21.昼には見えない星
事が発覚したのは今から数時間前。それこそ、リィンがイアに街を案内してもらっている最中か、その直後くらいである。
「行方不明になった息子くん…ペルデと他5人のガキ共でいつも通り遊んでたらしいんだけどな…」
「気づいたらペルデくんがいなくなってた、って事ですか?」
「ああ。悪ガキじゃないから、坑道とか大人に入るなって言われてる場所にゃ行ってないとは思うんだがねぇ」
子供達はいつも一緒に遊んでいるグループで、やんちゃではあるがいい子達らしい。今回も普通に街中でままごとをしたり、追いかけっこをしていただけだとか。
「ままごとや追いかけっこで行方不明…?」
「不思議だろ?」
「精霊の悪戯って事は?」
「どうだろうなぁ…野生の精霊もいないこたぁないが…何とも言えないな」
契約魔獣が一緒ならまだ良かったのだろうが、あいにく今日はレストランの手伝いをしていたらしい。つまり、何が起きたにせよペルデは今、一人なのだ。
「うーん…とにかく、私も探してみます!」
「いいのかい?そりゃ、今は人手が欲しいから助かるけどよ…」
「勿論です!ペルデくんの特徴とか、教えてください」
リィンはちらりと空を見上げる。
雲はより一層重くのしかかり、心なしかすぐ近くにあるような錯覚さえ覚えるほどだ。外に出た時、顔をしかめたくなるほど雨の香りも強くなっていた。
もし、ペルデがどこかで倒れていたり、怪我で動けなくなっていたとして…件の雨に打たれたら大変である。
実のところ正義感というより、リィンを動かしたのは恐怖心に近い。
脳裏にはピクリとも動かない森熊型魔獣の姿が未だに残っていたから。
「とは言ったものの…私、全然街に詳しくないんだよね…」
「グゥル?」
「ピピィ?」
イアからペルデの特徴を聞き、普段遊んでいる所を教えてもらいはしたが、言ってしまえばそれだけだった。
人が寄り付かない場所だとか、子供が好きそうな場所だとか、秘密の抜け道だとか…リィンには手がかりになる知識が何もない。
人探しや痕跡探しの魔法も存在はするらしいが、あいにくリィンはその魔法式を知らなかった。
まぁ結局、足で探すしかないのである。ただ、狭くもない街で子供一人を探すとなると、何か取っ掛かりは欲しいものだが。
「うーん、どこを探そう…私が思いつくような所なんて皆がもう探してるだろうし…あ、なら、逆に言えば、探しても見つからないって事自体がヒント…?よし、考え方を変えよう!」
リィンは曲げた指を顎の下に添え、まるで名探偵のような顔を作って目を緩く伏せる。
「そう、これはかくれんぼだ。私は今…えっと、ベルセルさんのお説教から逃げる為に、見つかりにくそうな場所に隠れなくちゃいけない…さて、そのつもりでいい場所を探してみよう」
「グルルーグル?」
「ピィーピ?」
「あ、二人も手伝って!かくれんぼするならどこに隠れる?」
「グル!」
「ピッ!」
ソキウスとウィズは遊びの気配を感じたのか、目をキラキラさせて飛び出していった。
そんな二体に苦笑をこぼし、しかしすぐに真剣な顔つきで歩き出す。
きっと見つけてみせると、顔も知らないペルデに向けて呟きながら白衣の袖を捲った。
茂みの影。
「いない…」
木箱の中。
「うーん、いない」
路地の奥。
「いないなぁ」
木の洞。
「グルルゥ!」
「えーと…いい目の付け所だと思うけど…ちょっと小さすぎるかな」
屋根の上。
「ピィピッピィ!」
「の、登れるかな…?ペルデくん私より小さい子だけど…いや、やってみよう!」
ここでもない、そこでもないと一人と二体が街を歩く事少し。
「まさかダンジョンだったりしないよね?いやでも、それなら誰かが気付くだろうし…この魔力の安定感なら確率は低いかな…」
「グルグゥールゥ!」
