39.一張一弛(上)
「「「わぁ…!!」」」
リィンは白い湯煙の向こうに現れた景色に、アルスやサワナと共に感嘆の声を上げる。
立派な活火山から絶えず流れ出ているマグマの川。それを赤い巨大な跳ね橋で渡った向こう側に、斜面にへばりつくように何層も重ねられた大きな建物が見えた。
木造にも見える黒塗りの柱や外壁にはパイプが血管のように巡らされ、そこかしこから蒸気を吐き出している。
その真っ白な煙の向こうに映えるのは、赤い漆塗りの輪郭を持った反りのある豪華な千鳥破風の屋根。何層も重なる屋根の角それぞれにぶら下げられた大きな提灯が、マグマに負けじと爛々とした光を発していた。
「はわわわ…!別世界過ぎる…!」
「グルルゥ!」
「ピピィー!」
「ニュルニャ」
「旅行誌で写真としては知ってたけど…これは圧巻だね…」
「あっははは!すっごーい!こんなトコの宿泊チケットくれるとか、ガウラ先生太っ腹ー!ね、ね、写真!写真撮ろー!!」
そう、ようやく直ったらしい瞬間的移動魔具を使ってやって来たここは、マグマールの温泉街。その奥地である。
ガウラからもらった宿泊チケットは、温泉街の中でもいっとう豪華で人気の宿…蓮華楼斎屋のものだった。
非常に風情ある見た目でありながら、あらゆる所に魔道具や技術が散りばめられた高級宿に、リィンは目が回りそうである。
サワナの自撮り写真に映る笑顔が引きつり気味なのも致し方ないと思う。
「グルッ!グールルゥ!グルーール!」
「あはは…ソキウス、テンション高いねぇ」
「赤属性魔力が凄いからだろうね。体の内側から焦げそうだ」
「そうじゃなくてもテンション上がるでしょー!こんなヤバヤバ宿、滅多に泊まれないよー!」
「うぅ…本当に良いのかな…ガウラ先生渡すチケット間違えてない??」
「リィン…気持ちはわかるけど、疑いすぎでしょ」
リィンは貰い物のチケットを何度も検分し、そこに書かれた宿名と自分の名前に精神的なダメージを食らう作業を繰り返したが、やがて諦めがついたのかムンッと白衣の袖を捲った。
「女は度胸!行こう、皆!」
「おーーー!」
「グルッ!」
「ピッピィ!」
「ニャパス!」
「そんなダンジョンボスに挑戦するみたいに気合い入れなくても…」
マグマの川で囲まれた孤島のようなそこに向かうべく、リィンはソキウスの手をしっかりと掴んで一歩橋へと踏み出す。
すると、持っていたチケットが光りながらふわりと浮かび…一つの提灯に変わった。チケットもまた魔道具だったらしい。
提灯がお辞儀するように傾いたので、リィンもつられてペコリと頭を下げた。
「えーっと…もしかして、案内をしてくれる感じかな?」
「そうみたいだね。というか…たぶんこれ、あの提灯が一緒じゃないと通れないんじゃない?よく見ると結界の魔法が張ってあるし」
「え?…あ、本当だ!マグマの川沿いにうっすら魔力の壁みたいのがある!」
「じゃあ、じゃあ、ついて行かなきゃじゃんー!ゴーゴー!」
「ばっ!?押すなよサワナ!?」
「あ、ま、待ってよ二人ともー!?」
「グルルー!」
道中にポツポツと浮かぶ行灯の魔道具が、こちらにどうぞとリィンたちを持て成し導いているみたいに明かりを灯す。まだ明るい時間帯のはずなのに、一歩進むごとに日が暮れていく感じがするのは、暗幕の魔法や幻影、幻覚の魔法が結界に組み合わされているのだろうか。
ここまでくると何が凄いのか分からない。
「ニュル、ニュルニャ!」
「ピピッ、ピィ?」
「こら、二人とも魔道具にじゃれつかないで。壊したら弁償できないんだから…」
「大丈夫ですよぉ。やんちゃな子が壊しちゃっても、当旅館では弁償しろなんてケチな事は言いませんものぉ」
