17.誰が為の
これは誰の走馬灯なのだろう。
ー…森が急速に枯れていく。一瞬見たことの無い瑞々しさを見せ、直後ドロリと溶けるように枯れていく。
最早これは、"枯れる"という言葉が合っているのかも分からない。
「そんな…!?一体何が!?」
「魔法薬が、強すぎた…?そんな馬鹿な!?」
「お、おい!?どうした!?何でお前、血を吐いて…」
「ッゴホ!!木の緑属性と土の茶属性が急減に消費されてる!そのせいで…ゴホッ、黒属性の、魔力が…カハッ」
「誰か!!急いで魔道具を止めるんだ!!」
「う、動けな…ぁ」
「…っ!?危ない!!」
「テセウス!?」
人間が己を庇った。木が倒れてきたのだ。人間は木に潰されて、もがいている。しかし、木に潰された下半身はもう…
「すまない…!謝って済む罪では無いが…どうか…」
逃げて、自分達を恨み続けてくれと、人間は笑った。
笑って逝ったのだ。
森の仲間達の多くは人間達に庇われ逃げ遂せた。
人間とは、なんと、愚かなのだろう。
嫌いでもない隣人を、恩人を恨む術を、魔獣と精霊は知らないというのに。…ー
過ぎ去る映像を追って上に伸ばした手に、雫が当たって弾けた。
口から漏れたのは、言葉にもならないうめき声。
声と一緒に体の中身まで出てしまいそうな浮遊感に、リィンは体を丸めた。
ー…ねぇ聞いた?例の噂、と窶れた声が密やかに紡ぐ。
勿論!作物が実る土を作る実験、成功したって!興奮気味の声が弾む。
それが本当なら、こんなに喜ばしい事はない。でもそんな夢のような事が起こるわけ…
「せんせー、みて!たべものできた!!」
「まぁ…!そんな立派な野菜、どこで…」
「ちょびヒゲおじちゃんのはたけ!ぼく、ちょっとだけばしょをかりて、つくってたんだ!」
カゴいっぱいに入った瑞々しく立派な野菜。これだけあれば、孤児院の子供達に行き渡っても尚余る。
聞けば、その農家も大豊作だったらしい。噂は本当だったのだ!
このままいけば、飢えで苦しみながら死ぬ事も、自分すら食べようとする子が出る事も、ない。
あぁ、大精霊さま!御慈悲に感謝を!!
「さぁ、皆、おいしい料理を作りましょう」
「せんせー!魔獣の皆もいいだろ!?パーティーしようぜ!」
「精霊ちゃんもお野菜の魔力食べるかなー?」
「いっぱいとれたから、きんじょのみんなにもおすそわけしてきていい!?」
「ふふ、勿論ですよ。そうだ、炊き出しをやりましょうか」
お腹いっぱい食べることが夢なのだと、そんな悲しすぎる夢を語らせないで済む日が、ようやく訪れるのだ。
そう、思っていたのに。
「…ぁ…ぐっ……!」
「が………!っ…!」
「…なに…こ…ぇ…ど…く……?……」
「……は……ぅ"…ぉえ"」
「くぅん…くぅ…ゴボッ…」
こんなの、あんまりよ。ねぇ、大精霊、さ、ま…ー
リィンは真っ暗な穴をゴウゴウと落ちながら、ボロボロと涙を零す。
暗い世界に映し出されるのは、あまりにも悲惨な走馬灯だった。
「誰も、悪くなんか無かった…!」
そこにあったのは、それぞれの善意。
大人達の、子供達の善意が、ハシリとシャフトが語って聞かせてくれた30年前の悲劇を形作っていたのである。
リィンは辛そうな咳を繰り返しながら、彼女を抱きしめているソキウスの腕の中で胸を掻きむしった。
この苦しさと痛みが蝕化魔力のせいなのか、心のせいなのかは分からない。たぶん、どっちも正解だとリィンの冷静な部分が囁いた。
「グル?」
「…また、映像…?」
ソキウスが鼻をひくつかせて上を見る。リィンもつられて上を見ると、何か、針のようなものが落ちてきて思わず目をギュムッと瞑った。
しかし、映像…というか幻影のようなものなので、当然ながら痛みも感触もない。恐る恐る目を開けて見てみると、それは針などではなく…
「…雨?」
鳥の目線だろうか。空から俯瞰したフィオーレが…涙に沈んでいるみたいだった。
その雨は地面で跳ねると黒く煌めく魔力になって霧散し、触れた植物を枯れさせる。
