20.アイロミナン
「凄い…凄かった…!今のが瞬間移動!?なんだろう、グニャって魔力が歪んだと思ったらもうここにいたけど…自分が"どっち"なのか一瞬分からなくなって、でもすぐに安定したというか…うーん、ダンジョンに入った時に近いけど、それより酔う感じが強いなぁ。思ったより優しくない!」
「グゥル…」
「ピィ…」
「わ、分かったよ!ごめんごめん、落ち着きます…」
リィンの様子から分かるように、彼女は初めての瞬間移動をそれはそれは楽しんだ。一瞬であったが。
ごめんと言いつつメモを書く手が止まらないので、ソキウスとウィズは呆れ顔である。
ちなみに、リィンの感覚はあながち間違いではない。
カタルシアの瞬間的移動魔具は、指定した魔道具どうしを繋ぐ空間捻転魔法を発動させるのだが…これだけだと、魔法をまたぐ一瞬だけ発動者が同一時空の二点に存在する瞬間が発生してしまうのだ。
『中』という文字の真ん中の棒を魔法の作った扉とするとイメージが分かりやすいだろうか。
ダンジョンと現実世界や、ダンジョンの階層から階層のようにレイヤーの分かれた完全な別時空を行き来するなら問題はないが、そうでなければ存在が増殖してしまうようなものだ。
故に、入り口側の魔道具がその一瞬に対し、"ここには何も無かった"という事象の書き換えを行うのである。
と、そんな豆知識はともかく。
メモを終えたリィンは白衣の袖をきっちり捲り、辺りを見渡した。
「さてと、テレポートの出口についたのはいいけど…ここはどこなのかな?」
出口は入口側と違って洞窟ではなく、この魔道具しか置いていない殺風景な建物の中。
係員や警備員を探すも無人で、仕方なしに建物から出てみることにする。怒られることはないだろう。
鉄板の階段を降り、コンクリート製の床を踏み鳴らし…やがて、自動ドアの向こう側から流れ込んだ空気にリィンはスンと鼻を鳴らしながら目を輝かせる。
ふくよかな茶属性とその奥深くで渦巻くピリッとした赤属性の魔力がそれに乗り、少しだけ喉がざらつく感覚。
埃っぽく生ぬるい風が、土と少しの鉄錆の香りをまとって通り過ぎた。草木とは違う、けれども冷たくはない硬さと重さを持った匂いだ。ただ、奥底にはフィオーレと同じで刺激臭と停滞した香りが潜んでいる気がする。
(これが新しい旅先の空気…!)
香りに誘われるまま足を進めれば、どうやらこの出口はかなり高い所にあるらしく、眼下に広がる街をほぼ一望できた。
まず目に入るのは、四方を囲むゴツゴツした岩肌。まるで岩山の一部を四角くくり抜き、その中に街が築かれているようだ。
街は半分が高台、半分が低地になっており、二つの間には板だけが上下している魔道具が見える。
「リフトに見えるけど…吊ってるわけでもないし、横にも下にも何もないや。さっきのテレポートもそうだけど、魔道具って本当に凄いねぇ」
「グルルゥ!」
「ピピィ!」
高台側は住宅街なのか、ツルリとした金属の輝きを放つ家々が並んでいる。岩肌との質感の対比が絶妙だ。
見た目こそコンテナを組み合わせたような簡素なものばかりだが、無骨という雰囲気ではなく、むしろ無駄を省いたスマートさを感じさせる。
背が高い建物はほとんどなく、大体は3階建てくらいだろうか。
唯一背が高い建物といえば、街の奥にある塔のようなもの。
見ただけではその用途は分からないが、塔の周りには大量の幻影魔法による画面が浮かび、絶えず移り変わる数字やグラフが踊っている。
「あの感じはフォレスタと同じだね。でも、表示してる内容は全然違う…街の個性って感じ?」