「ひょわ!?」
「グルッ!?」
「うわ、ビックリした」
「人がいきなり生えたー!?ミステリー?ミステリー!!湯けむり殺人!!任せて私めっちゃ探偵やるー!!どんとこい!」
「殺人事件は嫌だよサワナちゃん!?変なフラグ立てないでぇ…!」
「真実はその辺に転がっているぞー!!むぐっ」
「ちょっと黙ろうかサワナ」
「あらぁ、可愛い反応ですわぁ」
橋を渡りきった先。いきなりリィン達の後ろから声をかけたたおやかな女性が、楚々と笑った。
コロコロ転がすような声は鈴のようで、けれども精霊のような悪戯っぽさがある。
目の前に迫った宿の非現実感もあり、人か人ならざるものか曖昧な印象を受けた。まぁ、普通に人なのは分かっているのだが。
「ようこそいらっしゃいました、可愛いお客様方。わたくし、皆様の案内役をさせていただく仲居のメイドと申しますわぁ」
「「「なんて??」」」
「うふふ、どうぞメイドさんとお呼びくださいなぁ」
偽名なのか本名なのか定かではないが、物凄くややこしい人なのは分かった。所作や言葉遣いは丁寧だが、完全にリィン達の反応を楽しんでいる。
「皆様は、リィンさま御一行でお間違い御座いませんねぇ」
「えと、はい。お間違い御座いませんです!!」
「リィン、つられてるよ」
「でも、そのぅ…むしろこのチケットがお間違いだったりしませんか…?」
「あっはははー!リィンちゃんまだ疑ってるー!」
「あらぁ?うふふ、間違っていませんよぉ。わたくし共が直々にご用意致しましたものぉ」
メイドの指先まで神経が行き届いた美しい手が、浮かんでいる元チケットの提灯を捕まえて持つ。
「さぁ、こちらへ」
有無を言わせぬ綺麗な笑顔に、リィンはようやく完全な白旗をあげたのだった。
…
一年中縁日をしているという魅力的すぎる巨大な庭園を横目に、メイドさんは鳥居のような立派な門をくぐる。
後に続いたリィン達は、彼女が開けた千本格子の先…ロビーにまたしても圧倒された。
まずリィンを襲ったのは芳醇な緑属性を感じる木の香りと、温泉らしい独特の硫黄臭。次いで暑すぎず寒すぎない絶妙な空調が肌を撫で、飛び込んできた眩しさを瞬きで調節した目に入ったのは、深紅の絨毯。
少し視線を上げると、折上格天井まで届く吹き抜けの合間にどこに繋がっているのかわからない階段や、空間を跨ぐ小さな赤い太鼓橋が幾重にも複雑に交差しているのが見えた。
「もうこれはダンジョンでは???」
「グルグルゥ」
「ニュル」
「ピィピー」
「リィン、マッピングよろしく…これ絶対迷う…」
「あっはははー!探検!探検ー!」
「巫山戯るなよサワナお前、絶対に離れるなよな…!」
「サワナちゃん手!手をつなごう!!」
「うふふ、心配しなくても大丈夫ですよぉ。もし迷子になっても、この魔道具がちゃあんとお客様を部屋までご案内致しますもの」
ゆらゆら揺れる魔道具の提灯。ぼんやりしたその明かりが何とも頼もしく見える。
そのまま部屋に案内される道中も凄かった。
建物内にも魔法が張り巡らされているのだろう。
ロビーから階段を登った途端またしても夜のように暗くなり、薄明かりの灯る踊り場から見た各客室の外観はまるでそれぞれが一つの家のよう。漏れ出る微かな賑わいが室内を歩いているはずなのに夜の歓楽街でも歩いているような気分に陥らせた。
掛け軸や調度品もすべて魔道具らしく、薄く広がるような魔力の感覚が隙間なく空間を満たしている。
リィンは気になったらしいウィズが壺に飛び乗るのを全力で阻止したが、メイド曰く巨大ハンマーで冒険者が殴りつけても壊れないので心配要らないとのこと。
