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24.赤のダンジョン


四日目をリィンが考えた戦術の練習に丸々費やし、来たる五日目の昼過ぎ。

リィンは花いじりをしているクロマを見つけ、逸る足取りで詰め寄った。


「こんにちはクロマさん!あの、修行用ダンジョンって、どうやったら使えますか!?」

「こんにちは、お嬢さん。いきなりの質問に驚いているお兄さんと頼られて嬉しいお兄さんが同居して混乱しているよ」

「別居したらどうですか?」

「お嬢さん凄いこと言うねホント。それで、修行用ダンジョンだったかな?」

「はい!結局どういう場所なのか知らないなって…」

「…それを知りたい理由はその、足元にいる子の為かな」

「…ニュル」

「はい!私、この子と一緒に赤のダンジョンを攻略したいんです!」


クロマはまじまじと影蛸猫型精霊(シャピヴル)を見つめる。彼も何度か見かけた事はあったが…果たしてこのシャピヴルは、こんなに生きた目をしていただろうか。

ましてや、リィンの足に巻き付いてばつが悪そうにしている表情なんて…別の個体とさえ錯覚するほどだ。

ただ、刻まれた痛々しい傷痕だけがこのシャピヴルが噂のシャピヴルだと示している。


「どうしたの、シャピヴル?クロマさんは怪しいけど、怖い人じゃないよ」

「うんうん、本人を目の前にして言うところ、嫌いじゃないよ。や、シャピヴル。お兄さんは別にお前がこの花壇を荒らした事を怒ったりなんてしていないお兄さんだよ」

「クロマさん、スコップをお墓みたいに突き立てるのはちょっと…」

「ニャポ…」

「でも、シャピヴル。クロマさんが怒ってなくても、一度ちゃんとごめんなさいしよう」

「…ニュル。ニャパス」


青年はもはや目を丸くすることしかできない。目を擦ってみても、目の前には頭を下げたシャピヴルがいて、それを優しく見つめる若い学生がいた。

その光景に思わず、にこやかに保ってきた表情がでれっと崩れるのを自覚する。


リィンは熱っぽい視線に気づいて首を傾げ、そっとシャピヴルを白衣の裾で隠した。

何となくクロマの溶けた顔が怖かったので。危険は感じないがゾワッとはした。


「こほん、ごめんね。あまりにも尊いものを見て我慢できなかった。それで修行用ダンジョンだけど…お嬢さんはチームメイトとかいないんだよね?」

「人間って意味ならいませんけど…強いて言えばソキウスとウィズとシャピヴルがチームメイトです!」

「ピピ!」

「グルルゥ!」

「ははっ、凄い事を無邪気に言ってるね。そうか…うん。なら、ちょうどいいか」


ちらりと時計を確認して、クロマはニンマリと笑った。


「ついておいで」


そう言ったクロマの後に続き、展望台とは逆方向にある平らな道を進むことしばらく。

リィンの視界に、透き通った広大な湖とその真ん中の島に建つ厳かな木造の平屋…仏閣に似た建物が現れた。

どうやらピークメイアに満ちている繊細な魔力は、この湖が中心らしい。どうりで青属性の魔力が多いわけだ。


「わ、凄い…!大きな鏡があるみたいですね!」

「グルゥ…!」

「素敵な例えにお兄さん感心しちゃうな。今日は風がないから特に綺麗だね」

「あ、向こうの岸辺に…え、竜種!?はわわわ、小水竜型精霊(プティロドラン)がいますよ!?」

「ピピィ?」

「乱獲はしないでね。悪い子はお兄さんが捕まえてずうっと閉じ込めちゃうからね…ははっ」

「しませんよ!?」

「ニャポ…」


