜?お前が前線に来た理由もぉ〜魔物をルーヴヌフマンの方に近付けるなって言った理由もぉ〜全部それですかぁ~」
「正解!ネコヤくんさすが!」
壁の向こうから指示を飛ばしたら不自然だし、壁に近付かれ…最悪ぶつかられでもしたら、幻影である事がバレてしまう。それだけは避けなければならなかった。
「そもそも〜よくその精霊達が協力しましたねぇ〜」
「あはは…」
「ニュルニャ…」
さすがに治療を盾に取引したとは言えない。絶対に引かれる。リィンは笑って誤魔化した。
「でぇ〜?」
「で、って…後は見ての通り魔物が自滅しただけ…」
「だからぁ〜どうやってあのカタブツを自滅させたのかって聞いてるんですよぉ〜」
「「「ガォガォ」」」
「ひぃん…!こめかみグリグリしないでぇ…!」
痛みに呻きつつ、どう説明したものかと思考を回す。
ネコヤだけでなく、ルーヴヌフマン達も興味があるようだ。
「じゃあネコヤくん、あの肘のところに攻撃してみて。あ、絶対に近くでやらないでね!?」
「はぁ〜?まぁ〜いいですけどぉ~」
説明するより見せた方が早い。ネコヤの性格を考えそう判断すると、彼もくどくど話されるよりその方が面倒ではないと納得した。
そして、言われた通り魔道武具を肘に思いっ切り当てると…
「っ!?」
ギュンとそれがネコヤの込めた力以上の勢いでもって支柱を軸に回り、彼の目の前を巨大なビンタが過ぎていったのだ。遅れてきた風に思わず蹌踉めき、ネコヤはキャッキャとはしゃぐリィンを引き攣った顔で見る。
「そういう事!」
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜???」
そう、今回の仕掛けも動きだけみればシンプルそのもの。
まずは、壁の幻影より前に肘側が、壁の幻影より奥に手側が来るように石像を設置する。
後はただ魔物が肘側にぶつかりさえすれば、支柱を軸にクルッと回転し、手についた棘が魔物に刺さるという仕組みだった。
そのために囮としてルーヴヌフマンそっくりの彫像を肘にくっつけてあったはずなのだが…残念ながら魔物の突進で砕かれてしまったらしい。見たかった。
しかし当然、それだけであの硬い皮を攻略したわけではない。
今試してみたネコヤが、あのビンタを"自分が込めた力以上の勢い"だと感じたのがミソである。
小難しく言葉にするなら、てこの原理の逆。動かす力が大きく必要になるかわり、動く側に伝わる力は何倍にも増すという話だ。
「つまりね、あの魔物は自分の力で自滅したんだよ」
あの石像は魔物の力でギュンと回り、魔物の力で仕返しをした。
相手の力が強ければ強いほど、掌の棘が鋭く打ちつけられる。あの突進の数倍だなんてそれは…どれほどの威力だったことだろう。
更に言えば、リィンはもう一つ仕込みをしていた。
ソキウスとシャルによる脇腹への攻撃である。
熱と冷却を繰り返された皮は組織が崩れ、乾燥し、脆弱化する。
一見小さな効果でしかないが、間違いなく棘という点の一撃を更に確実なものにしたのだ。
「ざまぁみろ」と美しく笑うリィンに、つられて愉悦に顔を歪ませる彫刻家のルーヴヌフマンに、ネコヤもボスも群れの面々もゾッと背を震わせる。
あまりにもえげつないギミックを語ったと、彼女は気づいているのだろうか。当然気付いていない。
何故ならこのギミック、群れのボス相手に使う予定のプランだったのだから。勿論棘をつける予定は無かったが…ビンタはされていただろう。
"彫刻が得意"というただ一点からこんなギミックを導き出す人間がいてたまるか。ネコヤは頭痛を覚えた。