やけに具体的な例だったが、そんな客でもいたのだろうか。
そうして三階の客室に辿り着いた時には、一同気疲れで倒れ込んでしまった。荷物を置いて、三人で大の字に寝そべってみる。
ソキウスも真似してリィンの隣に寝そべり、ウィズとシャルはリィンおでこと胸元を陣取った。そして、しばらくの静寂の後、誰からともなく笑い声が漏れる。
「んふっふふっ」
「っく」
「ふはっ」
「「「あははははははははは!」」」
「もう凄い!大冒険を乗り越えた気分!最高!めっちゃスケッチしたいや!!」
「何から何まで頭おかしいって!見てるだけで興奮しちゃって、疲れを取りに来たのに疲れた!こんな体験滅多にないよ!」
「あっははは!どこをどうとっても、こりゃ飽きる暇もないねー!誘ってくれたリィンちゃんには感謝感謝ー!」
「んふふ、喜んでくれてよかったよ!こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう、二人とも」
チケットには同行者が三名までオーケーとあったので、リィンはまずアルスとサワナに声を掛けたのだ。
あと一人はキブラを誘いたかったが、連絡先を知らなかった事を思い出して断念。ならばとベルセルに聞いてみたものの、予定があるらしく断られてしまったのである。
「グルッ、グルーゥ?」
「ニャパス!ニュルー?」
「ピィピピッ?」
「はーー…うーん、そうだね何しようか。私は景色とかだけでも満足しちゃうんだけど…二人はしたい事とかある?」
「温泉!って言いたいけどー、まだちょっと早いよねー?たんまり遊んでから入りたい!で、その後で娯楽室で卓球ねー!!」
「じゃあさ、外の縁日でも見に行かない?屋台とかたくさんあったし。食べ過ぎには気を付けないと、夕食が入らなくなるけど…」
「うん、いいね!じゃあ、縁日を回ってから、温泉で、卓球!決まり!」
そうと決まれば、子供は俊敏だ。だらけた空気も疲れも吹き飛ばし、気後れしていた過去も忘れて、楽しみに目を輝かせながら客室を出る。
扉の横に待機していた提灯に縁日に行きたいと伝えれば、明かりは迷わず先導してくれた。
「ピピ?」
「ん?どうかしたの、ウィズ」
「ピィー!」
「あ、ちょ!?どうしよう、ロビーに飛び降りちゃった!?」
「リィン、ウィズは飛べるから大丈夫だよ」
「ニャポ、ニャポ」
「ショートカットとは卑怯なー!私も負けないぞー!」
「サワナちゃんは無理だから一緒に行こう!?」
「いっそ突き落としたい気もしてきたけどね…なるほどこれが湯けむり殺人…」
「湯けむり関係ないよアルス…」
「いやリィンちゃん、突っ込みそこで合ってるかなー?私殺されそうなんだけどー!」
と、三人でワイワイしながら階段を駆け足気味に降りていると、ロビーの方から何やら聞き覚えのある声がした。
「きゃっ!?何よ、香草小鳥型魔獣!?ビックリしたじゃない!!誰かの契約魔獣かしら」
「いや、この魔獣はまさか…いや、まさかな…」
「クゥルィ?」
「なんじゃァ?見覚えがある鳥っ子じゃわィ」
「ピピピィ!」
「ウィズーーー!すみません、ご迷惑、を…???」
「「「え?」」」
「「「は?」」」
「グル!」
「クゥ!」
なんとロビーには、ガウラとシュヤマ、ベルセルとフラーテルの姿があったのである。
「っ〜〜〜!!なんっで全員同じ日に招待してんのよ!!あのおバカ両親はーー!!」
尚、ガウラの母は後にこう弁明したらしい。
"はぁ?皆一緒の方が楽しいじゃない!!このワタシの気遣いに何か文句でもあるの?無いわよね?無、い、わ、よ、ね?"