「ピッピィ!」
低地側のほとんどはポッカリと口を空けたすり鉢状の深い穴で、その周囲や斜面に家と呼ぶには小さな小屋や大量の起重機型魔具、チカチカ光の明滅する魔道具が並んでいた。真っ白な煙を吐き出す換気塔もちらほら見える。
そして、何より特徴的なのは街中に張り巡らされた魔道具…帯式運搬機型魔具だろう。フォレスタの空中回廊に取って代わったみたいだが、こちらは人ではなく鉱石や宝石、魔石などを運んでいるようだ。
「カゴいっぱいにキラキラしたものが…あれだけで一体いくらになるんだろう…」
「グルゥ?」
さすがカタルシアの都市と言える、ただ自然をくり抜いただけの鉱山都市と言うにはあまりにも発展しすぎた街。リィンのいる場所から見たら、回路基板のように精密な見た目をしていた。
彼女は慣れたようにリュックからメモとペンを取り出し、見えるものをスケッチしていく。いつも通り、自分が思ったままの感想も入れて。
「おや、こりゃー珍しい!」
「え!?」
不意に聞こえた声に肩を跳ねさせ、キョロキョロと視線を動かすと、下から「こっちだこっち!」と呼ぶ声がする。
手摺から身を乗り出して覗き込むと、魔道具であろうゴツいツルハシを担いだお姉さんがヘルメットを上げ、ニッと人懐こく笑っていた。第一街人発見だ。
「こ、こんにちはー!」
「グゥルー!」
「ピィー!」
「おー!わはは、元気でいいねぇ!でもま、この距離で話すのきちぃから、取り敢えず降りといでよ!コホッ」
「降り…あ、これか」
街を見るのに夢中で気づかなかったが、建物から出てすぐ横に四角い板がある。見た目はあのリフト型の魔道具と同じなので、おそらくこれで昇り降りするのだろう。
まだ魔道具慣れしていないのでちょっぴり怖いが、リィンは「女は度胸!」と目を瞑って飛び乗った。
魔道具は、フゥンと軽い起動音を立ててしばらく魔力を巡らせた後、ゆっくり下に降りていく。
その動きは滑らかで、振動の一つもない。
リィンが目を開けた頃には、何の問題もなく地上に辿り着いていた。
「わはは!なんだおチビ、昇降板型魔具が怖かったのか?」
「す、少しだけ…でもすごく安定してました…」
「そりゃあな!毎日しつこいくらい点検してんだから」
「なるほど…あ、えと…」
「ああ!コホッ、まずは自己紹介だよな!アタシはイアってんだ!見ての通りの穴掘りもぐらだよ」
「わ、私はリィンっていいます。セントール学園の二年生で、実習中です」
「おー!もうそんな時期か!にしても、学生たぁ驚きだな。わざわざテレポートを使ってまでこの街に来るなんざ、物好きか環境調査官くらいだぜ?」
「そうなんですか?こんなに面白そうな街なのに…」
「わははは!嬉しいこといってくれんねぇ!…取り敢えず、ようこそって言っておこうか!スチームンド自治区の玄関口、アイロミナンへ!」
アイロミナン、それが街の名前らしい。リィンはワクワクとした胸の内を隠すこともなく、満面の笑みで「お邪魔します!」と答えたのである。
…
「はぇ〜フォレスタもすごかったけど…ここもすごいなぁ」
「グルルーゥ!」
「ピィ!」
「わはは!よしてよ、あんな大都会と比べられるような街じゃないさ!」
暇だから案内してやると言うイアの熱意に押し切られ、リィンは彼女の案内の元、アイロミナンを散策していた。
フォレスタように服屋やオシャレなカフェなどは多くないが、その代わりレストランや軽食屋が目立つように見える。
「アタシらみたいなのは体が資本!いい体はいい食事からってね!だからこの街にゃ飯屋が沢山あるんだよ!」
