35.歴史は騙る
結局あの後ギヤマンは意識を完全に失い、今はシュヤマに担がれている。
地底赤魔力プラントにいたアクセラリティグループは皆蹴散らされ、大煙突へのエネルギー供給も戻り、後は胸を張って帰るだけ…だったはずなのだが。
「ゔっ…この匂い、というか魔力は…」
「…な、なに…これっ!?全身気持ち悪いんだけど…!」
「チッ…こりゃ、侵蝕区域になっとるなァ」
プラントから外に出た瞬間、そんな甘い考えは打ち砕かれる事となった。
侵蝕区域。フィオーレの竹林で見た、蝕化魔力に汚染され、満たされた空間が広がっていたのだ。
視覚化されるほど濃密な魔力がドロっとした紫の煙と化し、生温いのに冷たい感触が虫でも這うように肌を撫で、面型防侵蝕魔具越しでも粘ついた不快な異臭を感じさせる。
黒属性に耐性を持つソキウスとシャルですら顔を顰めるほどだ。
「一度吐き出されたモンはそう簡単に消えんが…こりゃ参ったわィ」
「…街の方は大丈夫なのかな…今はともかく、風で拡散とかしちゃったら…」
「シュヤマさん、煙突はこれを吸い込んだり出来ないんですか?」
「うーむ…やってやれねェ事も無ェはずなんじゃが…ベルセルの坊主がいるってのに今出来てねェってこたァ、システムってモンの復旧に時間がかかってんじゃろうなァ」
「クゥルィーー!」
「「「ん?」」」
三人で首をひねっていると、紫煙の向こうから何かが駆け寄ってくるのが見えた。
毒々しい配色に、特徴的な耳と尾…ベルセルの契約魔獣であるフラーテルだ。
「フラーテル!わー、久しぶり!!」
「クゥイ!」
手を握り、頭をなで、しっとりした手触りを楽しんでいると、ふとフラーテルがやたらと大荷物を背負っていることに気づいた。
「フラーテル、どうしたのこれ?」
「クルゥ!クゥクゥ、クィール!」
「ふむん…?これを私に届けに来たんだ?詳細はベルセルさんに連絡して聞けばいいのかな?」
「クゥ!」
「お前さんよゥ分かるなァ…」
「えへへ、何となくですけど…」
照れ笑いを浮かべながらポケットから通信魔具を取り出す。こんなに触ったのは人生初かもしれないと思いつつ、電話帳の名前をタップした。
『…』
「本人ですからね!ほら、フラーテルもいます!」
『ふっ…そうだな。キミみたいなのが何人もいたら困る』
「褒められていないことだけはわかりますよぅ!」
『さて、フラーテル、合流出来たんだな。ありがとう。運んだタイミングも計算内…狂いもなく完璧だ』
「クゥル!」
「というかベルセルさん!大変なんですよ!!その、侵蝕区域?蝕化魔力が…!」
『無論、こちらでも確認している。だからこそソレを届けさせたんだ』
「…えっと、これは?」
『見ての通りだが』
「見たまんまいくと…リュックですが…」
ジトッと半眼になりながら言えば、その通りだが?と嘲笑が返ってくる。
そう、フラーテルが背負っていたのは、かなり大きめのリュックであったのだ。
リィンのものより一回りかそれくらい大きいそれは、やはりと言うかなんというか…いかにもベルセル製と主張するかの如く、フラーテルとお揃いのデザインである。
本物より少し鮮やかさを抑えた菫色をベースに、ペンキを付けたような柄だけでなく、耳のような飾りに、尾を模したストラップまで揺れているのだから凝っている。
「何じゃ何じゃァ?」
「凄い…!細部にまでこだわりを感じるよ!」
『おい…シュヤマ、お前とドカジだけは絶対に触るな』
「何でじゃ!」
『はぁ…壊すに決まっているからだ』
「ほほゥ…ってェと何だ、つまり…こいつァ魔道具なのか」
リュック型の魔道具と言えば、リィンの使っているような収納魔具なんかが当てはまる。
しかし、そんな物をこのタイミングで渡してはこないだろう。
『さて、見た目がリュック…なら、やるべき事はわかるな?』
