40.一張一弛(下)
『はいはーい!もういい?いいよねー!本題にいこう!!』
「はぁ…いいだろう。時間は有限だ」
「そんじゃァ、話そうか。例の…"アクセラリティグループ"ってやつの事をなァ」
ヒマワリのような魔道具から聞こえた快活な声…ハシリの声に、皆の意識はクロマから本題へと移る。
そもそもこの会合は、既に二度もカタルシアに危機をばら撒いた連中に関する意見交換の場だ。
自治区を預かるギルドマスターとしてこのままにはしておけない。
「ちなみにだけど、学園側の代表はアタシが務めるわ」
「理事長はどうした」
「…例の騒動で手一杯なのよ」
ギルドマスターと世間話をしている余裕はない。
アクセラリティグループについてを伏せて伺いを立てたせいもあり、そう軽々と突っぱねられた。
ガウラは理事長の気持ちもわかるので、報告も何もいらないと一任された事に怒りはしないが…この空間での居心地の悪さには文句を言いたい。
『じゃあ、じゃあー、私から!フィオーレではアレから悪者は見てないんだけどねー、冒険者から妙な噂は聞いたんだー』
「妙な噂って何よ?」
『違法な魔道具が最近やたらと出回ってるらしいって話!確かに警察からそれ関係の依頼も多いんだよねー。で、たまたま犯罪者から押収できた魔道具を見せてもらったの!そしたら…あの悪者くんが使ってた魔道具と内部のクセが同じだったんだよねー』
ハシリはリィンからの情報で、ファームルワの農業地帯に放置されていた魔道具を回収していた。
彼女は魔道具の発明家で、専門家だ。だからこそ、その類似性に気付いたのである。
『あれ、出どころは同じだと思うよー!』
「なるほどな。大方、資金源にでもしているのだろう」
「うんうん、お兄さんも同意見。闇ギルドとしてはよく使う手口だよ」
「説得力凄いわね…でも、ならそこから追えば連中の尻尾くらい掴めるんじゃないの?」
「そもそも大前提が違うんじゃわィ」
『そーなんだよねー。私もビックリしちゃった!』
「何よ、どういう事?」
「ははっ…尻尾も何も、アクセラリティグループはそもそも隠れてはいなかったって事だよ」
そう、アクセラリティグループは知名度こそ無いものの、普通に存在する会社だったのである。
魔道具の部品から魔法薬まで幅広く取り扱う、それこそよくあるグループ会社として。
「ここからはお兄さんが話そうかな。僕のパートナーは魔道具に潜り込むのが得意でね。多機能魔力計算機経由でカタルシアの網状魔力回線を片っ端から調べたんだけど…どうもその連中、完全にネットの中だけで活動しているみたいなんだ」
「今どきはそんなの珍しくも無いわよね?オフィスだって安くは無いんだもの」
「はぁ…わたしも調べたが、そんなレベルではない。問題なのは、異常なまでの"徹底"だ」
「その通り。社長も社員も顔のパーツ一つ、名前の一文字すら分からないし、全てがナンバー管理だ。この僕相手にそこまで徹底出来る手腕は、間違っても新興企業を騙っていいものじゃないね。おそらくこの組織、闇ギルドとしてもぽっと出数年程度の若芽じゃないよ」
『うげー、じゃあずっとずっと昔から潜んでたって事ー?』
「というか、よくそれで企業として審査が通ったもんじゃわィ」
「馬鹿真面目に審査なんか通すわけないでしょ。違法な書換魔具で登録くらい簡単にでっち上げられるんだから」
「闇の解像度が高すぎるわね…」
「本職だからな。むしろアレは使ってる側だろう」
「やだなぁ、お兄さんそんな事してなくもないけど…あいにくもっと上手くやれるよ…ははっ」
笑えない冗談に、ベルセルは頭痛がした。
この男に対して害はないと言い切ったリィンを彼は本気で心配している。
『もー!私が言いたいのは闇ギルドすげー!じゃなくて、その資金源が"最近やたらと出回ってる"って事なんだけどー!』