相変わらずちょっと怖いことを言うクロマにシャピヴルが距離を置く。当然のようにリィンまで彼から遠ざけようとするものだから、クロマの胡散臭い笑みは深まるばかりだ。


「クロマさん、あの建物が修行用ダンジョンなんですか?」

「その通り。まぁあれは古臭い張りぼてというかただのエントランスで、本質は地下の方だけどね」

「あんな立派な建物を張りぼて扱い…」


クロマ曰く、あの建物の地下には10フロアごとに中ボスを有する全50フロア超えの超大型ダンジョンがあるらしい。

その10フロアがそれぞれの属性に特化していることから、各区間を赤のダンジョン、青のダンジョン、緑のダンジョン、黄のダンジョン、茶のダンジョンと呼んでいるそうだ。


「あいにく白属性と黒属性のダンジョンは無くて、属性コンプリートとはいかないんだけどね。ちなみに、全フロア攻略したら挑戦できるダンジョンボスは水竜の魔物だよ」

「わぁ、ボリューム満点ですね」

「ははっ…まぁ確かにね。セーフダンジョンだからか挑戦者は絶えないし、宿屋は潤っているよ。ついでに魔法薬を置くとよく売れるから、お兄さんの良い小遣い稼ぎになっているね」

「商魂たくましい」


ちなみに、セーフダンジョンとはダンジョン内で致命傷を負っても死なず、外に放り出されるだけの特殊なダンジョンの事である。体がジュッと丸ごと消滅しても生きて出られるらしいが、原理は解明されていない。


「まぁお前には今更な説明かな。ねぇ、シャピヴル」

「…ニュ」

「おや、嫌われちゃったかな。お兄さん悲しいや」

「大丈夫です。最初から変わってませんよ」


ニコッと笑うリィンにそっかぁと微笑んだクロマはちょっぴり悲しそうだった。自業自得だと思うのだが。


他愛もない会話をしているうちに中央の浮島…建物の目の前までやって来ていた。

静かで厳かな佇まいに、自然と背がしゃんと伸びる心地である。

そんな緊張しているリィンをよそに、クロマは平然と観音開きの戸を開けたのだ。


「はい、ようこそ修行用ダンジョンへ」

「わぁ…!」

「グゥルル」

「ピュイ!」

「ニュルル」


建物の中は、外観ほど堅苦しくは無かった。

正面に受付カウンターと、その上部にいくつも浮かぶ大小さまざまな映像魔具の数々。パッと見はギルドの受付を劇場の受付くらい大きく、ややフォーマルにした感じだ。

受付の脇…左右の奥に厳ついゲート型の魔道具と、その先に下り階段がある。おそらく地下にあるというダンジョンに繋がっているのだろう。

左側には魔法薬や使い捨ての魔道具を置いているショップがあり、右側は大きな魔法陣が魔力を煌めかせながらゆっくりと回っていた。


広々とした室内はしんと静まり返っている。

古い木の香りの重さも相まって、沈黙が重力を持って寝そべっているみたいだ。


「…誰もいませんね?」

「うん。今日は清掃とか魔道具の点検とかでダンジョンはお休みの日だし、職員もお昼休憩中だからね。ご覧の通りガラ空き。今なら空き巣ができちゃうよ…ははっ」

「えっと、お休みなら後日…というか、そもそも入っちゃいけないんじゃ…」

「なんで?僕がいるじゃない」


不思議そうに瞬きしたクロマに、リィンも同じ顔を返す。


「…え?クロマさん、職員なんですか??」

「一応ね」


今日まで五日間、朝晩だけとはいえ彼を見てきたが…いつも宿のカウンターでニコニコしてるか、食堂で宿泊者を眺めてニコニコしてるか、ニコニコしながら花壇の手入れをしているところしかリィンは見たことがなかった。