それがジワジワと広がって、やがて飽和した魔力がタールのような真っ黒い液体へと変化して地面に染み込んでいったのだ。
そんな、底冷えする景色を最後に映像は消える。
代わりに下から微かな光が差した。どうやら出口のようだ。
それは朗報でもあり悲報でもある。この速度で落下したら…いくらソキウスの身体能力があっても無事ではすまないだろう。
リィンは伸ばした袖でグイッと乱雑に涙を拭う。
今は感傷に浸っている場合じゃない。
彼女を突き動かしたのは、テセウスの最後の言葉だ。
"逃げて、自分達を恨み続けてくれ"
「進んで、あなた達を抱え続ける…きっと、それが今を生きる私達の義務だ!」
「グルルゥ!」
「コホッ、だから!ここで負けてなんか!やらないからぁ!」
リィンは収納型魔具からピクニック用にと入れていた巨大な…本当に、何を想定していたのかと思うほど巨大なシートを取り出すと、四隅を紐でくくって腕から放り出す。するとシートはバサリと広がり、さながらパラシュートのように開いた。
「グルルル…!」
「ひぃん…!私が千切れそうかも…!ソキウスお願いだから離さないでねぇ…!」
「グルッ!!」
言われるまでもないとソキウスは鳴き、紐の先を必死に抱え込むリィンをしっかりと腕に囲う。おかげで少し余裕が出来たリィンがあらかじめ持っていた魔石を砕く。
【火炎】
「グゥルーーーゥ!」
最もシンプルな赤属性の火魔法。それがソキウスの口からシートの下部を炙るように放たれた。途端、目に見えて落下速度が減速する。
「ソキウス、そのまま維持…野営できのみを焼いた時を思い出して!ゴホッ」
強すぎたらシートを焼いてしまう。弱すぎたら落下の勢いを殺せない。絶妙な火加減を保ちながら、長いようで短かった闇が下からの光に食われるようにして晴れた。
ドッ!!とソキウスの強靭な足が何とか衝撃に耐える。
痛みはあるし痺れはしたが…砕けてはいない。
「っあ、わ、へぶっ!?」
「グルッ!?」
が、うっかりリィンを落とした。ソキウスにとっては大失態である。
命を救う一助になったシートを邪魔とばかりに放り捨て、ペタペタと怪我の確認をしてくるソキウスを宥めつつ、リィンは落ちた衝撃で打った額の痛みに安堵した。
(よ、よかったぁ…!私達、生きて…)
「いだだだだだだ!!貴様、いい加減にしろ!!」
「ばーーーーーーーーーーーか!!」
「なんてシンプルな罵倒…」
聞こえた騒ぎに涙は引いたし、思わず乾いた笑みを零すことになったが。
…
リィンがつい零したツッコミに、二人の視線がバッと彼女を向いた。
ハシリがブワリと涙を出しながら駆け寄り、ソキウスごと小柄な体いっぱいに使って抱きしめる。
「リ"ィ"ン"ぢゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん"っ!!よが、よかったぁぁぁぁ!!」
「あわわわわ…!」
「チッ…何だ貴様生きてたのか」
「むっ…ピンピンしてますぅ!そういうシャフトさんはボロボロですねぇ?」
「ぐっ…」
怪獣の産声が如く泣き叫ぶハシリを引っ付けながらぷすーっと嘲笑を返せば、包帯まみれのシャフトは憎々しげにリィンを睨みながらも耳まで赤くなった。
そう、シャフトは見るからに満身創痍。魔力糸でできていただろう丈夫な服もワイルドに千切れているし、あちこちに巻かれた包帯には血が滲んでいる。
足元にいくつも転がる回復薬の空ビンを見れば、笑いごとじゃないくらい酷い状態だったのだろう事は想像に容易い。が、先に口撃してきたのはシャフトなのでリィンは遠慮なくつついてやった。
「ズビッ、やー悪者くんさー、私がここについた時にはもう死にかけのボロ雑巾だったんだよねー!一人でボスに突っ込んで行って返り討ちとかおバカさんだよねー」
「うるさいうるさいうるさい!何もかも貴様らのせいだろうが!!」
