28.迷子を探せ
「ワフン!」
「はわわわわ…!」
ユーシの足元にいたのは、クロマの契約魔獣であるビットによく似た毛色の、けれども全く違う魔獣だった。
「か、可愛い!!」
「ぷりちー!」
「グルゥル?」
「ニュル」
「ピィピィ」
「こちらはわたくしの相棒、探知雷犬型魔獣のワトソンなのだわ!」
「ワフワフ!」
ユーシに紹介された魔獣…ワトソンは、垂れた三角耳をぴくぴくと震わせ、凛々しい顔立ちに得意げな表情を浮かべて背を伸ばした。その表情はユーシにどことなく似ている。
細くてシュッとした体は全体的にクリーム色で、もっさりと豊富な首元の焦茶の毛がケープのように上半身を隠していた。
手足の先はレモン色のプラズマ状、長めで立派なフサフサとした尾は尖端に近い一部がくり抜かれたように穴が開いていて、薄いプラズマの膜がレンズのように張っている。
ゆらりと尾を動かして目の前にそれを翳す様子は、虫眼鏡を覗いている探偵みたいだ。
「あ、あの、触っても…いいですか!?」
「どうぞなのだわ!手足の電気には気を付けてね」
「ワフッ!」
「ようちゃもなでなでするー!」
リィンはヨウちゃんでも触りやすいようにと伏せてくれたワトソンの頭をそっと撫でてみる。
撫でるたびにパチパチピリピリと静電気が走る感覚はビットと似ていて、けれども毛質はワトソンの方が少し硬い。
とてもご機嫌に鼻息を荒げる姿はとても素直で、見た目通りの懐っこさがあった。
「きゃっ、きゃっ!わんわん、いいこー!」
「ふむん?撫で心地は違うけど…魔力の感じ、手足のプラズマ、首元のオシャレなモフモフはクロマさんのビットと近い感じがする。派生元が同じなのかな…」
「近い感じ…ね。貴女ってとっても鋭いのだわ。ちなみに、幼体だとまるで見分けがつかないって学者でさえ言っているくらいなのだわ!」
「そんなにですか!?」
「ふふん!ちょっと待ってなさい」
そう言って室内にあるチェスト型の収納魔具から一冊の本を取り出してきたユーシは、とあるページを開いて見せてくれる。
どうやらアルバムらしいそれには見開きで六枚の写真がしまってあったが、そのうちの一枚を綺麗ながら飾りっ気のない指の丸い爪の先が示した。
魔力に反応して動き出した写真の中では、瓜二つな二体の幼獣がクリーム色の体をもちゃもちゃと動かしてはクッションの上で転がっている。
「かっ、かわっ…!可愛いが可愛いして可愛いしてるぅ…っ!」
「語彙力が吹っ飛んでいるのだわ…まぁ、可愛いのは確かだけど」
「かわかわかわわー?」
「グル…」
「ピィ…」
「ニュル…」
「あはは、拗ねないで皆…ほらほら、可愛いでしょー?」
分かりやすく面白くなさそうな反応をするソキウス達だが、実はその目がもちゃもちゃ動く幼獣の可愛いさに釘付けであるとリィンは気付いていた。
やはり可愛いは最強なのである。
「ともかく、これがわたくしとクロマが拾った当時のワトソンとビットなのだわ。そっくりでしょ?」
「え!?」
リィンはじっと可愛いの塊を見比べ、コクコクと何度も頷いた。冗談抜きでそっくりである。
というか…
「…拾った?」
「えぇ…親不在で街中のパイプの中で凍えてたから、わたくし達が拾ってそれぞれ引き取ったのだわ。てっきり同じ魔獣だと思ってたから、成長して違う魔獣だって知った時はとても驚いたのよね。あの子を捨てて違う魔獣と契約したのかと勘違いして…大喧嘩もしたのだわ」
「ワフフ」
「それで今の関係に?」
「いいえ!それは最初からなのだわ!同じ日同じ病院で産まれて、隣のベットに寝かされたときから嫌いよ!!お互いにね」
二人の関係が運命的過ぎやしないか?とリィンは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。間違いなく地雷を踏み抜く。
実は嫌よ嫌よも好きのうちだったりするのではと邪推したくなるが、思い出を語るユーシの目があまりにも殺伐としているので可能性は低そうだ。
クロマは感情が分かりにくいが、ユーシはとても分かりやすい。リィンが言えた義理ではないが。
「さ、お話はこのくらいにして…ワトソン!お仕事の時間なのだわ!」
「ワフワフ!」
「貴女、何かマネちゃんに関する物は持っているかしら?出来れば魔力が残っている物がいいのだわ」
「んと、えと…ん!」
ヨウちゃんは右に左に首を傾げた後、ビシッと両手の人差し指で頭のてっぺん…結んだ髪を示した。
「ようちゃの、まねちゃがつくった!」
「えっ髪留めを…!?マネちゃんって凄く器用なんだね…」
「…うん、いけそうね。ワトソン、頼むのだわ」
「ワフン!」
ワトソンは尾の先を左目の前に持っていき、プラズマのレンズ越しにヨウちゃんの髪留めをじっと見つめる。
するとレンズに魔力が集まり…パチッと弾けるような音がした。鑑定の魔法だ。
直後、ワトソンを中心にフワッと魔力の波が放たれる。
(索敵…?いや、あの魔法は個別の判断は出来ないから…その上位、捜索の魔法かな?)
