34.ギヤマンという男
リィンは震える手を戒めるように胸元を握り締め、人の形をした悪意を睨む。
「抵抗程度は許してもらえますよね」
「無論だ。コホッ好きなだけ抗うといい。その心を圧し折って潰して絶望させて…ゴホッ、それでようやく吾輩の気も晴れるというもの!アイアン」
「ガガ!!」
「ソキウス!」
「グルゥ!!」
手足を甲羅にしまって弾丸のように突っ込んできた鋼亀型精霊…アイアンを避け、ソキウスはその鋼鉄を思わせる身体をリィンから遠ざけるように蹴り飛ばした。
硬い床を跳ねたアイアンからけたたましい音が鳴り、ソキウスは腰を落として追撃に移る。
と、視界の端でギヤマンが魔石を砕いた。
「グルルゥッ!!」
「ガートル!!」
ぶつかりあった両者の間から硬質な音と衝撃が部屋中に広がり、リィンの髪と白衣を揺らす。
ソキウスの強力な拳はアイアンの甲羅に完全に防がれ、どうやらダメージには至っていないようだ。
(元々の耐性か、さっきの魔石で物理耐性を上げたのか…どの道そのまま突破は難しそう。なら…)
【火炎】
リィンがパキンと魔石を割ると、ソキウスから白に近い炎が放たれた。しかし即座に甲羅がギュルギュルと回り、炎を掻き消してしまう。
「っ、ソキウス、一度引こう!」
「グル」
「アイアン、今だ」
「ガァ!!」
「ニャパス!!」
ソキウスが離れた瞬間、アイアンはリィンに向けて岩弾の魔法を撃ち出してきた。しかし、そこは腕に巻き付いたままのシャルが氷球の魔法でしっかり相殺する。
ギヤマンは一瞬不可解そうな顔をした後、忌々しいと言わんばかりに顔を歪めた。
「チッ…!護衛がいたか」
「ありがとう、シャル」
「ニュルー」
「コホッ、ならばコレでどうだ!!」
ギヤマンが茶色の魔石を砕くと、アイアンは前脚を持ち上げ…思い切り床を踏み込んだ。その足元でグラリと揺らいだ魔力に、リィンは咄嗟にソキウスを呼んで抱え上げて跳んでもらう。
直後、アイアンから同心円状に凄まじい揺れが広がっていった。土波…いや、それより高威力の地波の魔法だろう。
当たれば茶属性の魔力に全身が揺らされ、骨すら容易く砕けかねない。
ギヤマンは本気だ。本気でリィンを壊そうとしている。
(…だからって、怖じ気付くなんて…それはムカつく!!)
チラリと目があったソキウスに頷き返し、リィンは赤の魔石を砕いた。
【火球】
「グルァ!!」
「ガガ…!」
上から放たれた魔法はアイアンに直撃し、その身体を焦がす。だが、元々高い耐久力を誇る種族だけあって、大ダメージとはいかなそうだ。
(ソキウスの火力じゃ削るのは容易じゃない。かと言ってじっくり攻撃させてもらえる相手でもない。なら…私達があれを突破するための道は、一つしかない)
「アイアン、撃ち落とせ!!」
「ソキウス投げて!!」
「グルッ!!」
「何…!?ゴホッ」
ソキウスは抱えていたリィンをなるべく遠くに優しく投げつつ、岩球の魔法を拳と蹴りで砕いていく。
一方投げられたリィンはシャルに影縛の魔法をお願いし、地面に落ちる直前で影に捕まえてもらった。
「んふふ、ナイスコンビネーション」
「ニャパス!」
「お返ししないとね!」
【筋力向上】
【高速移動】
リィンが魔石を砕くと、ソキウスは待っていましたと一鳴きし、アイアンに肉迫する。
遠くでギヤマンが舌打ちする音と魔石を砕く音が聞こえた。
「グールルゥ!」
「ガッ…ガガ、トル!」
強靭な足がアイアンを蹴り飛ばす。咄嗟に甲羅に隠れたようだが、くぐもったうめき声を聞くに内部まで衝撃が響いたのだろう。
しかしリィンはそれを喜ぶでもなく、眉を寄せた。
(…重い?)