「はーー?蝕化魔力があんだけ満ちてた所に魔法ぶっ放したおバカのせいだよねー!?」
「ぐっ、そ、それだって貴様らのせいだ!!!」
言い争いを始めた二人をよそに、リィンはキョロキョロといるはずのもう一つの姿を探す。そんな彼女を横目で見たシャフトは盛大な舌打ちとともに立ち上がった。
「あ、ちょ!?何やってんのさー!?まだ傷がー!」
「うるさい構うな!!いくぞヒヨリ!」
「てるるん」
ヒヨリという名前らしい契約精霊を伴って岩場から出ていったシャフトを目で追うと、突如岩場の向こうから土煙がのぼる。
何事かと腰を上げようとして、しかしハシリに阻止された。だが耳を塞ぎたくなるような咆哮が聞こえてしまえば、もう答えのようなものである。
「ゴホッ、ハシリさ…」
「クゥルイーーー!!!」
「ごふっ!?」
凄まじい衝撃を腹に受け、リィンは体をくの字に折った。
背中をソキウスに支えられていたので頭は打たなかったが、その分衝撃も逃がせなかったのでダメージはどっこいである。つまり、とても痛かった。
だが、それだけ心配をかけてしまったのなら…この痛みは受け入れてしかるべきだろう。
リィンは衝撃の元…弾丸よろしく抱きついてきた紫色のしっとりもっちりボディを抱きしめた。
「フラーテル…!」
「クゥ!クゥクゥ!!」
「ゴホッ、あはは、大丈夫。大丈夫だよ。ソキウスがいたから私はほら、元気!」
「グゥル」
「クゥルーイ!」
真剣な顔つきで、短い本体の手をちまちま動かしながらリィンのあちこちを触る様子が先程のソキウスと被り、擽ったさと嬉しさが喉を震わせた。
曰く、フラーテルはずっとハシリと一緒だったらしい。
「そっか…よかっ!?」
〈ガaあぁァぁ亞ぁぁァッッ!!!〉
「グルッ!?」
「「ッ…!」」
もっと互いの無事を喜び合いたかったが、そうは問屋が卸さないとばかりにフロア全体が揺れた。
軋んだ叫び声は土煙の方から轟き、ハシリとフラーテルは忌々しげにそちらを睨みつける。
「もー、大丈夫かな悪者くんー。フラーテルの為に交代したんだろうけどー、無謀だよー!」
「クゥイ」
「ゴホッ、あの…あれってボスの声、ですよね?」
「そー!悪者くんがさっきまで意識吹っ飛ばしてたから、その間私達も戦ってみたんだけど…これが中々倒せなくてさー」
「え、ハシリさん達でもですか!?」
途中、埒が明かないと察したハシリがフラーテルに牽制を任せ、シャフトの治療をしていたらしい。
そしてシャフトは今、病み上がりの身ながらリィンに飛び付きたいだろうフラーテルを慮って戦場に戻った…というのがハシリの見解だ。
「クゥーイ」
「そだねー、リィンちゃんの無事も確認できたしー、私達も本格的にボス討伐に集中しないとー!」
「っわ、私も…っゴホッ、ゴホッ!!」
背中を跳ねさせながら苦しげな咳を繰り返すリィンに、ハシリは足を止めて怪訝そうな目で瞬く。
くるりと方向転換してグイグイとリィンの目の前まで顔を寄せた彼女は、途端呆れを宿しながらぱちこーんとデコピンを繰り出してきた。
「いだっ!?」
「あのねぇーリィンちゃん…薬切れてるよー!この、おバカ二号ーーー!」
「ぇ?あ、だから…ケホッ」
「グルルゥ!?グルーゥ…?」
「クァル!?クゥ、クーイ!」
言われてようやく、面型防侵蝕魔具の中に注入していた中和薬が空である事に気付く。
結晶を手に入れる度にダンジョンを漂う魔力が濃くなっていたので、そのせいかと思っていたが…なるほどどうりで途中から苦しさが跳ね上がったわけだ。
リィンはそっと魔道具に触れる。
面型魔具本来の用途…保護膜の魔法は発動したままだった。なのに薬が無いだけでこれとは、恐ろしい話である。
やはりベルセルは最強助っ人枠だと微笑みながら、心配そうに覗き込むソキウスとフラーテルを撫で…しかしすぐに彼女は顔を強張らせた。
「あのぅ…フラーテル?ベルセルさんには内緒にしててもらえないかな?」
「クゥイ!?」