「はいはい、背負いますよぅ」
元のリュックをアルスに預け、リィンはフラーテルリュックを背負う。
鏡が無いので似合うか否かは分からないが、少なくとも背負い心地は悪くなかった。ただ、少しばかり重い感じはするが。
『よろしい。では次だ…フラーテル』
「クゥイ!」
「ん?これ…」
フラーテルがポンとリィンの手に乗せた物に目を丸くする。乾燥し、花が開かなかった蕾を思わせる形のそれは…
「純白孔雀型大精霊の種?」
「え!?」
「何じゃと!?」
『はぁ…外野が騒がしいな。キミ、早いところ終わらせるぞ。まず、それに魔力を込めろ。魔石に込めるようにな』
「は、はぁ…」
リィンは言われた通り種に魔力を流し込んだ。
すると、カサカサの蕾が水を得たように少しずつ生気を取り戻し、白く輝き出したでないか。
しかも、あの透き通った森の香りが滲み出てきている。
『…やはり、か。では次に、それをストラップ部分にはめ込め』
「え?ストラップに嵌め込むって…あ、尾がクルンと丸まってるところですか?」
リュックの脇にぶら下がっていたストラップにカチリと種をはめ込んだ途端、魔力の揺らぎとともにリュックが変形し始めた。
正確には、フラーテルの長耳を模していた部分…それが筒状になり、リィンの腰からぽっかり開いた口が顔を出したのである。
「え、なん…何ですかこれ!?排気装置??」
『まぁ見ていろ。キミの信頼に対する、わたしなりに編み出した答えだ』
瞬間、筒の口に種から供給された魔力が集まり、突風の魔法が噴き出したではないか。
しかもただの突風ではない。白銀の煌めきと澄んだ魔力で出来たそれは、フィオーレの竹林で感じた浄化の風そのもので…
現に、魔法が吹き抜けた場所からは毒々しい煙が蝕化魔力共々綺麗に一掃されていたのだ。
差し込む斜陽とちらつく星々までよく見えるくらいに。
「えぇぇぇぇ!?」
「嘘…煙が…!」
「オイオイ…ワシャ夢でも見とんのかァ!?」
「べ、べ、ベルセルさん!?何ですこれ!?」
『分析の結果、種から発せられる魔力はプルガティウスの魔力そのものだった。ところで、キミは魔塊石とその仕組みを知っているか?』
「は、はい…アイロミナンで教わりましたけど…」
『よろしい。どうもその種は、仕組み的には魔塊石に似ているらしくてな。無論、それだけではないが』
ベルセル曰く、プルガティウスの種には魔力を蓄える力があり、かつ蓄えた魔力をプルガティウスの魔力へと変換する力があるらしいのだ。
つまり、先ほどリィンが込めた魔力は種の中でプルガティウスの魔力に変換されたというわけである。
『ちなみに、魔道具を発動させられるほど種に魔力を込めるには通常一日かかる。魔力の供給口がとにかく狭いらしくてな。だが、やはりキミの魔力なら関係ないらしい。計算内だ』
「あぁ…それでさっき"やはり"って…」
『とはいえ、種に出来るのは変換のみ。故にわたしは、その魔力に少しばかり方向性を与えただけに過ぎん』
「怖い怖い怖い!よく分からないですけど、これ私が持ってていいものじゃないですよ!?早く回収!フラーテル回収して!!」
「クゥ、クルゥ…」
『はぁ…キミでなく誰が持つんだ。その種はキミに与えられたものだろう』
「それはそうかも知れないですけどぉ…!魔改造が過ぎません!??」
『効率化と言え。はぁ…とにかく、悔しいが復旧が追い付かないんだ。だから、道中の蝕化魔力を出来るだけそれで浄化して…?おい?魔…が乱…て…ど…し……!?』
スマホの画面にいきなりノイズが走ったかと思えば、不意にパリン、とどこかでガラスの割れる音がした。
何事かと思って隣を見たリィンは、そこにあったパックリと割れた空間に瞠目する。既視感があったのだ。
(これ、フィオーレで巻き込まれた汚染ダンジョンの入り口にそっくり…というか、同じ?)