最初、アイアンを蹴り飛ばした時より飛距離が無い。魔法でソキウスの力が強くなっているはずなのに、だ。
疑問を抱えつつ、蹴りと拳でガンガンとアイアンを攻撃するソキウスからの視線を受け、次の魔石を砕く。
【火炎】
ゴウと白に近い炎がアイアンを舐め取り…しかし直後、その炎の向こうから無数の岩片がソキウスに襲い掛かった。
岩散弾の魔法だ。
「グ、グルッ!?」
至近距離からの魔法に対応が遅れたソキウスの身体を無数の岩が穿ち、切り裂いた。
細い悲鳴を上げるリィンを鼻で笑い、ギヤマンは冷徹にステッキをカンと打ち鳴らす。
「今だ!アイアン」
「ガガ!!」
「っ、まずい!!逃げて!」
【火壁】
咄嗟に届けた魔法は発動したが、アイアンから飛び出してきた岩で出来た拳…岩拳の魔法の方が強かったらしい。
拳は火の壁を砕き、飛び退いた直後のソキウスにまで届いてしまった。
「ッ!?」
「ソキウス!?」
「ニャニャッ!?」
辛うじて腕をクロスさせて防御はしたようだが、ソキウスは思い切り殴り飛ばされて壁を破壊する。
「よそ見は良くないぞ」
「ガートル!」
「ひっ!?」
「ニャポ!」
直後、リィンの足元から鋭利な岩棘が突き出してきた。シャルが腕を引いてくれたおかげでギリギリ避けられたが、そうでなければ今頃は…
アルスとシュヤマの叫びも聞き取れないほどに、耳元で心臓が鳴っている。
「グ、ルゥ…!!」
「ガ?」
「ソキウス…」
カン、とアイアンにただの瓦礫が投げられた。
パラリと瓦礫と共に立ち上がったソキウスが、意識を自分へと向けようとしたのだ。内臓を傷つけたのか口から血をこぼし、身体は傷だらけで、足が少しだけふらついていようが、お構いなしに。
「ははっ、タフなものだな」
(情けない…情けない情けない!私が足を引っ張ってる!こんな、守られてばかり…!これじゃあダメだ…!)
ずっと浅かったリィンの呼吸がピタリと止まり、次いで静かなそれに変わる。思考を整えるように。努めて平静に、冷静に、イメージするのは…頼りになるあの大人の姿。
白衣ごと心臓を掴むように握り締め、リィンはようやく凪いだ瞳で戦場を見た。
「ごめんねソキウス…まだやれる?」
「グルゥ!」
「うん…分かった!」
(相手はどう足掻いても格上。ソキウスのダメージは大きい。正攻法でなんて勝てない…なら、私達らしくやればいいだけだ)
リィンが少しの苦痛を浮かべつつ赤の魔石を砕くと、ソキウスから灼熱のランスが三本放たれる。
ギヤマンは片眉を上げたが、岩壁の魔法を使ったアイアンを見て余裕そうにステッキを撫でた。ランスの軌道の甘さを見抜いたのもある。
何せ槍は一本しかまともにアイアンへ向かっておらず、残り二本は狙いが左右に逸れていた。ダメージで狙いが定まらなかったのだろう。
しかし、ふとリィンを見たギヤマンは…そこに既視感のある笑みを見た。
予想通り槍は一本が岩壁に刺さり、二本はアイアンの横に逸れて床に刺さった…刹那。
ただの火槍と思った魔法が、ドォンと盛大に爆発したではないか。
「は?」
そう、ソキウスの使った魔法はただの火槍ではない。リィンが爆発の魔法を組み込んで、脳への負荷を厭わず即席で式を組み立てた構築魔法…火爆槍だったのだ。
「グルゥ!!」
「っく!ゴホッ、アイアン!!」
「ガ、トル!!」
吹き飛ばされたアイアンへ、爆煙に乗じて接近した目が覚めるような赤…ソキウスの蹴りが直撃する。ギヤマンはまたしても魔石を砕くが、アイアンはうめき声と共に吹き飛ばされた。
ゴインと重い音が床を叩いた直後、負けじと地波の魔法がアイアンから放たれる。
「ソキウス、離れて!」
「グルッ」
魔力の波は幸いリィンまでは届かない。しかし、どうにも戦い方が引っかかる。
(さっきから砕いている魔石…何だろう。タイミング的に物理耐性か防御かと思ったけど何だか不自然というか…もしも物理的な守りを固めているなら遠距離で魔法を使われるより、近距離で物理攻撃を受けた方が良いはずだよね?だから、それを狙った動きをするはずなのに…)
けれどもギヤマンはソキウスが距離を取ることを邪魔せず、良しとしていた。加えて、近距離での打撃に対しアイアンは時折うめき声を上げている。
ならばもしや、使っているのは物理耐性系のバフでは無いのではないか。
かと言って、魔法耐性を上げるバフでも無いだろう。わざわざ火槍を防ごうとしていたのだから。
(そっか…たぶん、使うタイミングで誤認を狙ってたんだ)
クルクルと思考が回る。この戦いに意味のある、物理耐性や防御系ではないバフとは何か。自分は何か違和感を感じなかったか。
地波の魔法が止んだ所で、再びソキウスが接敵しようと地面を蹴った瞬間…パチンとリィンは瞬いた。
(近距離を得意とするソキウスは、離れたら近付く。これが…誘われてるんだとしたら?)