「そ、そりゃ叱られる覚悟は元々してるけどね?さすがにこの不注意は…ケホッ、怒られる度合いが上がりそうというか…あはは…」
「ク、クゥ…」
フラーテルはそっと目を逸らし、首元の魔道具を触る。
向こうの声は聞こえずともなんとなく伝わってくる怒気に、もう手遅れだろうなぁと察した。
「さてと!リィンちゃんは早く中和薬の補充して、休憩!!私がバッチリとボスの相手するよー!おらーーかかってこいやー!」
〈ガあ"ぁ"ァぁ亞"ぁぁ!!〉
「うるさいぞ貴様!!気が散るだろうが!!!」
「本気出しちゃうからなー!!」
「話を!聞け!!」
大量の魔道具を抱えながら岩場から飛び出していったハシリが、シャフトと共にまた騒ぎ始める。しかしその合間合間に聞こえる破壊音や咆哮、肌を刺激する魔力の揺らぎが、決して気を休ませてくれなかった。
リィンは焦る気持ちに震える手で中和薬を入れなおし、驚くほど楽になった呼吸に深呼吸をした。
「クゥル?」
「グゥルルゥ…」
「心配してくれてありがとう。でも、じっとしていられないから…二人の邪魔はしないよ」
この中で誰よりも弱い自覚はちゃんとある。だからといって割り切れるほど、リィンは大人ではなかった。
岩場から顔を出すと、広い空間が見える。
ご丁寧にダンジョンが設えたフィールドは、リィンの見てきた枯れた森…ではなく、洞窟の広間とでも言えばいいのだろうか。ダンジョンと言われてパッと浮かぶような、ベタな見た目だった。
〈ガaあぁァぁッ!!〉
そこに鎮座するのは、黒いタールを塗りたくったような魔物。少なくともリィンは見たことの無い見た目なので、モデルはカタルシアの固有種だろうか。
そう思って多機能型通信魔具で図鑑を開いたが、当てはまる生き物は見当たらなかった。
気を取り直して改めて観察すると、それは流線型のスライムを思わせる形だが、前面が巨大なハエトリグサのようになっている。要は、こっちに向けてギザギザの口を開けたスライムの魔物だ。
ムチのように腕を伸ばせるらしく、ビタンビタンとしならせながら地面を叩いていた。否、地面にいる何かを叩き潰そうとしていた、が正しい。
魔物の周りでは、四つの影が動き回っていた。
銃のような魔道具を使いこなし、ヒットアンドアウェイでスマートに戦うシャフトと、契約精霊であるキノコを持ったてるてる坊主のような精霊…茸傘晴坊主型精霊のヒヨリ。
拳射出型魔具や小追尾弾型魔具など様々な魔道具を使いこなし、小盾型魔具で攻撃を受け止めすらしているハシリと、契約精霊だろう笹で出来た着物を纏う姫のような精霊…姫笹型精霊のカグヤ。
それぞれがそれぞれの形で魔法を行使し、攻撃を繰り返している。
だが…
(魔法が、効いてない…?)
シャフトの魔道具が放つ光線も、ヒヨリが放った水の刃も、カグヤが生み出した茨も、ハシリの魔道具が飛ばした雷の拳も、全て魔物に傷をつける前に霧散して消えてしまっていた。ハシリが地団駄を踏んでいるのが見える。
「もーー!なにアイツずるいー!」
「余計な体力を使ってる場合か!暴れてる暇があるなら、さっさとアレを倒す手を考えろ!」
「えっらそーに!自分だって思いついてないくせにー」
「うるさい!!」
よくもまあ、あれだけ騒ぎながらも魔物の攻撃をヒョイヒョイと避け、魔道具を駆使して攻撃に転じ、ここぞというタイミングで魔石を砕けるものだ。リィンから見たら異次元である。
ハシリは冒険者すら束ねるギルドのマスターとして、ある程度戦えるのもわかるが…シャフトがあんなに戦えるのは正直意外であった。そんなに筋肉質というか、鍛えているようには見えなかったので。
(まぁ、でも、闇ギルドの構成員が私みたいに貧弱って事はないか…)
リィンは改めて自分の足手まといっぷりを自覚し直してしょっぱい気持ちになりながら、それでも目を逸らさずに戦場をじっと見つめる。
(あの魔物を倒す手、か…戦いじゃ足手まといだけど、考える事は私にも出来るよね)