この親にしてこの子ありである。
…
「ふふっ、ベルセルさんの予定ってこれだったんですね」
「はぁ…わたしにそのつもりは無かったがな」
曰く、あの騒動の際、蝕化魔力が一番広がっていたのが侵蝕区域と化していたマグマールだったので、経過調査を予定していたらしい。
そんな折にタイミング良くガウラから温泉宿の誘いがあり、丁度良いと思って乗ったのだそうだ。そして今に至る。
「計算外だ…まさかこんな高級宿に連れてこられるとは思わなかった」
「クゥクゥ!」
「あはは…同感です」
「ふん!このアタシが手配したのよ?良い所を選ぶのは当たり前じゃない!!」
「ガハハハ!いいじゃねェか!一仕事終えたら最高の宿でのんびり出来るなんざ、贅沢の極みじゃわィ!まぁ本音を言えばヨウちゃんと来たかったがなァ」
「…わたしは遊びに来たつもりはないのだが」
ウンザリしたようなベルセルの様子に苦笑を禁じ得ない。
この宿屋の門扉をくぐって尚、彼の意識は仕事や責務にしか向いていないのだろう。
弱った魔力が心身の疲れを雄弁に滲ませているというのに。
そりゃ、ガウラも気を揉んでお節介を焼きたくなるわけだ。
まぁ、一緒にいて気が休まるメンツかと問われれば…閉口するしかないが。フラーテルの方は楽しそうだ。ご機嫌で可愛い。
(少しは休めるといいな。ガウラ先生の思惑通りに)
リィンの視線に気づいたらしいベルセルが、ばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。なんだ、色々と自覚はあるらしい。相変わらず不器用な人である。
「もう!生徒と旅行先でバッティングするとか…めっちゃ気まずいじゃない!!っていうかアンタ達何青春してるのよ!!羨ましい!!」
「ガウラ先生、支離滅裂になってますよ」
「ガハハハ!玉鋼っ子ォ、楽しんどるか?」
「ええと、場違い感が凄いですけど…頑張って開き直ろうとしてます!」
「まぁ気持ちは分からんでもないがなァ…気にしすぎねェで、ぶっ倒れるまで楽しんでおけィ。その方が送り主への感謝になるからのォ」
確かにその通りだな、とリィンの中で納得が落ちる。折角の善意に萎縮してばかりでは、楽しんでほしいだとか疲れを癒やしてほしいと願ってくれた誰かの思いを無下にしてしまうのだ。
チラリとガウラを見ると、彼女は口をチョンと尖らせながらリィン達の様子を何となく気にしているようで…あげたプレゼントにどんな反応が返ってくるのかドギマギする子供みたいである。
これはシュヤマの言う通り遊び倒さねばなるまい。
「ねーねー、ベルおじさん達も縁日行こうよー!」
「いかない」
「あ、私射的やりたい!射的!やろうやろうー!」
「やらない」
「あとねー、ヨーヨーすくいとー、型抜きとー、輪投げとー!ねーちゃんの好きなりんご飴も買おう!それからー」
「おい…おい、誰か引き取ってくれ」
「うわ、すみませんベルセルさん。ほらサワナ、行こう」
「えーーーー、ベルおじさんとガウラ先生とシュヤマおじちゃんも皆行こうよー」
「却下」
「嫌よ」
「すまんなァ」
「凄いフラれてるや…」
ごねるサワナを回収し、リィン達は縁日へと向かって宿の外に出た。
その背を見送り、シュヤマが笑みを消す。
「さァて、ちっと予想外じゃったが…ワシらは大人の話し合いといくかァ」
…
縁日というのは何故こうもワクワクするのだろう。
リィンは、屋台にぶら下がる提灯や浮かんでいる行灯の魔道具に照らされた賑わいに頬を紅潮させた。
ひとりでにお囃子を鳴らす笛と太鼓の魔道具に誘われるようにして、石畳の隙間を埋める砂利を踏み鳴らす。
「本格的!!っあ、見てあそこ、舞踏猫型魔獣達がお囃子に合わせて踊ってる!か、可愛いぃぃ!はっ…よく見たらあの提灯、提灯霊型精霊だ!!あはは!火蜘蛛型魔獣がつまみ食いして怒られてる!」
「グルー!グルッ」
