↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/54

29.インダスティオギルド


「うーん、何度見ても壮観」

「グルルゥ?」


リィンの目の前には、今日も今日とて変わらず勤勉な歯車が回るインダスティオギルド。

冒険者達の出入りも相変わらず盛況で、むしろ昨日より多いというか、活発な感じがある。

昨日の今日でシュヤマに会う気まずさと人の多さに気後れし、リィンは入り口近くのベンチで白衣の裾を弄りながらぼんやりと時間を潰していた。


「ピュル…?」

「ん?」


不意に、ウィズが警戒するように空を見る。

それを追うように顔を上げると、敏感とベルセルに太鼓判を押されている鼻がツンと不快感を訴えた。霧に紛れて微かに潜む腐臭だけでなく、魔力の感じもどこか重い。


「んん?何だろ…何か空気が嫌な感じだね…」

「そんなとこでなァに黄昏ておるんじゃ」

「ひょわぁっ!?」


霧深い朝の街並みにあやかってちょっとミステリアスな雰囲気を装いながら遠くの煙突を眺めていたら、開いた扉から腕組みしたシュヤマがこちらを見ていた。

厚く硬そうな皮膚に歴史を刻み、どっしりと構える姿はまるで老樹の如く。

明るいところでこうして改めて見ると、なおその体の大きさが際立っている。

ついでに髭を結うファンシーなリボンの異質さも。昨日はオレンジだったが、今日はピンクだ。もしかしなくても犯人はヨウちゃんなのだろうか。


「まったく、待ちくたびれたわィ。ほれ、何をしとる。さっさと着いて来んか」

「は、はいぃ…」


機嫌の良し悪しがまるで分からない。

リィンは心臓を跳ねさせながらもソキウスと手を繋ぎ、今日も今日とてそれぞれの定位置である頭と腕にいるウィズとシャルを軽く撫でてから、のしのしと先を行く大きすぎる背を追った。


(き、気まずい…)


無言の道中。リィンはすれ違う職員達と挨拶を交わすも、シュヤマは終始無言。

リィンは昨日の色々を思い出し、そっと肩を落とした。考えてもみれば、不機嫌で当然である。

しかし、ヨウちゃんのいない今なら弁明出来るかもと気持ちを切り替え、意を決して口を開く。


「あ、あの…!」

「あの後、ヨウから話を聞いてなァ…」


呟いて、くるりと振り向いたシュヤマは、その厳しい顔に怒りを湛えて…はいなかった。むしろその逆。


「あの子を、マネリィを助けてくれて感謝するぞィ」


非常に落ち着いた様子で、真摯に頭を下げてきたではないか。


「あ、頭を上げてください!ヨウちゃんにも言いましたけど…問題を解決してくれたのは探偵さんで、私は特に何も…何も、出来てなくて…」

「じゃがお前さんは、泣いていたヨウを放っておかんでくれた。一緒にいてくれた…それだけでヨウは、嬉しかったそうじゃ。探偵だってお前さんが頼んでくれたんじゃろォ」

「それは…」

「いいか?ワシャお前さんが何かを成したから感謝しとるんじゃねェ。お前さんが、何(・)と(・)か(・)し(・)よ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)た(・)から、感謝しとるんじゃ。そもそも、青二才にだいそれた事なぞ期待しておらんわィ」

「そう、ですか…えっと、じゃあ、感謝を受け取らせていただきます…?」

「なんじゃそりャ、変なやつじゃのォ!ガハハハ!」


見かけ通り豪快に笑う声がギルド中に響いた。まるで、カミナリでも鳴っているかのようだ。


「ワシャ、どうも、のめり込んだら一直線でなァ…ヨウからの連絡にも気付けんかった。それで盛大に拗ねておったそうでのォ…」


あれほど頑なに保護者への連絡を渋っていた理由はそういう事だったらしい。

ちなみに、ヨウちゃんの両親は現在他の国に出張中で、その間シュヤマが預かっているのだそうだ。


「あのままじゃ、誘拐されてたのはヨウの方だったかもしれん」

「ヨウちゃん可愛いですもんね」

「じゃろォ!?もォ目に入れても痛くな…ゥオッホン!つまり、お前さんは恩人じゃ。それを無碍に扱うなんざ男じゃねェし、祖父の風上にもおけねェ…だから、そんなにビクビクせんでよいぞ」