茶属性、岩、近距離、重い音。
高ぶった魔力が淡墨の中に星に似た光を散らし、そっと口端が上を向く。リィンは愛らしい子供の顔の下で、戦略という牙を剥いた。
【高速移動】
「信じるよ、ソキウス!だから信じて、そのまま減速無しで突っ込んで!!」
「グルルゥ!グゥルルルゥ!!」
「ほぅ!正面から勝負とは潔いな。コホッ、迎え撃つぞアイアン!」
「ガガッ!」
ドンと構えるアイアンに、魔法で加速の勢いを増加させたソキウスが猛然と近付いていく。
そして、あと一歩というところで…ギヤマンは楽しそうに笑って茶色の魔石を砕いたのだ。
「かかったな!!これでトドメだ!ゴホッ、ゴホッ」
「ガーーーートルッ!!」
「「っ!」」
跳べそうにないアイアンの身体が魔法の力で跳んだかと思えば、その身は即座に頑強な岩となった。魔力を固めて岩となった己の身で相手を押し潰し、同時に局所的ながら地波に似た魔法も発生させる強力かつ有名な茶属性の構築魔法…踏潰震だ。
この魔法の特徴として、込めた魔力だけでなく使用者の重さも威力に関係する。つまり、ギヤマンはこの一撃の為に重量増加の魔法式が込められた魔石を何度も砕き、魔法を重ねさせていたのだ。
そして、攻撃範囲の狭さとアイアン自身の遅さをカバーすべく、ソキウスを懐深くへと誘い込みたかった。丁度、迷いなく飛び込んできた今のように。
あぁ、まったく、ここまでギヤマンの計画通りだった。
ただ、リィンが生意気な子供のように、けれども清々しい程の純真さを持ってニィッと笑わなければ。
「そうくるって思ってましたよ!」
"そうくるって思ってたぜ!"
「っ!?」
不意に、ギヤマンの視界に愛おしい憧憬が重なった。
何度も同じ手はくらわないと、少し背伸びした顔で都度ギヤマンの想像を超えて成長していく。
そんな懐かしくも眩しい一欠片が。
その夢幻にギヤマンがたじろいだ刹那、アイアンの真下に…魔法の効果範囲にソキウスが迷わず一歩踏み入ったその瞬間。
リィンは魔石を砕いて叫んだ。
【筋力向上】
【爆発】
「今だよ、ソキウス!勢いそのまま後ろを狙って!」
「グ、ルゥッ!!!」
「ガッ!?」
魔法式と共に流れ込むリィンの思考に、ソキウスは牙を剥き出しにして笑う。
高速移動による推進力をそのまま下に向けるように踏み込み、突き刺さる勢いで打ち上がった体から繰り出された強烈なアッパーがアイアンの喉元を捉える…と同時に、もう片方の拳が尾の付け根を狙って爆発の魔法を炸裂させた。
例え魔法で強化された重みでも、物理法則には逆らえない。そう、例えば…てこの原理などは。
ソキウスのアッパーを一瞬の支点として、爆発の力でバランスを崩されたアイアンは、軽々とひっくり返ってしまった。
そのまま発動途中の魔法は止められず、岩のままのアイアンは背中からなす術もなく地面に落ちて地波を起こす。
やがて岩が消えて晒された腹は…とりわけ物理攻撃に脆弱性を持つアシエトルの弱点は、空中のソキウスから丸見えだった。
「なっ!?」
「トドメです!ソキウス、やっちゃえ!!」
「グゥルァァァァ!!!」
「ガハッ!!?」
ゴウ、と音すら連れた強烈な踵落としがアイアンに直撃し、風圧がリィンとギヤマンの汗をさらう。
やがて煙が晴れるとそこには、完全に気絶したアイアンが…
「あァぁァァァァァァァァァ!!!!」
「っ!?」
「グルッ!?」
「ニャポ!?」
否、絶叫する執念の塊が、目の前にいた。
凄まじい速さでリィンの元まで迫ったギヤマンは、何かを恐れているような…追い詰められた顔で仕込み杖型の魔道武具の刃を振りかざす。
高速移動の魔法が切れたソキウスには遠すぎた。
シャルは咄嗟に氷矢の魔法を撃ったが、目にも止まらぬ剣閃にすべて弾かれてしまった。
リィンは、スローモーションのような世界の中で、唯一手元にあったもの…シュヤマから放り投げられ腕に着けていた小盾型の魔道武具を構えて魔力を注ぐ。