思わず固まっていると、何かにリュックが引っ張られたように身体がよろけた。そのまま手が引かれる感覚に似た優しさと容赦のなさでリィンは割れ目の中へ導かれ…
「え…?」
「グルゥ!?」
「ニャパス!?」
「リィン!!!」
ソキウスとシャルと、細くて力強い腕がリィンを守るように抱き着いた。
…
ー…咳が絶えず聞こえてくる。四方八方からゴホゴホ、ケホケホと、苦しそうな呼吸音と疲れ切ったうめき声。
そこは、病院とは名ばかりの地獄だった。
「医者が足りない」
元々少なかった医者が流行り病の餌食になっていく。
他の自治区に頼んでも、流行り病の真っ只中に飛び込むような者はいなかった。
唯一カタルシア一の大病院が重症患者だけを受け入れてくれている。
「薬が足りない」
病を和らげる薬はいくらあっても足りはしない。
薬の供給を上回る勢いで罹患者が増えていくのだから。
しかも未だ病の全容が解明されていない為、薬はあくまでも症状を和らげるだけだ。完治しないということは、薬の需要だけが増え続けると言うこと。
「金が足りない」
あぁ、だから、我々は…愚者となる事を選んだのだ。…ー
酸化した血のような暗赤色のドロドロが渦巻く空の下、病人の顔色のように色のない街が広がっていた。
人の代わりに魔物の跋扈するそこは、錆びた金属と酸化した油に似た香りとツンと鼻を刺す刺激臭、そこに卵の黄身とペンキを思わせる匂いが混ざった…インダスティオで感じたそれを煮詰めて凝縮したような不快な魔力に満ちている。面型防侵蝕魔具越しでも感じるのだから相当な濃度なのだろう。
先ほど聞こえた謎の声といい、リィンには覚えのあり過ぎる感覚だった。
「むむむ…」
リィンは背から下ろしたリュックを目の前に置き、ジトリと種を睨みつける。
明らかに引っ張られた感覚があったので、絶対にこれが原因だと思うのだ。
(リュックというか、種の方だよね。プルガディウスの意思…なのかなぁ。はぁ…冒険者でもない私に何をさせたいんだろう…)
「えーと、リィン?何してるの?」
「グル?」
「ニュル?」
「え、あはは…何でもないよ!ちょっと不満をあらわにしてみたというか…それより、ごめんねアルス。多分私のせいで巻き込んじゃって…」
「いや、それは良いよ。僕が自分で巻き込まれに行ったようなものだしね」
アルスはリィンの元々のリュックを背負いながら、明らかに普通じゃない様子のダンジョンを見渡して眉を寄せる。
「むしろ、こんな所でリィンを一人にさせなかった自分を褒めたいくらいだよ」
「あ、アルスぅー!ありがとう…!」
ちょっと約得だなんて思っていない。思っていないので、ソキウスとシャルはジト目で睨まないでほしいとアルスはそっと目をそらした。
「それで、リィン。ここって…というか、さっきの声は何…?」
「えっと、私も詳しいわけじゃないよ?ただフィオーレでも同じようなダンジョンを経験したというか…」
リィンはフィオーレで経験した汚染ダンジョンの事を話す。前にもざっくりとは話したが、あの時は蝕化魔力に満ちていた事や追憶の事は詳しく話さなかったので。
とはいえ、あれが追憶だという事はリィンの憶測でしかないが。
「…成る程ね。あの声が土地の記憶ってやつなのかは僕にも分からないけど…蝕化魔力のヤバさは知識として知ってるよ。なるべく早く脱出したほうが良さそうだね」
「だね。中和薬は残ってるけど…あ、マスクの薬を一度補充しないと!またベルセルさんに怒られるよぅ!」
「あはは…リィンはこんな所でも変わらないね」
わたわたと試験管を取り出すリィンに、アルスは肩の力が抜けるような心地がした。彼女のマイペースさに救われる。
正直、蝕化魔力の満ちるダンジョンと聞いて足がすくむ程の恐怖を感じていたから。カタルシアの子であれば、それがいかに危険かを叩き込まれるものなのだ。
「準備良し!アルスも中和薬補給した?」
「バッチリ!