「あっははは!リィンちゃんてば、花より団子より魔獣と精霊だねー!」
「あ、いや、ちゃんと縁日にも感動してるよ!?」
立ち並ぶ屋台に目移りはするし、客引きの声に財布の口が緩みそうになっているのだ。それはそれとして、縁日の会場に馴染んでいる生き物達もまた気になってしまっただけで。皆野生だろうが、この馴染みっぷりを見るに常連なのだろう。
「でも、ルターレスの盆踊りなんて僕も初めて見た。あの魔獣って踊りなら本当に何でも踊るんだね」
「ま、混ざりたい…混ざりたいけど…無理そう。たぶん転ぶ」
「盆踊りで???」
「それはそれで私が見たいー!あははは!」
リィンはイタチにも似た二足歩行の踊る猫達と、大量の目が瞬く提灯と、火の玉に脚が生えたような悪戯者の蜘蛛をサッとスケッチに残して未練を捨て、改めて屋台の群れに向き直った。
「よし!遊ぼう!」
「そうだね。どこから回る?」
「全部行こうぜーんーぶー!」
「ソキウス、ウィズ、シャル、気になるお店はある?」
「グルッ!」
ソキウスが爪で示したのは縁日の定番、射的の屋台である。
ねじり鉢巻をした男がリィン達に気付き、コホコホと咳を軽くこぼしながらにこやかに手招きした。
「らっしゃい、若いお客人方!どうだい、やってくか?」
「はい!えっと、この子に触らせても大丈夫ですか?」
「グルル」
「おうとも!構わねーぜ!コホ、ただし魔法は禁止だ!警報が鳴るからきーつけろよ!」
六発のコルク玉とライフル型の魔道具を渡され、皆で簡単に構え方を教わる。
そして、少し先の台座に乗った景品たちに銃口を向けた。
ぽん。ぽん。ぽん。
「あ、外した…やっぱり遠距離の武器って難しいな」
ぽん。コトッ。
「よっし!わーい!やった、やったー!」
「うっそ、サワナ一発!?」
「凄い凄い!サワナちゃん天才では!?」
「コホ、やるなー嬢ちゃん!ほれ、景品のちょっと可愛くない人形だ」
「「ちょっと可愛くない人形」」
確かにちょっと可愛くない人形だった。ちょっと、というのがミソである。サワナは喜んでいたので、まあ良かったのだろう。
「よし!次はソキウス、やってみようか!」
「グルッ!」
リィンはライフルをソキウスに持たせ、頑張れと微笑んだ。ソキウスは張り切ったように四つ目に力を入れ、じっと景品を狙って…
ぽん。ぽん。ぽん。
「ありゃ」
「おっと狙いがそれちまったなー、魔獣のダンナ」
「グルゥ…」
「ソキウスー!もっとこう、体を低くした方がいいよー!銃と目線を合わせる感じー!」
「それに、今は風も吹いてたからね。あと、撃つ瞬間に力が入りすぎてブレてたよ」
「はわわわ…怒涛のアドバイス!…ふむん、よし!」
武器やその辺りに関しては何もアドバイス出来ないリィンだが、二人の意見に一つ閃く。
ソキウスの肩にウィズを乗せ、その腕にシャルを巻き付けた。
「ウィズ、風は?」
「…ピィ!」
「シャル、狙いは?」
「ニュル、ニュル、ニュル…ニャポ!」
「よし、ソキウス。私達には頼もしい味方がいるよ!リラックスしていこう!」
「グル!!」
ぽん。ゴトッ。
「わ!落ちた!落ちたよソキウス!」
「グルルゥー!」
「ウィズ!シャル!ナイスアシスト!!」
「お、お、おーーーー!すげーな嬢ちゃん達!?」
「わぁ…さすがリィン…」
「私達のアドバイスをそう使うかー」
「やー、兄ちゃんと嬢ちゃんの魔獣達もすげーよ!」
「「あはは」」
ウィズとシャルはどちらとも…というか誰とも契約していないリィンの友達であるが、都合のいい誤解だったのでそのままにする。アルス達は、景品であるぬいぐるみを抱っこしながら笑うリィンと得意気なソキウスを揉みくちゃにした。
結局戦果はアルスがお菓子二つと、サワナが微妙な雑貨を三つ。リィン達がこのぬいぐるみ一つで終わったのである。
何故ぬいぐるみだけで終わったか?ソキウスがあの後リィンにライフルを渡してしまったからである。