「馬鹿な…ハシリに軌道修正された…だと?」
「ベルセル、アンタちょっと寝たら?」
「…こほん。つまり、最近になって急に活発化した…そういうことだな?」
「実際、フィオーレとスチームンドであれだけ派手に動いとるからなァ」
資金が必要になるのは当然である。
特にスチームンドの騒動では、ギルドとシュヤマの介入を防ぐ為の陽動として多くの闇ギルドが使われたが…当然ながら、闇ギルドの相場だと依頼一つですら安くはない。まして、ギルドの昇格試験に乱入させるなんてリスクの大きい依頼なら、前払い分だけでも一般人がまともに払える額ではなかったはずだ。
「スチームンドでやり過ぎたからお金が足りなくなったって事かしら?」
「はぁ…そんな程度の間抜けなら苦労していない。次の手の為の資金と考えたほうが妥当だ」
『だねー!何をするにしても、魔道具や魔道武具に使うお金だって馬鹿にならないもんー!』
「…あァ。いや、そうか!納得したわィ!」
「うっわ、ビックリした!急に大きな声出さないでよ!」
「おそらくじゃが、これまで連中を支えとった高度な魔道具はギヤマンが作っておった。それが今回の件で無くなったわけじゃろォ」
『あー、そっか!埋め合わせで同じレベルの魔道具を用意するのにお金がかかってるんだー!』
材料費という出費はあれど、既製品を買うより作った方が低コストである。高度な魔道具なら尚更。
さらにそこへ魔道具の売買履歴が残らないような処理や密約にも相応のコストがかかるのだ。
「うんうん。なら、あとは魔法薬に詳しい人間を潰せば勝手に自滅してくれるかもね」
「魔法薬に詳しい人間だと?」
「あぁ、まだ誰にも話してなかったかな。これはプラントで捕まえた人間をお持ち帰りして尋も…お話してもらったんだけど」
「ほとんど言ってるわね…」
曰く、アクセラリティグループで幹部直属の部隊に所属すると、特別な魔法薬が支給されるらしい。
それを服用していれば蝕化魔力の中でも汚染を受けずに行動出来るのだとか。
確かに、室内故に面型防侵蝕魔具が無くても大丈夫だったプラントはともかく、フィオーレで襲ってきた者達は侵蝕区域の中でも素顔のまま平然としていた。
「馬鹿な…そんな薬があるわけ…」
「うんうん。あるわけないんだよね…そんな"薬"」
言いながら、クロマは皆の囲むテーブルの上に手のひらサイズの瓶を出現させる。底の方にほんのりと液体が残っているが、中身は空だ。
「これ少し舐めてみてお兄さん驚いちゃったんだけど、ほぼ毒だよ。人体への影響や健康に一切考慮してないね」
「…待て。毒どころかこれは…っ」
ベルセルが顔を引きつらせるのも無理はない。空の薬瓶から漂う魔力は…残った液体から感じる魔力は、蝕化魔力に非常に類似した黒属性魔力だった。
要は、ワクチンみたいなものなのだろう。蝕化魔力に類似した魔力を取り込むことで、それに体が対抗出来るよう一時的に作り替えるための。
ただし、ワクチンのように無毒化されたものではなく、毒性はそのままだ。
まるで、その毒に侵された状態にすら体を慣れさせようとしているみたいである。
『うーわー、さすがの私もドン引きぃー』
「ばっかじゃないの!?正気!?」
「チッ…これが正気であってたまるか」
「…ここまでして、馬鹿共は一体何がしたいんじゃ?」
問題はそこだ。それが不明瞭ゆえに、連中を追う手掛かりも取っ掛かりもつかめないでいる。
シンと静まった室内に、ガウラの重い吐息が落ちた。
「…あの子のレポートに、消し忘れた考察があったわ。たぶん、考え事をしながらまとめてて…うっかりメモしちゃったんでしょうね」
「…続けろ」
"フィオーレでもスチームンドでも、アクセラリティグループはエネルギーを気にしていた。発展の為に必要っていうのはまぁ分かるけど…どうしてそれを、わざわざリスクを背負ってまで奪うんだろう?"