「あ、リュック持たせたままでごめん!えっと」
「このままでいいよ。二つも背負えないでしょ?僕はボディバッグだから平気だしね…じゃあ、進もうか。リィン」
「…うん!ありがとう!って、ぅわわ!?」
「グルッ」
「ちょ、ソキウス!?まだ私転んだりしてないのにぃ!!」
「あはな…ソキウス、手慣れてるなぁ…」
街の形をしているのに人の気配が無いというのは、こうも不気味なものなのか。
蝕化魔力による気持ち悪さとはまた別の気味悪さに、リィンとアルスは二人ともうっすら眉間にシワを寄せながら進む。リィンの場合は問答無用で抱き上げられた不満もこもっているが。
「ソキウス、シャル、魔物はどう?」
「グルゥ」
「ニュル」
「大丈夫そうだね。それにしても…この街、もしかしてコラプシールなのかな」
「えっ?どうしてそう思うの、アルス?」
「ほら、そこの家とか…色は無いけど多分宝石じゃない?あっちとか、そっちも」
アルスが指さした先を見ると、確かに装飾や至る所にキラキラした水晶のような物が散りばめられていた。もし色がついていたなら、豪華絢爛という言葉が似合いそうな程の量だ。
「何より、写真とかでも見たことのない街だし…リィンが言ってた追憶って事から考えたら有り得そうでしょ?」
「はわわわ…頭良い!」
「あはは、いやまぁ、だから何って話だけどさ」
照れながら眼鏡を弄るアルスに負けじと、リィンも改めて街を観察してみる。
さすがに建物の中には入れないようだが、必要以上に派手な看板や装飾のおかげで店などは分かりやすかった。
リィンは折角だからとずっとメモしているマッピングに店名や目印を書き込んでいく。と、一つの店先に違和感を感じた。
「アルス、ソキウス、止まって」
「ん?どうしたのリィン」
「グル?」
「あそこの…魔法薬のお店に何かあるよ」
リィンがペン先で示したのは、店先に置かれたショーケース。色のない魔法薬らしきビンが並ぶ中、一つだけ青い色のついた薬があったのだ。
魔物の気配に気をつけながら近付いてみると、薬の名前が書かれているはずの札に別の文字が書かれている。
「"この薬を届けて"…だってさ。物凄く露骨だけど、罠かな?それともギミック?」
「ふむん?ラベルには29って書いてあるね…取り敢えず、持っていこう!」
「…そうだね。変な魔力も感じないし、大丈夫そう。でもこれ、ケースを壊したら音で魔物に気付かれるんじゃない?」
「なら…シャル、お願いしてもいいかな?」
「ニャパス!」
影潜の魔法でリィンの影から薬瓶の影に移動したシャルは、隔たりをあっさり無視して薬を取ってくれた。
尚、普通の店なら魔法を検知、妨害する防犯がなされているので当然不可能である。泥棒はダメ、絶対。
「んふふ!ありがとうシャル!」
「ニュルニュルニャー!チュ、チュ!」
「ん"ん"っ…!やっぱり特に危険は無さそう。これを届けるんだよね?」
「たぶん?でも、29って何だろう…?街に入って29番目のお家、とか?」
「いや、そもそも入り口が分からないよ。というか…たぶんもっと単純なんじゃない?」
苦笑するアルスに首を傾げると、彼はその単純だという答えを口にした。
…
ー…この街の人間は愚かだ。有り余る金を役にも立たない宝石に変え、一瞬の娯楽に費やし、少しずつ痩せ細っていく姿を誤魔化す事に注力する。
何故そうやって、幸せそうなフリをするのだろう。
綺羅びやかに着飾った外から帰れば、咳込んで真っ赤な血を吐いて苦しんで、時にはベッドから動くことすらままならないクセに…何故その金で薬を買わないのだ。
「このお金は、私達の幸福は、誰かが未来を得るためにあるの」
幸福とはなんだ。
先の決まった命に見切りをつけることか?
先がない己の財産をばら撒くことか?
契約魔獣や契約精霊が自分達の死を悲しまないようにと素っ気ない態度や粗雑な態度を貫いて突き放すことか?