「リィンちゃんが撃つための台から前のめりに落ちた時はビックリしたなー!」
「うぅっ…」
「しかもその後自分に銃口向けたままうっかり引き金引くし…肝が冷えたよ」
「ううぅ…!」
誤射防止の魔法が発動してよかったとだけ言っておこう。
「もう!私の事はいいから!次!!」
「じゃあじゃあ、あれやりたーい!!」
「ピピ!!」
「あれって…輪投げか」
「わ、輪投げくらいなら私でも出来そう!」
「グル…」
「ニャポ…」
「憐れみの視線はやめようか…」
次なる屋台はウィズとサワナの希望で輪投げとなった。
線から出ないようにして、少し先の突起に輪になった縄を入れるだけのシンプルなゲームである。
「でもウチのはそれだけじゃないよ!ゴホッ、どこが何点なのか常にランダムで変化する魔道具だからね!」
「なんて贅沢な魔道具の使い方だろう…」
「よーし!ウィズちゃん、アルス、勝負だー!」
「ピピピィ!」
「はいはい、負けないよ」
言外に戦力外通告を受けたリィンは膨れっ面でソキウスに慰めてもらった。
「おや、その子もやるのかい?なら良いものをやろうかね!ゴホッ」
「ピィ!」
屋台のおばちゃんが用意してくれたのは、小さな大砲のような魔道具である。おばちゃんが発動させると、中から玉ではなく輪投げの輪がポンと出てきた。曰く、投げる力が弱い子供用の魔道具で、込める魔力によって飛距離が変わるらしい。
これで輪を持てないウィズでも輪投げが出来るだろう。
「「いざ、勝負!」」
「ピィ!」
「皆ファイトー!」
「グルル!」
「ニャポー」
結果、一位が大差をつけてサワナ。二位がウィズで、十点差で三位にアルスとなった。
先程の射的でもそうだが、サワナが絶妙に強い。
「ピィ…」
「あはは、ウィズってば落ち込まないの。何というか…運が、ね」
「サワナが偶然で最高得点の杭を連続で引き当てたのホント悔しいんだけど…」
「私ってばラッキーガールだー!あっはははー!」
「ふむん?笑う門には福来たるってやつかな?」
「それだとサワナ無敵すぎるでしょ」
ケラケラ笑って商品の温泉饅頭詰め合わせを掲げるサワナに、リィンとアルスは苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「ほらサワナ、次に行くよ」
「はいはーい!次はどこにしよっかー!」
「ニャパス!」
迷っていると、シャルがかき氷の屋台を触腕の一本てわ示した。どうやら食べたいらしい。
精霊の栄養源は魔力だが、普通の食べ物も嗜好品として食べられるのだ。
「アルス、サワナ、私かき氷買ってくるね!」
「私も食べるー!」
「僕も。なんだかんだマグマの麓だし…やっぱり暑いよ」
「あはは!じゃあ皆で食べよう!ソキウスとウィズも食べられそう?」
「グルッ!」
「ピィ!」
ショリショリとかき氷を削るのは、何と手動の道具だった。どうもたまたま選んだかき氷屋の趣味らしく、他の店は魔道具がほとんどとの事。
リィン達は他より少し粗削りの氷に極彩色のシロップを好きにかけ、スプーン状のストローで掬って…パクリ。
「んんん〜!冷たくて美味しい!」
「この氷の粗さ、僕好きかも…食べてる感がいい」
「甘ーーー!!うまーーー!頭痛ーーーー!」
「サワナは一気に食べ過ぎ…っていうかシロップ何かけたらそうなるの!?」
「全部ー!」
「なるほどこれが欲望の色…濁ってるね!」
「絶妙に重いのやめてよリィン…」
「グルル!グル!」
「ピュイーーー!」
「ソキウスもウィズも、美味しい?よかった」
「ニャポ!!ニュルニャー!」
「ふふっ、シャルってば物凄く気に入ったみたいだね。…ん?くれるの?」
シャルが器用に取ってくれた氷にリィンは顔を寄せ、邪魔な髪を耳に掛けながらパクリと食べた。