「あはは…」


茶目っ気たっぷりに片目を眉の剛毛に隠しながらそう言われ、リィンは思わず苦笑する。バレていないわけがなかった。

しかしまぁ、こうしてきちんと話してみれば…思ったほど怖くはないし、横暴でもない。

初対面の印象が悪かっただけだったのだ。

安堵の息を吐いたリィンは、緊張が解れたついでに口を開く。


「あの、実際昨日の人達…ヨウちゃんを"ターゲット"って言ってたんです。なので…」

「あァ、ざっくりと話は聞いとるわィ。大方、ヨウがワシの弱点と知っての行動じゃな。自慢じゃねェが、ワシャ性格もロクでもねェし、ギルドマスターなんて立場もある。恨まれる理由なんざその辺にあらァな。それでヨウが狙われるのは許せねェが」


さすがギルドマスターなだけあって、昨日リィンが思い浮かべた懸念などはすでに考えついていらしい。

対策などもすでに抜かりなく済ませたそうで、行動の速さに脱帽した。何とも手慣れたものだ。


「多いんですか?こういう事って」

「まァな。元々インダスティオ…いや、スチームンドには闇ギルドが多いんじゃ。自分事だろうが他人事だろうが、似たような事例なんざ何度も経験してらァ」

「闇ギルドが多い…?」

「グルールル?」

「今のスチームンドって自治区はなァ、訳あって大人の力が弱いんじゃ。そのせいで人手も抑止力も足りん。そうなるとまァ、どいつもこいつもすぐ羽目を外しやがる。まったくけしからんわィ」


シュヤマの言う"訳"とはおそらく、時計塔の館長が患っていたような肺への後遺症というやつだろう。ユーシが確か、そのせいで"動ける大人が少ない"と言っていたから。

確かにあの様子だと仕事に支障は出るだろうし、冒険者や警備員など体を動かすような仕事は難しそうだった。


「裏の元締めがいた頃は今よりちったァマシだったんじゃが…今日もどこぞで魔獣の違法売買やら違法な魔道具の裏取引やらがあるらしくてなァ…警察連中の手が足りねェからって冒険者にまで依頼が来ておったわィ」

「あ、それでギルドにあんなに人が多かったんですね」


リィンは先程まで眺めていた人混みを思い出す。

警察からの正式な依頼なら報酬も悪くは無いだろうから、おいしい仕事があると嗅ぎ付けたが故の賑わいだったわけだ。

そんな話を続けていると、不意にシュヤマが立ち止まる。


「さて、ついたぞィ」

「…?えっと…」


その大きな身体の横から前を見たリィンだったが、そこにあったのは人が二人ほど乗れそうなカプセル状の魔道具。おそらくは移動用の魔道具だ。

てっきりあの鍛冶部屋にでも案内されるものだと思っていたので、疑念が声に出てしまった。


「なんじゃィ、怖気付いたか?ガハハハハ!」

「いや、怖じ気付くも何も…何故ここに?」

「…?コレに乗って試験会場に向かうからじゃが」

「…試験会場……??」

「お前さん、昇格試験を受けに来たんじゃろ?」


昇格試験。その言葉を理解するのにかなりの苦労を要した。否、正確には理解を拒んだとも言える。

しかし、残念ながら受け取り拒否出来なかった現実がリィンを青ざめさせた。


「違いますけど!?!?」

「グルゥ」

「あァん??違うじゃと?じゃあお前さん、何しに…」

「私、ハシリさんからのお届け物を持ってきたって昨日言いましたよ!?おつかいだって!」

「そうじゃったか…?ガハハハ!すまんなァ、さっきも言ったが、ワシはのめり込んだら一直線でのォ…お前さんの話なんぞ聞いとらんかったわィ!!ワシの所に来るガキなんざ、試験の希望者くらいじゃと思っとったからなァ!あれじゃ、早とちりってやつじゃのォ!」