図鑑に無いナニカを模した魔物。何度二人とその契約精霊が魔法や魔道具を使っても、一つたりとも魔物には届いていない。
「じゃあ、物理は…?」
「クゥーイ…」
リィンの呟きに、フラーテルが首を横に振る。そして長い耳で近場にある岩を持つと、魔物へと投擲してみせた。
シャフトの真横を通過していった剛速球は魔物へと当たり、バチュン!とその体を弾き飛ばす。しかし、やったかと思う間もなく魔物の体は再生してしまった。
「クゥル」
「な、なるほど…」
「おい腹黒ウサギ!!今俺を狙わなかったか!?」
「クゥ?」
「やーいやーい自意識過剰ー!」
「というか、それやロケットパンチとやらで核をぶち抜けないのか!?」
「ざんねーん!悪者くんが寝てる間に何度も試したけどー、核がビュンビュン逃げちゃうんだよねー。肉弾戦もしてみたけど再生が速すぎてさー。同時に体の大部分をふっ飛ばしでもしないと無理無理ー!」
どうやら液体型精霊系統でよく見かける弱点、核が存在するらしい。それを攻撃できればとは思うが、いくらフラーテルに力があっても魔法なしで出来る事には限界がある。ハシリの魔道具も連射には向いていないだろう。
体術ということならソキウスも負けていないが…
「ソキウスとフラーテルの二人がかりならどうかな?」
「グル!」
「…クゥー」
「だ、ダメかぁ…」
「グルゥ…」
ソキウスと共にしょんぼりしつつ、ふとリィンはある事に気付いた。
魔物の体に、何やら細かい粉だとか、バンプランセスのものだろう笹の葉がくっついていたのである。
(そっか、さっき投擲した岩やハシリさんの魔道具もそうだけど…あの魔物、魔法は防ぐけど、そうじゃない物は特に防いだりしない…いや、防げないんだ)
こちらにも反射系や無効化系の魔法は存在するが、対象が物理攻撃か魔法攻撃かで必ず魔法が分かれていた。少なくとも、魔物が扱えるだろう一般の魔法に両方防ぐ魔法は無い。
そもそも物理攻撃に対してあの再生力を発揮出来るのなら、それをわざわざ防ぐなんて考え無いはずだ。
(つまり、そこに隙はある。魔法ではない方法で魔物を吹き飛ばせれば…!)
リィンはクルクルと思考を回した。今まで読み漁ってきた本と、ラントリイの自然の中で学んだ雑学。その全てを漁って方法を探す。
(キノコ、雨、草、光、炎、岩、土…ここにあるもので出来ること…)
戦場のうち、魔道具を使いこなす二人を見てみる。
シャフトの魔道具から出る光線は霧散する。
ハシリの魔道具の拳射出型魔具は、ただの拳なら当たるが、火や水を付与したりすると途端にそれが霧散する。
また、ミサイルや爆弾のような物は総じて霧散していた。おそらく、着火や爆発そのものが魔法だからだ。
次いで精霊達を見つめつつ図鑑のページをもたもたと指で捲り、改めて情報を読み込んだ。
(シャンパラボーはキノコの胞子をばら撒き、そこに青属性の力を注いでキノコを大量発生させる悪戯精霊…バンプランセスは無理難題を相手に押し付け、困った顔を楽しむ悪戯精霊…)
リィンはパチリと瞬いた。そして、淡墨色の瞳を夜空の如く煌めかせる。
あの魔物に効くかどうかは賭けだが、それ自体は成功はするだろう方法を一つ見つけたのだ。
勿論、いくつか条件はあるが…
「ソキウス!皆にお願いしてきてほしい事があるの」
「グル?グールゥ!」
リィンはまっさらなメモに急いでペンを走らせ、ソキウスに託した。自分で行けない情けなさはあるが、戦場のど真ん中で転ぶよりマシだろう。
遠くでメモを見たハシリが了解を伝えるようにニコニコしながら手を振る。シャフトは怪訝な顔でメモを見つめ、心底不満そうな顔をしながら背を向けた。
「ヒヨリ、あの化け物を好きなだけ胞子まみれにしてやれ。今日ばかりはその悪戯を許す」
「てる!!てるてるるーん!」
どうやら協力はしてくれるらしい。リィンはそっと息を吐いた。一番の懸念は彼が手を貸してくれるか否かであったから。
