33.アクセラリティグループ再び
カーンッ、とシュヤマの契約精霊…髭鎚小人型精霊のドカジが吹き飛ばした金属扉が、リノリウムの床を叩いた。
いくらロックされていたからといってこれは大丈夫なのだろうか。弁償とか。
そんな心配を抱きつつ、リィンは彼の脇腹の辺りから中を覗き込んだ。
ギョッと目を丸くしているのは、上下をキッチリとしたスーツに身を包み、白衣に似た形の外套を着ている怪しい連中。
「な、何だ貴様らは!?」
「不法侵入か!?」
「ここがスチームンドの要…地底赤魔力プラントと知っての狼藉か!?」
「そっくりそのまま返しますけど…」
「は…はは、いやいや!我々は善良な会社員。今日はこの施設との業務提携の話をしにだな…」
「そうそう!その通り!」
「うーん、相変わらずの白々しさ…」
「グルルゥ」
「ニャポ!」
「は?」
一瞬の隙を突き、シャルが影刃の魔法を使って一人の女性が下げていたネックストラップを切り飛ばす。
シュヤマが飛んできたそれを掴んで見てみれば、魔力認識型のIDカードとそこに印刷されている芸術的にアレンジされた"A"と思われるエンブレム。下部には小さいながらもハッキリとアクセラリティグループと書かれていた。
「わぁ、確定だや」
「へぇ…あれが、ね」
「なんじゃァ、どいつもこいつもちんくしゃじゃのォ!ガハハハ!!」
「カーーン!」
「おいよく見たらこいつ…っ」
「ぎ、ギルドマスターだと!?」
「なんで!?早すぎるわよ!?」
「誘拐は失敗したから来ないんじゃなかったのか…!?」
正直シュヤマにたじろいでいる面々を見ると、どちらが悪者か分からなくなりそうである。そのくらい彼の纏う雰囲気は苛烈だった。魔力の塊がそこにあるようだ。
「あわわわ…シュヤマさん怒ってるなぁ…」
「そりゃそうでしょ。えっと…中央制御室は…地上三階です、シュヤマさん」
「ガハハ!そうかィ!ンじゃ、ちゃっちゃと親玉の首をいただくとしようじゃァねェか!」
室内の空調が無事だからと面型防侵蝕魔具を剥ぎ取り、牙を見せながらシュヤマが嗤う。
その、わざとなのかと思う台詞選びに苦笑していると、立ち直ったらしいアクセラリティグループの人達が取り囲んできた。かなり引け腰ではあるが、魔石を持っていたり魔道武具を構えているところを見るに、大人しく通してくれる気は無さそうだ。
「つまみ出してやるぞこの、侵入者どもめ!」
「「どっちが!!」」
いけしゃあしゃあと指を差してくる言動にカチンと来て、リィンとアルスも魔石を砕いた。
【火炎】
【落石】
「ソキウス、あくまでも牽制で!」
「ストマク、容赦しなくていいよ!」
「ニャパス!」
「グゥル!!」
「ンムムー!」
「あちちちち!?」
「ぐぎゃっ!?お、おも…っ」
「あがっ…首…か、影が…っ!?」
目の前を舐めるソキウスの炎と、ストマクの背負ったラッパ状の管から放たれる容赦のないの岩塊。ついでにシャルの影縛の魔法による無慈悲な拘束。
アクセラリティグループの面々はたまらず後退するが、まだ逃げてはくれない。面倒くさいなとアルスが呟く横で、荒事の嫌いなリィンは困り顔をしていた。
「くそっ!こいつら…痛い目みせてやる!」
「おい、魔法だ!」
「アタシの自慢の鞭で…!」
「ガハハ!悪ィが…お前ェ達の相手はワシじゃァ!!ドカジ、まとめてぶっ飛ばせィ!」
「カーーーーン!!」
言うが早いか、飛び出して行ったシュヤマは手に持った両刃斧の魔道武具で地面を叩き割り、アクセラリティグループ一同を吹っ飛ばす。次いでドカジの炎波の魔法が、相手の契約魔獣や精霊達を容赦なく飲み込んだ。
あまりにも荒技だが、加減はしているのだろう。
見る限り、倒れたアクセラリティグループも焦げた魔獣や精霊達も回復薬で治療出来る範囲からは外れていなかった。
正直それでもリィンには些か刺激が強かったが、ここで甘い事を言って危険を被るのは自分…ひいては仲間達だ。ならば、彼女は口を結ぶのみ。
「よっし、先行くぞィ!!」