「嘘でしょ!?」

「グル…」

「ピィ…」

「ニュル…」


つまりそう…門前払いされた時の誤解が解けてなかったのである。

リィンは頭を抱えた。昨日のそばかすの職員さんは訂正してくれなかったのだろうか。

ソキウスがポンポンと背中を撫で、肩に降りてきたウィズが慰めるように体を押し付ける。尚、対抗するようにキスをしようとしてきたシャルは阻止した。


「あのぅ…取り敢えずコレを…」


皆のおかげで僅かにメンタルを回復したリィンはメモ束を取り出し、その隙間に隠していた封筒型の収納魔具(ストレージ)をシュヤマへと差し出す。


「ふん……間違いねェな。ハシリお手製の魔道具に、あ奴の魔力。それとワシにだけ通達されとった製造ナンバーじゃ。このワシ、インダスティオギルドのギルドマスター、シュヤマが確かに受け取ったぞい!」


リィンはホッと息を吐く。大事な届け物を持っているというプレッシャーから解放され、肩が軽くなった気分だ。

誤解のせいで気持ちはまだまだ重いが。

ともあれ、依頼は達成である。心の中で綺麗な受付のお姉さんを召喚し、お疲れ様でしたと言ってもらった。妄想である。


「ガハハハハ!ワシャ内容を知らんが、お前さんにャ随分な重荷だったみてェじゃな!顔に出過ぎじゃわィ!」

「ぐっ…そりゃ、一部とは言え当事者なので…」

「グル、グル」

「当事者か…なるほど、ハシリも抜け目ねェな」


まだまだ未熟なリィンに情報の重さというものは測りきれないが、大精霊に関する情報がデリケートであることくらいは分かっていた。

そしてそのデリケートな情報の一部に、リィンは関わってしまっているのだ。

自己保身の面から見て、万が一にでも悪人の手に渡ったらと思うと…そりゃ気が気じゃないに決まってる。何も良い子ちゃん思考だけでおつかいを全うした訳ではないのだ。


(というか、シュヤマさんの反応からして…ハシリさんは分かってて私に頼んでたって事だよね?)


大人ってずるい。いつもの事ながらそう思い、口を尖らせた。


「そんじゃ、お前さんの一仕事が終わったところで…やるかァ!昇格試験!!」

「なんでですか!?」

「なァに!減るもんじゃねェ!」

「私のメンタルは減ります!!!いっぱい減りますぅ!!」


結局、わざわざ試験の準備したのに勿体ないとショボンとした顔で言われ、追い打ちにヨウちゃんも結果を楽しみにしていると言われてしまえば…リィンは諦める他なかったのである。


…


「大人ってずるい」

「ガハハハハ!!」


リィンはとうとう頬を膨らませ、口に出した。

それもこれも豪快に笑うシュヤマのせいだ。二人の周りには、そのやり取りに苦笑を零すそばかすの職員と…困惑した様子の他の学生達(・・・・・)がいる。

そう、そもそも今日の昇格試験はリィンのためだけに用意されたわけではなかった。つまりリィン一人が辞退しても問題なかったのである。


まるで自惚れていたみたいで恥ずかしいやら、騙されて悔しいやら…ともあれ、ここまで来てしまった以上"やっぱりやめます"はちょっとカッコ悪すぎるし、何よりムカつく。

なのでリィンは深呼吸を三度繰り返して白衣の袖を捲り直すと、やってやると気持ちを切り替え、決意を新たにした。

迷いを捨てたリィンの目にソキウスは大はしゃぎである。

シュヤマも変化を感じ取ったのか片眉をクイッと上げ、面白そうに口端を吊り上げていた。

ちなみにウィズとシャルはギルドでお留守番だ。さすがに公式の場ではパートナー以外を連れて参加は出来ない。


「えーと…ほな、参加者も揃ったさかい説明を始めるんよ」


そばかすの職員が手元の多機能型通信魔具(タブレット)を操作すると、彼の隣に幻影魔法で地図が映し出される。おそらくここ…ギルドから水平移動型魔具(シャトル)を用いて辿り着いた広々とした屋外の地図だろう。