「ピーピピィ!」
「ん?これは…ゴミ箱?いや、魔道具ではあるのかな」
ソキウスとウィズが自信満々に見つけたのは、金属製の大きな屑処理型魔具だった。よくあるバケツ型ではなく、コンテナのような形で、取っ手を上に持ち上げて開けるタイプのようだ。
古い物なのかボディは錆だらけで、正直魔道具としてまともに動いているのかは怪しい。まぁ、ただの箱でもゴミ箱としては十分だろうが。
鍵のような物は付いておらず、魔力による認証も無いらしいので、リィンは遠慮なく取っ手に触れる。
「うぐ…これ、重いなぁ…」
「グルル…?」
「大、丈夫…よい、しょっ!」
ギィといやな音を立ててダストボックスが開いた。リィンは胸の高さくらいまであるそれを、身を乗り出すようにして覗き込む。
中は見た目よりリィンの身長一人分くらい深かった。
回収後なのか魔道具として作動後なのか、ゴミ袋の一つもなく中は空っぽ。当然、ペルデもいなかった。
「いないかぁ…」
「ピィ?」
「わ、ちょ、いきなり押さなっ…わ、わ…ひゃあ!?」
「グルッ!?」
自分も確かめたかったのだろう。
リィンの背中に飛び乗ったウィズは軽いものの、その衝撃は足を浮かせて覗き込んでいた彼女がバランスを崩すには十分であった。
慌ててソキウスが手を伸ばすも間に合わず、やむなく自分も飛び込んで彼女を抱え込む。
ドシン、と鈍い音を立てて、ソキウスはダストボックスの底に着地した。
「びっくりしたぁ…ありがとうソキウス」
「グルー!…グゥ!!」
「ピィ…」
「あはは、悪気が無いのは分かってるから、気にしないで。ソキウスもそんなに怒らないであげ……?」
だが、それで終わらなかった。
ピシ、ピシと下から嫌な音が聞こえてくる。まさかとは思いつつ、リィンは警笛を鳴らす本能に従ってソキウスに声をかけようとしたが…時すでに遅し。
「え"」
「グ?」
「ピ?」
ソキウスが上に戻ろうと重心を変えた瞬間、バキっと音を立てて底が抜けたのである。そのままリィン達は重力に抗うこともできず、ポッカリ開いた穴に落ちてしまったのだった。
「そんな事あるぅーーー!?」
「グルルゥーーーーー!?」
「ピィァーーーーー!?」
…
ぶわりと下から吹いた風が落下の勢いを殺す。またしても守られたリィンは、頼もしすぎる相棒と友達をこれでもかと褒め撫で回しながら地面に巡り会えたことに感謝した。
「ソキウスには助けられてばかりだよぅ…頼りない契約者でごめんね」
「グゥ!?グルグゥ!!」
「はわわ…私の相棒がこんなにも良い子…!世界一すぎる…私も頑張るねぇ…!」
「ピィ!ピィ!」
「痛い痛い…分かってるよウィズ。風魔法で助けてくれたの、ちゃんと気付いてる。ウィズも最高の友達ー!本当ありがとう!」
「ピュイ!」
しばらくセラピーがわりにもちゃもちゃし、ようやく現実に戻る決意をしたリィンはソキウスの腕から降りる。
すかさずウィズが頭に乗った。
「それにしても…どこだろうね、ここ」
リィンはぐるりと辺りを見渡してみる。
壁に引っかかっている消えかけの魔力灯だけが光源のためかなり暗いが、どうやら天井も床も壁も岩であるらしい事は分かった。
一見洞窟タイプのダンジョンにも見えるが、それにしては魔力の感じが薄い。それに、特有の"扉"を通る感覚も無かった。
おそらくは現実世界の洞窟か、それに準ずるものと思われる。
(でも、ここの匂い…蝕化魔力ではないけど…黒属性の魔力がそこそこ多いや。魔力も不安定そうだし、魔法は控えたほうがいいかな)
煤に似た焦げ臭さの混ざる香りに鼻の下を擦りつつ、リィンは真上を見上げた。自分が落ちてきたであろう所は暗く、落下する時の衝撃でダストボックスの蓋が閉まってしまったのだろう。
「待って…これ、出られないんじゃ…蓋が閉まってたら助けを呼んでも聞こえないかもだし…」