案内魔具の仕組みにも使われている、目的の物を見つける事に特化した魔法だ。おそらくそれで髪留めと同じ魔力を探ったのだろう。
十秒ほどじっくり目を閉じて集中した後、ワトソンはユーシに頷きかけて歩き出した。
「さ、迷子を探しにいくのだわ!」
…
時折レンズを覗き込みながらも迷いなく進むワトソンに続くこと少し。
ワトソンは一本の街路樹の前で足を止めた。
それは慰霊碑に繋がる道の一つ、あまり賑わいのない通りにある一見何の変哲もない木だ。
「ここ…?うーん、魔獣や精霊は…いないみたいですけど…皆、どう?」
「グルグルゥ…?」
「ピィ…ピィ?」
「ニュルニャ、ニャポ」
「んー!ようちゃ、こことおった!るんるんーって」
「えぇ!?ここ人通りもないし、危ないんじゃ…」
「ここは写真スタジオとか、不動産や弁護士事務所の多い通りなのだわ。利用者が多いってわけじゃないから、大体いつも閑散としてるのよね…ワトソン、何か分かった?」
「ワフ!ワフワフン!」
バッチリ!と鳴いたワトソンは、ユーシが差し出したカードを受け取り、地面に並べ始める。
覗き込んでみれば、カードに書かれているのは文字で…なんと、ワトソンは文字を並べて言葉を作っているではないか。
『ここ』『きえた』『にんげん』『ふたり』『いっしょ』
さっと顔色を悪くするリィンを余所に、ヨウちゃんはキラキラと目を輝かせた。
「しゅごい…!」
「ふふん!ワトソンは頭が良いから、教えれば簡単な文字くらいは理解できるのだわ!」
「ぐぬ…ようちゃ、はいぼく…」
「貴女はまだまだこれからお勉強すればいいのだわ!焦らなくて平気よ」
「…って、いやいやいや!確かに凄いですけど、感心してる場合じゃないですよねこれ!?なんか不穏な気配が…」
「ええ、そうね。察するに…二人の人間によって連れ去られたってところなのだわ。魔力の痕跡が消えたのも、そういう魔道具を使ったのでしょうね」
その可能性を考えてこそいたが、いざ直面するとショックが大きく狼狽えることしか出来ない。
しかしそんなリィンと違い、さすがユーシは冷静だった。
「ワトソン、標的変更なのだわ。二人組の魔力を追いましょう」
「ワフワフ!」
「まだ犯人は街にいるんでしょうか…」
「そうね…まず、街中で魔獣や精霊を攫うなんてそう簡単ではないのだわ」
人間の比ではない力で暴れるし、鳴き叫ぶ。その上魔法を使うとなれば、そりゃ簡単なわけがなかった。
仮に薬や魔法で大人しくさせたとしても、生きた生物は収納魔具に入れて隠すことが出来ない。これは絶対のルールだ。
「つまり、不自然な荷物を持ち歩く事になるのよ。そんなの、夜中ならともかく巡回警備の人達にすぐ見つかるのだわ」
「なるほど…でも、隠密の魔法とか魔道具を使えば…」
「ターゲットの魔力は隠しても自分達の魔力には頭が回ってない…そんな三流の悪党がそこまで用意出来るとは思わないのだわ」
むしろ中途半端な狡猾さを発揮し、わざと逃走を遅らせて追っ手の目を街の外に向けさせた隙に逃げる…なんて事を考えていそうだと語るユーシに、リィンとヨウちゃんは思わず拍手を送る。
それが擽ったかったのか、彼女はしっとりした街の霧で潤っているはずの喉をわざとらしく鳴らし、腰に手を当てて胸を張った。
「とにかく、心配いらないのだわ!きっと犯人はまだ街にいるもの。そして街にいるのなら…そこら辺の悪党なんかより、わたくし達の方が詳しいのだわ!」
ドンと胸を叩き、やはり噎せてはいたものの、ユーシの真っ直ぐな目は心強い。絶対の自信をもって立つ姿は、それこそ勇者のようにリィンに希望を与えてくれた。