「ここはギルド管轄の盆地なんよ。普段はギルマスの作った魔道武具の試運転に使うとるんけど…」


歪なおにぎりに似た地形には三つのエリア、簡単に言えば森と岩場と水辺があった。


「ウチの昇格試験はズバリ、ここでサバイバルをしてもらうって内容なんよ」

「サバイバル、ですか?」

「そうじゃァ!適応力ってェのはどんな仕事でも必要不可欠じゃ。じゃからワシはいつも、鈍ら共の生き残る力…生物の根幹を叩き直す事にしとるんじゃ」


要は今から三日間、己の力と契約しているパートナーの力でこの盆地の中を生き残れということらしい。

必要最低限の荷物…己の扱う魔道武具と魔石、定められた本数の魔法薬しか持ち込めず、食料や水なども現地調達。通信魔具(スマホ)などの便利な魔道具は持ち込み禁止だ。

さらに盆地の中には普通に魔獣や精霊も暮らしており、場合によっては襲ってくるとのこと。


(だから!これのどこが"ガチ"じゃないんですかぁ!!)


リィンは心の中でガウラに叫んだ。ガウラはセントール学園の職員室でくしゃみをした。

とはいえ、試験の内容に表情を引きつらせる面々の中でリィンは一番余裕がある。

当然だ。何せ彼女はド田舎出身。便利な魔道具など無いのが普通だったので。


「勿論皆の様子は逐一職員がモニタリングしとるし、今から配る魔道具でバイタルチェックも欠かさんからね。危険やと判断したらこっちですぐ回収したるから、心配せんでね」


そう言って配られたのは腕輪型の魔道具である。切れ目の無いそれをどう着けるのかと迷っていると、一人の男子学生が近寄って来た。


「えっと…手伝おう、か?」

「え、あ、ありがとう!ごめんね…こういうの、慣れてなくて」

「そ、そうなんだ…その…隣のクラスの、転入生さん、だよね…?」

「うん!私はリィン、こっちは最高の相棒のソキウス!」

「グルゥ!」

「ぼ、ボクはキブラ…」


どこか自信のなさそうな男子学生は小さな声で名乗り、リィンに魔道具を着ける。どうやら魔力を込めながらしばらく腕に近付けておけば、するりと透過する仕組みだったらしい。


「はぇ〜魔道具ってやっぱり凄いや」

「あ、はは…これ、そんなに珍しくも無いけど…子供によく着けるやつ、だし…」

「なるほど」


バイタルチェックに加えて位置情報も分かるとなれば、確かに迷子の強い味方である。


「ほな、適当にペア作って始めよか」

「ペア?一人じゃないのね…?」

「なんでペアなんだー?」

「去年、一人やとクリアできんって苦情が出たさかい、今年は二人一組なんよ」

「まったく、どいつもこいつも軟弱じゃわィ」


誰かの質問にほけほけと答えたそばかすの職員に、シュヤマはケッとつまらなそうに吐き出した。

リィンはグルリと学生達を見渡してみる。七人いる参加者のうち、一人同じクラスの女子がいたが、他のクラスの女子と仲が良さそうにしていた。他は知らない顔ぶれなので、誰と組めば良いのか分からない。


人見知りではないが、ベルセルと旅を共にした経験から察するに…迷惑をかけそうで気が引けた。少なくともベルセルは何度も頭を抱えていた記憶があるので。まぁその理由をイマイチ分かっていないのがリィンなのだが。


「あ、あの…リィン、さん」

「ん?」

「よかったら…その…ぼ、ボクとペアになって…もらえないかな?」

「え!?良いの?たぶんえっと、迷惑かけると思うんだけど…」

「それは…あの、お互い様というか…ボクも…色々…あ、いや、鈍臭いから…」

「あはは!じゃあお互い気にせず迷惑を掛け合えばチャラだね!なら…よろしく、キブラくん!」

「グルルゥ!」

「…っ!う、うん…よろしく!」


自分から誘った割に、キブラはニッと笑ったリィンに目を丸くしながらぎこちなく手を握った。

その手はどことなく震えていて、人見知りなのだろうかとリィンは首を傾げる。


「ほな、準備出来たチームから好きに始めるんよ。質問は今のうちにしてな」

「スタート緩いですね…」

「ふん、何事にも合図があるなんて思わんことじゃ…ところでお前さん」


シュヤマはリィンを上から下まで眺め、難しい顔…は元々だが、さらに表情を険しくした。


「魔道武具、持ってねェのか?」

「持ってませんね」

「まァったく…契約魔獣の魔法に頼っとらんで、ちっとは体を動かさんかィ!」

「ゔ…使いこなせるだけの運動神経が無いんですぅー!」


そりゃ、クロマの大鎌やユーシの細剣などに憧れないとは言わないが…少なくとも体育の授業で捻挫、打ち身、果ては骨折の常習犯である運動神経で扱える代物でないことは明白である。リィンは考えて悲しくなったが、自分は自分なりの形でソキウスと肩を並べて戦うからいいんだと開き直った。