何気ない疑問だったのだろう。しかし、その鋭さに大人達は息を飲む他無かった。
エネルギーが必要なら自分達で作ればいい。グループ会社を作れるほどの組織なら、専用のプラントを作るくらいは出来るだろう。
けれど、そうしない理由。そうできない理由。
目立たないようにという理由だけでないだろうそれは、単純にして残酷だった。
カタルシアが使えるエネルギー資源は…魔脈から供給される魔力は…実はもう、あまり残っていない。
浄化の工程を魔道具に組み込み実行するには、想像以上のエネルギーを必要とした。
元々魔道具依存の強い国なので、魔力エネルギーの使用量は凄まじかったのだ。
いくら使用した魔力が循環して再生されるとはいえ、使用量が上回っている状態が続いていたのである。そこに加えてとなると、その負担は計り知れない。
更に言えば、浄化の過程で黒属性の魔力を排していることもまた問題だった。
それはイコール、魔力循環を無視して魔力を使い捨てている事に他ならない。なぜなら本来黒属性は時間をかけて魔脈に還り、やがて魔力の大元である白属性へと生まれ直してまた巡るものだから。
『悪者くん、蝕化魔力をエネルギー源にとか言ってたっけー…』
「ギヤマンの阿呆も、浄化というブレーキを取り払うとか言っておったなァ…」
「はぁ?じゃあ連中の目的って、エネルギー問題の解決ってこと?何よそれ」
それだけ聞けばまるで善行だ。
"犠牲は発展の糧"という信条さえなければ、だが。
浄化を止めることそのものがカタルシアにとって致命的なのだから。
「ふん…如何なる高尚な理由があれ、蝕化魔力を発生させるのならば…それをわたしが許すことはない」
「そうね」
「じゃなァ」
『同感ー!』
その後も大人達の会議は続いた。結局発展という発展こそ無かったが、一先ずエネルギー施設の警備強化と違法な魔道具の摘発強化が全自治区共通の対策として決定された…所で、厳重な魔法がかかっていた扉がスッと開く。
見れば、ベルセルの契約魔獣であるフラーテルがリィン達を伴ってやって来ていた。
「「「温泉にいきましょう!!」」」
頭にお面、手に水ヨーヨーと金魚、食べかけの綿あめに袋を被ったままのりんご飴、焼きそばとたこ焼きの香りが空腹を刺激し、それぞれ屋台でゲットした景品をこれでもかと抱えている。
一秒前までシリアスな空気を抱えていた大人達にとって、とんでもない襲撃であった。勿論一番の被弾者は…
「突然縁日を楽しみましたって全身で語る推しの供給に微笑ましいねって余裕な姿を振りまきたいお兄さんとあまりの尊さに温泉に飛び込んで泳ぎ回りたいお兄さんが同居して混乱しているよこんばんは」
「こんばんは、クロマさん。首から上と下で別居したら解決しそうですね」
「ホントだ僕の推し天才…ァ、無理ちょっと泳いでくる」
「あらあら、お客様。温泉での迷惑行為は禁止ですわぁ。泳ぐのでしたら外のマグマへお願いします」
「ちょ、メイドさん???何言ってんですか!?」
「あっはははは!メイドさん容赦なーい!」
コレがコントならひっくり返っていただろうクロマ以外の大人達は、唐突なカオスに頭を抱えて項垂れたのである。
…
「はわわわわ…!広い!」
凄まじく疲れた様子の大人達に首を傾げながらも押し切ったリィンは、やって来た露天風呂に目をキラキラと輝かせた。
岩で囲まれた湯船には熱めの温泉がなみなみと揺らぎ、旅館の名前にちなんでか蓮華の花を模した湯の花が浮かべられている。
「リィンちゃーん!シャルにゃんも、お背中流しっこしーましょー!」
「はぁーーい!」
「ニュルニャー!」
「ちょっとアンタ達!あんまり騒ぐんじゃないわよ!」
「あらあら、うふふ。大丈夫でございますわぁ。本日この蓮華の湯は皆様の貸し切りにございますものぉ」
「ひぃ!何よアンタ!?どっから出てきたの!?」
またしても突然生えたように現れたメイドに、ガウラは野生の魔獣のように威嚇した。
尚、その目が釘付けになっているのは彼女の豊満な…とにかく豊満な果実である。
「…っ!不公平だわ!!」
「ご、ご乱心だや…」
「先生どったのー?」