嘘つき。嘘つき。嘘つき。嘘つき。
あなた達はいつも、泣いて、苦しんでいるじゃないか。
我々にごめんなさいと謝り続けているじゃないか。
「これはコラプシールの強欲が招いた罪。富が招いた厄災。だから、どうかあなた達も、後に残る人々も…私達を恨んで、馬鹿にして、こうはなるまいと、そんな悪者にしてくれますように」
人間は愚かだ。愚かにも最期まで笑って、幸せなフリをしていた。置いていかれた我々は、幸せにはなれないのに。…ー
必要以上に派手な肉屋の店先。アルス曰く単純な"29"というラベルの答えであるその場所で、リィンとアルスは何も言えずに立ち竦む。
会計魔具の隣に薬を置いた途端、無人の店の奥に写し出された幻影をどう処理していいか分からなかったのだ。
おそらく魔獣か精霊の目線だろう低い場所から見上げた誰かは、絵に描いたような古風なドレスを身にまとって笑みを浮かべながら、けれどもギヤマンより激しく咳込んでは家中を血で汚していた。
「…あれが、コラプシールの人だって…?」
「確かに着飾ってたし、キラキラしてたけど…」
今にも消えてしまいそうな儚さを、ドレスの重みと鮮やかさで必死に繋ぎ止めているようだとリィンは呟く。
あの独白を信じるなら、シュヤマが語っていたコラプシールは表層だけのまやかしだったのだろうか。
(…違う。強欲の罪と富の厄災って言葉の意味は、きっと…)
スチームンド発展の先駆けとなった大都市コラプシール。
きっと最初は、シュヤマが語った通りの姿をしていたのだろう。そうでなければあんな言葉は出てこない。
しかし、人々が豊かさを求めて突き進んだ結果が、流行り病の発生から始まる悪循環への突入だった。
積み上がっていく骸を見て、何かが変わったのだとしたら。その変化が、あの幻影の言葉通りコラプシールを悪者にするために隠されていたのなら。それのなんと…
「アルス、進もう…」
「…だね。まずはダンジョンの攻略が先だ」
「グルルッ!」
「どうしたの、ソキウス…っうわ」
リィンは思わず声を上げた。
ソキウスの目線を辿り、映像を振り切るように振り返ると、そこにあった街の景色が一変していたのだ。
通りに面した部分だけそのままに、後ろの部分は頼りない木の棒で支えられている光景は、さながらチープな舞台セットのようである。
「趣味悪いな…というか、何だか魔力の濃度が上がってない?うかうかしてたら魔力中毒を起こしそうなんだけど」
「うぅ…早く次のギミックを探したい…けど…」
「グルルル…!」
「シャーーー!」
〈〈〈※※※※※※※※!!〉〉〉
街が張りぼてになって見通しが良くなったから…かどうかはともかく、どうやら魔物に見つかってしまったらしい。
ヘビ型の魔物が真っ黒な身体をくねらせチロチロと舌を出しながら二人を狙っていた。
「ソキウス、降ろし…」
「リィンはそのままで大丈夫。ストマク!手伝って」
「ンムムー!」
亜空部屋から呼び出されたストマクとスピアを構えたアルスがリィンの前に立ち塞がり…魔物へと向かっていく。
まず飛び出したのはアルスだ。スピアを鋭く突き出し、魔物の一体を捉える。
しかしヘビ型の魔物はヌルリと身を捩り、スピアに巻き付いて動きを封じてきた。
その隙に二体目が首を一瞬後ろに引き、バネのようにアルスへと飛びかかる。
「アルス!?」
「平気!!」
「ンム!」
〈※※※!?〉
〈※※※※※※!!〉
牙を剥き出しに飛び掛かる魔物をストマクの岩棘の魔法が下から串刺しにし、スピアに巻き付いていた魔物は至近距離で火散弾の魔法…アルスの魔道武具に内臓された魔法で吹き飛ばされた。
それでもまだしぶとく生きていた二体に流れる様な槍さばきでとどめを差し、アルスはパッと飛び退く。
彼のいた場所に三体目が飛び掛かってきたのだ。