顔に出やすいリィンであるから、疑いが瞳に滲んでいたのだろう。クロマはふっと微笑んで、いつも着けている黒い革手袋を外しながらベストの前を開けてみせた。

シンプルな白のワイシャツに走る黒の直線。その、サスペンダーに付けられた認証カードを黒く塗られた爪が軽く撫でていく。

それを魔道具に翳して何食わぬ顔で受付カウンターに入ったのを見せられては、なるほど信じる他ないだろう。


「クロマさんが職員なのは分かりましたけど…ここ、今日はお休みなんですよね?勝手に使ったら怒られるんじゃ…」

「怒られないよ。だってここ僕のだもん」

「………ん???」


今とても聞き捨てならない事を聞いた気がする。

しかしリィンが聞き返す前に、この時を待ってましたと言わんばかりに表情を蕩けさせたクロマが恭しく、わざとらしく、ボウ・アンド・スクレープを披露しながら口を開いた。


「改めまして、僕はこの修行用ダンジョンの管理人。クロマお兄さんです」


クロマはサラリと紫混じりの黒髪を揺らし、蘇芳の瞳を楽しそうに細める。右目尻の泣き黒子がやけに色っぽい。


リィンはきっかり三拍、動きも瞬きも呼吸も止め、やがてやけにゆっくりと息を吐き出した。


「黒属性魔法ではなく、黒幕のクロマさんだったか…」

「うんうん、最初に出る言葉がそれとはお兄さんびっくり。僕お嬢さんに何かしたっけ?やめてね黒幕とか、僕悪いことしてないから。よく立ってるだけで通報されるけど冤罪だから。確かに裏で誰かを弄ぶのは楽しそうだけど…ははっ」

「えっ、待ってください、じゃあ宿屋の主って嘘だったんですか!?」

「嘘じゃないよ。ダンジョンの維持費も宿の人手も足りないから兼業なんだ。世知辛いね」

「はわわわわ…」

「ケタタ?」

「ニュ!?」

「グルッ!?」

「ピィ!?」


突然の情報量に目を回していると、手慣れた様子で魔道具の操作を始めたクロマの足元に、シュッと受付上部の映像魔具から魔獣が現れる。

驚いた様子の皆を宥めつつ、リィンの目はその魔獣に釘付けになった。


「や、いつも留守番ありがとね。紹介するよお嬢さん、この子は僕の契約魔獣で…」

「か、可愛い!!!」

「わぁ」

「ケタ?」


丸く小さな耳に、丸い顔立ち。そんな可愛らしい輪郭ながら、表情は何かを企んでいるようにニヒルな笑みを浮かべていた。目元にサングラスに似た模様があるので余計にあくどい。こう言っては何だが、クロマに似ている(胡散臭い)。

タヌキに似たモフモフのずんぐりした体は全体的にクリーム色で、黒くて長い首元の毛がケープのように上半身を隠していた。

手足の先は青白いプラズマ状、立派な尾はシマシマの模様というより画面の乱れた映像魔具のような、チカチカした感じがする。

何というか全体的に…薄暗い部屋でカタカタと多機能魔力計算機(パソコン)を弄っていそうな、あるいは路地裏あたりで何かをやらかしていそうな雰囲気であった。


そんな雰囲気であろうがリィンにとっては可愛い以外の何物でもないのだが。


「はわわわ、モフモフだぁ…!!首の毛もオシャレだし、目元の模様も可愛い!手足とかの感じからすると黄属性なのかな…?今の移動の仕方も、他の黄属性の子で見たことがある…確か、体を電気そのものみたいにして黄属性魔力の中を…」

「お兄さんの正体より食い付いてきてびっくり。その通り。改めて、この子は僕の契約魔獣…電離気体狸型魔獣(エレクテレウス)のビットだよ」

「ケタタ!」

「あ、あの…さ、触ってみても大丈夫ですか?」

「うんうん、そんなにキラキラした目をしてる子にNOと言えるほどお兄さんは鬼じゃないよ。まぁ涙でキラキラしてる目もそれはそれで好きだけど…ははっ」

「ニャポ…」


ちょっと怖いクロマは無視して、リィンは差し出された頭をそっと撫でてみた。

撫でるたびにパチパチピリピリと静電気が走るが、毛は見た目通りふわふわで気持ちいい。もっと撫でろと擦り寄せてきた鼻を擽ると嬉しそうで、顔付きで想像するよりずっと懐っこかった。

 