「カーーン!」
何故敵がこうも周到に計画を準備し、シュヤマを封じるよう動いていたのか。
何というか、こうして目の当たりにするとその理由がよく分かった。戦力が圧倒的すぎるのである。
死屍累々で倒れている敵にリィンは心の中で手を合わせた。
(吹っ飛ばされる運命の皆様、御愁傷様です)
大男が巨大な両刃斧…それも魔道武具なので、おそらく威力向上や重量増加などの魔法が掛かったトンデモ武器を振るえばそれだけで脅威だと言うのに、同時に彼の契約精霊もハンマーの尾を振るい、容赦なく炎の魔法で追撃してくるのだ。
大勢配置された敵も丹念に用意していたのだろう何かの魔道具も、すべてが意味を成さなかった。
「うーん、これは破壊神…」
「ニャポ…」
「すごい…さすがシュヤマさんだ…!」
「グルルゥ…!」
背を追いながら苦笑とドン引きの目を向けるリィン達と、憧れの眼差しを向けるアルス達の温度差が凄い。
ガハハハハ!と破壊音の合間に響く盛大な笑い声が味方で何よりである。
しかしながら、その戦闘技術にはリィンも感心せずにいられなかった。
無茶苦茶に暴れているように見えてその実動きは理知的で、時に敵の攻撃を上手く斧の腹で防いだかと思えば流し、時に武器の強さだけに頼らず体術でも圧倒している。
「はぇ〜、シュヤマさんの動きって炎みたい」
「それは苛烈って事?」
「それもだけど…柔軟で掴みどころが無いのに、近付いたらたちまち大火傷って所がかな」
「あー…言いたいことはわかるかも。流れるように動いてるけど、水ほど優しくはないよ、ね!!」
「ギャッ!?」
話しながら、アルスはシュヤマの取りこぼした悪党をシンプルなスピアの石突で打ち倒した。
「あんな風に前衛を張るの、やっぱり憧れるよ」
「アルスも結構動けそうだけど…その、前衛ではないの?」
「あはは、無理無理!僕は…こういう戦い方!」
アルスはスピアを振り回してどこかから飛んできた電弾の魔法を弾き飛ばした後、真っ直ぐ敵に向けた切っ先から火散弾の魔法を撃ち出す。どうやら杖型の魔道武具のように攻撃魔法が組み込まれている武器らしい。
リィンは成る程と納得した。シュヤマのように敵のど真ん中の最前線に向かうというより、スピアのリーチと魔法により敵を近付けさせない戦い方をするのがアルスなのだ。要は中衛というやつである。
「このっ!!小賢しい!!」
「ンムーー!」
「ぐきゃっ!?」
そして、そんなアルスに代わって体を張るのがストマクだ。いかにもチームプレーといった様子に、場違いながらリィンはちょっとワクワクした。
「クソッ!!やっちまえ!捕まえろ!!」
「キキーー!」
「っ!ソキウス、下!」
「グルッ!」
【高速移動】
猿型魔獣が飛ばした網状の蔓縛の魔法をソキウスはリィンの指示通り潜り抜け、本体を大きな腕で掴んで網へと投げ飛ばす。自分の魔法に絡まったシミアはリィンの頭上を飛んでいき、なす術なく壁に激突して気絶した。
「シャルは契約者をお願い!」
「ニャパス!」
「ぐっ!…ぅう!?」
影縛の魔法が敵の契約者を無力化したところで、アルスがその意識を刈り取る。
「ふぅ…ありがとう、皆!」
「グルッ!」
「ニャポ!」
「どういたしまして。僕達、パーティーとしてはいいバランスみたいだよね」
前衛がシュヤマ、中衛がアルスなら、リィンは後衛…契約魔獣や精霊に前衛を任せ、魔石によるサポートやアシスト、強力な魔法を主に扱うポジションだ。
身近だとベルセルがこれに該当する。
「えっと、これで片付いた…のかなぁ?」
「さてと、シュヤマさんは…って、マズイよリィン!もうあんなに進んでる!?」
「んぇ…?わ、本当だ!?はぐれちゃう!」
ざっと辺りを見渡せば、打ち漏らしの残党も皆沈黙していた。
二人はアクセラリティグループを蹴散らし続けているシュヤマの背に視線を戻し、慌ててその後を追いかける。
が、リィンが即座に転がっている敵に躓いて転んだため、ソキウスがサラッと抱き上げた。