その仕草と、微かに開いた口から覗くいちごシロップで更に赤く染まった舌に、アルスは釘付けである。
「やーいやーい、へんたーい」
「っな!?べ、べべ、別に!?」
「何が?」
アルスは恥ずかしさから一気かき氷をかきこんで、キーンと頭を冷やしたのであった。
…
さて、子供達が縁日を楽しむ一方で、大人達は真面目な顔をしながら薄暗い座敷で一枚板のテーブルを囲んでいる。
そこはお偉方の密談などにも使われる特別な間で、魔道具による様々な妨害の魔法で少しばかり耳鳴りがしそうだ。
部屋にはベルセル、シュヤマ、植木鉢に入ったヒマワリ…のような魔道具、ガウラ、それともう一人。
部屋の柱に寄りかかりながら爪弄りをしていたその影に、ベルセルはついと視線を向けた。
「そこの男は何故いる」
「うんうん、僕だって不本意だよ。こんな堅苦しい部屋に押し込められるより、お嬢さん達と屋台巡りに洒落込みたいよね」
「そいつァ、ワシが呼んだ。前は気付かんかったが…その男は、スチームンドの闇ギルド界隈を取り仕切ってた元締めの若じゃわィ」
「何…?」
「げっ、何でそんなやつ呼んでるのよ!?」
「ははっ…やだな、それじゃあまるで僕が黒幕みたいじゃないか。お嬢さんに呼ばれるあだ名ならともかく、そう扱われるのはゴメンだよ」
「現状、ワシらでも知らねェ情報を持っとる可能性があるからじゃ。それに…敵には回らねェだろうよ。あの玉鋼っ子の為にわざわざ、放牧してたスチームンドの闇ギルド共の手綱を握り直したみてェじゃからなァ」
薄明かりに浮かぶ影…クロマはシュヤマの眼光に肩をすくめ、おどけるように口を開く。
「あのね、お兄さんてば推しに害を及ぼすとか万死に値すると思ってる強火担なんだよね。だから、好きでもない元の仕事に戻って、お嬢さんの情報が裏で回る前に先んじて潰したわけ。兼業が増えちゃったよ…ははっ」
シュヤマに言及された通り、彼の元々の仕事は宿屋の主でもダンジョンの管理者でもなく、スチームンド自治区に身を潜める闇ギルド全体の管理をしている一族の若頭であった。
要は裏社会のルールを定める秩序そのものだ。
だが父親…元頭領の死後少ししてからサクッと裏舞台から失踪し、ピークメイアで好きに過ごしていたのである。
「なんであの子にそこまでするのかしら」
「うんうん、日の当たる所を堂々と歩けるお前達にはわからないだろうね。その無知さにうっかりで毒を仕込んじゃったお茶請けを出してあげたくなるけど…ああ、そこに置いてあるのは大丈夫だよ、たぶんね…ははっ」
クロマは恍惚を光の差さない蘇芳に浮かべ、己の片手に頬を押し付けながらうっとりと嗤った。
闇は光がいないと成立しないのだ、と。
「闇ギルドの子っていうのはさ、要は世間様に望まれない連中から生まれた望まれない子なわけ。でもね、だからこそ僕は…どうせ悪であるなら必要悪でありたいって思ったんだ。で、その為には大義名分たる圧倒的な光がいるんだよね。わかる?」
「…それが、玉鋼っ子か」
「ふん、ただの子供に何を望んでいる」
「ははっ…よく言うね。お前達だって魅せられたクセに」
真っ直ぐで、種の隔てすら存在させず、あまりにも等しく注がれる純真。底なしの感受性を湛えた星界の瞳。
あれは、汚い物を見てきた大人ほど鷲掴みにされる何かがあった。
「ほら、ここにいるカタルシアの重鎮たるお前達は…認めるでしょ?お嬢さんを守る為の"悪"を」
ベルセルは忌々しそうに舌を打ち、シュヤマは文字通り目を瞑ることで同義の意思を示す。ガウラは戸惑いを隠せない様子ながら、教え子を憂いて納得の色を見せた。
『はいはーい!もういい?いいよねー!本題にいこう!!』
「はぁ…いいだろう。時間は有限だ」
「そんじゃァ、話そうか。例の…"アクセラリティグループ"ってやつの事をなァ」
ヒマワリの魔道具から聞こえた快活な声に、皆はクロマから本題へと意識を変えたのだ。