「ふむん…この顔、見れば見るほどクロマさんにそっくりだ…可愛いなぁ」

「それって僕も可愛いってことかな。照れちゃうや」

「…?クロマさんは別に」

「なんで???お兄さん泣くよ?待ってて今目薬さすから」

「ケタ…」


受付から出ていこうとしたクロマを、ビットはため息を吐きながら電縛の魔法で縛って抑え、操作途中の魔道具の前に戻す。

ぐっと親指を立てている手を見るに、やはりとてもいい子そうである。リィンは思わずくすくすと笑い声をこぼした。


「ビットとお嬢さんが仲良くなれて嬉しいお兄さんと、僕よりお嬢さんと仲良くなるなんてずるいって駄々捏ねたいお兄さんが同居して混乱しているよ。はい、この魔道具に手を乗せて軽く魔力を流してね」

「同居人が多くて大変ですね。…こう、ですか?」


クロマが差し出してきた板のような魔道具に魔力を流す。ソキウス達もと言われて全員順番に魔力を流せば、これで登録完了だとクロマが受付から出てきた。


「えぇと、今のは?」

「お嬢さん達の魔力をダンジョンに登録したんだよ。大丈夫、悪質な組織に登録させたとかじゃないからね…ははっ。これでダンジョンで何かあった時はあそこの大きな魔法陣に飛ばされて、戻ってこれるんだ。どっかのシャピヴルは不法侵入してたから戻ってこれなくて、毎回職員が回収してたけど」

「ニャポ…」

「あはは…後で職員さん達にお礼を言おうね、シャピヴル」

「さて、準備は整ったし、職員が戻ってくる前に赤のダンジョンに行こうか」

「はい!お願いします!」

「グルゥ!」

「ピィ!」

「ニャパス!!」


リィン達はクロマの案内の元、受付横のゲートをくぐり抜けて地下へと降りていったのである。


…


「ひぃん…」

「グルッ!グルゥ!」

「ビュイ…」

「ニュル…」


リィンの目の前には、真っ赤な溶岩の流れるフロアが広がっていた。

赤のダンジョン用の転移魔法陣を抜けた直後…肌を焼いた熱と赤属性の魔力に驚いて目を開ければこれである。

空気そのものが赤みを帯びている気さえするのは、魔力濃度のせいだろうか。転移する直前に魔力緩衝剤(バッファー)を服用していなければ、すぐにでも魔力中毒を起こしてしまっていただろう。

正直少しなめていた。まさか魔物やトラップどころか、ダンジョンそのものがここまで危険とは。


「シャピヴル凄いね…この中をボス部屋まで進めるなんて。ケホッ、これ私が完全に足を引っ張るやつだ…」

「グルッ!?グルゥ」

「ニャポ!?ニュルル!」


熱気が肌どころか喉まで焼いてくる。ソキウス達に励まされながらさてどう動こうかと悩んでいると、隣からすっと魔法薬が差し出された。

差出人を辿ってみると、ビットを抱えたクロマがニコニコしながら立っている。


「クロマさん?」

「うんうん、頼りになって優しいクロマお兄さんだよ。取り敢えずまずはほら、この環境適応薬(アダプター)を飲んでね」

「えっと、ありがとうございます…」

「素直で可愛いね。もしかしたらうっかり色の似ている拷問用のお薬を渡したかもしれないよ?なんてね…ははっ」


また怖いこと言ってるなぁと思いながら魔法薬を飲むと、あんなに痛かった暑さがフッと消えた。

環境適応薬(アダプター)は、暑さや寒さを人肌の温度に変換する魔力の膜を、体全体に張る薬である。

こうして効果を体験すると、冒険者の必需品と言われる理由も納得だ。


「ありがとうございます!楽になりました!それで…クロマさんはどうしてここに?」

「いくら死なないダンジョンとはいえ、チームも組んでない未成年一人をポイッと放り出すなんてできないよ。それに、お嬢さん…というか、シャピヴルの目的はボスだしね。だから道中の手助けをしようと思って」