結局こうなるのである。リィンは顔を覆った。
…
進んではアクセラリティグループが立ち塞がり…
「ストマク、あいつらをご飯だと思って突撃!」
「ンッムムーーーー!!!」
「「「ぎゃーーーーーーー!」」」
「あはは、ストラーイク!」
「アルス…ストレスでも溜めてる…??」
「ガハハ!!いいぞいいぞォ!」
少し進んではアクセラリティグループに囲まれ…
「邪魔じゃわィ!!ドカジ!お前ェもやっちまえィ!!」
「カーーーーン!!」
「「「ぎゃーーーー!」」」
「あ、シュヤマさんが開けた大穴で皆下の階に落ちてったや…って何?アルス」
「リィン見ちゃダメ。その、あの人達ドカジの魔法でズボン燃えちゃったみたいだから」
「ガハハ!これでもう前に出て来んじゃろォ!」
「…なるほど?」
「グルル??」
「リィン??」
さらに進めば時に奇襲してきたり…
「シャル!氷刃で服を狙って!!」
「ニャポポー!ニャパス!!」
「「「きゃーーーーーーーー!!」」」
「わぁ、そんな絹を裂くような叫びを上げなくても…」
「ニュル」
「グルゥ…」
「いや、上げるでしょ…」
「ガハハ!!すぐ学んで実践できるたァやるじゃねェか!!」
「あぁ…リィンが変な事覚えちゃった…これきっとベルセルさんに怒られるよなぁ…」
「え、何でベルセルさん??」
「本気で言ってる??」
進んでは蹴散らし、時に戦い、途中からリィンとシャルが追い剥ぎよろしく服を切り刻み続け…
「かァーー!キリがねェなァ!!」
「カンッ!カン!」
「本当ですね…ストマク、魔力回復薬を飲んでおきな。頬袋に貯めるんじゃなく、ちゃんと飲むんだぞ?」
「ンム!」
「ソキウス、シャル、怪我してたり疲れたりしてない?魔法薬ならたんまりあるから、遠慮しないでね」
「グルゥールゥ!!」
「ニュルニャーパス!」
何とか三階まで来たところで、一同は階段近くの小部屋で小休止を取っていた。
リィンとアルスもシュヤマに倣ってマスクを外し、プハッと気を緩める。
ここまでくると人の気配は随分と薄くなり、されど鬱屈とした重い魔力の感覚が漂っていた。さながら、ボス部屋前の静けさのようである。
リィンは頬に片手をあててため息を吐き、ソキウスに凭れ掛かりながらもう片手で白衣の裾を弄った。
「やっぱりろくでもないものって、1匹いたら30匹はいるものなんだね…ソキウス、シャル」
「グルルグゥ!」
「ニャパス!」
「儚そうな雰囲気出しながら凄い事言ってるな…気持ちは分かるけど」
「おいコラ、聞こえたわよ!?アタシらをゴキ◯リ扱いするんじゃないわよ!」
「うわ、また出た!?しつっこいなぁ!」
「ぁ、すみません…!ゴキ◯リの方がたぶん有益ですよね」
「待て、今どっちに謝ったお前」
「ゴキ◯リですけど…」
「「「むきーーーー!」」」
「素でこれなの怖いなぁ…」
「っち、階段からまァだ音がする…埒が明かん!ドカジ、壁ごと吹っ飛ばせィ!!」
「カーーーーン!!」
轟音と共に壁が吹き飛び、小部屋を撮影用の舞台セットのようにリノベーションしたシュヤマが背にかばっていたリィン達へと首を向けた。
「連中はまァだ来やがる。ワシが食い止めとる間に先に進むんじゃ」
「え!?で、でも…」
「それなら僕達が食い止めますから、シュヤマさんが…」
「ばっきゃもーん!!若造に殿なぞさせられるかァ!!そもそも、ワシじゃァ中央制御室前の扉は開けられんわィ!魔道具なぞ弄れんからなァ!ガハハ!」
「じゃあ何で突入したんだよこの人!?」
「勢いじゃな!!ああ、そうじゃ玉鋼っ子。コレを、持っていけィ」
「え!?わ、わぁ!?」
ホイと放り投げられた何かを、リィンは慌てて受け止める。ソキウスに抱えられていなければ今頃バランスを崩し、頭を強かに打っていただろう。
チラリと見て触った感じ、おそらく魔道武具だ。なんとなく見覚えのある気がする小盾である。
とはいえじっくり確認する暇もなくシュヤマに押し出され、アルスとリィン(を抱えたソキウス)は仕方なしに駆け出した。