「ワフーン!」
「ふふん!追跡開始なのだわ!」
「おー!」
「…ふふっ凄いね、ユーシさん」
「グゥルゥ!」
「ピィ!」
「ニャパス」
「よし!私達も頑張ろう!」
…
当然と言えば当然ながら、ワトソンの行先は大きな道からどんどん外れていく。
薄暗い高架下を抜け、狭い建物の隙間を縫い、時には道ですらない塀や屋根をつたい…やがて、亡霊型精霊の姿すらあるほど暗い路地の奥で、霧の向こうから男達が密やかに騒ぐ声とくぐもった小さな叫びが聞こえてきた。
「ッ!!」
「イテッ!?こ、こいつ…まだ暴れるか!というか、ガキのクセに力強すぎだろ!?」
「うっ…睡眠薬も何も効かないし…もうさっさと街から出た方がいいんじゃね?コイツ連れてこの街の巡回警備から逃げ回るのも一苦労だし…それか、コイツ諦めるか」
「バカ言え!失敗したなんて"幹部様"に言ったら、俺らは揃って魔道具の実験台だ!」
「ッ!ッ!!」
見つけたとユーシの口が音もなく動き、ハンドサインでリィン達を建物の影へと誘導する。
そして自分はそのまま近づこうとしたところで、わぁわぁと小声で言い争うという器用な芸当をする男達の持つ袋からにょきっと何かが…否、子供が顔を出した。
瞬間、「あ!!」とヨウちゃんが叫ぶ。
「まねちゃ!!いた!!」
「ッ!!」
「「は!?」」
運悪く風が霧を払い、ヨウちゃんの声に振り向いた男達とリィン達はバッチリ対面してしまった。
いや、それよりも重大な事がある。
「えっ、あれがマネちゃん!?」
「グルッ!?」
「ピピィ!?」
「ニャポ!?」
「ちょ、ちょっと待って!どう見ても…人間の子供なのだわ!?というか…」
ヨウちゃんを除き、その場にいた全員に衝撃が走った。
なぜなら、ヨウちゃんがマネちゃんと呼んだ存在は…どこをどう見てもヨウちゃん本人にしか見えなかったのである。
声に気付いた男達もヨウちゃんと子供を高速で見比べ、困惑と驚愕をあらわにした。
「どどど、どういう事だ!?ターゲットが二人!?」
「え、双子??いや双子ってレベルじゃないぞ!?」
「状況が複雑化してるのだわ…」
「ワフ…」
「グルルゥ」
「…あの、もしかしてヨウちゃんのパートナーって…真似模倣型精霊なんじゃ…?」
「んー?まねちゃは、まねちゃ!」
こちらのヨウちゃんは首を傾げてしまったが、捕まっているヨウちゃんはコクリと頷く。正解らしい。
コピイミティとは決まった形を持たない虹色のガスのような精霊で、気に入ったモノの姿を真似し、対象が生き物ならば行動や生活をも模倣する変わった精霊だ。
「は?精霊!?子供じゃないのか!?」
「じゃあそっちがターゲット…?俺ら間違えてたってこと…?」
「えっとつまりお二人は…人攫い、のはずだったんですか?」
「「そうだ!!」」
「わぁ、元気なお返事だや…」
「はぁ…何となく分かったのだわ」
男達はそもそも、マネちゃんを攫うつもりなど毛頭なかったのである。本来のターゲットはヨウちゃんの方で、しかしあまりにもそっくりな精霊を本人と間違えて誘拐してしまった、と。何とも間抜けな顛末だ。
冷ややかで生ぬるい視線が男達に注がれる中、リィンは不満そうにこちらを見ていた精霊に苦笑をこぼす。
(マネちゃんは全部分かった上で攫われてたんだろうなぁ…あんな袋程度、精霊なら魔法でどうとでも出来たはずだもん。たぶん、ヨウちゃんを守るためにわざわざ大人しく身代わりになってたんだ)
だからこそ、何で当人を連れてきたのだとご立腹なのだろう。それに関しては軽率だったと言う他ない。
「どうりで睡眠薬も筋弛緩剤も効かないわけだ…」