「これで分かったでしょ?力が全てじゃないって」
原理を教えたのはリィンでも、この石像を作り上げたのは間違いなく彫刻家だ。
臨時で魔物の大きさに合わせたのも、スムーズに回転するように支柱をツルツルに仕上げたのも、何故か手の形だったのも…全てが超絶技巧。
「ボスさん、弱っちい人間が…力もなく、魔法も無い私達が生き残れたのは、力じゃなくて技術があったからなんだ」
ものづくりはその最たる力。
馬鹿にできるものなら、してみせろ。
ニンマリと笑う彼女と彫刻家に、ボスはようやく動けるようになった体を引き摺って前に出る。
そして怒りをあらわに牙を剥き…
「…ガァル、…ガォ」
「ガルルゥ!?」
九つの手をキッチリと揃え、頭を下げたのだ。
怒りの矛先は自分である。
力ではまるで歯が立たなかった相手をただの一撃で沈めて見せたその"力"を、今日まで軽んじていた己を恥じた。
馬鹿にしていた技術に群れ丸ごと救われた現実に、己を恥じた。
それを小細工だとか卑怯だとは言わない。
野生では結局勝ちがすべてであり、自分の武器を使いこなせる者こそが正しく強者なのだ。
それに敬意を払わない愚か者にだけは成り下がりたくない。
ボスに倣い、誰一人異を唱えることなく群れの仲間達も彫刻家に向けて耳と体を伏せた。
「ふふっ!良かったね、ルーヴヌフマン!」
「ガル…ガルルゥ!」
「ボスさんや皆も、少しは良い経験になったかな?」
「ガォルゥ」
「うん!それなら私も嬉しいな!」
負けた者を見下すでもなく、学びを喜んで晴れやかに笑うリィンに、ルーヴヌフマン達は眩しいものを見るように目を細めながら身を伏せる。
これにはボスも彫刻家のルーヴヌフマンも群れも皆同じ姿勢をとった。
そもそも、ここで誰が一番かなど…明白だったが故に。
「えっ、ちょ、なんで!?私には別にそういうの要らないよ!?もー、ほら立って立って!」
「グゥルグゥル」
「ピィピィ」
「ニュルニュル」
「感心してないで皆も止めるように言ってよぅ!えぇい!止めないと…えっと、くすぐります!!」
「「「ケケケッ」」」
少し前まで絶望に満ちていたダンジョンに、楽しげな声がカラコロと反響する。
回復薬がようやく効いてきたばかりだろうに…リィンはわぁわぁと追いかけっこを始めた。
「ほら、ネコヤくんも!」
「はぁ〜?何でですかぁ〜!?」
ルーヴヌフマンもリィンもネコヤもソキウス達も…種族分け隔てなく遊ぶ様子に、どこかで「ペラリ」と本が捲れるような音がした。
尚、騒ぎすぎて湧いてきた雑魚魔物に、ギャアギャア言いながら延長戦をしたという間抜けなおまけがあったりする。
…
そんな色々があった翌日の事。初日にリィンに親切にしてくれた恰幅のいいおじさんは、己のホテル跡地を前に呆然と困惑をあらわにしていた。
「えぇと、学生さん?」
「えっと、まずはごめんなさい!今までの怪事件…このルーヴヌフマンのせいだったんです!」
「ガル…」
「木は無理でしたけど、他の所は皆で全部直しました!お騒がせして、本当にすみませんでした」
「「「ガォガォ」」」
「わぁぁ…そ、そうかい…」
おじさんや周りの住民は、群れでお出ましの精霊達に嫌な目を向けそうになったが…必死に頭を下げる子供の手前、ぐっとのみ込んだ。何せ、リィンの姿ときたら…
「…顔を上げな、学生さん。街の修復をしてて、そんなヨレヨレになったのかい?」
「え、あ、すみません!お見苦しい姿で…!」
「いや、うん…年頃の娘さんなんだから…もう少し気にしなね?」