シュヤマが遠慮なく戦うためには、自分達が邪魔であるのはもう、十二分に分かっていたので。
「確かここを右で…次は…」
「二つ目の分かれ道を左だよ。ところでアルス…その、私も魔道具は弄れないんだけど…」
「あ、うん、分かってる…」
ホッと息を吐いたリィンは、次の瞬間思いついたように通信魔具を取り出す。
そして、出しっぱなしになっていた電話帳の欄からベルセルをタップし、緑の部分をタップした。
呼び出し中の文字に、よし!とリィンは嬉しそうにアルスへ画面を見せる。
アルスはその進歩にちょっと感動しつつもハテナを飛ばした。
「ほら、ベルセルさんの助力があったほうがいいかなって」
「なるほど…うん。ありがたいよ!」
三コール目を待たずして、スマホの画面が切り替わる。
『…本人か?』
「酷くありません??」
開口一番のセリフに、リィンは頬を膨らませた。
そんな、今まで勉強をサボってた子供が急に進んでドリルをやり始めた、みたいな顔をしなくてもいいじゃないか。
『はぁ…何用だ。というか…待て、キミは今どこにいる?』
「あー、ははは…」
「えーと、ベルセルさん…事情は後で…僕達今ちょっと急いでて…」
『ほぅ…いいだろう。何故お前までいるのか…後でじっくり教えてもらうとしよう』
「「ひぇ」」
リィンは今日こそ正座で膝が無くなるかもしれないと遠い目をする。
しかし、それもこれも今を乗り切ってからだと気持ちを切り替えた。目は涙目だが。
「えぇと…地底赤魔力プラントの中央制御室に向かうための扉ってわかりますか?その、多分魔道具?のロックを解除したくて…」
『…キミがか?』
「安心してください。僕がやります」
『いい判断だ』
「解せない…」
『ところで、シュヤマはどうした』
「悪者さん達の邪魔がすごいので、足止めを…」
「自分じゃ魔道具弄りは出来ないと…僕達を向かわせるために」
『はぁ…計算内だ。アイツの性格と今の状況を考えれば最適解だろう。助力を乞うにもスマホはラボに置きっぱなしだったからな。まったく…案内の目印を魔力にして正解だった』
「あ!ミラくん、助かりました!ありがとうございます!」
『ミラ、くん…??まさか、案内魔具の事を言って…るな、その顔は。はぁ…キミは名前をつけなくては死ぬ病気なのか?』
「む、親しみって大事だと思います!」
『幻影魔法に親しみを持ってどうするんだ』
ベルセルのドライな言葉にリィンが口を尖らせていると、目の前に目的の物が現れた。
壁のような金属板に丸い扉とモニターが付いているそれは、いかにもこの先に重要な物がありますよといった感じだ。
リィンはアルスにスマホを渡し、自分は何も触らないようにと両手をソキウスの首に回す。そんなリィンの首にシャルが触腕を回し、これ幸いとキスをし始めた。
早く終わってくれなければリィンの頬がなくなるかもしれない。早急な解除を願う。
そんなリィンの思いが届いたのか、はたまたアルスが凄いのか、やっぱりベルセルが凄いのか…とにかく、然程時間をかけずに魔道具のロックは解除され、ギィギィと音を立てながら丸い扉が横へ転がるようにして開いた。
「えっと、ここでシュヤマさんを待つ?」
「グルルゥ」
「うん。その方が…」
『いや、すぐさま先に進め』
「「え?」」
ベルセルにしては珍しいセリフに目を瞬かせると、頭上で魔力の揺らぎを感じる。次いでカチャッと微かな音と共に、何やら物騒な銃型の魔道具がリィン達に銃口を向けているではないか。
それも、金属扉に付いているものだけでなく、その先の道にまでズラリとあって…
「べ、ベルセルさん…これって…」
「もしかしなくても、侵入者撃退用の魔道具じゃ…」
『非正規の権限でこじ開けたからな。防衛システムくらいは作動して当然だ。まぁ、問題ないだろう。見た目の割に威力は低い上、中身は唐辛子弾のはずだ』
「「嫌ですよ!!」」
アルスとソキウスが走り始めるのと、魔法で弾が撃ち出されたのは同時。床でパンと弾けて赤い粉末をまき散らしたそれに、顔が引きつった。