「ほなら、鎧とか盾はどうなん?例えばこれなんかは、耐衝壁の魔法が組み込まれとるし…使うてみ?」

「えっと、じゃあ…失礼します」


どうにも皆いい人過ぎるようで、まるで初めて外に出る子供を見るような目でリィンを見ていた。そんなに魔道武具を持たない人間が珍しいだろうか。

心配そうに見守られる中、リィンはそばかすの職員が収納魔具(ストレージ)から取り出した腕に着けるタイプの小盾に魔力を流す。

そして五拍の後…アクリル板のような壁が下からニュッとリィンの前に現れた。


「わぁ…!!凄い!こんな感じなんだ…!見たソキウス!?」

「グルルール!」

「「「いや、遅っ!!」」」

「んぇ?」


初めての魔道武具にキャッキャしていたリィンとは違い、シュヤマ達は深刻そうな顔でツッコミを入れる。


「あ、あのね…リィン、さん…それじゃ、相手の攻撃に…間に合わないと、思う…」

「…確かに?」

「確実に間に合わんね…逃げた方が早いんよ」


そうは言われても、リィンは言われた通り魔力を通しただけだ。そもそも魔道具や魔道武具に組み込まれた魔法に個人の技量は一切関係せず、誰が扱っても一定水準を保てるように出来ている。

分かりやすく言えば、使用者がすることは豆電球の回路に電池を嵌め込むだけであり、回路と電球はすでに用意されているものなのだ。


結局リィンは小盾を職員に返し、その代わり回復薬(ポーション)を多めに持っていいというハンデをもらって試験を開始したのである。


その背を見送り、シュヤマは先程リィンが使った小盾型の魔道武具をしげしげと観察していた。


「…合ってねェな」

「どないしたんです?」

「魔道武具そのもの…いや、おそらく魔道具すらも…あの鈍らっ子の魔力に合ってねェ。じゃから反応が鈍かったんじゃろ」

「そないなことあるんですかいな?…や、確かに説明出来ん遅さだったんよね」

「ガハハハハ!こりャ、俄然興味が湧いたわィ!この盾は借りていくからのォ、後は任せたぞい」

「はいなー」


…


色々あったが、リィンとキブラはスタート地点から見て右にある水辺のエリアを歩いている。

水は生きる上で必要不可欠であり、それは魔獣も人も変わらない。


「す、凄くたくさん…魔獣と精霊が、いるね…」

「はわわわわ…!水牛型魔獣(ブーバルス)の群れだぁ…!あっちには水山羊型魔獣(リーパカペル)!玉蛙型精霊(テタール)も…!」

「り、リィンさん…?」

「グルゥ…」


リィンはあらかじめ許可をもらったメモとペンを構え、いつも通りのスケッチに励んでいた。試験そっちのけで生き生きとしている。

キブラがドン引きし、ウチの契約者がすみませんとソキウスが鳴くのもお構いなしだ。


「あ…他のグループだ…やっぱり、水辺を拠点にする、のかな…ボク達も…」

「ふむん?それは…勇気あるねぇ」

「え?ど、どういう…こと?」


一通りのスケッチを終えたリィンは、次いで水辺そのものを観察しつつ眉を下げた。


「だってたぶん…夜行性の猛獣とかいるんじゃないかなぁ?ほら、あそこの足跡とか」

「グル、グルゥ」

「…あ…」


水辺の、背の高い草に隠された泥にいくつか、鋭い爪を持つ何かの足跡がある。

夜行性だろうと猛獣だろうと水は飲むし、さらに言えばウシに似たブーバルスもヤギに似たリーパカペルも、肉食獣にとってはいい餌だ。

実際ここにそういった危険な生物がいるのかはともかく、サバイバルの拠点としては避けるべきだろう。


「じゃ、じゃあ…森?」

「うーん…取り敢えず、グルッとエリアを回ってみたいんだけど、大丈夫?」

「え、あ、うん…分かった…」


少しだけ沈んだ声に、あまり乗り気では無さそうだなと思いつつ、リィンは心の中で謝っておいた。

だってせっかくの機会なのだから、色々見て回りたいのである。


(それに三日間、何が起きても大丈夫なようにマッピングもしておきたいし…あ、食べ物とか植物の分布マップも作っておいた方が…それから…)