「うふふ、可愛いお客様方。揉みます?」
「ひょえっ、も、も…!?!?」
「「揉みます!!!」」
「嘘でしょ先生!?サワナちゃん!?」
「ニャパス!」
「ちょ、シャル!私の事は良いから!!も、揉むならメイドさんにしてぇ!!」
姦しい女風呂の一方で、竹柵…に見える結界の魔道具で隔てられた向こう側。男風呂の面々はシンと気まずい沈黙を味わっていた。
アルスはリィンの代わりにソキウスの背をワシワシと洗いながらため息を飲み込む。
「えーっと、気持ちいいかな?ソキウス」
「グルールルゥ!」
「ピピィ!」
「ウィズは…ど、どう洗えば…?」
「タライに湯でも張っておけ。勝手に浴びる」
「クゥルィー」
「は、はい…」
通り過ぎざまにそれだけ言って、軽く体を流し終えたベルセルはフラーテルと共に湯に浸かった。
アルスは彼の意外にも鍛えられている…いわゆる細マッチョな体と、それでも健康的に見えない病的な白さに目を奪われつつ、その隣でおじさんのようにくつろぐフラーテルに吹き出しかける。毒の滲む長耳が湯に浸からないようにか、頭上で可愛く結ばれているのが地味にクる。ベルセルがやったのだろうか。やったのだろうな。
想像して更にダメージを負った。
「なんじゃァ、鋼っ子!ひょろっこいのォ!」
「うわ……」
「ガハハハ!もっともっと鍛えろィ!ワシくらいになァ」
ムンッと腕に力を入れてポーズをとるシュヤマは筋骨隆々で、ギルドマスターと言われて納得の鋼の肉体である。
所々ある古傷がその肉体美を無骨に飾っていた。
とはいえ、憧れはするが目指しはしないタイプのゴツさだが。
ちなみにクロマは"推しの温泉イベント!?"と叫んだきり、シュヤマにサウナにぶん投げられて以降見ていない。
ソキウスを洗い終え、自分の体も流し、アルスはシュヤマやベルセルからちょっと距離を置いて湯に浸かった。
「はふぅ〜〜〜」
「きもひぃ〜〜」
「にゃふーーー」
「何よこの可愛いアザラシみたいなの。は?大変だわ!保護しなくちゃ…!」
「お客様、お客様…当旅館では可愛いお客様方の捕獲は禁止ですわぁ」
リィン達もまた温泉にどっぷり浸かり、荒ぶったガウラに捕獲されそうになっている。
ふにゃふにゃと湯を満喫している二人はまるで気付いていないが。
血と魔力がギュンギュン巡っているのが分かった。そのスピードについて行けなかった疲れというものが振り落とされていく。温泉ってすごい。
「はぁ、やっぱり良いわね!ここの温泉!このちょっとシュワシュワしたのが疲れをじゅわっと流して、体の芯まで染み渡るような赤属性魔力と青属性魔力が魔力の凝りを解かしてくれるみたいだわ!!アタシ的にはここに黄属性魔力がもっとプラスされてたらベストなテイストね!」
「ニャポ…??」
「ソムリエの方ですか???」
「先生何語喋ってんのー??」
「あらあら、うふふ。ありがとうございますわぁ。後ほど電気風呂にもご案内いたしますぅ」
のんびり浸かるのに飽きたらしいシャルが湯の花にじゃれつく姿を眺めつつ、リィンはちょっぴり気になって男風呂の方に耳を傾ける。
「…な、なんか静かじゃない?あっち」
「んー?おーい、アールースーくーん!」
「サワナ、うるさいよ!迷惑だからやめなって」
「お!返事した!そっちのお湯は赤いですかー?」
「何でだよ!!誰も死んでないからな!?」
「ガハハハ!面白いこと言っとるのォ!」
「グルルー!ルールゥ!」
「ふふっ、ソキウスー、気持ちいいー?」
「グルーー!」
「クゥイーールゥ!クゥ!」
「おい、フラーテル…」
「あはは!フラーテルも満喫してるね!ベルセルさんはどうですかー?」
「…悪くない」
「悪くねェとよォ!ガハハハ!!」
小さすぎるベルセルの返事を大きすぎるシュヤマの声が代弁し、リィンはくすくすと笑みをこぼす。
勿論ガウラにも聞こえており、物凄く分かりやすく嬉しそうだ。
「ベルセルさーん!」
「なんだ」
「肩まで浸かって、百数えるまで出ちゃダメですからねー!」
「は???」
「ソキウスとフラーテル、ちゃんとズルしないよう見張っててねー!」
「グルルゥ!」
「クゥールィ!」