怪我はしないのかもしれないが、唐辛子まみれは嫌すぎる。
アルスはストマクに、リィンはソキウスに助けられながら、皆で一直線に奥の扉へと飛び込んだのだった。
…
「み、皆無事…?リィン、いるよね…?」
「い、いるよ…ソキウスのおかげで…シャルも無事?」
「グルッ!」
「ンムー!」
「ニュル!」
ストマクの肩から飛び降りたアルスがリィンに手を出し、ソキウスから降りるのを手伝う。
その暖かな柔らかさに、あまりにも自然に手を握ってしまった事に気付いたアルスの内心は大荒れしたが、当のリィンは白衣に飛び散った唐辛子の粉末を叩くのに忙しく、少しも気にしていなかった。
見せつけるようにリィンの腕に触腕を絡めながら青の三つ目を細めてシャルは嗤い、アルスは顔を引きつらせたのである。
と、そんな青春の一幕にピリオドを打つように、コツン、と硬い足音が響いた。ソキウスとシャルが警戒態勢を取る。
「これはこれは…コホッ、随分と騒がしい客人だ」
リィンは咄嗟に身を固くし、部屋の奥から歩み寄る人影をじっと見つめる。深いワインを思わせる魔力が鼻を擽った。
床を鳴らす革靴はピカピカで、けれどもよく使い込まれているのか独特の渋さが味を出している。
カンッと革靴とは別に床を打ったステッキを登るように視線を上げると、紳士然とした老人がそこにいた。
煉瓦色混じりの白髪に乗る山高帽と、ヴァン・ダイク型の白髭を携えたその人は、いかにもインダスシティの街並みに似合いそうで品が良い…ただ、白衣に包まれた代赭色のYシャツの上に"A"のエンブレムが目立つカードさえ無かったならば、だが。
「コホッ、コホッ…失礼。些か肺が悪くてね」
「アンタが…リーダー?」
「吾輩がリーダーなど恐れ多い…吾輩はしがない技術者の一人だよ。ただ、この作戦の責任者ではあるがね。あぁ、幹部の一人であると言ったほうが分かりやすいか」
「…どうして、ここを襲撃したんですか」
「息子の為だよ」
「「は?」」
苦しそうな空咳を繰り返しつつ、老紳士は柔らかく目を細める。それはヨウちゃんを見るシュヤマにも似ているが…それよりもドロっとした暗くて重い何かがあった。
「コホッ、コホッ…吾輩の息子は素直で活発な子でね。元気に走り回って、泥だらけになるまで契約魔獣と遊んでは女房に叱られて…いつも弾けるような笑顔で吾輩にこう言うんだ」
"父ちゃんはな、俺の自慢だ!みんなのためにすげーモンを作って、カタルシアをもっと良くしてくれる!父ちゃんも、父ちゃんの作る魔道具も、俺の誇りだぜ!"
ステッキに置いた左手を重ねた右手で撫でる様子は、まるでそこにいる息子の髪を梳くような慈愛に満ち、リィンは老紳士の事がまるで分からなくなる。
彼の語る息子の姿が、とてもじゃないが現状に重ならないのだ。
しかし、彼が「だが…」と続けた途端、纏う雰囲気が一変した。
「30年前…コホッ、あぁ、もう30年も経つのか…あの忌まわしい事件…あの時発生した蝕化魔力が原因で、息子は肺病を患って死んでしまった…っコホッ、コホッ」
「えっ…」
「…っ、なら何でだよ!どうしてここを占領して、大煙突を止めるような真似が出来る!?そのせいで、アンタの息子を殺した魔力がまた、出てるんだぞ!?」
「…煙如きが何だというのだね?」
「「…は?」」
リィンはきゅっと己の白衣を握る。老紳士の理解出来なさが恐ろしくて、何かにすがりたかったのだ。
彼の息子はスチームンドのスモッグに、蝕化魔力に殺された。
あんなに愛していると全身で語っている息子を、だ。
なのに老紳士はその蝕化魔力を再度発生させ、それがどうしたのだとのたまう。
話が破綻していた。けれどどうやら、彼の中では違うらしい。
「吾輩はただ、息子の望みを叶えようとしているに過ぎんよ」
「何、言ってんだ…アンタ」
「息子は…コホッ、死ぬ間際に吾輩に託したのだ」
"なぁ…父ちゃん…父ちゃんの、技術は…すっげぇ最高の時代を…つくれる、よな…?"