「グル…?」

「ん?どうしたのソキウス」

「グル、グルルゥ」


リィンがソキウスの示した地面を見てみると、何か重いものを引き摺ったような跡があった。

試験の為に魔道具でも運んだのだろうか。


「リィンさん?えっと、次はどこに…」

「あ、ごめんね!今行くよ!そうだなぁ…岩場に行ってみよう!」

「うん…あ、こっち側、歩いた方がいいよ…泥濘んで、るから…」


岩場のエリアはスタート地点から見て上側に広がっている。

山が迫り出したかのようにゴツゴツしていて歩きにくいが、その分洞窟のようなものがたくさんあるようだ。


「さっきの岩亀型精霊(ロシトルテ)は大きかったなぁ!本物の岩かと思ったら頭と手足がニュッと出てきたし、動くんだもん!びっくり…あ、蝙蝠型魔獣(ペルティリオ)だ!可愛い!」

「えっと…リィンさんって…その、いつもこう、なのかな…?」

「グルル…」


二回目にしてすでに慣れてしまったキブラは、適応力の才能があるのかもしれない。こんな形で知りたくはなかったが。

そんな彼と呆れ顔のソキウスを余所に、リィンはスンと鼻を鳴らし、洞窟にガスが溜まっていない事を確認した。アイロミナンの旧坑道のような場所が無いとも言い切れない。さすがに焚き火で爆発オチは勘弁である。