「わぁ…!心強いです!お願いします!私、ダンジョンの事全然知らないので…よかったら道中色々教えてください」

「うんうん、学びの姿勢が素晴らしいね。そんなに可愛くお願いされたらお兄さん張り切っちゃうよ」

「ケタタ」


じゃあ進みながら話そうかと言われ、ソキウスは流れるようにリィンを抱き上げる。あれ?っと思ったが、ソキウスは呆れ眼でリィンとその手に握られたメモとペン、溶岩を交互に見ていた。

つまり、リィンが話やメモ書きに夢中になり、うっかり溶岩に落ちそうで気が気じゃないらしい。否定できないのが痛い。何もないところでも転ぶ運動神経の悪さをなめてはいけないのだ。

諦めて身を任せれば、ウィズまでが膝に乗った。


(いや、ウィズはこれ…魔法薬で体温が保たれてる私が周りより冷たく感じるからっていうのもありそう)


クロマはそんなリィン達を二度見して一瞬天井を仰いだが、すぐに何事も無かったかのように元に戻る。何故か笑顔は二割くらい増していた。


「まず、基本中の基本だけど…ダンジョンにおける生存率は事前の準備で決まるんだよね」

「事前の…魔法薬や魔道具ですか?」

「それと食料かな。小規模ならともかく、一週間かけないと出れないダンジョンなんかもザラにあるよ」

「ひょえ」

「あと可能なら情報。この赤のダンジョンみたいに出入りに制限のないダンジョンなら、大抵どこかで内部の情報は手に入るからね」

「なるほど」


ギルドは勿論、情報屋や、その気になればグレーゾーンの非正規ギルドからでもダンジョンの情報は手に入るという。

その情報を元に必要な魔法薬や魔道具を揃え、チームを調整し、食料を用意するのがダンジョン攻略の基礎だ。

実力以前に、これが出来てなければダンジョンそのものに殺される。


「ゔっ…耳が痛いですぅ」

「ははっ、まぁお嬢さんは冒険者志望でもなさそうだし、そもそも学生さんだからね。出来てないのが普通だと僕は思うよ。ま、今のうちに失敗しておけばいいんじゃないかな。駆け出しの冒険者だって先輩にフォローしてもらいながら学ぶんだから…っと」

「ニャパス!」


リィンはメモを取る手を止め、足を止めたクロマと身構えたシャピヴルの見つめる先に目を凝らした。

そこには溶岩しかないが、そのドロドロのオレンジ色の中に何かが見える。


「背びれ…もしかしてサメ型?」


そう呟いた途端、それは物凄い速さでこちらに近付き、先頭にいたクロマ目掛けて飛びかかってきた。

リィンは危ないと叫びかけたが、あっさりと躱したクロマに吸った息をそっと戻す。


〈※※※※※※※!〉

「ニュルル!」


空振った魔物はボチャンと溶岩に落ち、しかしすぐにまた飛び掛ってきたが、シャピヴルの魔法がそれを阻んだ。氷壁の魔法である。

リィンは壁に当たって動きを止めたその隙に、魔物を観察した。


(サメ型はサメ型だけど…何でも噛み砕く方じゃなくて速さが売りな方がモデルだったみたい。それと、全身が赤属性の魔力で燃えてるや)


魔物は魔力の集合体だ。赤属性の魔力が満ちているこの場所なら、モデルにした魔獣や精霊本来の属性に関係なく、赤属性の魔物となるのだろう。


(それにしてもあの速さは初見殺しってやつだよね…だからこそ情報、か)