「睡眠薬はガッツリ人間用だし、精霊に筋肉なんてねぇもんな…」
「さ、分かったならその子を返すのだわ、悪党共!!」
「ワフワフ!」
「どうする?」
「どうするも何も…ギャッ!?」
「ッ!!」
ただ、マネちゃんが大人しくしている理由もこれで無くなったわけで。魔法の光が袋ごと男の手を焼き、マネちゃんはあっさりと解放されてヨウちゃんの元へ戻ってきた。
「まねちゃ!!」
「〜!」
ヨウちゃんは抱きしめていたウィズをバッと放り投げ、自分そっくりの精霊に抱き着く。そんな彼女をポンポンと撫でるマネちゃんは、まるでお姉さんのようだ。
一方の男達は一瞬の出来事に唖然とし、しかし状況を理解するやいなやジリっと足を後ろに引いた。
それを見て、リィンはすぐさま魔石を砕く。
【火壁】
「ソキウス!火事には気を付けてね?」
「グルルーゥ!!」
「「あちちちちちち!?」」
案の定逃げようと踵を返した男達は鼻頭を掠めた炎の壁に足を引っ込める。
めげずに脇道へ入ろうとするも、バチバチと足元を過ぎていった雷光に驚いてひっくり返った。
ワトソンが胸元の毛を膨らませながらドヤ顔をしている。
この展開は予想していたらしい。
「よくやったのだわ、ワトソン!さぁ、観念してお縄についてもらうのだわ!!」
「クソッ!ここで、はいわかりましたーって返すわけねぇだろ!!」
「っ!?ユーシさん!危ない!」
男がパキンと緑の魔石を割った瞬間、地面から飛び出してきた巨大な茨が生き物のようにうねってユーシに振り下ろされる。しかしユーシは動揺するでもなく、腰に下げていた細剣型の魔道武具を抜き放ち…一閃。
茨は実は豆腐だったのかと思うほど呆気なく切れ、そのまま霧散した。
「はわわわ…カッコいい!」
「グルゥ」
「ゆうしゃ、しゅごい!」
「!!」
「ふふん!このくらい、あのド屑の攻撃に比べたらなんて事ないのだわ!ワトソン!!」
「ワフフ!!」
「クソックソッ!!民間ギルドの探偵風情が、調子に乗るんじゃねぇ!!」
亜空部屋から呼び出された男の契約精霊…蟷螂型精霊がユーシに腕の鎌を振り下ろす。
しかしワトソンの電刃の魔法がそれを弾き飛ばし、その隙を突いてユーシがポケットから何かを投げた。
マントレリはそれを両断したが、衝撃で弾け跳んだ中身を浴びた途端、その場にバタンと倒れてしまったではないか。
(この香り…痺れ玉だ)
さすがだなとリィンが感心したのも束の間、ソキウスの唸り声にヨウちゃんとマネちゃんを守るように抱きしめた。
「そのガキを寄越せぇ!!」
「ここで、はいわかりましたーって返すわけないですよね!」
「グルルゥ!」
「ニャパス!」
男達の言葉をそっくりそのまま返したリィンに同意を示したソキウスとシャルが、飛んできた岩塊の魔法を拳と氷槍で打ち砕く。
すかさずシャルが魔法の発生源へ氷矢を返すと、石のふりをして隠れていた石蜥蜴型魔獣が飛び上がって建物の上へと逃げていった。
元々臆病な魔獣だが、契約者を置いて逃げるあたり信頼関係の構築はいまひとつらしい。
そんな事を考えていたリィンに向かってヤケになった男が銃型の魔道武具を構え…
「危ないのだわ!!」
「ピピィ!!」
「なっ!?」
引き金に指をかける事すら許されず、リィンの頭の上に戻っていたウィズの風刃によって弾き飛ばされた。
「ナイスコントロール!!ありがとうウィズ!!ソキウスとシャルもカッコよかったよ!!」
「ピピィー!」
「グルルゥ!」
「ニャポー!」
「ぼ、暴力反対!暴力反対!ほら手!!腫れたぁ!」
「クソッ!おまわりさんあいつらです!!俺達をいじめました!!」