女の子なのに徹夜明けの研究員みたいにヨレヨレのボサボサ。恐らく夜の間にでも、ルーヴヌフマンの得意な消音の魔法を使いながら街を駆け回ってくれたのだろう。これじゃあ怒るに怒れない。
いや、それ以前に…リィンと怪事件はまるで関係無いはずだ。何せ、彼女が来る前から彫刻は置かれていたのだから。
「そもそもの話、その精霊は…学生さんの契約精霊ではないだろう?どうしてそこまで…」
「えっ、友達だから…?」
「ガルゥ…!」
街の人々は、そのまっすぐな少女に苦笑するほか無かった。そうかぁ…友達かぁ…確かに自分も友達に泣きつかれて、一緒に頭下げに行った事あったなぁ。
なんて、一部の人は共感までする始末。それほどまでに彼女は、種族の隔てなく当たり前の顔だった。
何より街の人達が怒れなかった理由は、元ホテル跡地にある。
「その、それで…この土地は一体…」
「えっと、自由にして良いと言ってもらったので…簡易的な美術館にしてみました!この子がお騒がせした罪滅ぼしになればと思って…」
そう、それはそれは美しい、見事な彫刻の並ぶ屋外美術館がそこにはあったのだ。
森を模したエリアには生き生きとした魔獣や精霊の彫刻が踊り、岩場を模したエリアには屈強な彫刻がどしりと構え、水辺を模したエリアには優雅な姿の彫刻が水面に映る。
景観は群れの面々を総動員させ、彫刻はダンジョンから出るやいなや、リィンのスケッチを食い入るように見つめながら彫刻家が生み出した力作であった。
あいにく時間が無かったのでまだ数は多くないが、それでも誰もが感嘆の息をこぼす出来栄えである。
そもそも住民達は皆、正体不明動機不明の怪現象を気味が悪いとは思っていたが、果樹園の木を彫刻にされる以外はそこまで迷惑とは思っていなかった。
むしろ…彫刻そのものは気に入ってすらいたのだ。一つも撤去していなかったのがその証拠。
「まさか…作者が精霊とは、思ってもいなかったよ…改めて見ると見事なものだ。今しか見れないのが勿体無いくらいだよ」
「あの、えっと…じゃあ、お詫びになるかは分かりませんが…一つ提案させてくれませんか?」
ーーそれは少し先の話。
フルーティオには精巧でオシャレな彫刻がたくさん展示された唯一無二の美術館があるのだと話題になった。
それは街にも散りばめられ、迷路みたいな街を歩きながら彫刻を探し、スタンプラリーのように写真を集める人々が増え、イベントも盛んになり、街には今までにない程の活気が生まれたそうだ。何よりも話題を生んだのは…その彫刻の作者兼美術館の支配人が、精霊である事だったとか。ーー
「リィンさんもお人好しですねぇ〜」
「グゥルルー」
「ピィピィ」
「ニャパス」
「そうかな?罪滅ぼしに丁度いいと思っただけなんだけど」
ホテルのロビーで、相変わらず契約魔獣の上で寝転んでいるネコヤが欠伸する。
リィンは収納型魔具の中身に漏れがないかを改めて頭の中で確認しつつ、よいせと背中で跳ねさせた。
勿論、ソキウスとウィズとシャルの確認も忘れず、皆一回ずつムギュと抱き締める。確認よし。
ちなみに、白紙の本の持ち主はここには居なかったので、未だにリュックの住民である。
落とし物として届けるにしても、オセアールの方が良いと言われた。
何故かちょっぴり重くなったような気がするが、別に果汁を零したりはしていないはずである。
「そういえばぁ〜、最後に何を渡してたんですかぁ〜?」
「あれ?ただのレポートだよ。弱った木に自分の魔力を渡して元気にする精霊とか、土の魔力を整えてくれる魔獣とか…そういう子達と協力して農業を営む色んな地域の記事とか論文をまとめただけの。あ!勿論、ファームルワの事とかも書いたよ!」