リィンは冒険者って大変なのだなと眉を下げ、氷槍でトドメをさしたシャピヴルに親指を立てて笑みを送った。

触腕を器用に組んで得意げに鼻を鳴らす仕草がなんとも可愛らしい。


「ふぅん、さすがに何度も挑戦してるだけあるね」

「…ニャポ」

「でもま…」

〈〈〈※※※※※※※※!!〉〉〉

「クロマさん!?」


いつの間に集まっていたのか、先程と同じ魔物が三体一斉にクロマを囲うように飛び掛かった。

しかし彼は余裕を崩すこと無くその場でクルリと軽く回りながら…手に持った真っ黒な大鎌でもってあっさりと魔物達を両断したのである。


「ひょえ」

「うんうん、腕はなまっていないかな。シャピヴルはボス戦まで体力温存しなきゃだし、雑魚相手はなるべく任せてくれていいからね」

「ニュルル…」

「グルル!」

「ピピィ!」


誰が思うのか。あの黒いマニュキュアが液状型不定形の魔道武具であるなんて。ソキウスとウィズはカッコいいと目を輝かせているが、リィンとシャピヴルはドン引きである。


…


勝手知ったる庭を散歩するように、クロマは魔物を撫で斬りしながらサクサクとダンジョンの階層を進んでいった。

いや、実際勝手知ってる場所ではあるのだろうが…それにしたって、よくもまあここまで迷わず歩けるものだ。


「クロマさんって冒険者なんですか?」

「うーん、一応資格はあるけどね。どこのギルドにも所属していないから、ギルドカードはないよ。ほら、色々と規則があるでしょ?それが面倒だし合わなくてね」

「なるほど」


要は、医師免許は持ってるけど医者はしていない、というのと同じである。まぁそういう人もいるだろう。

燃えているコウモリ型の魔物の群れに飛び込んでいったクロマの背を見送りながら納得していたリィンだが、近くで聞こえた羽音にハッと上を見た。

どうやらこちらにもコウモリ型の魔物がいたらしい。


〈※※※※※※!〉

「ニャパス!」

〈〈〈※※※※※※※※※!〉〉〉

「ニャ!?」


すかさずシャピヴルが氷槍で応戦するも、相手の数の多さに魔法が追いつかなかった。

魔法をすり抜けた魔物がシャピヴルに迫り…しかしバチッという音と共に砕け散る。見ればそこには電気の縄が不規則に張り巡らされていた。


「ケタケタ」

「ビット?いつの間に…」

「ははっ、僕の相棒は罠づくりが得意でね。目隠しの魔法で隠してるみたいだけど、その辺に罠を作ってると思うよ」

「ケタ」


やはりクロマの契約魔獣だけあって、ただの良い子とはいかないらしい。リィンはありがとうとその頭を撫でながらも、ちょっぴり認識を改めた。


「ニュルル…」

「シャピヴル、さっきのコウモリ型みたいに素早い敵には氷槍より氷矢の方が良いと思うよ。そりゃ、威力は氷槍の方が上だけど…発動と弾速は氷矢の方が上だから。あと低コスト!」

「ニュル?ニャパス」

「んふふ、まだまだ強くなれるね!」

「ニャポ!」

「あぁ、尊いなぁ…」

「クロマさん、何か言いました?」

「さあ?」

「ケタ…」

「グルゥ」


ちょくちょくクロマの纏う気配が怪しくなるのは何なのか。ビットにすら呆れ顔を向けられているので、珍しい事でも無いのだろうが…ソキウスはどこか嫌そうな顔で一歩下がった。