「キキィッ!」

「わ、ごめんごめん、煩かった?」

「「「キィ!!」」」

「あわわわわ…!」

「リィンさん…こっち!」


キブラのおかげでペルティリオの大群から逃れ、この洞窟はバツとメモに記した。

他の洞窟も覗いては印をつけていく。


「はぇ〜、洞窟も色々あるねぇ。さっきのは上に向かって穴があったけど…ここは下り、あ」

「い…行き止まりだね…でも、拠点には…いい、のかな?」

「ふむん?魔力も空気も籠ってるけど、匂いはないね。魔獣の住処とかでもなさそうだけど…」


リィンは石筍と石柱がいくつも伸びた空間をじっと見つめた。確かにいい場所だと思うのだが、それなら何故何も住み着いていないのか。


「うーん、よし、保留!一通り見てから決めよう!そろそろ次に行こうか!森だよ!楽しみだね、キブラくん!!」

「そ、それはいいけど…も、目的…忘れてない、よね…?」

「…モチロン」

「間が…」

「グルールゥ…」

「だ、大丈夫だよ!ちゃんと試験内容は覚えてるから!」


リィンは訝しげな目をした相棒とキブラの背を押しながら、次のエリアへと向かった。


森のエリアはスタート地点から見て左側である。

さすが森なだけあって木の実や普通の昆虫、キノコが豊富だ。食べ物は基本的に水辺の魚と、森の食材が基本と見て良いだろう。


「あ…あの実は、毒がある…そっちの葉は、煮ると胡椒みたいな味がついて、美味しい、かも…向こうの花は、魔植物だから…近付かない方が、いいよ」

「はぇ〜、凄い凄い!キブラくんって、植物に詳しいの?」

「グル、グルール!」

「え、あ…うん…ボクの契約魔獣が…その、森鯰型魔獣(ヘルビシルルス)で…」

「それって確か…森一番のグルメ魔獣?」

「そう…食べる植物に、煩くて…色々、調べたんだ…種類とか、分布とか…」


ヘルビシルルスは簡単に言えば森に住む草食のナマズなのだが、味覚が相当強いらしく、食べる植物の選り好みとこだわりが凄いのだとか。

ラントリイにも生息していたので、契約者を見たことがあるが…相当苦労していた。


「んふふ!キブラくんは、パートナーが大好きなんだね!」

「…え?そ、そう…見える…?」

「勿論!だって、美味しいと思えるものを…好きな植物を食べさせてあげたいから調べたんでしょ?」

「それは…うん…その、通り…だよ」


いくらグルメでも好き嫌いで身を滅ぼすほど愚かな魔獣でもないので、他に食べ物が無いなら妥協はする。

しかしキブラはきちんと好みを把握して、なるべく好きな植物を食べさせてあげられるようにと事細かに調べたのだ。それでその魔獣が好きじゃないなんてあり得ない。


「私もね、ソキウスが大好きなんだ!だから気持ちはわかるよ!好きな食べ物も、撫でたら喜ぶ場所も、逆に嫌いなものも…全部知りたいって!」

「グルールゥ!グゥルゥ!」

「わ、ちょっ!飛びつくのはダメ!私の体幹弱いんだからね!?」


キブラはじゃれ合うリィン達を見て、微笑ましそうに目を細め、けれどもすぐ辛そうに眉を寄せた。

震える唇が紡いだ言葉を、リィンは知らない。


…


結局リィン達は拠点として森を選んだ。選ばざるを得なかったとも言える。


「うぅ…ごめんねキブラくん…私がはしゃぎ過ぎたばっかりに…」

「グル!」

「あ、はは…うん…大丈夫、だよ…」


そう、森でも観察とスケッチに明け暮れたリィンのせいで、日が沈み始めてしまったのだ。当然ながら、拠点もなく夜のフィールドを彷徨くのは愚行である。

なので今夜は見つけた大樹の虚を拠点にする事にした。


「で、でも…リィンさんが、湧き水…見つけてくれて、助かった、から…」

「んふふ、鼻には自信があるよ!でも、それを言うならキブラくんの知識のおかげで食材もバッチリ!私達、いい組み合わせなのでは…?」

「そう、かな…」


リィンが水の香りを捉えて見つけた山からの湧き水と、キブラが厳選した食材、それからソキウスの火があれば今日の晩御飯は目前である。


「ソキウス、そこの石を砕いてもらえる?」

「グルルッ!」

「わ、いい感じ!天才!」

「えっと…何を、してるの…?」

「?」


リィンは首を傾げつつ、森で拾った枝を砕いた石で削って箸を作り、次いで倒木から拝借した樹皮を軽く鞣して器を組んだ。あまりにも手慣れていてキブラは二度見どころではなくその手元を見つめる。