「ふふん!そんなにおまわりさんが御所望なら、この探偵が案内してあげるのだわ!!」
「「くっ…」」
切れるカードがなくなったらしい男達は、子供のように喚きながら互いに目線を合わせる。
「…今捕まるのは一番マズい。ずらかるぞ」
「ああ…勿体ないとか言ってられねぇ」
男達がそれぞれ胸元の何かに触れる。
ユーシが何かに気付いて駆け出すも、一歩遅かった。
「「逃げるが勝ち!!」」
「「あ…!?」」
なんと男達の身体が軽やかに浮遊し、そのままビュンと屋根の向こうに飛び去って行ってしまったのだ。
その時、リィンは光に晒された男達の服を見た。
ずっと薄暗くて気付かなかったが…上下がキッチリ着込まれたスーツとネクタイ、白衣に似た外套。更にネクタイの上で揺れていた…芸術的にアレンジされた「A」と思われるエンブレムが描かれたカード。
その組み合わせを、彼女は知っている。
(まさか…あの人達、アクセラリティグループの人?どうしてここに…というか、なんで…)
「ああもう!アイツらがまさか使い捨てな上、高価も高価な魔道具を持ってるなんて!!油断したのだわ!」
「まねちゃ!まねちゃーー!」
「ッ!〜!」
「…はぁ、契約精霊は取り戻せたし、結果オーライなのだわ。…どうかしたの?」
「え、いや、それが…今の人達…」
「おねーちゃ!!」
「んぇ!?」
「おねーちゃ!まねちゃ、おねーちゃはね、あのね…」
ドスッと腰に受けた衝撃に、リィンは思考を散らして下を見た。満面の笑みではしゃぐ彼女は、マネちゃんにリィンを紹介したくて堪らないらしい。
拙い言葉でいい人だとか優しいだとか説明されるのはかなり恥ずかしかったが、マネちゃんはそれをじっと聞き、リィンに向けて笑顔で頭を下げた。
ヨウちゃんと違って静かな笑みは、やはりお姉さんみたいである。
「…さて、喜びに浸りたいところだけど、わたくしは連中を追うのだわ。手掛かりを探って通報しなくてはいけないもの」
「っあ、すみません!私も…」
「いいえ、ここからは大人…ひいては警察か、場合によっては冒険者の手に任せるべきよ。その代わり、貴女は彼女達を送ってあげてほしいのだわ」
ユーシの手が優しくヨウちゃんを撫でる。少しの子供らしい悔しさはあるが、彼女の言ってることに間違いはない。
リィンが迷子探しを専門家であるユーシに頼ったように、悪党探しと捕縛は警察や冒険者という専門家を頼るべきだ。
それに、いい加減ヨウちゃんを保護者の元に返したほうがいい。契約精霊を取り戻したなら尚更だ。
「…わかりました。あの、ユーシさん、ワトソンも、ありがとうございました!」
「ゆーしゃ、わととん、ありがとー!」
「!」
「ふふん!これにて依頼達成なのだわ!…残り77回っ」
「ワフフンッ!」
揃って胸を張るユーシとワトソンは、やはりとてもそっくりだった。
ボソリと聞こえた声は無視である。強く生きてほしい。
…
大きな通りに戻ったところでユーシと分かれたリィンは、ウィズをもちもちと揉むヨウちゃんと真似してシャルをもちもちと揉むマネちゃんに目線を合わせた。
「二人とも、お家まで送るね。道はわかるかな?」
「ん!ぎるど!」
「!」
「え、ギルド??」
「ギルド、いる!」
ギルドというとインダスティオギルドの事だろうが、もしや両親がそこに勤めているのだろうか。
リィンはあの硬い床で土下座は痛いかもなと遠い目をしつつ、ここからでも見える真鍮の頭を目指す。
と、両手が柔らかい温度に包まれ目線を下げると、ヨウちゃんとマネちゃんがそれぞれリィンの手を握っていた。ウィズとシャルはぬいぐるみよろしく抱えられている。