「なるほど!…うぅ、全方位から美味しそうな香りがするぅ」
「グルル…」
「ピピィ…」
言ったそばからリィンのお腹が空腹を訴えた。顔を赤くする彼女にイアがカラカラと笑う。
「わははは!作業しながら食えるようにってもんも多いから、歩きながら食えばいいさ!そこのホットドッグなんか、アタシのお気に入りだし、そっちの串焼きも…」
「ゆ、誘惑が多い…!太りそう…」
「わははは!太れ太れ!…コホッ」
「なんてこと言うんですか!もう!」
取り敢えずホットドッグだけを片手に、リィンはなるべく鼻をくすぐる匂いを無視するよう努めた。
こんな所で鼻の良さが仇となるとは。
「あれ?あの店は…」
「コホッ…お、見てみる?アタシの知り合いの店なんだ」
目にとまったのは小ぢんまりした狭い店。客の姿は全くなく、店主すら暇を持て余して新聞を顔に乗せて天井を向いている。
店に置かれているのはショーケースと、その中で圧倒的な魔力を煌めかせる石だけ。
「未加工の魔塊石だ…すごい、綺麗」
「んぁ…あ?お客さん?」
「あ、お邪魔してます」
「ん、どうも。好きに見てって。コホッ、冷やかしでもいい」
リィンは曖昧に笑う。そんなつもりはなかったのだが、掲示された値段を見るととてもではないが買えそうにないので、結果的に冷やかしになってしまいそうだ。
魔塊石は、単一属性のみが固まって出来る魔石と違い、色々な属性の魔力が混ざり合った石である。
魔石のように魔法式を入れる事は出来ないが、魔力を入れて蓄えておくことが出来るのだ。ちょっとした加工は必要だが。
その性質を利用して、魔道具の部品や緊急時の魔力回復用ツールとして使われている。
「はぇ〜、故郷でも未加工品は見た事ありますけど…こんなに綺麗なのは初めてかもしれません」
「アタシはキラキラしたモンに興味はないけど…コホッ、知る人ぞ知る店って感じなんだよな、ここ」
「そう。ごくたまに物好きが買い占めてく」
「いいじゃねぇか、普段は閑古鳥なんだからよ」
「まぁ、普段はよその街に流してるから。ここが閑古鳥でも別に…コホッ」
「わはは!展示会かよ」
「卸せないほど魔力密度が高いのだけ置いてるから、間違ってはない」
この店全体に漂っている濃密な魔力はどうやら、すべて魔塊石のものらしかった。
高密度の魔力が石をこんなにも煌めかせているのだろう。
「魔力密度が高いと問題があるんですか?」
「ん。加工難易度が跳ね上がる」
魔塊石の加工とは、中に入っている元の魔力を抜く作業の事だ。もとの魔力を抜いて出来た空洞に自分や契約精霊などの魔力を蓄え、必要な時に取り出すのである。
魔法薬による魔力回復より即効性があり、かつ繰り返し使えるのが利点だ。
「ほら、おチビも経験あるだろ?ギッチギチに詰まった本棚から本が抜けなくなった事とか」
「とてもありますね」
「それと一緒さ。魔力密度が高いとそりゃもう、魔力抜きが面倒くさいらしいよ」
「ん。コホッ、しかも、苦労して加工しても、普通の魔塊石と効果は同じ」
「つまり余計な労力と金がかかるだけ。そりゃ、まともには売れんさ」
「なるほど…勉強になります…!」
二人の話をメモに取りつつ、リィンは一つ一つの石を見て、自分の見慣れた石との違いを観察していく。
見れば見るほど、石の中で脈打つ力の違いがよくわかった。
「ピィ?」
「グゥルル?」
「ん?なぁに、二人とも。興味ある?」
リィンがじっと眺めているからか、ソキウスもウィズも気になって首を傾げている。
とはいえ、興味があるかと問われればそうでもなさそうだ。
