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実習


「ほらほらあんた達、いつまでも地べたで喋ってないの。そろそろ準備でもしに行かないとでしょ?」

「あ、そうですね。リィンに夢中で忘れてた」

「言い方…」

「キュッ」

「グゥ?」


訳知り顔で魔獣を亜空部屋に戻しながらいそいそと立ち上がるアルスの台詞に呆れつつ、リィンは聞くなら今だと声をかける。


「あの、みんなの言ってる準備とかって…その、どんな感じなのかな?ただの旅支度じゃないの?」

「え?あー…そっか。リィンはラントリイから来たばっかりだもん、知らないよね」

「失念してたわ…ちょっと待ってなさい」


そう言ったガウラは、多機能型通信魔具(タブレット)を起動して何やら弄り始めた。

なんとなくリィンが姿勢を正して正座すると、ソキウスは真似して隣にちょこんと座った。可愛い。


「二年生…つまりあなた達が行う校外実習はね、簡単に言ってしまえばカタルシアを旅してこいって内容なのよ。でも、勿論何も考えずに自由にって話じゃないわ。あくまでも実習だからね」


パッと画面が光ったかと思えば、タブレットに広大な大地が映る。カタルシアの風景のようだ。

その風景の中に…何かの調査員だろうか?メモや端末を片手に記録にいそしんでいる人々が点在していた。


「彼らは環境調査官(フィールドセーバー)と呼ばれる人々よ。ギルドに籍を置いて、カタルシアの環境調査、魔獣や精霊の調査は勿論、依頼されれば問題が発生した現場に出向き、必要なら頭でも身体でも使って解決に尽力する。ただし、犯罪者とか人間関係の問題は対象外ね。それは別の職業の仕事」

「えっと、つまり…環境保全特化の冒険者?」

「うん。大体その認識で大丈夫だよ」

「で、二年生の実習はずばり、見習い環境調査官として活動する事なのよ」


リィンはパチパチと目を瞬かせ、改めて画面の向こうで動く人々を見つめる。

木の健康状態を見ている人、魔獣に治療を施している人、魔道具で何かを測定してはメモしている人、採取した土に何やら薬品や魔力を加えている人、魔道具を覗きながら精霊の状態を診ている人、汲んだ水を魔道具に入れてあらゆる角度から観察している人…


「む、難しくないですか……???」

「グゥルル?」

「あはは!さすがに本職と同じ事はしないよ!あくまでも"見習い"だから」

「ええ、勿論ここまでマジな活動は求めないわ…やりたいなら自由だけど。学園が求めるのは主に二つ」


ガウラの綺麗な指がピンと二本伸ばされる。


「一つは環境の調査。もう一つは生態の調査。場所も範囲も問わないから、自分が赴いた場所の事をなるべく細かく調べるの。そこはどんな環境で、どんな魔獣や精霊がいるのか。どうしてそんな環境になって、なぜその種族が好んで生息するのか。目に見える事だけじゃなく歴史とかまで調べて…しっかりと、自分の目でこの国を見るの」


リィンは思わず画面からガウラに視線を移す。

分かりやすく、すんなり身体に入る水を思わせる説明口調の、その最後だけが…絶対に流させないと、重石に似た響きでもって聞こえてきたから。

まるで、それまでの諸々は建前で…本当に大切なのはそこだと言外に伝えるみたいに。


「ち、な、み、に!今のはあくまでも学園が求めることよ。本当の旅の目的ってものは、自分で勝手に見つけて決めなさい!」

「ほ、放任主義だ…」

「あはは、気楽でいいでしょ?で、ほら、これが先輩達のレポート。こんな感じでまとめたものを提出して、成績つけてもらうんだ」


図鑑並の厚さになっている紙束に、リィンは自分の頬が引きつるのを感じた。


「ぶ、分厚い…」

「って、アルスあんた!何勝手に持ち出してるのよ!?」

「あはは!予習ですよ、予習」

「わ、私に出来るかなこれ…うっ、日記とかも続かないタイプなのに…」

「グゥ?ルール」


尚、彼女がかつて買った日記は三日目以降は落書き帳となっている。何かしらは描いてるんだから三日坊主じゃないもんとは彼女の主張だ。

ソキウスはよく分かっていなそうだが、リィンに寄りかかって慰めてくれている。可愛い。


「うーん…僕も自信があるわけじゃないけど、でも、こうやってレポートにまとめるためにカタルシアの事を深く学んでいくからこそ、自分のやりたいことが見つかるんだろうね」

「あ、だから…」


あの時、なぜガウラが自信満々だったのかが分かった。

パラパラと先輩のものらしいレポートをめくっていく。

魔道具を使ったのか、随所に差し込まれた写真が生き生きと動いていた。


「フィオーレ自治区の森の風景…フィオーレ?」

「あ、それもか。先生ー」

「はいはい、任せなさい。はい、これがカタルシアの地図ね。見たことはある?」

「えっと一応…?」


ピッと新たにタブレットに映し出されたのは、歪ながらも丸に近い形をした大陸の地図である。

エルーセ・ウルナには大小さまざまな陸地が独立して点在しており、基本的には大陸一つが丸々一つの国だ。

国どうしが陸地で繋がっていることはほとんどなく、カタルシアも例に漏れず周囲に他国を持たないらしい。


東、北、西は険しい山に縁取られ、海に面していると言えるのは南だけ。

視力検査の、下が開いているCの感じに似ていた。


「ここ、カタルシアは大きく5つの自治区に分かれているの。学園がある中央都市区のセントールを中心に、東に森林地帯のフィオーレ自治区、西に山岳地帯のスチームンド自治区、南に海洋地帯のマーレリア自治区、そして…北のケミカトル自治区ね」