と、リィンは不意に感じ取った違和感に首を傾げる。


「…?」

「さてさて、もっとお兄さんやビットの事を手取り足取り教えてあげたいところなんだけど…どうかしたかいお嬢さん」

「草の香りが…緑属性の魔力?こんなところで…?」

「何だって?」


こんな溶岩地帯に草などあったらすぐさま燃えてしまうだろう。そう思うが、リィンの鼻は気の所為ではなく草の香りを捉えていた。

クロマは珍しく笑みを引っ込めて何か考えた後、今までよりも息を潜めるような呼吸に変えて辺りを慎重に見渡す。

その緊張感に皆が体を強張らせたのが分かった。


「まさかとは思うけど…赤のダンジョンには一種類だけ緑属性の魔物が出るんだよね。…徘徊ボスってやつ」

「え"」

「グル?」

「ピィ?」

「ニュルニ…」


徘徊ボスとは、端的に言えば階層を彷徨いてる強い魔物だ。

ボスと名が付くように他の雑魚魔物と違って魔法を使ってくる上、かなり手強い。場合によっては本来のダンジョンボスより強いとか。

シャピヴルがしょっぱい顔をしているので、痛い目にあった記憶があるのだろう。


〈ネバァァァァァ!!〉

「ひっ」


噂をすればとでも言うのか、ダンジョンの何処かからねっとりした咆哮が響いた。


「嘘でしょ…本当にいる事に驚いているお兄さんとお嬢さんの鼻の良さに驚いているお兄さんが同居して混乱しているよ」

「仲良くできそうな同居人同士では?」

「おや、確かに」

「ケタタ!」


それどころじゃ無いだろとビットがクロマの脛を尾で引っ叩く。アレは痛い。現にクロマは引き攣った笑顔で沈んだ。


「ケタタ、ケタ」

「うんうん」

「ケタ」

「あちゃー…それはまいったね」

「あのぅ、どうかしましたか?」

「それが…」

〈ネバァァァァァ!!〉

「わひゃぁぁぁぁ!?」

「グルッ!?」

「ピッ!?」

「ニャポ!?」


凄まじい音を立てながら、ダンジョンの壁の一部に大穴が開いた。そこから現れたのは、キノコだらけのサザエに似た巻き貝を背負ったスライム…否、ナメクジのような魔物である。


「徘徊ボス来ちゃったってさ…ははっ」

「もう少しだけ早く言ってくれません!?」

「ニュルル!!」


魔物は見たところ陸巻貝型精霊(テルテュルボ)…サザエを背負ったカタツムリを模しているようだ。


「あーヤダヤダ。この前誰かが討伐したって聞いたからしばらく出ないと思ってたのに。そりゃ、そんなに攻撃してこないし、殻さえなければ大きなスライムみたいなもんだし、強くはないけど、ね…!」


クロマが足元の溶岩を恐れる素振りもなく魔物に飛びかかり、大鎌を振るった。

しかし、魔物はすぐに体を貝に引っ込め耐衝撃の魔法を使う。元の強度…というか耐性に加えて物理耐性の向上である。当然のように鎌は殻に弾かれ、その表面を削る事も出来ずに宙へと飛ばされてクロマの爪へと戻った。

次いで魔物は殻にこもったまま魔法で出来た茨を殻から生やし、クロマを弾き飛ばす。


「ひっ!?く、クロマさん…!?」

「この通り、その殻が硬くてね。鎌が通らないからお兄さんは嫌いなんだよね。その上魔法にも耐性があるし…あ、お兄さんの事は心配いらないよ。こう見えてこの服かなり高性能な魔道武具だから」

「それは…よかったですけど…」


リィンはバクバクと跳ねる心臓を服の上から抑え、改めて魔物を見る。クロマ曰く、あの殻は物理耐性だけでなく全属性の耐性を備えているらしい。その分本体の耐性は赤属性無効だけで他は全部脆弱だが、先程のように目にも止まらぬ速度で殻にこもってしまうので討伐に苦労するそうだ。ついでに魔力感知能力も高いので、ビットの扱う罠も見破られるとか。


このように戦うのは大変面倒だが、移動速度そのものは遅いので逃げることや避けることは不可能ではない…徘徊ボスによくある特徴である。


「さてとどうしようかな。普通なら無視して避けながら階段に向かうんだけど…丁度その階段への道が塞がれちゃってる」

「…殻を、壊せばいいんですか?」

「そうだね。だからいつもは力自慢の冒険者とか、魔法自慢の契約精霊とかを連れてる冒険者が…お嬢さん?」

(体は赤属性無効…つまり一切効果が通らない。けど、殻は全属性"耐性"…なら)