「グルッ!?」
「ピィピィ!」
「ん?どうしたの、ウィズ」
天井から視線を戻すと、ウィズが暗闇の向こうをじっと見つめていた。
静かに、じっと、部屋の隅っこを見つめる猫みたいに。
どことなく真剣な色を宿す目に声をかけるのも躊躇われて、リィンはピコピコ動くウィズの頭の葉っぱを見ていた。
と、そのとき。
「ーーーっ、ーーーーーー」
「…声?」
微かだが、確かに声が聞こえたのである。啜り泣くような子供の声。
そして、リィンは思い至る。
「これ…もしかして、ペルデくんもここに落ちてたんじゃ…おーい、ペルデくーん?」
「ーーーーっ!?、ぐすっ、ーーーー!」
「聞き取れない、けど…反応してるよね?」
「グルルゥー!」
「ピィピッピィ」
「うん、声の方に向かってみよう!」
リィンはすぐに立ち上がり、壁を探して手をつく。そのまま移動してみれば、壁が途切れている場所…正確には奥に向かって曲がっている場所を見つけた。きっと道だろう。
手を壁に添わせ、リィンは気を付けながらも足早に進んでいく。
「っず、ひぐっ…ぅえ…!」
声は確実に近付いていた。
泣きじゃくるそれに胸が締め付けられるようだ。
「おーい、ペルデくーん、いるー?」
「ぐすっ!ぐすっ、ぅあ…っる……いるぅ!!」
「わ、近い。えっと、まっててね…」
声がすぐそばから聞こえ、リィンはそっと腰を下ろす、そのまま落としたメガネでも探すような手つきで探り…ピクッと跳ねる指に触れた。
「見つけた」
その指を辿り、震える体を抱きしめる。抱き返してきた腕は細く震えていて、けれども絶対に離すもんかと強く強くリィンの白衣を握りしめていた。
「っ、わぁぁぁぁぁぁん!」
「わ、わ、落ち着いてー!えと、よしよし」
「だれも、きてくれな…っ、ずっと、ひとり…ってぇ…!」
「こんな真っ暗で怖かったよね。寂しかったよね。…遅くなっちゃって、ごめんね」
「〜〜っ〜!!」
首を横に振りながらぐりぐりと額を押し付けてくる子供の柔らかい髪を優しく梳く。
落ちたのは怖かったし不運だったけど、おかげで彼を見つけられた。
もしリィンが落ちていなかったらと思うと…ゾッとする。
しばらく好きなだけ泣かせてやり、やがて落ち着いたのかペルデはゆっくりリィンから離れていった。
「大丈夫?」
「…ん」
「怪我とかはしてない?」
「ちょっと膝痛いけど…平気。ところで、あの……誰?」
すっと距離が開く気配にキョトンと目を瞬かせ、ハッとなる。今の自分はペルデにとって不審者でしかない事に気付いたのだ。
「わぁ、そうだよね!?あの、初めまして!今日アイロミナンに来たばっかりのリィンです。あと、相棒のソキウスと友達のウィズ!」
「グルルゥ!」
「ピッピィピィ!」
「イアさん達がキミを探してたから、手伝ってたんだ」
「そう、だったんだ…ありがとう」
「どういたしまして、って言いたいところだけど、まずはここから出ないとだよね」
またちょっと近付いた気配にホッとするも、今一番の問題を思い出してしまった。
「そう言えば、ペルデくんはどこからここに?」
「ずっ…ピザ屋のうしろ。鬼ごっこで、先回りして皆を驚かそうって…そしたら、地面に穴が開いて…」
「落ちちゃった、と…ふふっ私達と同じだね」
ピザ屋の裏手には子供くらいしか通れない細い道があるらしく、ペルデだけの秘密の通路なんだとか。そりゃ彼も彼の落ちた穴も見つからないわけだ。
「うーん、その穴から出られそう?」
「…無理。試したけど…ずびっ」
「そっかぁ…」
「あの、ところで…明かり、無い?…暗いの、その…ぐすっ」
「あ、そ、そうだよね!?えっと明かり…確かオイルランタンが…」
「ダメ!!!」
「ひゃい!?」