何故か北だけ簡略的だったが、ひとまずリィンは疑問を飲み込んで説明に耳を傾ける。


「それぞれの区で全く別の風景が見れて面白いよ。ただ、それぞれが自治区だから出入りには制限があるんだよね」

「はぇ~小さな国がくっついてるみたいなんだね。ラントリイとは全然違うや…しっかりしてるなぁ」

「面倒なだけよ、まったく!通行証だけでも観光用、生活用、業務用、ギルドカードで四種類あるのよ!?」

「わぁ…」

「グゥ…」


都会って大変なんだな、とリィンは苦笑した。

人間って大変なんだな、とソキウスは瞬いた。

縄張りを除けば魔獣に境界線などないし、ラントリイは"どこへなりともご自由に、ただしすべて自己責任"を地で行く国なので。

行方不明者や魔獣に齧られた、精霊に攫われたという話題には事欠かない。


「調査官はギルドの所属だから、本職の人は冒険者同様ギルドカードで自由に出入りできるんだけど…僕達学生はあくまで"見習い"だからね。ちょっと特殊なんだ」

「特殊?」

「明日配るけど、"見習い証"はフィオーレ自治区の出入りおよび調査の自由が保証されるの。加えて、ランクを上げれば他の自治区の出入りおよび調査の自由が段階的に獲得できるわ」


例えば冒険者はランク次第で受けられる依頼が変わるが、それを行動範囲に適用したのが見習い証とやらの仕組みらしい。

しかし、ランク制を取り入れるということはつまり…


「冒険者みたいに昇格試験があったり…?」

「ふふん!御明察よ。各自治区のギルドマスターがなんやかんや試験を用意してくれてるわ」

「なんやかんや???」

「そこは毎年適当らしいんだよね。筆記試験だったり、魔法実技だったり、本職の手伝いさせられたり…」

「ギルドマスターって変人しかいないのよ。だから気分で試験内容がコロコロ変わるの。迷惑な話よね」

「あはは…で、でも!ギルドマスターはその地区のトップであると同時に、カタルシアでも相当な影響力を持つ人達でもあるんだ。凄い人たちなんだよ!」


こんなものかな、とガウラが一息つく。やや説明疲れは見えたが、心なしかスッキリとやり切った顔をしているので、生粋の教育者なのだろう。


リィンはこれまでの説明を頭の中でまとめてみる。

これから行う実習は、見習い調査官としてカタルシアを旅しながら環境、生態を歴史も交えて細かく調べること。

東西南北それぞれに違う特徴を持った地区が存在しているが、他の地区を調査したい場合には各地区のギルドマスターに認めてもらう必要があること。


そして…旅の本当の目的は、自分で見つけて決めること。


「うん。大丈夫です。なんとなく分かりました…メモだとか観察道具だとか、そういう準備が必要な事も」

「そう?まあ、質問があればその都度遠慮なく聞いてくれればいいわ。明日の出発前に全員にギルドから貸し出された魔獣・精霊図鑑のデータとタブレットを配るから。勿論このアタシ、ガウラちゃんの連絡先は登録済みよ!」

「図鑑…!」


分かりやすくリィンの目が輝いた。

ギルド所蔵の図鑑データなど、愛好者からすれば流涎ものだ。彼女がこうなるのも仕方ない。

仕方ないが、ガウラはちょっと拗ねた。


「はぁ…いいわよいいわよ、ふん!もう!とにかく、そんなわけだから、そろそろ二人とも準備に行きなさい!使いやすい魔道具とかすぐになくなるわよ!」

「そうですね。リィン、一緒に街に行こうよ!ついでにオススメの店とか案内するからさ」

「え、う、うん!お願い!」

「グゥ!」

「じゃあ、先生。ありがとうございました」

「ありがとうございました!あの、ソキウスの事…本当に大切にしますね!」

「はいはい、いってらっしゃい。あ、実技場を出る前にちゃんとその子を亜空部屋に戻しなさいよ。校則なんだから!」

「はぁい」

「グルー」


素直に魔法を使ってソキウスを戻した直後、アルスに引っ張られながらリィンは校舎に駆けていく。

二人の背を見えなくなるまでその場で見送り、ガウラは校舎に戻った。

そのまま階段を登り、廊下の先で目的の部屋を開ける。


歴史資料室。一般生徒の立ち入りが禁止された、ガウラの城である。

まだ高い太陽に照らされた外の世界と違い、ここには暗く停滞した空気がほこりと一緒に沈んでいた。


その中をゆっくり進み、私物化しているデスクにつくと、ガウラは密かに息をする。

まるで目の前にある傷に痛みを与えないように。

薄氷の上に成り立つこの世界の明日を恐れるように。

自分を含めた臆病な大人達が口を噤む過去の霧を揺るがせるように。


そして、閉じた瞼に甘い若芽達の姿を浮かべてポツリと呟いた。


「さぁて、あの子達は、どんな"歴史(きず)"を見るんでしょうね。ベルセル」


呟きの先、写真に嫌々写っている目つきの悪い男が鼻を鳴らした気がした。


「さ、暇だし、特製の栄養剤でも作りましょ。またあいつに渡してやらないと!ト、ク、ベ、ツ、に!」





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