そして魔道武具が光って…一拍、二拍…
「リィンッッ!!」
「玉鋼っ子ォ!!」
やはりというか発動が遅いそれと、もはや目と鼻の先にある脅威に、リィンはギュッと目を瞑る他なかった。
が、三拍目。ゴスッと鈍い音が聞こえて目を開ける。
見れば、目の前にはアクリル板のような分厚い壁があり、ギヤマンの姿は…
「ゴフッ、ガハッ…!ゴホッ、ゴホゴホッ!」
「…へ?」
壁の上部で、くの字になってむせ込んでいた。
すべてを見ていたアルスとシュヤマ、ソキウス達は顔を引きつらせる。
リィンが魔道武具を使ったのはその魔力の流れで皆分かっていた。しかしそれが発動しないことに、アルスは青ざめ、シュヤマは悔やむように拳を握り、ギヤマンは嗤っていたのだが…
遅れる事、約三拍。ギヤマンがリィンの目の前…耐衝壁の魔法の発動場所に丁度差し掛かったその瞬間に、魔道武具はようやく魔法を発動させたのである。
さて、この壁系の魔法だが、実はすべて共通して下から突き出るように発生している。そう、下から上に、ものすごい速度でニョキッと出てくるのだ。後はもうご覧の通りである。ギヤマンは耐衝壁によって腹部に強烈な一撃を食らったのだった。耐魔壁であれば違ったのだろうが。
リィンは小盾を…見覚えのある魔道武具を見下ろし、シュヤマに向けて掲げてみせる。
「シュヤマさん、これ…この魔道武具、昇格試験の時のですよね!?発動早くなりましたね!?」
「お、おォ…?あの後回収して弄ってみたんじゃが…まァだ改良の余地があったなァ…」
「何の話か分かりませんけど今それどころじゃないですよ!!」
ズルリ、と地面に落ちた身体に、リィンはハッと口を開く。
「シャル!魔法であの手を凍らせて!」
「ニャパス!」
伏していたギヤマンの手が地面ごと凍らされた瞬間、太い腕が彼を強く素早く拘束した。シュヤマだ。
「ソキウス!!」
「グルッ!!」
リィンが手を広げれば、ソキウスは飛び込むように抱き着いてくる。熱くて優しくて、けれど傷が痛々しくて、血の匂いが苦しくて、涙が出るほど安堵した。そのままクルクル回り、ソキウスはリィンを抱き上げ、頬をグリグリと擦り付ける。
最高の相棒には、ありがとうの言葉を何度言っても足りそうにない。お互いに。
…
凍ってピクリとも動かせない手に手錠を…おそらく魔力遮断系のものを嵌め、シュヤマがギヤマンを起こした、その瞬間。
「ゴホッ、ゴホゴホッ…ゲボ、ゴポッ…!」
「なっ!?」
「ひゃっ!?」
「血…!?」
ギヤマンは激しく咳き込み、ビシャリと床に血を吐いたではないか。
抑えようとした片手も血まみれで、リィンは鼻を貫く鉄錆た生臭さと鮮烈な紅に思わず一歩下がった。
シュヤマも驚いたのか腕が緩み、ギヤマンはその隙に血塗れの左手で何かを取り出す。スイッチだ。
何の、なんて愚問だろう。リィンはサッと青ざめた。爪に仕込んだ魔道具だけでなく、こんな古典的な予備まで用意していたとは。
「ヒュ、ヒュ…吾輩、には…っ、時間がないんだ…!こんな、ところで…止まってなどっ……いられない!」
「お前さん…無茶じゃろ、その体じゃァ…」
「だまれぇぇぇ!!!」
止める間もなく、ギヤマンの親指がボタンを押し込む。
リィンは恐怖に目を閉じることも忘れて…けれども、いつまでたってもシンと世界は穏やかに静まり返っていた。
「…あれ?」
「は?な、何故…ヒュ、何故爆発しない!?ゴホッ」
カチ、カチ、カチ、と何度彼がボタンを押そうが、やはりどこからも爆発音もそれらしい魔力の揺れもなかった。
その代わり、予想だにしない声が聞こえてきたが。
『残念だったのだわ!人質は既に救出済みよ!』
『うんうん、精霊の制圧も終わってるしね』
「…えっ、ユーシさんと、クロマさん!?」
声をたどれば、人質の部屋を映す観察用映像魔具に見慣れた二人の姿。得意げに胸を張るユーシと、撮影魔具に向かってニコニコ手を振るクロマがいた。