いきなりの大きな声に、リィンはその場で小さく飛び上がる。
いやしかし、真っ暗な中で不意討ちはいけないと思うのだ。
「ここってその、たぶん古い坑道なんだ」
「古い坑道?」
「うん。父ちゃんから、ずびびっ、聞いたことある」
鼻声のままのペルデ曰く、アイロミナンの地下には今は破棄され、使われていない坑道がいくつも残っているらしい。ここはその一つではないか、と。
「オレもよくわかんないけど…ガスが出てきたり、どっか崩れたりして捨てられたんだって」
「ガス…なるほど」
「ガスって火に近づけちゃダメなんだろ?」
「ダメだね…ありがとうペルデくん。命拾いしたよ」
「っ、へへっ」
心からの言葉である。リィンは少しだけ背中に冷や汗をかいた。
もし知らずに火打ち石をカチッとやっていたら、大爆発が起きていたかもしれない。
「でもそうなると明かり…」
「あの、お姉さん…魔道具持ってないの?多機能型通信魔具とか」
「タブレット?」
「それのライト機能使えば…」
「ライト機能??」
物凄く呆れた気配を感じ、リィン恥ずかしさに顔を上げられないまま腰のタブレットを取り出し、ペルデに操作方法を素直に聞いた。呆れの気配に憐れみが混ざったのは気のせいであってほしい。
言われた通りにもたもたと弄ると、不思議そうな声で「タブレットってこんなに動作遅いっけ?」とつぶやく声が聞こえる。リィンはちょっぴり悲しくなった。
やがて魔道具はパッと明かりを灯す。
「…わ!明るい…というか眩しいくらいだね…」
「ん、でも…」
光るタブレットの背面でリィンを照らし、ペルデは泣き腫らした目を安堵の熱でふにゃりと溶かす。
「やっと、お姉さんの顔、見れた」
思わず抱きしめたリィンはきっと悪くない。
真似して二人を抱きしめたソキウスは優勝だし、ウィズはその頭に乗って文字通りてっぺんを取っていた。可愛い。
…
ライトに照らされた道は、改めて見るとなるほど確かに坑道だったらしい。
きっちりとくり抜かれた道は岩肌こそむき出しだが人工的なのが見てわかった。
長らく人が入っていないのか酷く空気は淀んでいて、道も歩きやすいとは言い難い。
ボロボロの魔力灯がその道に等間隔でぶら下がり、時折思い出したように光っては消えていった。
魔力は全体的に重く、荒廃した場所であることを感覚的にも教えてくれている。こもった空気と同じように、魔力循環も停滞気味なのかもしれない。
「こっち!!こっちだよ、お姉さん!」
「おっと、と…もう少しゆっくり…というか、本当にこっちで合ってる?」
「大丈夫だって!こっちから風が吹いてるんだ!」
「ピピ…」
「グルル?」
繋いだ手を揺らしながらリィンを引っ張るペルデは、すっかり泣き顔を忘れたようだ。
その事に安堵しつつ、リィンは眉を下げる。
確かに、ペルデの向かう方向から風を感じる。風が吹いているということは、そちらに出口があると考えてもいいのだろう。
しかしそれと同時に流れてくる匂いが問題だった。
焦げ臭さにも似たもったりと重い刺激臭。それが、熟れすぎて腐った果実を思わせる甘ったるい腐敗臭の中から喉を刺激してくる。
とてもではないが、いい予感はさせてくれない香りである。ウィズもなんとなく嫌そうだ。
「お姉さん、ぼーっとしてどうしたんだ?」
「え?ううん…なんでもない!」
「ならいいけど…じゃあ、早く行こ…」
「チィ?」
一歩踏み出そうとしたペルデの目の前に、突如ふわりと精霊が現れた。
色とりどりの鉱石でできた針を持つそれは、黒い身体についた白い目をキュルンと瞬かせながらふわふわと周りを飛んでいる。
「ぎゃあっ!?」
「はわわわ…!鉱毒針鼠型精霊だ!わぁ!可愛い!」
「グルルーゥ!」
「ピピィーピィ」
「チチィ?」
「ツンツン」
「チュー」
「チュチュ」
「あれ?」