「ストマク!」
「ム!!」
〈※※※※※!?〉
アルスが透明な魔石を砕いた直後、ストマクはジャンプし、地面を陥没させながら魔物を潰して砕いた。
おそらく重量増加の魔法を使ったのだろう。
「はぇ〜、アルス達凄い!!」
「グルルゥ」
「あ、ありがとう」
「ンム!」
「ニャポ!!」
友人の勇姿を褒めそやし、気になる子からの賛辞に照れる…そんな二人の緩みかけた空気を、シャルの鋭い声が張り直した。
見れば、四方八方至る所で魔物が蠢いているではないか。
「あわわわ…ヘビ型の魔物だらけ…!」
「さ、さすがにあんな数は相手に出来ないかな…」
索敵の魔法式を込めて魔石を砕き、ソキウスを見るも、困ったように首を振られた。どうやら完全に囲まれているらしい。リィンは突破口を探るべく、改めて魔物達を観察する。
すると、不思議な事に気付いた。
「なんだか皆こっち…というか、ソキウスを見てる?」
「あぁ、確かヘビ系の魔獣の中には赤属性魔力の濃さで獲物を判別する種が居たはず…それなんじゃないかな」
「ふむん?それなら…」
リィンは直ぐ側にあった服屋からマネキンを借り、ついでに適当な服も着せる。そして、赤の魔石を割った。
【火炎】
「ソキウス、燃やしたマネキンをなるべく遠くに投げて!シャルは私達を凍らない程度に冷やして欲しい!」
「グルルルゥー!」
「ニャパス!」
燃え盛る赤属性魔力をまとったマネキンと、青属性魔力に包まれたリィン達。
魔物達は一瞬混乱したように波うち、しかしすぐにマネキンの方を追いかける。
「今だよ!撤退ー!っぷしゅ!!」
「ニュル?」
「グルルッ!」
「えぇ…その発想は無かったなぁ…あはは。くしゅん!やっぱりリィンは凄いね」
何とか魔物の群れから離脱した一行は、道中シャルの魔法による寒さに震えつつ、次の薬を探し始めた。
…
ー…足りない。足りない。足りない。何もかもが足りていない。
「アイロミナンの状況は」
「薬は…コホッ、まだ三割も行き届いてません」
「ならばマグマールは」
「コホッ、こちらは五割…ですが、年若い子供達が未だに大勢苦しんでいます」
「ゴホッ、ピークメイアはどうだ」
「元々の患者が少ないので八割です。ゴホッ、それでも、患者全員は賄えていません」
「クソッ…!これでもダメなのか…!ゴホッ、ゴホッ!いや、諦めない…せめて次代を担う子供達の分だけでも…!ゴホッ」
「我々も同じ思いです。長」
「これは我々の先祖が招いた罪ですからねコホッ」
「どの道、我々は…コラプシールは末期患者の集まり。コホッ、持ち得る金も、生み出せる金もすべて未来に賭けましょう」
薬を買うには金がいる。しかし、今までのスチームンドの財政では皆に薬を届けることは不可能だった。
だから、コラプシールはすべてを背負う覚悟を決めた。
元々は行き過ぎた富を渇望した先祖の業だ。ならば我々が雪ぐのは道理というもの。
それに…発展の先駆けだっからこそ、ここの大人は治療法もまともにない最初期からの罹患者で、もはや手の施しようも無い末期患者ばかりだ。
だからどんな無理でもしてみせよう。
「ゴホッ、ゴホッゴホッ…!もっと、もっと掘り進めるぞ…鉱山を!」…ー
グッタリとソキウスにもたれ掛かるリィンと、見た目だけは立派なハリボテの椅子で項垂れるアルス。二人は凍えながらヘビ型の魔物から隠れ、最大の敵がくしゃみという何とも締まりのないステルスアクションの末、ようやく見つけた二つ目の赤い薬を次の届け先…劇場へと持ってきた所だ。何とも後味の悪い演目を見せられたものである。
ちなみにラベルには"非日常"と書かれていた。
「この後を知ってる身からするとさ…なんか、もう、言葉が出ないよ…」
「無茶な採掘にも…理由があったんだね」