パチンと頬を叩き、リィンは凪いだ瞳で魔物を見据えた。
ムチのような手を振り回し、胞子を鬱陶しそうに払ってはいるが、やはり防いではいない。
ヒヨリはどうやら凄まじい量の胞子を持っているらしく、最早霧というか煙幕状態でもうもうと立ち込めて尚、本精霊はやり足りない様子だ。
と、そこでハシリとフラーテルが動き出す。
「やるよー、カグヤ!フラーテルもいけるー?」
「ササー!」
「クゥルイ!!」
【耐衝壁】
魔物の右側でハシリが白い魔石を砕くのに合わせ、フラーテルは魔物の左から同じ魔法を放つ。すると、透明なアクリルの壁のようなものが魔物の両側から発生した。
空間に対して斜めに作られた大きな壁は、魔物の後ろにあるダンジョンそのものの壁と合わさってちょっとした囲いを作る。
魔物は当然何事かと暴れたが、耐衝壁に阻まれてこちらに来ることも腕を伸ばすこともできなかった。そのかわり闇散弾や闇槍、闇球が無作為に、かつ大量に跳んできたが。
「ひょえ…!」
「ぎゃっ!?おい状況が悪化してるぞ早くなんとかしろ!?っぐ!」
「てるる!?ッる"!?」
「クゥルー…ッ!」
「サ、ササー…!」
「うー、リィンちゃんちょーっとこれ保たない、かも!」
リィンはぎゅっと胸元を握りしめ、細く息を吐いた。
「…よし。やろう、ソキウス。危ない事お願いしちゃったけど…くれぐれも、無理せずにね」
「グゥルー!」
最後のピースは、バッと駆け出したソキウスだ。
否、正確に言えば…
「ソキウス!コツは叩くんじゃなくて削る感じだよ!やっちゃえ!」
「グルルー!」
ソキウスが取り出した物に、リィン以外の一同は仰天した。
「「ひ、火打ち石ぃーー!?」」
「てる?」
「ササー!?」
「クァイ!?」
カチン。
二枚の結界の隙間を縫い、迷わず魔物の懐…粉まみれの空間に飛び込んだソキウスが火打ち石を打ち鳴らす。そして、チッと火花が散った次の瞬間…盛大な爆発が結界を吹き飛ばす勢いで炸裂したのである。
いわゆる、粉塵爆発だ。
フラーテルとカグヤは抑えきれなくなった結界と共に吹き飛ばされ、シャフトはいかにも軽そうなヒヨリを慌てて抱えて地面に伏せる。
ハシリは…タンブルウィードのように転がっていった。楽しそうな声がしたので大丈夫だろう。
ソキウスは元々リィンが魔石を二つ砕き、高速移動と防御向上の魔法を使っていたのでほぼ無傷である。
魔物はといえば、煙の向こうにあの巨大な姿は無く、元に戻ろうと蠢く飛び散った粘液と、地面に転がったリィンの頭くらいの…
「ヒヨリ!」
「カグヤ!」
「「あれをぶっ壊せ!!」」
精霊二体の容赦のない魔法で砕け散ったそれが、おそらく核だったのだろう。つまり…勝ったのだ。
リィンは思わずへたり込み、慌ててすっ飛んできたソキウスに抱え込まれた。
「よ、よかったぁぁぁぁ…あぅ…こ、腰が抜けちゃったや」
「グルゥ!」
「リィンちゃん凄い凄い!あのドッカーーーンって最高だったよ!」
「クゥルイ!」
「サーサ!」
「やー、試験の時も驚かされたけどー、よく思いついたね!」
揉みくちゃにされながらリィンは苦笑する。
昔、お菓子作り中に小麦粉をまき散らし、盛大にやらかした記憶が役に立つとは彼女だって思わなかったので。
「というか、何で火打ち石ー?」
「えっと、それは…魔法の火で着火したら魔法扱いになっちゃうのかもと思って…」
「なるほどー!リィンちゃんてば賢いー!」
「あわわわわ」
ハシリに捏ね回され、髪も服もボサボサにされつつ、リィンはこちらに来ることもなく、静かに立ったままのシャフトを見た。
その目は変わらず真っ直ぐな妄執に囚われたままで、しかしダンジョンに飛ばされる直前のような激情は鳴りを潜めている。
ボス戦が気持ちの発散にはなったのだろう。
「…あの、シャフトさ」
ピピと鳴った音に、シャフトは辛うじて形が残っていたポケットから通信魔具を取り出し、舌打ちを鳴らす。