「は???」
「ガハハハハ!!!ほれ、肩まで浸かれとよォ!」
ベルセルの困惑した声とバシャバシャと暴れる音、シュヤマの豪快な笑い声を聞きながら、リィンはやり切った顔で再度湯に体を沈めた。
「いやオカンかーい!あっはははは!」
「恐ろしい子ね…」
「あらあら、うふふ」
ちなみにこの後リィンはお約束とばかりに濡れた岩ですっ転んだ。
…
さて、温泉の後はサワナの希望通り、大人組を引き続き巻き込んでの卓球に…
「いっくよー!アルスー!!」
「任せてサワナ!!」
「ガハハハ!若ェの、捻り潰してやるわィ!」
「そう簡単に勝たせてあげないわよ!!」
卓球をしに、来たはずだった。
だが、いざ卓球場とやらに入ってみればそこに見慣れた卓球台は無く、中央に腰くらいの高さでネットが張られたコートがリィン達を出迎えたのである。
もうこの時点でリィンは混乱した。
しかし、リィン以外の皆は勝手知ったる様子で備え付けの得物を手に取り、コートに立つ。そして…ぽんと突然現れた巨大な球らしきものに攻撃を打ち込んだのだ。
そして冒頭のやり取りに至る。
「サワナ、そっちに行った!」
「おうともさー!」
刃の付いてない槍を構えたアルスが叫ぶと、サワナが高く跳ねた球目掛けて矢尻のついていない矢を弓で弾いた。
ネットの向こうでは、シュヤマが肩に担いだハンマーを跳ねさせ、刃の潰れた自分と同じくらいの大剣を振り回したガウラが迫りくる球を見つめて鼻を鳴らす。
「これ私の知ってる卓球じゃないな???」
「グルールルゥ!」
「ピッピピィー!」
「ニュルニュー!」
悟った彼女を横目に、ソキウス達が大はしゃぎで歓声を上げた。
リィンの想像通り…まぁ見ればわかるが、これは彼女の知る魔力のまの字も必要としないあの卓球ではない。
カタルシアにおける琢球とは、メジャーな魔道具スポーツの一種を指すのである。
魔道具で出来た球を得意な武器を用いて打ち合い、互いの武器さばきを切磋琢磨する事を目的として生まれた競技だ。
ルールは卓球とほぼ同じで、一度自分側のコートにバウンドした球を打ち返し、相手側のコートにバウンドさせるだけ。要は、人を巨大な卓球台に乗せたようなものだった。ラケットは自分自身。
「アルスー!スマッシュ!!」
「いやさすがにこの体勢は無理!?」
「ふふん!それじゃあアタシがお見舞いしてやるわ!」
「ガハハハ!やれやれィ!」
「ふんっ!!!」
「「ぉわー!?」」
ガウラの大剣が球を捉え、凄まじい音を立ててアルス達再度のコートに突き刺さる。その衝撃で、アルスとサワナはボールと一緒に吹き飛んだ。お風呂上がりに楽しむには激しすぎやしないだろうか。
「グルグルーッ!」
「ひぃん…どう見ても私にはハードルが高いよぅ…」
「ニャパス!」
「ピィピー!」
ソキウス達に引き摺られながら空いてるコートに立ったリィンは、仕方なしに盾を手に取る。シャルは短鞭を持ち、ウィズは扇、ソキウスはリィンをチラリと見て剣を手に取った。
そして、ぽんと球が現れる。最初はリィンの所だ。
「わ、わ、えいっ!」
取り敢えず両手に構えた盾をぐっと突き出してみれば、球は見た目よりも軽く跳ねてシャルとウィズのコートへ。
「ピピィ!」
「…グルッ!」
高めの場所から落ちて跳ねた球をウィズが宙返りをするように足で掴んだ扇で弾き、ちょっぴり勢いづいた球はソキウスが危なげなく剣を横薙ぎにして打ち返す。
「ニャポ!」
コートの角ギリギリを狙った良い返球だったが、影を使ってするんと移動したシャルにビシッと打ち返されてしまった。
そして球はリィンの方に向かい…
「あわわわ…っえい?と、と、うわっ!?」
盾を突出して打ち返したまでは良かったが、リィンはそのままバランスを崩してズベッとコケたのである。
実はバッチリ見ていたアルス達も知ってたと菩薩顔だ。
部屋の端で傍観を決め込んでいたベルセルは呆れ顔だし、フラーテルは幼い妹が道端で転んだのを見てしまった兄みたいな顔でオロオロしていた。可愛い。
起き上がったリィンはじっと盾を見つめ、口を尖らせる。