「ならば、作らねばならない!吾輩は…早くあの子に"最高の時代"を見せねばならないのだ!コホッ、かつて語り合った…誰もが不自由なく、苦労もなく、豊かに暮らせるカタルシアを!!この煙こそが進歩の証!!浄化などというブレーキを取り払い、その無駄なエネルギーを有効活用してこそ…発展はある!ゴホッ、ゴホッ!」
リィンは血走った目で虚空を見つめ、髭ごと口端を吊り上げながら胸を抑える老紳士を呆然と見つめる。
傍らでは、アルスが「狂ってる…」と呟く声が聞こえた。
理解なんてやはり出来ない。したくもない。
ただ、リィンは老紳士の黄土色の瞳の奥が…シャフトやベルセルとはまるで違う事に気付いた。
信念じゃないのだ。そこにあるのは…ひたすらに後悔と怯え。つまり…
(この人は、間違えているという事を、きっと心のどこかで分かってる…)
ならば何故そんな自分を騙そうとするのか?リィンの頭に浮かんだのは一つの、最悪の可能性。
思い至って、彼女は尚更強く白衣を握った。吐き気がするほど…腹が立ったから。
「"停滞は死。犠牲は発展の糧"…でしたっけ。シャフトさんが言ってました」
「コホッ、あぁ、吾輩達の信条だね」
「だからと言って、息子さんの死は…名誉の死にはなりませんよ」
「…は?」
「…リィン?」
「アルス、シュヤマさんから聞いた話は覚えてる?蝕化魔力が発生した原因」
「ラクリモサ…いや、元は魔道具の暴走だったよね」
「あの人は技術者だって名乗った。それに、息子さんの言葉から考えるとたぶん…30年前も技術者だったと思うんだ」
「まさか…っ」
30年前技術者だった男が…暴走した魔道具に携わっていない可能性など、果たしてあるだろうか?人手不足であったという時代に?
「うるさい…うるさい、うるさい、うるさい!ゴホッ、息子の死には意味がある!!あったんだ!!吾輩が、そうする!!そうするしか…っ!ゴホッゴホッ!」
「違うだろ…アンタ…そう思い込んで誤魔化さなきゃ、認められなかったんだろ…」
男を殺人者とは呼べない。けれど、男の作った、もしくは弄った魔道具が蝕化魔力を作り出した一因なのだとしたら…彼は間接的に息子を殺したと同義だ。
発展を目指した自分の行いを間違いだと認めたら、息子を死なせた事実だけがすべてになる。
そんな男にとって、アクセラリティグループの信条はさぞ救いだっただろう。
「吾輩は、息子の魂を理想の未来に連れて行く!それが吾輩の贖罪で、息子の望み…」
「ずるい人だなぁ…」
「は?…ずるい、だと…吾輩が?」
「あなたは"息子"を理由にして、ずっと目を逸らしているだけじゃないですか。あのですね、息子さんは、あなたの都合のいい藁人形じゃありませんよ?」
「藁人形…」
「リィン…例えで台無しだよ…」
「えっ」
「グルゥ…」
「ニュル…」
かなり適切な物を選んだつもりだったのに、とリィンはしょんぼりした。
尚、藁人形とは身代魔具の一種で、ダンジョンボスなどから逃げる時に重宝する一品である。
「と、とにかくですね!苦しむ魔獣や精霊や人間がいても"息子"を免罪符に、見ないふり、悲鳴も聞こえないふりをして逃げるのはずるいと思います!」
「それは僕も同意見だな。アンタって結局、死んだ息子を自分に都合よく捻じ曲げてるだけじゃない?」
「貴様ら…何を、ゴホッ、何を言っている!さっきからベラベラベラベラと…!」
「ガハハ!!若ェの、よく言った!!」
リィンとアルスの頭を、大きな手がフワリと撫でた。
そして二人を庇うように…唐辛子まみれの広い背が立ちふさがる。
カッコいいシーンが色々とスパイシーで台無しだ。