「へぇ〜?それでぇ〜魔獣とか精霊にぃ〜もっと優しくって説得でもしましたぁ〜?」
「あはは!まさか!私は何も言わないよ!ただ渡しただけ!」
そりゃ、それらしい言葉を並べて、綺麗事のように共生を説く事も出来るだろう。
けれどリィンは思うのだ。
野生の生き物達と同じで、人にだってその土地の考えやルールがある。
それを土足で踏み荒らすのは間違っている、と。
だから、変わるかどうかを決めるのは街の人であるべきだ。
「ただ…考えもせずに遠ざけてるだけなのは勿体無いよって事だけは伝わってほしい…っていう、私のわがまま!」
悪戯した子供のようにちょっとのばつの悪さと、してやったりという感情が乗った笑みに、ネコヤはケラケラと笑ってオフトンの上で転がった。
サワナの次くらいに可愛らしい顔をしてるくせに、とんでもない事を言うクラスメイトだ。
「はぁ〜ホント退屈しない人ですねぇ〜これからのぐうたら生活がちょっとだけ寂しくなりますよぉ〜」
「ふふ!私も、ネコヤくんののんびり感が無くなるのは寂しいかも!」
「言ってろですぅ〜あぁ〜そうそう〜」
ふっとネコヤは声を潜め、辺りを警戒しながら口を開く。
「例の吸血鬼事件ですけどぉ〜今度はスチームンドで出たらしいですよぉ〜また警告が来ましたぁ〜」
「えっアルス、大丈夫かな…確かまだあっちに残ってるって…」
「アイツが被害者って事は無いはずですけどぉ〜どうも出没のスパンが短くなってるみたいなのでぇ~お前も気を付けてくださいねぇ〜夜歩きはほどほどにぃ〜」
「分かった!ありがとうネコヤくん!」
「どういたしましてぇ〜お前はサワナちゃんの友達ですからぁ~面倒だけどサービスですぅ〜」
「あ、そうそう!そのサワナちゃんに、ネコヤくんに会った話をしたら、今度一緒に遊びたいって言ってたよ。そのうちセントールにでも呼び出されるんじゃないかな?」
「は???え??は???はなっ話したって何を??ってか呼び出しぃ〜!?」
「ん?普通に仲良くなったよって。そうしたら、"ずるい私も仲良くする!!"って張り切ってた!絶対にちゃんと行って、護衛してあげてね!すっぽかしちゃダメだからね!」
「あばばばばばばばばばばばば」
「くかぁ〜…」
バグったネコヤを余所に、リィンは慣れた手つきで白衣の袖をキチッと捲り、もう一度ベルセル特製のリュックを背負い直す。
今回はこれに命を救われたのだから、種の事とは別により大切にせねばなるまい。
そして、晴れやかな顔でネコヤに手を振った。
「じゃあまたね、ネコヤくん!」
「グルルゥー!」
「ピッピピー!」
「ニュルニャー」
「あばばばばばば」
何だか凄いうめき声がしたが、リィンの背はベルセルの過保護が守っているので無敵である。
「…そう言えば街の治療師さんにダンジョンでの傷を診てもらった時、咄嗟に主治医をクリソムさんって言っちゃったけど…大丈夫だよね?」
「グルゥ?」
こちらでは医者にかかったことなどないし、学園に報告されたらまたガウラが荒ぶると思っての人選だったのだが…
「…ん?患者の報告?私に…?って、な、な、な!?赤ちゃんっ!!?あの、魔力量赤ちゃんの子が、ダンジョンで、怪我!?」
とんでもない巻き込み事故を起こしたとは、本人は知る由もなかった。
ちなみにクリソムは学園から取り寄せたリィンの資料を見て、その貧弱さと運動神経の雑魚さを追加で知って倒れた。あまりにもむごい。
「さてと、次はシャルの里帰りに行こうよ!ね!」
「ニュルニャー…」