ただ、リィンが見ているから気になるだけなのだろう。
「買ってく?」
「え!?あ、いえ…遠慮しておきますぅ…」
「わはは!残念だったなぁ、売り損ねて!」
「コホッ。冗談。元々、子供に売る品でもない」
「なんかすみません…本当に冷やかしになっちゃって…」
「いい。悪気無いの、最初から分かってた」
「むしろこいつ、純粋に目ぇキラキラさせてるおチビを見て喜んでたよ!コホッ」
「そう、なんですか?」
「ん。ジブンが見つけた子たちを、欲望とか汚い感情抜きに見てくれるのは…嬉しい」
そういうものなのか?と目を瞬かせるリィンはまだ幼く、店主の感情が分かるとは言えないが、それでも嬉しいと語る声と瞳に嘘がないことは察せる。
「私の方こそ、見学させていただいてありがとうございました!」
なので、ただ素直にお礼を口にしたのだった。
一番小さい魔塊石くらいなら頑張ってお金を貯めればいつか買えそうなので、そのうち母へのプレゼントにしよう…なんて事をちょっぴり考えながら。
「さぁて、次はどこに行くかねぇ」
「あの、今更ですけど…アイロミナンってどんな街なんですか?」
「わはは!本当に今更だね!しっかし、どんな街、か…よし!おチビ、こっちについてきな」
「え、は、はい!」
…
イアに連れてこられた場所は、高台と低地の境目であった。
ここから見下ろすと低地の様子がとても良く見える。
遠くからでは見えなかったが、どうやらここには巨大な大穴だけでなく、小さな横穴があちこちにあるらしかった。
人や魔獣に精霊、魔道具やベルトコンベアがそこかしこから出入りしている。まるで…
「アリの巣みてーだろ」
「えっと…」
「わはは!気にすんなよ!アタシら皆自分でそう思ってんだから。…ここ、アイロミナンは見ての通りの採掘場だ。魔鉱資源は勿論、鉄鋼資源や金属資源を採掘して、必要な所に流してくのが街全体のお仕事ってやつだな!」
「魔金属とか鉄とかを作ってる…ってことですか?」
「やーそれは違うな。コホッ、製錬とか製鉄とかするのは別の街。ここはいわゆる、原材料の産出地にすぎねぇよ」
つまり、鉄や金属の元になるものを採掘し、それを加工所のある他の街などに売ることで成り立っている街、ということらしい。
「上辺は繕っても、見ての通り街は穴だらけ。鉱山で仕事するやつばっかだからオシャレなんて無縁で、どいつもこいつも汚いし、ガサツでむさ苦しい。娯楽施設もろくにないし、自販型魔具に並ぶのも水とエナドリばっか…そーゆー街だよここは」
「それは…」
リィンはぶっきらぼうに言い放つイアを見て、そっと目を細めた。
「それは、いい街ですね」
「はいぃ?」
「だって、それって、誰もが一生懸命って事じゃないですか?悪いことじゃないと思います」
当たり前なくらい日々煤だらけ泥だらけになるのは、毎日手を抜かずに仕事をしているから。
娯楽施設がないのは、休みの日は疲れすぎて泥のように眠ってしまって、遊ぶどころではないから。
街を歩いている間もすれ違う人々は皆勤勉で、何かしらの作業をし続けていて、けれども誰も暗い顔なんてしていなかった。むしろ、笑ってすらいる。
だかりここは、頑張り屋さんの街なのだなと、リィンはそう思ったのだ。
「それに、あれ」
「はん?魔獣や精霊がどうした」
リィンが見つめた先には、イアの言う通り仕事を手伝う生き物達が見える。
大猿型魔獣が力強い腕で荷を運び、小人型精霊が小型飛行魔具と共に壊れた屋根を器用に修理して、舞踏猫型魔獣がダンスのステップを踏みながら鉱石を運び…あ、転んだ。