リィンが瞳を煌めかせたのも束の間。
二体、三体、四体…と、どんどんポリュミニエーリが寄ってきたではないか。
何事かと首を傾げるリィンの横で、ペルデが飛び退くように尻餅をついた。直後、首でも絞められたかのような声で細い悲鳴を上げる。
「ヒッ……!」
「ペルデくん?」
「あ、あ、あ…あれ!」
「あれ、って……わぁっ…!」
彼が顔を青ざめさせ、震える指で示した先。
そこには何と…
「「チュー!」」
「「ツンツンチィ」」
「「チィ?」」
「チュ?」
「ヂヂッ」
小空間を埋め尽くすほどの大小様々なポリュミニエーリが群生していたのである。
ぼんやり光る鉱石結晶の剣山がそこかしこから顔を出し、空間を彩っていた。
リィンは感動で頬を上気させつつ、リュックからバンダナを三枚取り出して一枚を素早くウィズに巻いてあげる。
やはり、感じた不快臭は毒の類…というより黒属性魔力だったのだと確信したからだ。
おそらく、この坑道に元々満ちていた黒属性魔力につられてポリュミニエーリが住み着いたのだろう。
「ペルデくん、取り敢えずこれで口を覆って」
ポリュミニエーリの針となっている鉱石は周囲の黒属性魔力を固めて作られた結晶であり、要するに有毒である。
結晶に触れた水や手を舐めるのはの勿論、削れた粉末を吸い込むのも厳禁だ。
「…るな」
「え?」
「近寄るな!!!」
「わ!?」
「チュ?」
「近寄るなよ!!悪い精霊め!!」
「チィ…?」
「え?あの、ペルデくん?」
リィンが振り払われたわけではない。
ペルデは近くを浮遊するポリュミニエーリに腕を振り上げ、敵意剥き出しで追い払おうとしていた。
精霊達が微かにざわついたのを感じ、彼の視線を遮るために間に入る。ここで精霊の機嫌を損ねるのはまずい。
「どうしたの、いきなり…?あの子達はまだ何もしてきてないよ?」
「何言ってんだよお姉さん!そいつら、黒属性だろ!?」
「え?うん、そうだね?」
「じゃあ、危険じゃんか!黒属性はみんな、悪いヤツなんだぞ!!」
自分とベルデにバンダナを巻いたリィンは、ポカンと動きを止めた。ペルデの言葉を飲み込めなかったのだ。
黒属性イコール悪、という方程式が彼女の中で微塵も成り立たなかったから。
「違うよ。それは、絶対違う」
「違わないよ!だってパパやママや皆言ってるもん!黒属性の魔力は悪いものなんだって!!だから黒属性の魔獣も精霊も悪いものなんだって!」
「うーん…」
これは根が深そうだな、とリィンは口をつぐむ。
言い争ったところで、彼が信頼しているだろう大人達の言葉をポッと出の自分が覆せるとは思えなかった。
(ハシリさんもそうだったけど…カタルシアって黒属性の子達にちょっと当たり強いよね?黒属性の雨が降るからなのかな?そりゃ、黒属性の魔力は怖いものだけど…)
毛を逆立ててポリュミニエーリを睨みつけるペルデに吐息を零し、リィンは一歩前に進む。
縋るように白衣をつかむ手を、今ばかりは無視するように。
「お姉さ…」
「ごめんね、ポリュミニエーリ。あなた達の住処にいきなり入り込んで」
「チュー」
「チチィ」
リィンは自分がベルセルのように口達者とは思っていない。
だから、手っ取り早く行動で示す事にした。
「あのね、私達ここから出たいけど道が分からないんだ。よかったら…力を貸してくれないかな?」
「何言ってんのさお姉さん!こいつらがそんな事するわけ…」
「ヂ!…ヂィーヂュイ!!」
「「「チチィ」」」
「……え?」
小空間にいた精霊達が一番立派な鉱石を背負ったポリュミニエーリの一声で一斉に動き出す。
一団はふわふわと宙を歩きながら、いくつもある横道の一つに流れ込んでいった。
「追いかけてみよう、ね?」
「え?いや、今のうちに別の…」
「騙されたと思って、ほらほら!」