「よし!完璧」

「経験者の方…???」

「田舎暮らしには知恵が必要なんですぅー!ソキウス、いつもの鍋じゃないから、控えめでお願い」

「グルール!」

【火炎(ファイア)】


魔石を砕き、調子外れの鼻歌を漏らしながら調理を始めたリィンに、キブラはポツリと呟いた。


「リィンさんは、凄いね」

「んぇ?何が?」

「いきなりのサバイバルでも…落ち着いてて、観察力…とかも、すごいし…知恵も…ボクなんか、全然役に立ててない…」

「え?そんな事ないよ!食材は勿論だけど…キミ、私を守ってくれてたよね?泥濘からも、ペルティリオからも、魔植物からも」

「そ、れは…当然、だし…ボクじゃなくても…その、ソキウスがたぶん、動いた、んじゃないかな…」

「でも実際助けてくれたのはキブラくんだし、それに…危険を察知出来るくらい周りを見てるって事だよ。私は凄いと思うけどなぁ」

「あ、う…」


キブラはカァッと顔を赤くして、立てた膝に顔を埋める。

リィンは不思議そうに瞬きを繰り返し、ソキウスはそんなリィンに肩をすくめた。毎度ながら凶悪な純粋さである。


「ぼ、ボクなんか…その…リィンさん、に…褒められるような、人間じゃ…つ、つまらなかった、でしょ…?その…会話とか、こんな…面倒だし…」

「そうかなぁ?私はキブラくんとペアで良かったと思うよ?」

「え…な、なんで…」

「だって優しいから!」

「や、さ…しい?」

「私の我儘についてきてくれた事、私の話を聞いてくれたこと、私をちゃんと見て凄いって言ってくれる事…全部嬉しい」

「…」

「別に、役に立つとか立たないとか、そんな事どうでもいいよ。私は楽しんだ者が勝者だと思うもん!」

「ボクと、いて…楽しい…?」

「勿論!凄く楽しい!キミは?」

「…た…楽し、い…ふふ…楽しい、凄く」

「んへへ、じゃあ私達が優勝!!ね、ソキウス!」

「グゥル!」

「あ、そろそろ…あっちの実を、入れると、いいかも…次に泡立ったら、その葉っぱ…最後に火を、消してから…この木の実をすり潰して…」

「はーい!」


炎を写してキラキラ光っているリィンの目を、キブラはサラダに使う植物を選びながらぼんやりと見つめた。

キブラは正直、グループに馴染めないタイプの人間だ。悪い言い方をすれば、いじめられっ子と言ってもいい。

小さい頃からオドオドした態度を馬鹿にされ、辿々しい喋り方を面倒だと言われ、強くない力を笑われていたから。

家族は優しかったが、優秀な弟がいるから肩身が狭い。


居場所がなかった。だからキブラは…


「完成!どうかな、キブラくん?」

「え、あ…」


渡されたスープに口をつける。ちょっと熱かったが、味は悪く無さそうだ。


「…うん、美味しいと、思う」

「ふふっ、じゃあやっぱり…キミは役立たずなんかじゃないよ」

「?」

「こちらのスープ、作り方はキブラくんの提供です。つまり、キミのおかげで美味しい食事にありつけます。ね?これってすっごく、素敵な事だよ!」

「っ…!」


少しの嘘すら感じさせてくれない賛辞なんか、知らなかった。そんな笑顔を向けてくる人間なんか、いなかった。

知らないままだと思っていたのに。


キブラは今すぐにでも穴を掘って埋まりたくなった。

顔がどうしようもないほど真っ赤である事を自覚して、しかし爆撃した本人は熱かった?と首を傾げるおぞましさ。

キブラは未確認生命体とはこのような形をしているのかもしれないと思った。

慰めてくれるソキウスの慣れ感がもはや怖い。

サラダ代わりの植物がくしゃりと音を立てた。


そして、我に返るのだ。


…


「ごめんね」


微かに聞こえたその声に意識を浮上させたリィンは、突然の浮遊感に思わず暴れ…次いで腹部への衝撃に目を覚ますこととなる。

ソキウスの寝相では断じてない。明らかに危害を加える意思を持った一撃だった。


「わー、ひでーの」

「チッ、起きやがったんだから仕方ねぇだろ」

「っぐ、ゲホッ!」

「グルッ!!グルゥ!!!」

「ソキ、ウス…!」


痛みに呻きながら顔を上げると、ランタン型の魔力灯を持った十人を下らない黒いローブの集団と、その手に抱えられたグッタリした学生達、それから檻に入れられたソキウスが目に入る。


「ったく、何で一組だけ離れてやがるんだか…しかも契約魔獣もいるし…面倒くせぇ」 

「大人しく水辺にいりゃ、散布薬で優しく昏睡してる間に済んだのになー」


(試験、じゃないよね…こんなの)


腹だけでなく、地面に擦った手のひらがジンジンと痛んだ。いくらなんでも学生相手に、ここまで乱暴な試験を用意したりしないだろう。PTAを甘く見てはいけない。

だが、何故かギルド側が動いていないのも事実だ。


「あなた達、は…何です、か……!」

「あ?教えると思ってんのか」

「ゔぐっ!」


殴られ、頭がグワンと揺らされる。

暴力に慣れていない身体はすぐにでも意識を飛ばしそうだった。

しかし、ソキウスの悲痛な叫びに頬の裏を噛み締めて耐える。


けれど、再度動こうとした事が癇に障ったのか、顔を上げると同時に暴力に慣れた手の甲で払うように殴り飛ばされた。

更に、転がった先でまるでボール扱いのように蹴り転がされる。ケラケラと嗤う声がした。

明滅する視界が機能しない。耳がキンキンする。痛みで息がうまく吸えない。


それでも、力の入らない身体が持ち上げられる寸前、リィンは右手の近くに転がっていた魔石を掴んだ。


状況は分からない。しかし、ただで攫われてたまるものか。絶対に一矢報いてみせる。


(大丈夫だよ、ソキウス。大丈夫にするんだ、私達で)


パキンと魔石を砕いたのを最後に、リィンの意識はフツリと途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。