ただ欲望のままに崩落を招いたのではない。そこには間違いなく、スチームンドを救いたいという善意があった。
薬を買うには金がいる。当然すぎる話だ。
リィン達は話を聞いただけだから、流行り病の恐ろしさだけに意識が向いたが…現実の恐ろしさはきっと別の場所にあったのだろう。
「やっぱり、歴史って難しい…んっ」
「グルルゥ、グルルゥ?」
「ニュル、ニャー」
「ふふっ、大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃった」
リィンは心配そうに頬を擽るソキウスとシャルに笑みを向け、疲れた様子のアルスに手を差し伸べた。
アルスは新緑の瞳を丸くし、困ったように笑いながらその手を取って立ち上がる。
「リィンは、どうしてそんなに強いんだろう。妬けちゃうよ」
「強さとは違うかな。私はただ…ここで負けてなんかやらないぞー!って虚勢張ってるだけ!」
「あはは、そっか。…嘘もつき続ければ、真実になるみたいだしね」
アルスの知る歴史は、今まで信じていた歴史は、嘘ばかりだった。崩落事故が天災ではなかったことも、コラプシールという街のことも。
きっとこの一連の騒動に巻き込まれなければ、今も嘘の上で平和な顔をしていたのだろう。
それを思うと、成る程とても腹が立ってきた。
「はあ…こうなったらもう全部暴いてやる!僕を本気にさせたこと、後悔させるから…!」
「あわわわ…アルスが負け台詞っぽいのを言い出しちゃった…!」
「僕もリィンに倣って気合い入れたの!さ、早く次に…」
少しの恥ずかしさを誤魔化すようにズンズンと劇場を出たアルスは、外の景色にパチリと瞬いて動きを止める。
その後を追ったソキウスとリィンもまた、表情を引きつらせた。
フィオーレでの事もあり、予想してはいたが…またしてもダンジョンの景色は一変していたのである。
完全な瓦礫と街をぐるりと囲う壁。上を見れば、ポッカリと空いた穴からあの気持ちの悪い空が覗いている。
「ひぃん…これ、街が…」
「本当に趣味が悪いな…」
景色も酷いが蝕化魔力の濃度も酷い。あまりの不快感に、リィンはいつもはキチッと捲くる白衣の袖をすっかり伸ばした。ずっと粘着質な液体が身体を伝っているような感覚がするのだから、とても素肌など晒していられない。
「ニャポ!」
「んぇ?あ、薬!」
見渡す限りの色の無い瓦礫の中、緑に光る薬はすぐ見つかった。
まぁ、それはイコール…
〈〈※※※※※※※※※!!〉〉
〈〈※※※※?〉〉
〈〈〈※※※※※※※!〉〉〉
「わぁ、魔物だらけ…しかもたくさん」
「そりゃ、遮る物なにもないんだから、僕達だって見つかるよね…!」
「グルッ」
「ニャパス!!」
ヘビ型のみならず、モグラ型、アリ型の魔物までが勢揃いである。先程のような小細工は出来そうに無いが、かと言って相手に出来る数でもない。アルスのみならず、ソキウスやシャルが参戦しても難しいだろう。
「アルス、こうなったら一か八かの一点突破で行こう」
「そりゃ、それが最善だろうけど…」
アルスは薬のラベルを見る。書かれているのはただシンプルな十字マーク。目的地はおそらく病院だ。
それはわかるのだが…街が瓦礫と化した今、それがどこにあるのかが分からない。
しかしそんなアルスの懸念に、リィンはニッと笑ってメモを掲げた。
「任せて!街のマッピングはバッチリだから!」
ソキウスに運ばれていたおかげでリィンはマッピングに集中でき、歩いた範囲と見えた範囲であればほぼ完璧に建物や店の種類まで記入できていたのである。
そして、病院は他の建物より頭一つ大きかったおかげもあり、細かい道順はともかく方向だけは分かっていた。
この瓦礫の中であれば、それだけで十分だ。
「現在地の劇場がここで、あの瓦礫から見える看板はこの店のだから、病院は…」