「時間切れだ。クソッ…結局システムは奪えなかったが、欲しいもんは盗れた。それに、エネルギーも幾らか奪えたからな。予定は狂ったが十分だ。今日のところは引いてやる」
「はー?負け犬がなんかいってらー!」
「うるさい!!誰が負け犬だ!!…チッ、おい貴様!」
「え、私!?」
何故か彼は煽るハシリではなく、リィンに指と強い目を向けた。
「俺は御祖父様の理想を絶対に叶えてみせる。御祖父様の功績についた泥を雪いでみせる。貴様の戯言が正しく戯言でも、仮に真実でも…俺には関係ないんだ」
「…そう、ですか」
リィンはようやく気付く。シャフトの祖父への妄執は、依存ではなく指標なのだ。否、おそらく依存はあった。それを、リィンが突きつけた真実がへし折ったのだ。
そしてこのダンジョンの中で、シャフトは自分の航路を改めて定めたのだろう。
「今日は見逃すが…次は絶対に間引いてやるからな!覚えてろよ!!」
「嫌ですけど…」
「なんっでだよ!!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、彼はボスを倒した事で現れた帰還陣で消えていく。
見逃して大丈夫なのかとハシリを見たが、ひらひらと手を振っているので大丈夫なのだろう。たぶん。
「それにしても…ベタだったなぁ…」
覚えてろよ、なんて…現実で言う人がいるのかという謎の感動が残ってしまったが。
…
「さてと、このダンジョン閉じなきゃねー」
「はい!ええと、ダンジョンの核は…」
「グルルゥ」
ソキウスの示した先を追うと、ボスが居座っていた場所の奥に大きな木が一本そびえており、その虚に輝きが見えた。
近付いてみれば、黒真珠のような、単色の黒ではない不思議な光沢を持つ大きな核が嵌っている。
「クゥーイ?」
「硬そー!これ普通に壊せるのかなー?」
フラーテルの長耳がノックするが、コンコンという音すら鳴らなかった。密度は相当らしい。
核をペタペタ触るハシリを横目に、リィンは改めてダンジョンを見渡す。
ここはただの洞窟だが、彼女の脳裏に思い出されるのは枯れ腐りゆく森と、いくつもの嘆きと…
「リィンちゃんもせっかくだし触ってみなよー!」
「え、あ、ちょ!?」
雨。
核に触れた途端、それだけがリィンを埋め尽くす。
だから彼女は…己の口が無意識に何を紡いだのか、紡いだ事実さえも分からなかった。
「ーーーーー」
ハシリ達も小さすぎて聞き取れず、首を傾げる。
「え?な、ななななな!?」
「クゥルァイ!?」
「グルルゥー!?」
「んぇ?」
直後、黒い核にヒビが入り、その隙間から目を焼くほどの光が溢れ出す。リィンもハッとなって手を離したが、発光はまるで収まらなかった。
そして光は完全にダンジョンを塗り潰し、一同は真っ白な世界にぽつんと取り残される。
「あわわわ…ど、どうしよう!よく分かりませんけど、私のせいですよねこれ!?罠!?」
「まーまー落ち着いてー…嫌な感じはしないよ。取り敢えず歩いて…」
「…?ハシリさん?」
「クゥイ?」
「今、あの子の声が…」
「あの子?」
「グルゥ?」
ハシリの様子が何だか変だ。リィンは当たり前のように抱き抱えてきたソキウスの腕の中でほんのりと眉を寄せつつ、白一色の世界をグルリと目でなぞる。
そして、淡墨の視線が一点をかすめた時、小さく息を呑んだ。この場に似つかわしくない香りがした気がするのだ。
「リィンちゃん?どしたのー?」
「深い森林の…朝露の香りがします」
「ん???」
「朝一に森で深呼吸をしたときみたいな、澄んだ匂いがするんです!さっきまでは間違いなく蝕化魔力のドブみたいな香りがしてたのに…」
静謐で侵し難い神秘を朝露に宿し、湿っているのに不快ではない。そんな、すっと胸を撫でるような森の香り。
それがこの魔力汚染されたダンジョンの中で、ましてやマスク越しにするものだろうか。
「澄んだ…?まさか…」
キーーオゥーーー!