リィンは唐辛子のついた頭をそっとはたいた。ソキウスもシャルも手伝った。
「…やはり凡百の構成員では足止めにもならない、か。化け物め」
「よォ…ギヤマン、テメェだったのかァ。熱烈な歓迎だったなァ!」
「シュヤマ…呼んでもない茶会に来るなど、野蛮なのは相変わらずだとも」
「あの、お知り合いですか…?」
「当たり前じゃァ。あいつは同世代の中じゃ飛び抜けて優秀な魔道具技師って有名じゃったわィ。当時は多くの工場で魔道具の整備をしとった。何より…今はインダスティオギルドの専属魔道具整備士じゃからなァ!」
「「!?」」
リィンとアルスは揃って息を呑み、改めて髭を整えている老紳士…ギヤマンを見る。
ギルドの専属魔道具整備士が、まさかこんな大掛かりな騒動を引き起こした闇ギルドの一員だったとは。
シュヤマの凄まじい怒りと高ぶる魔力からも事の大きさが窺えた。
しかしこれで、今まで腑に落ちなかった点が解決する。
「瞬間的移動魔具の故障、魔力探知の魔道具の不備、試験会場の結界魔具の不具合、試験会場の映像と腕輪型の魔道具から送られてくるデータの改竄、面型防侵蝕魔具の故障も…全部テメェだな、ギヤマン」
そう、インダスティオギルドで起きていた魔道具の不調の数々だ。職員が老朽化について言及はしていたが、それだけでは明らかに不自然なレベルで重なっていた。
その上"いつも頼んでる所の都合がつかない"など、出来過ぎている。
更に言えば、映像と腕輪型の魔道具から送られてくるデータの改竄なんかは余程の知識が必要だ。
闇ギルドの手練が行ったと言うより、その道のプロが手を貸していたという方が余程説得力がある。
「ああ、その通りだとも。コホッ…いやはや、地道な作業だったよ。整備の度…長い時間をかけて、時計の秒針を一ずつ進めるように、誰にも気づかれないほど少しずつ調子を狂わせていたからね。コホッ、コホッ、そうしておけば、後は好きなタイミングでつつくだけで機構は瓦解する。緻密であればあるほど崩すのは容易いものだとも。コホッ」
「いけしゃあしゃあと……!」
「なんて人だ…」
「どうしてそこまで…ヨウちゃんまで巻き込もうとして…っ」
「どうして…か。そうでもしなければそこの規格外に吾輩が勝てる可能性が無いからだよ。勝てないと分かっていたさ。コホッ、同世代の中で唯一後遺症も持たず、代わりに恐るべき戦闘力を持つ貴殿にはね」
同世代とは言うが、正直そうは見えない。二人が並ぶとギヤマンがその不健康さ故かずっと年上に見えるのだ。痩せっぽっちで、落ち窪んだ目、顔色の悪さも照明のせいではなかった。
「そう、だから入念に準備をしたのだよ…コホッ、成功するはずだった。完璧だったんだ…吾輩の計画は…っゴホッ、ゴホッ!」
ギヤマンのステッキがまっすぐリィンを示す。すかさずアルスとソキウスが庇うように前に出た。
「そこの、そこの不良品さえいなければ!!!」
「っ!」
「グルルルルルッ!!」
「シャーーーーーーッ!」
ギラギラと血走った目と、明確な敵意がリィンに突き刺さる。魔力も棘のように突き出され、喉元に突き付けられているような心地さえした。
冷ややかで、どす黒く、重くて、ぐちゃぐちゃなそれは…きっと殺意とすら呼べる程の負の感情なのだろう。
ソキウスとシャルが総毛立ち、それぞれが爪も牙も剥き出しにするほどの。
「貴様が子供の誘拐を邪魔しなければ!!!貴様が昇格試験などに参加していなければ!!!貴様がこの煙の中シュヤマを見つけなければ!!!すべて、貴様が!!」
「わ、わぁ…私凄いなぁ…」
「言ってる場合じゃないでしょ!それで?何、逆恨み?アンタの策はリィン一人に壊されるほど脆かったってだけでしょ」