リィンはパッとソキウスから降り、白衣をピッと整えながら魔石を弾いた。


「ソキウス、ウィズ、手伝ってくれる?」

「グルゥ!」

「ピピィ!」


【火炎(ファイア)】


ソキウスから放たれた白みがかった炎が魔物の殻を包む。

しかし溶岩の上を移動できるような魔物だ。当然この程度じゃダメージにもならない。

クロマは珍しく困惑をにじませて無意味な魔法を眺めていた。


「ウィズ、下の溶岩を巻き上げながら、ソキウスの炎を閉じ込めることはできる?」

「ピッピピー!」


少し時間をかけ、ウィズが竜巻の魔法を放つと、リィンの望み通り灼熱の渦が魔物を飲み込む。その熱気は溶岩を巻き込んでいるからか、フォレスタのシミュレーションで見た炎の渦より強烈で苛烈だ。


「えーと、お嬢さん?これは何を…」

「焼いてます!」

「百点満点な笑顔に花丸をあげたいお兄さんと答えになってなくて困惑してるお兄さんが同居して混乱しているよ」


しかし、その混乱も長くは続かなかった。

渦の中から耳を疑うような音が…ピシピシと割れるような音が聞こえたのである。

まさかと目を見開くクロマをよそに、リィンは透明な魔石を砕いた。


【筋力向上(ライズ)】

「ソキウス!」

「グルルゥ!」


そして、任せろと高く飛び上がったソキウスの踵落としは…驚くほどあっさりと強固な殻を砕いたのである。

開いた口がふさがらないといった様子のクロマだったが、殻がすぐ再生を始めることを知っていた体は半分無意識に鎌で本体を切り砕いた。

耐性を貫通できる力自慢も、耐性を超えられる魔法を持つ強力な魔獣や精霊の力もなく…面倒なはずの徘徊ボスの討伐に成功してしまったのである。


「ソキウスー!ウィズー!最高だよ!!もう優勝!天才!愛してる!!」

「グルルゥ!」

「ピピピィ!」

「まってまってまって、今何したの??」

「焼き…」

「ごめんね。お兄さんが悪かったね。どうして殻が割れたのか優しく教えてほしいな」


リィンはキョトンと瞬いて、言葉を探した。


「ええと…本体が赤属性"無効"なら、一切魔法による温度変化も受けませんよね?でも、殻はあくまで"耐性"なので…影響を受けるはずです」


無効と耐性の違いは、簡単に言えばその属性を弾くか否かにある。

例えるなら、水に対してコップの口にラップを張るのが無効。布を張るのが耐性だ。

ラップは水を完全に弾き(属性を弾き)、濡れることもなく(影響も受けず)、コップに水は溜まらないので溢れもしない(ダメージはない)。

布は水を通す(属性を通す)し濡れる(影響も受ける)が、コップに水が溜まるのはゆっくりになる為、溢れるまで時間がかか(ダメージが弱まる)る。


「なので、その、ウィズの風で閉じ込めたソキウスの魔法と溶岩の熱で焼けば…殻の外側と本体が接してる内側で温度差くらいは出来るかな、と」

「それはまあ、そうだろうね?」

「つまりアレです!冷たいコップに熱いお湯を入れると割れるやつです!」 

「んー???コップが、割れる…お湯で??」


良い例えを見つけたと得意気な様子のリィンは知らない。

カタルシアでは…というより今のご時世では、ガラス製のコップだろうが陶器だろうが、割れ物に該当する物には防護の魔法が掛かっていたり、魔鉱石の粉末を混ぜ合わせたりしている。

要するにとても丈夫なのだ。

なので、少なくともお湯を入れて割れることはまずない。ヒビすら入らないだろう。


つまり、一から手作りでガラス製品に携わる職人か物好きでもない限り、熱膨張や熱疲労なんて物理現象には縁がないのだ。

尚、今更言うまでもないが…ラントリイ製のコップは魔法のまの字も掛かっていないシンプルなガラス製品なのでバッキバキに割れる。


「ニャパス…!」


まったく噛み合っていない二人をよそに、シャピヴルは目を輝かせていた。

自分では逃げ回っている事しか出来なかった大きな脅威が砕かれた…その不思議な戦い方が、強烈な炎を目にした恐怖を抑え込むほどの期待を与えてくれたから。



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