いくらゲーム用の魔道具で本物の武具ではないとはいえ、この大きさの盾は重い。どうやら、リィンのひ弱な筋肉ではまともに扱えないらしかった。
(…なら、よし。考え方を変えよう)
情けなく下がっていた眉をキュッと上げ、リィンはソキウスの方へと勇ましく歩いたかと思えば…反射的に抱き上げてくれた腕にスッポリと収まる。そしてそのまま盾を構えたのだ
「これぞ私達の最強布陣!!フォーメーション、コロバ・ナイ!」
「グルルーゥ!」
「くっ、あははっ!リィンの発想力凄いな!いや確かに転ばないだろうけど…!」
「あっははは!リィンちゃん最高ー!」
ケラケラとアルス達が笑いに包まれる中、一人の人物がいつの間にかシャルとウィズに代わってネットの向こうに立っていた。
「ふふん!なら、その最強の布陣とやら…試させてもらうわ!」
「あ、やです」
「さぁ!構えなさい!」
「やですぅ!!」
何故かガウラがやる気満々で仁王立ちしていたのである。
リィンが拒否してものれんに腕押しだ。
「ガハハハ!なんじゃァ、次の相手は玉鋼っ子か!」
「助太刀!」
「僕達もリィン側につきます!」
シュヤマが笑いながらガウラの隣に立ち、アルスとサワナがリィンの前に並ぶ。彼女の拒否などお構いなしに話が進んでいった。
そして、人が揃ったと判断したらしい魔道具もまた、リィンの意思に関係なく球を吐き出す。
シュヤマがそれをハンマーで豪快に打つと、球は真っ直ぐリィンの方へと飛んで来た。
「あわわわ…!」
「グルゥ!」
唐突な始まりに目を白黒させたリィンに代わり、ソキウスが剣で応戦する。
ウィズとシャルはコートの外でキャッキャと応援モードだ。
「ほらほら!もっとやる気出しなさい!」
ガウラが大剣で斬り上げるように球を返すと、それは高くバウンドしてリィン達の頭上を越えようとする。
しかし、そうはさせないとヤケになったリィンは叫んだ。
「っ〜!ソキウス投げて!!」
「グルルゥー!」
「「えっ」」
「「は??」」
ビュンと空へ投げ出されたリィンは、高くバウンドした球より高い位置からえいやと盾を突き出す。ポコンと当たった球に安堵しながら落下すれば、ソキウスがしっかりとキャッチしてくれた。
「あっははは!リィンちゃん度胸やばー!」
「ちょっと!?危ないことしてんじゃないわよ!!」
「そうだよリィン!何やってんの!?」
「ガハハハ!相変わらずとんでもねェ!ふんっ!!」
豪快に笑いながらも、シュヤマはリィンの緩やかな球を力強く打ち返す。
それを見てアルスは駆け出し、コートの端ギリギリで槍で受け止めるようにしながら押し返した。
「っ、重っ!これでスマッシュじゃないとか…!」
「まだまだいくわよ!!」
「よーしばちこーい!」
体ごと振り回すような勢いでガウラが大剣を振るうと、またしても球は弾丸のような勢いでこちらに来る。
今更だが、シュヤマもガウラもかなりのパワーファイターだ。
バウンドで床が割れるのではないかと思うほどの勢いを持って跳ねたそれに、サワナはニッと笑って下がった。
「リィンちゃん!」
「え?あ、オッケー!」
自分に向かって走ってきた彼女に一瞬驚いたが、リィンは盾を傘にでもするように上に向ける。
するとそれを足場にサワナがトンと軽く跳び、バウンドした球より高い位置から矢を放つ。
「スマーッシュ!」
「くっ…やるじゃない!」
「任せィ!そォれ!!」
サワナの一撃で、球は猛烈な勢いで相手コートへ向かって行った。しかし、シュヤマは恐れることなくその球を捉え、勢いを殺すどころか上乗せして返したのである。
豪球はアルスとサワナをすり抜け…
「ひょえっ!?ソキウス、下がって!」
「グルッ!」
「…よし、ここ!これで球の下を掠めるように打ち返せる?」
「グルール!」
強烈な速度で返ってきた球。ソキウスは慣れない剣ではなくリィンから渡された盾を拳につけ、指示通り擦るようにして殴り返した。
すると球はガウラ達のコートに落ちた…その瞬間。
「えっ!?」
「ほほゥ!」
構えたガウラから逃げるように…リィン達の方へと戻るように跳ねたのである。
思わぬ変化球に対応できなかったガウラは大剣をスカり、判定はリィン達の勝ちになった。