象型魔獣が強靭な長鼻と太い足で邪魔な岩を砕き、ベルトコンベアでは宝石擬態型精霊が自分と同じようにキラキラしている宝石を吟味して仕分けている…つまみ食いは見なかったことにしよう。
そんな生き物達を鉱夫達は労い、休息を共にし、身振り手振りで互いの想いを伝えようと努力し、一緒に怒られ、一緒に笑って…
街中でもそうだ。建物を直す精霊に当たり前にお礼を言う奥さま、魔獣の使っていた道具を直してあげる若者、無邪気に挨拶をする子供たち…
生き物達もイヤイヤ働いているのではなく、むしろ楽しそうに、誇らしげに、胸を張って活動している。
それはリィンの故郷と似た、隣人達と協力し合う街といった感じだった。
便利なものが揃っているカタルシアの中でも、ここの人々は魔獣や精霊との結びつきが強いのだろう。
「魔獣や精霊達が、ここはいい街だって全身で言ってます!」
「グルルゥ!」
「ピピッ!」
「…わはは!おチビの感性は不思議ちゃんだな!」
「あわわわ…そんなに撫でないで…目が、目が回りますぅ…!」
「コホッ、でも、そうだな!嬉しいもんだな…こんな街でも褒められるとさ!わはは!」
頭をぐしゃぐしゃのボサボサにされたのは遺憾だが、イアが嬉しそうにニッカリと笑うので、まあいいかとリィンは眉を下げながら微笑んだ。
尚、ウィズはソキウスの頭に避難済みである。ちゃっかりしている。
と、気が緩んだからだろうか。
リィンは空腹になるからとなるべく意識しないように戒めていた鼻をすんと鳴らし、空を見た。
長らく放置していた倉庫を開けたような埃っぽくも懐かしさのある香りが、湿った重い香りの中で泳いでいる。更にそこに明らかな存在感で混ざっているのは…出来れば思い出したくもない腐臭と刺激臭ではないだろうか。
先程までは確かに晴れていたはずの空は、炭を混ぜたようにどんよりと暗く、空であるのに粘ついて見えた。
「…雨の香り?でも、混ざってるこれって…」
「おー、こりゃ降りそうだなぁ。そういやおチビ、実習生って言ってたよな?なら、目指してんのはインダスティオか?」
「はい。一応目的地はそうです」
インダスティオとはスチームンド自治区で一番大きいと言われる街だ。
フォレスタと同じようにギルドを有する主要都市でもあるし、リィンの目的である御神木の跡地がある街でもあった。
「そうか、なら…残念だけど今日明日は足止めだね」
「え?何かあったんですか?」
「コホッ、あったんじゃなく、今から降るのさ」
「降るって…もしかして、雨?」
「おいおい、まさか知らないのか?"カタルシアの涙"だよ」
ラクリモサ、雨、そのワードで思い出す。
ハシリと、不本意ながらシャフトによって教えてもらったフィオーレの歴史。その中に出てきた物騒な現象の事を。
ダンジョンの中で見た、あの雨を。
「黒属性の雨…」
この地方に降るという黒属性の雨、それを二人は"カタルシアの涙"と呼んでいた。
「そー、それ!だから、雨が止むまではこの街に泊まっときな。道の途中で浴びる羽目になったら大変だろ。一回降ればしばらくは大丈夫だからさ」
リィンの収納型魔具には、フィオーレで使った中和薬の残りがたんまりと入っている。ベルセルがそのまま持っていくようにと詰め込んだので。
それでも、黒属性の雨と称されるものを好き好んで浴びたくはない。
「…宿屋って、ありますかね」
「わはは!いいとこ紹介してやるよ」
そんなわけでリィン、スチームンド自治区に入って早々、足止めである。旅とはそんなものだ。
と、踵を返そうとした彼女の目にあるものが留まる。