「わぁ!?」
「グルールル!」
「ピピィー!」
今まで引っ張られていた手を、今度は逆に彼女が引く。
最初こそ小さな抵抗はあったが、すぐに諦めたのか、ペルデは素直に手を引かれてくれた。
そして、真っ暗な横道に入ってすぐ、二人は言葉を失う。
「わぁ………!」
「っ!?」
そこには今までの薄暗く辛気臭い坑道ではなく、光のトンネルがあった。
乱反射する光の揺らぎは、夜空の星に似ている。
「なに、これ…」
「ふふっ、よく見てご覧」
「…まさか、ポリュミニエーリ?」
そう、この幻想的な世界は、丸まって岩肌の天井や横に張り付いたポリュミニエーリ達が一斉にキラキラと光る事で作られていたのだ。それはまるで銀河のように、或いは道標のように奥へと続いていく。
ペルデの顔から強張りが消え、次いでただただ子供らしい好奇が彩った。
リィンに手を引かれずとも一歩足を踏み出せば、二歩目には少しの戸惑いもない。
「すごい…すごい、すごい!」
「本当に!星空の中を歩いてるみたいだね…!」
「「綺麗…!」」
ポリュミニエーリ達が嬉しそうにチカチカと光を揺らした。
二人は他に道があるかどうかすらも気にならないまま、トンネルを進んで行く。
「…この子達の結晶はね。周りの黒属性魔力を集めて出来てるの」
「周りの、魔力…?」
「つまり…うーん?食べてくれてる、って考えていいよ。ベルデくん、ご飯って食べたらどうなる?」
「な、無くなる…?」
「そう!精霊にその気は無いだろうけど…ポリュミニエーリはね、場所とか地域によっては黒属性魔力の掃除屋さんとも言われるんだよ」
「それって、良いこと、なんじゃ…」
リィンは答えなかった。その答えは彼女が出すものではない。
ベルデはそこから静かに、キラキラした精霊を眺めていた。
「ヂュイ」
「壁…えっと、ここを壊せばいいの?」
「ヂ!」
「ソキウス、お願い」
「グゥルル!」
やがて、一番立派なポリュミニエーリ示した壁を壊すと、目の前にポリュミニエーリ達のそれとは違う光が見え始め…空気が、視界が、パッと晴れた。
「……」
「……」
未だ夢見心地のリィンだったが、幾度かの瞬きの後、目の前の光景が頭に入ってくる。
岩肌の代わりに低い曇天の浮かぶ天井。遠くに聞こえるペルデを探す声。
「外、だ」
紛れもなくここは、坑道の外であった。
「出れた…出れたよペルデくん!!」
「あ、あぁ…っ、ゔん!!」
「グルルー!」
「ピィピー!」
途端、ペルデから遠のいていた筈の涙が溢れ出る。けれどもこれは、胸を締めつける悲しみではなく、安堵と喜色に濡れていた。
「あ…」
「ありゃ…外は嫌いみたいだね」
ふと彼は振り向き、坑道の奥へと帰っていくポリュミニエーリ達を見つめる。
そこに敵意はなく、困惑と後悔で揺れていた。
「…どうしてあいつら、助けてくれたんだろ」
「うーん、あの子達が優しかったからかな」
「なにそれ」
「そのままだよ」
リィンはくすくすと笑う。
最初から精霊達に敵意はなかった。自分達の住処に部外者が侵入したのに、だ。
それに、言葉が聞こえたわけではないが、どうしたの?大丈夫?とこちらを伺っていたように思う。
たとえあの瞬間の気まぐれだとしても、そんな精霊達を優しいと言わず何と言おうか。
「あの、さ、綺麗だったな…」
「そうだね」
「…いいやつら、だったな」
「うん、優しい子たちだった」
「…普通の、普通の、精霊だった。いつも遊んでる、近所の小石型精霊みたいな」
「そりゃそうだよ。あの子達も、普通の精霊なんだから」
「…っ」
ペルデは何かを堪えるようにぐっと唇を噛み、ポリュミニエーリの消えた暗闇を澄んだ瞳で見つめる。
「っ、ありがとう!!あと、ごめん!お前達は、悪い精霊じゃなかった!!っ、ごめん!!」