『や、声しか聞こえないけどお嬢さんだ。僕だよ、何故かこのポンコツにとっ捕まってこき使われてるかわいそうなクロマお兄さんだよ。聞いてよ、せっかく助けに来たのに職員達に通報されそうになってね。ついうっかり物理的に黙らせちゃうところだったよ…ははっ』
『アンタの言動が怪しすぎるのだわ!なんちゃらって連中でさえ敵か味方か考えあぐねていたじゃない!』
『だからと言って皆して僕まで拘束しようとするのはポンコツ過ぎない?心が傷付いたんだけど』
『ふふん!ついでに警察に突き出しておこうと思ったまでなのだわ!そもそもアンタに人の心なんてあるの?それこそ冗談キツイのだわ!』
『うんうん、威勢がいいね。お前の心を物理的にサヨナラしてあげようか?…ははっ』
「あはは、いつも通りですね」
「え、あ、そうなんだ…」
アルスがドン引きしているが、リィンは気にせず首を傾げる。
「でも、どうしてお二人がここに…?」
『貴女、気付いていないの?通信が繋がりっぱなしなのだわ』
「へ?」
リィンは白衣のポケットに手を突っ込み、通信魔具を取り出した。
するとそこには座った目でこちらを睨むベルセルの姿がバッチリ映っている。
そして、ようやく思い出す。
あの唐辛子弾から逃げるのに夢中で、スマホをそのままポケットに入れていたことを。
そもそも、彼女はまだ通話の切り方をよく分かっていなかったのだが。
「べ、ベルセルさん!?そうならそうで喋ってくださいよ!?」
『はぁ…あの状況でか?無論、口を出したい瞬間は多々あったが…このまま気づかれぬほうが都合がいいと思ってな。…計算通りだ』
どうやら、ギヤマンとのやり取りを聞いていたベルセルがユーシとクロマに人質救助を依頼したという事らしい。
おかげで爆発は防がれたので、結果オーライではあるのだが…やはり大人ってずるいとリィンは口を尖らせた。
そんな彼女を鼻で笑い、ベルセルは帰りを待っているぞと恐ろしい微笑みで言い残すと、さっさと通話を切ってしまったのである。
なんともマイペースであるが、彼も彼で忙しいのだろう。通話中もずっと両手は休まず動いていたので。
改めて現状を見てみると、力なく項垂れたギヤマンはシュヤマに拘束され、人質と爆弾実型精霊はユーシとクロマが対処済み。
危険な要素が排除された事を理解し、ようやくリィンは肩の力が抜けた。
「あの、ユーシさん、クロマさん」
『ん?何かしら』
『なぁに、お嬢さん』
「来てくださってありがとう御座いました!おかげで助かりました」
『気にすることないのだわ!これがわたくし達の仕事だもの』
『うんうん、お嬢さん達が頑張ってるのに大人が何もしないわけにはいかないしね』
「いいえ。大人だから、仕事だから当然とかじゃなくて…これは私という一個人からクロマさん、ユーシさんという一個人への感謝です!受け取ってもらわないと、えっと、悲しいです!拗ねます!」
『ホントにいい子なのだわ…そこまで言われたら、受け取るのが礼儀よね。どういたしましてなのだわ!』
『スマートに感謝を受け取って微笑みたいお兄さんと今すぐ推しの素晴らしさを叫び回りたいお兄さんが同居して混乱しているよどういたしまして』
「ギリギリまともな方が勝ったようで何よりです」
「勝ってるのかなこれ…」
アルスとシュヤマもそれぞれ二人に礼を告げ、モニターが切れる。
そうして残されたのは、ギヤマンとリィン達だけとなった。
項垂れるギヤマンは生きているのかすら分からないほど静かで、しかしシュヤマはそんな彼へポツリと問いかける。
「…なァ、お前さん…何で戦い中に"ソレ"を使わなかった。この甘ェ玉鋼っ子を考えりゃ…脅せば、負けはしなかったんじゃねェのか」
「うわ…発想が怖い…けど、確かに変ですよね。ルールなんて必要無い、とか言ってたのに」