「ガハハ!緻密であればあるほど崩すのは容易い…テメェが言った言葉がそのまま返ってきたなァ!!」
何故皆煽るのだろう、とリィンは縮こまった。ギヤマンの怒りのボルテージが順調に上がっている。
ついでに、何故か白衣のポケットから猛烈に怒りの波動を感じる気がするが…気のせいだろうか。
「貴様、前に出ろ。スクラップにする」
「それで、はいどうぞって行かせるわけないだろ!」
「ふむ…理由が必要か。なら…」
ギヤマンがピカピカ光っている操作盤の一つに手を添える。
すると、地底赤魔力プラントの内部を転々と映していた観察用映像魔具に、一つの映像が映された。
それは一つの部屋に詰め込まれた、恐らく地底赤魔力プラントの職員達。それと…一体の爆弾実型精霊だ。
「貴様が前に出ないなら、吾輩はアレに爆轟の魔法を指示しよう。ああ、吾輩を捕らえようとしても無駄だ。指示は吾輩の爪に仕込んだ魔道具で…文字通り指先一つで済むのでね」
「なっ…!?外道が…!」
「わぁ、シャフトさんより断然悪役っぽい…!」
「お前さん…余裕じゃなァ」
余裕なわけが無い。おどけて見せたその下で、リィンの手は震えていた。
あぁ、嫌だ、嫌だ、嫌に決まってる。こんなくだらない人間のやり取りに大切な相棒を巻き込むなんて、吐き気がする。
けれどもソキウスは、任せとけと言わんばかりにリィンの前に出て構えてしまうから、彼女は覚悟を決める他ないのだろう。そう、前を向いた瞬間…ソキウスの体が宙を舞った。
「…え?」
いつ出したのか、合図も何もなく、ギヤマンの契約精霊…鋼亀型精霊がソキウスに攻撃をしたのだ。
「ソキ…ウス?ッ、ソキウス!?」
「ニャパス!?ニャニャ!?」
「グ、ルッ…!」
「お前…!!卑怯だぞ!」
「ただ不良品を潰すのに、ルールなど必要か?これがまともな決闘だとでも?コホッ、おめでたいことだ」
「ギヤマン…!落ちたなァ、テメェ!!」
「…落ちた、か。はは、ハハハは!!ゴホッ、ゴホッ!吾輩は、息子を失ったあの日、既にドン底を味わったのだ!ゴホッ!今更何を恐れると!?」
シュヤマは職員達の映るモニターを気にしつつ、どう動くべきか考えあぐねていた。
ギヤマンの台詞はハッタリではない。彼の技術力があれば、実際指先の動きだけで、いや、ほんの少し魔力を送るだけでも遠方に指示を伝える…そんな魔道具も作れるのだから。だからこそ動けないのだ。
もし振動すら発動条件なら、シュヤマが制圧した瞬間にドカンである。
ここに眠りの魔法が使える精霊でもいれば違ったのだろうが…あいにくそんな都合の良いことは無い。アルスも同じだ。
今、ギヤマンの機嫌を損ねず動けるとしたら…名指しされたリィンしかいなかった。
当のリィンはギヤマンなど知った事かとソキウスに駆け寄り、泣きそうな顔で鉄面の向こうを覗き見る。
黄金色の四つ目は心配要らないと優しく頼もしい光を湛えているが、リィンは唇を噛んだ。
(ダンジョンじゃないからって、魔力感知の魔石を使わなかった私のミスだ…ソキウスが自力で魔法を使えない分は、私がちゃんとフォローしなきゃいけないのに…!)
落ち着けと眦に触れたシャルの優しいキスに眉を下げ、瞬き一つで意識を切り替えた。
リィンは荒事が嫌いだ。けれども、自分の半身を傷付けられて大人しくしていられるほど良い子でなければ、大人でもないのだ。白衣の袖を捲り、深呼吸を三回。
(勝敗じゃない。どの道シュヤマさんも動けないなら、どうにか出来るよう時間を稼がないと…でも、そんなことより)
「グゥルッ!グルルゥ!!」
「任せて、ソキウス」
相棒がやり返すと言うなら、やり返してやるのがリィンの役目である。