「やった…!ソキウス天才!!」
「グルールル!」
「な、な、な、なんでよー!?」
「ガハハハ!あの魔獣…いや、玉鋼っ子め、強烈な逆回転を掛けおったわィ!」
卓球であればよく見る手法はどうやら、ものの大きさが変わっても変わらず通用するらしい。リィンはちょっぴり賢くなった。
「うぅう!!もう一回!!もう一回よ!!」
「リィンちゃんリィンちゃん!私あれ受けてみたい!!」
「僕も気になる!というか、どうやったの!?くわしく!」
「ニャパス!」
「ピィピピ!」
「ひぃん…!」
しかしこれが皆に火をつけてしまったようで、リィンは結局この琢球から逃げられなくなったのである。
「…?」
「クゥ?」
そして、しばらく。
一人スチームンドの調査資料に目を通しながら時間を潰していたベルセルは、妙に静かになったコートに目を向けた。てっきり自分とフラーテルを置いてお開きにでもなったのかと思ったが、ガウラとシュヤマは壁際に立っており、けれどもリィン達の姿が見えない。
「おい、ガウラ、シュヤマ、一体何が…」
「「しー」」
「クゥルィ?」
揃って立てた人差し指を口に当てる二人に怪訝な顔を向けたベルセルだったが、視線を下げて思わず眉間のシワを解いた。
そこには、リィンを中心にすやすやと眠る子供達と、それを守るように身を寄せ合うソキウスとウィズとシャルの団子があったのである。
皆、はしゃぎ疲れたのだろう。
「もう…おこちゃまなんだから!」
「ガハハハ!いいじゃねェか!…これこそ、ワシらの守りてぇもんだ」
「…そうだな」
ベルセルは音も無くしゃがみ、団子の中心にいるリィンの柔い頬をそっと撫でた。すると彼女はむずがるようにしながらも、湯に浸かってなお体温の低いその手に擦り寄ってくる。そして安心したように口元を綻ばせる彼女につられ、ベルセルは頑なだった三白眼をトロリと溶かしながら密やかな笑みを浮かべたのだ。
ここに来て、一番安らいだ笑顔だった。
ガウラとシュヤマは目を丸くして顔を見合わせ、苦笑しながら肩をすくめる。
どうやら、変に気を回さずとも良かったのかもしれない。
穏やかさと、平和と、幸福の象徴を目に焼き付けながら大人達はそれぞれ誓う。
必ずこの子供達の未来を守ってみせよう、と。
「無理無理無理、尊死する。昇天する。全人類にこの尊さを見て知ってほしいお兄さんと誰にも見せたくないからどこかにしまっちゃいたいお兄さんが同居して混乱しているよあぁこれだけで炊飯魔具丸ごと食べられそう」
「せめて中身だけでありなさいよ…」
「クゥル……」
「はぁ…おい、この変質者をどこかにしまえ」
「あらあら、うふふ。かしこまりましたわぁ」
「うォ、どっから出てきおったんじゃ…」
こうして、皆の温泉旅行は実に有意義な時間となったのである。
ちなみにこの後リィン達は夕食の香りで飛び起き、豪華なマグマ懐石という激辛だがとても美味しい食事をばっちり堪能したのだった。
…
「ごめんなさいね、忙しなくて。もっとゆっくりしたかったでしょう?」
「あはは、大丈夫ですよ!バッチリ楽しみましたから!」
「グルルゥ!」
「ニャパス!」
「ピィピッ!」
そして明くる日の昼過ぎ。
マグマールをもう少し見て回るというアルスとサワナ、まだ調査が残っているベルセルとシュヤマと別れ、リィンはガウラと共にセントール学園に戻ってきていた。
「でも、あのぅ…健康診断って、注射とかじゃないですよね…?」
「ふふん!違うわよ。普通にバイタルチェックと魔力測定」
セントール学園の生徒は学年毎に一回の健康診断を受けるのだが、前回が新学期の前だった為リィンは受けていなかったのだ。そこで、丁度学園にいる今のうちに済ませてしまおうとの事らしい。
テストも終わり、皆実習に戻っていったのだろう。閑散とした二年の学年棟を歩いていると、バンッと乱暴に正面玄関の扉が開く音と共に、その男は現れた。
「たのもーーーーーーー!!助けてほしいッスーーーー!!!」
男と共に吹き抜けた潮風に似た香りと押し寄せる水属性の魔力がリィンの鼻をくすぐり、波乱の予感が胸を波立たせたのである。