「おねーちゃ、いっぱいありがと」
「〜!」
「あはは、全然!解決したのは結局、私じゃなくてユーシさん達だったし…なんなら、マネちゃんだけでも逃げられたかもだし…」
「ようちゃ、うれしかった。おねーちゃ、おはなしきいてくれて、にこってしてくれて、いっしょにいてくれた」
「ふふっ…ヨウちゃんの役に立ててたなら、嬉しいなぁ」
「!、!」
まん丸い目と辿々しい口調から差し出された飾り気のない真摯な思いに、卑下をやめて感謝を受け取れば、ヨウちゃんは満足気にニパッと笑った。マネちゃんも微笑みながらコクコクと頷いている。
たかがそれだけとリィンは思うのだろう。
けれど、それだけの事でも幼子は救われたのだ。
打算も悪意も偽善も何一つ余分な感情の混じっていない心配の色と、当たり前に差し出された手の暖かさ。
見知らぬ子供なんて、捨て置くか警察にでも預ければいいのに…リィンはどこまでも幼子に心を砕いて寄り添ってくれた。ずっと守ってくれた。
ヨウちゃんには、何故彼女の周りに魔獣と精霊がこんなにいるのか…彼女と共にいたがるのか、よくわかる。
「おねーちゃ、すきー」
「ふふっ、ありがとう!私もヨウちゃんが好きだよ!」
「グルグゥル!グルルー!」
「ニャパパス!!ニュルル!」
「ピュルィー!ピッ!」
「あはは!勿論、皆も好き!ちょ、シャルはキスしようとしないの!ヨウちゃんの前だから!!」
「もてもて」
「〜!」
「…えへへ、そうだったら嬉しいなぁ」
「…あんね、おねーちゃ」
「ん?」
「ようちゃ、おれいする」
「え!?大丈夫だよ、お礼なんて!私が好きで首を突っ込んだんだし…」
「ようちゃ、しってる。よくみる。おねーちゃも、きっといじめられて、こまってる」
「……ん??」
「まかせて」
「〜!」
虐められたとは果たして何の話だろうか。
ただ、グッと親指を立てたヨウちゃんに何故か猛烈に嫌な予感がかき立てられた。しかし、それを確かめる時間もなく、目の前には朝見た鉄の扉が…
「あ、ヨウちゃん!?」
ウィズを抱えつつ、ヨウちゃんは繋いでいたリィンの手を離して扉の中へ。それに続いてマネちゃんまでシャルを抱えて行ってしまう。
「おねーちゃ、こっち!」
「!」
「ちょ、まってヨウちゃん、マネちゃん!?」
新たな誘拐事件にどうしようとソキウスと目を合わせれば、一つ頷いたソキウスはリィンを抱えて二人の後を追い始めた。何故。
おそらく二人の真似…いや、いつも通りと言えばいつも通りである。
ヨウちゃん達はギルドの冒険者を器用に避け、そのまま地下の研究所へと下っていった。リィンもソキウスのおかげで今度はすんなり辿り着けたが、果たしてここは許可なく入っても良かったのだろうか。
「あんれ、ヨウちゃん?マネリィ?どないしたんよ、可愛いお人形さん持って…お人形さん、なんか???いや生身??」
「ん!どこ!!」
「〜!!」
「んえ、たぶんいつもの部屋に…って、リィンちゃんまで!?何事なん?」
「わ、分かりません!ただ、その…」
「おねーちゃ!はやく、きてー!」
「…との、事でして…あの、勝手に入ってすみません…」
「やー、うん。大丈夫。ほら、ヨウちゃん達について行ったげてな」
朝見た時より疲れた様子のそばかすの職員が苦笑しながら手を振る。
ヨウちゃん達を知っているらしく、あの子は仕方がないなぁと近所のお兄さんみたいな顔をしていた。
取り敢えず、マネちゃんの正しい名前はマネリィらしい。
ずんずん進むヨウちゃんとマネリィの後についていくと、やがてあの、シュヤマの部屋に繋がる扉の前に辿り着く。