突如、トランペットが鳴らす甲高い音に似た声が空間全体を震わせた。
刹那、白く煌めく一陣の風が吹き抜け…
「…っ!?うそー…」
「…え?」
「クゥル!?」
「グル!?」
思わず閉じた目を開けばそこには、傾きかけた陽光が差し込む美しい竹林があったのである。
リィンは何が起きたのか分からなかった。
ただ分かったのは、ダンジョンから出られたこと。
それから…竹林にあれだけ満ちていた忌々しい魔力が、綺麗さっぱり消えたという事実のみ。
しかしハシリには何か分かったのだろう。澄み渡った空を見上げて呆然と呟いた。
「純白孔雀型大精霊…」
「え!?」
どこに、とその視線を追おうとして、しかしリィンの目は彼女の意思に関係なく竹林の奥に縫い留められる。
白銀の煌めきを伴った風が、彼女の染まらぬ漆黒を揺らした。
「…?」
そこにはいつの間にか、真っ白な何かの影が浮かんでいる。
巨大な鳥のようなソレはぼんやりとした輪郭ながら、透き通ったクリアグリーンの瞳はハッキリとリィンを見ていた。
音が遠のく。まるでここには、影と己だけしかいないみたいだ。
そのままどのくらい時間が経ったのだろう。
いや、実際には一分にも満たなかったのだろうけれど、リィンにとっては何十分、何時間とそうしていた気さえした。
キーーオゥーーー!
やがてまたあの声がしたかと思うと、リィンの世界に音が戻る。綺麗すぎる魔力の香りが薄荷のように鼻を突き抜けた。
「っせーい!!!」
「い"っ!?」
と同時にハシリに思いっきり叩かれたが。
いや、まだそれで済んで良かったと思うべきだろう。
なにせ、フラーテルが可愛い顔しながら尾の針を向けて準備していたから。
「ひょえ!?フラーテル!ごめん待ってそれはムリ!!」
「クゥルー」
「もう!ぼーっとしてどしたの?具合悪い?」
「いえ、大丈夫で…」
「あ、そうだよね悪いよね!?悪いに決まってんじゃん!!中和薬切れたままいて咳してたし、どのくらい切れてたのー!?そもそも君ここ来る前、鼻血出すほど疲弊してたじゃん!」
「ちょ…大丈夫ですから」
ペイっと魔道具を剥ぎ取られ、両手で頬を挟まれ、右に左にと検分される。逃げたくともソキウスによって阻止されていた。
「気持ち悪いとかない?というか鼻血また出たりしてない?咳は?あーどうしよう無理させたってベルおじさんに怒られるかもー」
「大丈夫!ですから!!というかベルセルさんには中和薬切らした事言わないでください!」
フラーテルは尾の針をまた話を聞かなくなってしまったハシリにチクッと向ける。まだ隠せる気でいるリィンに憐れみの視線を送りながら。
「いちちち…で、具合が悪くないなら、一体どしたの?」
「それが…さっきあの辺りに真っ白な鳥がいて…見つめ合っていたというか、目が離せなかったというか…」
「真っ白な鳥…」
「グゥルゥ!」
「え、何?手?…え、私いつの間にこんなもの…?」
ソキウスの爪にコツンとつつかれ、彼女は自分の手が何かを握りしめていた事に気付いた。
そっと指を開いてみると、そこには手の平大のやや歪な球体が一つ。蕾のまま咲かなかった花をそのままドライフラワーにしたような見た目だった。
ただし、重さはしっかりあって、何かが詰まっていると感じさせる。
「種だ…」
「種、ですか?これが…?というか、何の…」
「プルガティウスの種だよ!!すごいすごい!!私初めて本物を見た!!」
「え!?」
「プルガティウスの姿も見て、種も貰えるだなんて!リィンちゃんすごすぎじゃーーん!!あははは!!」
「ぎゃー!?危ないから飛びつかないでくださ」
「君はつまり、あの子に認められたってこと!!やーすごい瞬間に立ち会っちゃったー!!」
「認め…って、えぇ!?私が!?大精霊に!?何で!?!?…っぁ」
驚きの連続でキャパオーバーした彼女は直後、せっかく止まっていた鼻血が再度出血した。
そうして、慌てたハシリとソキウスによって運ばれながらリィンはラボへの帰路につく。
ただし…
「…………」
「ひょぇぇ…」
背後に闇の大精霊…もしくは氷の大精霊を3体くらい従えてそうなほどのプレッシャーを放つベルセルに出迎えられることとなったわけだが。