声が届いたのかはわからないけれど、暗闇の奥で楽しそうな光が弾けたように見えた。
「なぁ、お姉さん」
「ん?」
「いつか、オレ…あいつらと、改めて友達になりたい」
「うん!うん!すごく素敵だと思う!あ、でも沢山勉強しなくちゃだよ?黒属性の子達と付き合っていくには知識が必要なの。お互いが安全であるために!」
「…やっぱり黒属性って危険なの?」
「逆に、危険じゃない生き物っていないんじゃないかな?キミがさっき言ってた小石型精霊だって、人間にぶつかれば骨を粉々にするくらいはできるでしょ?怒らせるなって口酸っぱく言われてない?」
「それは…確かに」
「魔法を使われたらもっと怖いよ。でも、キミと遊んでる子はそんな事しないでしょ?」
「しない!」
「そう!結局は相手次第で、接するこちらの態度次第って事なのです!」
お姉さん風を吹かせて胸を張り、人差し指で鼻の下をこする。
「くしゅん!」とくしゃみしたリィンに、ペルデはケラケラと笑った。
「おーい!ペルデーー!」
「どこー?」
「でてこいよー!おーい!」
「あ、いけね!」
「皆にただいまって言わなきゃだね!」
リィンとペルデは顔を見合わせ、手を繋いで皆の声を頼りに駆けていく。
我慢していた空が、ポツポツと涙を流し始める。
そんな中、迷子の子供は母親と父親の腕に飛び込み…街は優しい夜を迎えたのだった。
…
さぁさぁさぁ、さぁさぁさぁ。
ポツポツ、ポツポツ、ぴちゃん。
不思議な事に、あれだけ不穏な空から降っても雨はリィンの知る雨の音を躍らせる。
そのちぐはぐさが気になって、何度も外の魔力街灯が反射する雨粒を確認してしまっていた。
「グゥル」
「あはは…落ち着きがないって?」
「ピィ」
「はいはい、手を止めずにブラッシングしますぅ。かゆい所はございませんかー?」
こうしてのんびり出来た時間は、思えば実習が始まってからほとんど無かったように思う。
ホテル暮らしをしていたフォレスタでも、最初の日は突然決まった昇格試験の準備をしていたし、それ以降はトラブルによる疲労と汚染の後遺症で理想の休息とは言い難かったから。
大切な相棒に優しくブラシを通していく。
日々綺麗に整えているつもりでも、所詮はつもりでしか無かった事が思い知らされた。だって今、見たことないくらいツヤツヤだもの。
「ペルデくん、帰れて本当に良かったよね」
「グルゥル」
「それに、黒属性への苦手意識も減ったみたい…ふふっ」
「ピィ?」
あの後、家族や街の人達に揉みくちゃにされたペルデは、自慢げに小さな冒険譚を語っていた。
そこでポリュミニエーリの名前が出た時、彼の両親を始め多くの人々がざわついたが…ペルデがそれはそれは綺麗な星の回廊だったのだと目を輝かせて語るものだから、皆呆気にとられていたものだ。
更には、いつかポリュミニエーリ達と友達になると豪語し、あいつらいじめたら許さないからと睨みまで利かせていたのだから。
「その後、私の言葉まるまる真似して演説するんだもん、恥ずかしかったよ…」
「グルルゥー!」
「ピッピィ」
「…でもこれで、ほんの少しでも偏見が減ったら嬉しいな」
小さすぎる出来事だけど、0と1なら1のほうがいいに決まってる。
正義感でも使命感でもなくて、何もしないより、する方がリィンの気持ちがマシなだけ。でもそれで何かが変わればいいなとは、期待してしまう。
「さーて、雨はいつ止むだろうねぇ」
「グゥ」
「ピィ!」
「ふふっ、そうだね。のんびりするのもいいけど…やっぱり次の旅路が楽しみだから」
明日天気になぁれ。
しとしと、しとしと、とありふれた雨音が響く。
けれども、地面で跳ねたその雨から黒い霧状の魔力が立ちのぼり、触れた草木が枯れていくのを窓越しに見つめ、リィンは歪な世界に眉尻を下げたのだった。