(…あれ?なんだろう。穴の中心に…お墓?花が供えてある)
「あん?何見て…あぁ、慰霊碑だよ」
「慰霊碑…?」
「鉱山にゃ事故がつきものなんだ。…さ、そんなもん見てないで早いとこ宿に行くぞ」
イアの表情に一瞬影がさした。それはすぐに笑みに隠されてしまったが…リィンは知っている。
あの目は…痛みを堪える目だと。
(鉱山の事故、か…)
遠くからで申し訳ないと思いつつ、リィンは慰霊碑に手を合わせる。
隣で不思議そうに真似をするソキウスが、今日も今日とて可愛かった。
…
ただでさえ曇天で暗かった街は、陽が沈むにつれて一足先に夜になったみたいだ。まだ日没の時間ではないはずだが、街の街灯は既に灯りをつけている。
幸い、まだ雨音は聞こえないが。
「…よし、これは一先ずこんな感じかな。フィオーレ自治区のレポートも下書きは纏まったし…」
「グルールゥ」
「はぁ…ハシリさんに、あの歴史は一から十まで書いていいって言われたけど…書いてる自分が辛くなるよぅ」
「ピピィ?」
「あ、こら、散らかさないの」
リィンは外の様子を気にしつつ、借りた部屋でメモやスケッチの整理、レポートの作成に励んでいた。
こういう時でもないと中々出来ないので、この足止めにも意味はあったと言える。
集中力が切れたところで、ベッドでゴロゴロしながら遊んでいたソキウス達を撫でつつ今日を振り返った。
そこでふと、ずっと気になっていた事を思い出す。
「アイロミナンの人達、イアさんも魔塊石の店主さんも皆咳してたけど…大丈夫なのかな?」
そう、この街に来てからコホッという乾いた咳がよく聞こえてきたのだ。
イアだけなら風邪や持病かとも思えたが、すれ違う大人の誰もが咳をこぼす。子供や若い人からは聞こえなかったが。
伝染病にしては皆が楽観的過ぎるだろうし…
「空気も別に…あの、蝕化魔力があります!みたいな匂いはないんだよね」
自分も経験した蝕化魔力関連かとも思ったが、それにしては空気や魔力が綺麗すぎた。
草木の香りこそ遠いが、アイロミナンを通り抜ける風はフィオーレと大差ない。カタルシアの香りがするだけだ。
悩んでも仕方がないことと思いつつ、現状手持ち無沙汰な彼女はゆっくりと思考を回す。
「ーーーーーー!」
「ーーー?ーー」
「ーー!ーー!」
「ーーーー!ーーー?」
「ん?」
思考の淵で緩やかに微睡みに落ちようとしていた意識が覚醒した。
どうも、窓の外が騒がしい。
雨の音ではなく、人の話し声だろうそれは、あちらこちらから聞こえてきた。大勢が何かを話しているらしい。
「グルルー?」
「ピッピィ?」
「なんだか、外が騒がしいみたい…何かあったのかな?」
ソキウスとウィズは顔を見合わせ、片やリィンの隣に、片や頭に陣取った。
自分が何をするか察されていたようで、苦笑するしか無い。
「おーい!おーい!」
「どこだー?でてこーい!」
「返事をしてー!」
リィンが軽く身支度を整えて外へ出ると、窓越しにくぐもっていた人々の声がよく聞こえてきた。
どうにも、何かを探しているようだ。
リィンは右往左往する人々の中に見知った顔を見つけ、迷いなく駆け寄った。
「イアさん!」
「や、おチビ!コホッ、どしたの?」
「こっちの台詞ですよ。何かあったんですか?」
「あー、そっか!騒ぎで起こしちゃった感じか!わはは!」
「寝てはいませんでしたけど…」
「いやね、大通りのレストラン…そこの一人息子くんが行方不明になっちゃったみたいなんだよ」
「行方不明!?」
「グゥルゥ!?」
「ピィ!?」
トラブルの予感である。