「右斜め奥か…分かった」
ヒタと向かうべき方向を定め、アルスがスピアを構える。
そしてストマクを再び呼び出し、魔物の群れに向かって行った。
「ストマク、先行して!」
「ンームムー!」
転がるように…否、事実転がりながら魔物の中に突っ込んで行ったストマクに、アルスが茶色の魔石を砕く。
直後、ストマクから広がった茶属性魔力の揺れに、地波の魔法だと察した。
しかし魔物達はそれでも砕けず、ストマクに四方から噛み付いてくる。
「させないよ!」
再びアルスが魔石を砕いた。するとストマクの身体が丸い岩の殻に包まれる。岩鎧の魔法だ。使用中はまったく動けなくなる欠点はあるが、一時的に全属性耐性を得ることが出来る魔法である。
そして、魔物の注意がストマクの岩鎧に向いている隙にアルスがスピアを振り回した。火散弾の魔法が飛び、魔物が怯んだ所を的確に急所を突き刺してトドメを刺す。
魔物の注意が自分に集中してくる頃に後退し、丁度岩鎧の魔法が消えたストマクがまた暴れ回った。
「…よし」
リィンは後方でその戦いぶりに興奮と共に手を叩きつつ、薄くなった敵の壁に口角を上げる。
「ソキウス、シャル、お願いね!」
「グルッ!」
「ニャポ!」
【火炎】
シャルが作り出した特大の氷球をソキウスの炎が炙った。
すると、辺りは大量の水蒸気による霧で覆われる。
そこへ更にリィンは魔石を砕いた。
【火爆槍】
「グルルゥ!!」
「アルス!!」
「オッケー!」
視界不良で魔物達の包囲がたじろぐ中、三本の火の槍がアルス達の削った一角へ一直線に突き刺さり…同時に爆発する。その爆風と立ち込める霧の中、ソキウスは強靭な足で一瞬魔物の消えた隙間を抜けていった。
その後を横に避けていたアルスも続き、最後にストマクがダメ押しに地波の魔法で魔物達を崩して続いたのである。
…
ー…空が遠い。耳が遠い。意識が遠い。
暖かさも、命も遠のいていく。
そんな骸と瓦礫の区別もつかない世界で、ボクを庇った人間が小さく呻いた。血と土と埃まみれで、目はもう、世界を見ていない。
嘘つきの街の、一番の嘘つきの人は、うわ言のように謝っていた。
ふと、濁りかけの目がボクを見る。果たして、何に見えたのだろう。もしかしたら、人間の子供にでも見えていたのかもしれない。
"どうか…私達の名は、忘れて。けれども、その愚かさだけは…忘れないで、くれ"
ボクには、人間がぶつぶつ喋ってた「わるもの」だとか、「はんめんきょうし」とかは分からない。でも、嘘つきがまた嘘をつこうとしている事は分かる。
どうして人間は、嘘をつくの?
「あぁ…でも…叶う、なら…お前と仲直り、は…したかったな…なぁ、シュヤマ…私の…友、よ…」
どうして今更、本当の望みを言うの?
聞きたくても、もう、人間はどこかに行っちゃった。…ー
魔物の壁を切り崩しながらようやく辿り着いた病院の、不自然に残っていたストレッチャーの上に三つ目の薬を置いたリィン達の前に瓦礫が降り注いだ。
とはいえそれは幻影で、痛くも痒くもなかったが…その瓦礫の中から聞こえたやり取りに二人は揃って拳を握った。
「っ、大人ってそればっかりだ。逃げろだとか、忘れろだとか…それで私達を守ってるつもりなら、大間違いなんだから!」
「ムカつく、こんなの…!僕らを甘く見過ぎだろ!?分かりやすい悪者って嘘を立たせないと馬鹿をするような、そんな後世だと思われてるの?巫山戯るなよ!!」
恐怖や不安より、絶対にダンジョンから出て歴史を詳らかにしてやるという憤慨の方が大きかった。
ガラガラと落ちる幻影は量を増し、やがてダンジョン全体を覆い隠していく。
その真っ暗闇の中、まるで昇降箱型魔具で降っていくような奇妙な感覚がリィン達を包んだのだった。