「変…変か…ああ、そうだね…変だ」
ギヤマンは緩慢な動きで顔を上げ、生気のない目を揺らした。そして、そっとリィンに向ける。
「最初は、ただの不良品だった。なのに…なのに…」
そっと左手が伸ばされた。酸化した赤黒い血塗れのそれが何かをつかもうとして空を切る。やがて力なく落ちた手は…とても儚くて頼りなかった。
「いけ好かない不良品が…途中から、楽しそうに魔獣を戦わせていた可愛い可愛い息子に見えたなんて…まるで息子と模擬戦をしていたあの頃のように、楽しいと思ってしまったなんて…な…はは…あぁ、変な話だよ…っ」
「ギヤマンさん…」
掛ける言葉なんて見つからなかった。見つかるわけがない。
虚飾を脱ぎ去った瞳はポッカリと穴が空いていて、悲しみばかりが詰まっていた。
あぁこの人は、きっと、ただの父親だったのだろう。
普通の、息子が大好きなただの父親。
だからこそ耐えきれなくて、だからこそ間違えた。普通であるが故に。
歯車さえかけ違わなければ、なんて…それは綺麗事過ぎるのだろう。
世界は彼女が思っていたよりずっと、理不尽ばかりで回っているのだ。
暗くなりそうだった彼女の肩をアルスが軽く叩き、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「リィンはなんだかんだ言って、いい顔で戦うもんねー?」
「えぇ…?どんな?」
「んー…ソキウスが好きで好きでたまらない、勝ちを導くのが楽しいって顔!」
「そ、そんな顔してる??」
リィンはムニムニと顔を揉みながら、引き上げてくれた彼への感謝を込めて微笑んだのだった。
そして、ソキウスに頼んで降ろしてもらい、ゆっくりとギヤマンに近付くと…やせっぽっちの頬を思いっきり抓ってやったのである。
「リィン???」
「っ、ひぁにをひゅゆ!?」
「私、いっぱいムカつきました。怖かったし、嫌な思いしました。なので取り敢えず…ごめんなさいを所望します!!ソキウスとシャルにもちゃんと!!」
シュヤマもアルスもギヤマンも、呆然とリィンを見た。
ムッとへの字に口を曲げる彼女は先ほどの戦いで見せた知性をどこかに放り捨て、実に子供っぽい顔をしている。
けれど、だからこそそこには"普通"があった。
「悪い事をしたら謝るのは、子供でも出来ることですよ!曲がりなりにも父親だったなら、そんな当たり前の事くらいちゃんとして見せてください!」
「父親…あたり、まえ…」
"父ちゃん、母ちゃんとのお出かけ仕事ですっぽかしたんだって?ちゃんとごめんなさいしたのか?"
"ぅ…それは…まだだとも…"
"もー!父ちゃんが俺にいつも言ってる事じゃんか!悪い事したらごめんなさいしろってさ!"
"す、すまん…"
"あはは!俺にじゃないだろー!"
ぽたっとギヤマンから涙がこぼれ、リィンはギョッとしながらソキウスの後ろに隠れる。
言い過ぎたかと恐る恐る顔を出す姿の、なんと"普通"な事か。
遠退いていた日常の影に触れた途端、ギヤマンの軋んだ歯車が僅かに…けれども確かに回り出す。
「あぁ、そうだな……そう、だった、な…ゴホッ、すまな、かった……」
「グルゥ」
「ソキウス、許す?ならまぁ、私も…」
「いやリィン、もう僕君が怖いよ…」
「何が???だって、凄く嫌だったんだし…謝罪してもらわなきゃ気がすまない、よね?ソキウス、シャル」
「グル!」
「ニャポ!」
「ガハハハハ!こりャ、ワシらみたいなのには堪らんわィ!なァ、ギヤマン!…ギヤマン?」
またしても血を吐いた男がドサリと倒れ、その場は騒然となったが…刺々しい空気は霧散し、柔らかい余韻が流れていた。
…
まぁ、それでめでたしめでたしなら良かったのだが…そうは問屋が卸さない。
「「うわ…」」
「こりゃ、参ったわィ」
プラントから出たリィン達には、どうやらまだまだやることが残っていたらしかった。