朝、痛くはなかったがぶん投げられた記憶が嫌でもよみがえった。
「よ、ヨウちゃん?マネリィ?ここは、その、まずいというか…あ」
リィンの言葉も虚しく、ヨウちゃんは慣れたようにマネリィに肩車してもらい、魔道具を操作して扉を開けてしまった。
遠慮のない足音に気付いたのか、朝と同じ場所で鉄塊を打とうと鎚を振り上げていたシュヤマがギロリと目を向けた。身長的に仕方ないが、リィンに。
「あぁん!?なんじゃ!!また来おったのかちんくしゃァ!!!いい加減にせィ!!もう締め切っとるし、お前さんなんぞに構ってやる程ワシャ暇じゃねェと…」
「じいじ」
「えっ…はにゃ?ヨウちゃんじゃあーーー!!」
「え"!?」
「グルッ!?」
「ビッ!?」
「ニ"ャ!?」
「…」
溶けた。熱された鉄もかくやという勢いで、デロリと顔も声も。一方でマネリィの目は冷ややかなものであるが。
「んー?どうしたんじゃあ?遊びにきたのかのぉ?待っててのぉ、今じいじがおかし持ってくるからのぉ…あ、それまでじいじの相棒と遊ぶかのぉ?」
「あのね、ようちゃね…」
「うんうん、なんじゃあ?何でもじいじが聞いてあげ」
「いじわるなじいじ、きらい」
「えっ」
「おしごとさぼるじいじ、きらい」
「えっ」
「おねーちゃにいじわるするじいじ、いっぱいきらい!」
「…」
「あわわわわ…シュヤマさんが灰に…!」
「〜!〜!」
真っ白になって、今風が吹いたら散って消えてしまいそうなシュヤマの目から、だぱっと滂沱の涙が噴出する。
そのままリィンの方に顔を向けた。正直、怖いしいたたまれないし居心地が悪いのでやめてほしい。
「おねーちゃ、ようちゃとまねちゃ、たすけた。じいじ、なにもしてない。だからようちゃ、おねーちゃのみかたする」
ふんすふんすと鼻息荒く言い切るヨウちゃんは、子供の残酷さでシュヤマをさらに殴りつけた。巻き込まないでほしい。
やがて、シュヤマは壊れた玩具のようにカタカタと動き、リィンの肩をガシッと両手で掴む。
「じいじの...コホン、ワシのかっこいいとこ、若ェもんにいっちょ見せたるわい!!!」
言葉と顔がまるで合っていなかった。怖い。
…
明日また来いと言われ、リィンはなんとかウィズとシャルを回収してホテルに帰りつき…ぼすんとベットに倒れ込む。
何故明日?とは思ったが、確かにあの状態のシュヤマに届け物を渡しても正常な判断は出来なそうだったので納得した。うっかり鉄と間違って火に焚べそうである。
「んんー…今日も色々あったなぁ…」
「グゥルゥ」
「…そういえば、あの人達」
落ち着いたところで思い出すのは、人攫い予定だった二人組。
「ヨウちゃんを"ターゲット"って言ってたよね?もし故意に狙ったのなら…狙いはシュヤマさん、なのかな…?」
「ピ?ピピピィ?」
「ほら、ヨウちゃんはシュヤマさんの孫だったわけでしょ?なら、シュヤマさんに恨みを持つ人とかが依頼したとか…あわわわ、言ってて怖くなってきたや」
「ニャパス」
「うぅ…明日ついでに話したほうが良いよね?…気が重いけど」
明日、正気に返ったシュヤマに八つ当たりされやしないだろうか。
孫をたぶらかした奴めと痛めつけられないだろうか。
嫌な想像をしながらしばらくゴロゴロとシーツを乱し、やがて彼女は立ち上がる。
「傾聴!これより私のメンタル回復の為、ブラッシングを行います!希望者は前に!」
「グルルゥ!!」
「ピュイ!」
「ニュルニャ!」
「三名様ご案内ー!」
リィンは最高の相棒と友人をフワフワサラサラにしながら、束の間の休息を楽しんだのだった。
そう、束の間の休息を。




