18.対の言葉
フィオーレ編はここまで
「この…っ!大馬鹿者がっ!!!」
「ひぐっ!」
叩きつけるようなバリトンの怒声がフォレスタのギルドに響き渡る。
困ったような、ハラハラとした、或いは仕方ない人達だと苦笑混じりの目で職員達が見つめる先には、熊型魔獣でも裸足で逃げ出すようなオーラを携えて仁王立ちした男と、椅子の上で縮こまる少女がいた。
言わずもがな、ベルセルとリィンである。
リィンの鼻には赤みが滲む塵紙が詰め込まれ、その喉は時折痛そうな咳をこぼしていた。
「百歩譲って、魔獣や精霊達の救助をしたのはいい。いや、全く良くはないが…おかげで皆助かった」
「あの子達、大丈夫だったんですね!?よかったぁ…コホッ」
「はぁ…何体か危険ではあったが、キミの応急処置のおかげでわたしの治療が間に合ったからな…後で顔でも見ていくといい」
「はい!」
「それと、キミがたらし込んだ黒属性の魔獣達は、わたしが責任を持って保護しておく。住処等を気にかける必要はない」
「ありが…たらし込んだ??コホッ」
「だ、が」
重くねっとりのしかかるプレッシャーに、胸をなで下ろしていたリィンはビャッと肩を跳ねさせて再び姿勢を正す。
野生の猛獣に睨まれたらこんな感じなのだろうか。いや今のベルセルの方がきっと怖い。
「あれほど注意したのにもかかわらず面型防侵蝕魔具の中和薬を切らし、あまつさえそのまま気付かなかっただと!?」
「ひょわぇ…な、何で知って…」
リィンがハシリを見るが、彼女は首を振る。
リィンがフラーテルを見るが、こちらも首を振…否、ばつが悪そうに首元を示した。
そこにあるのは小さな魔道具。
ベルセルの方に視線を戻すと、彼の後ろにあるデスクに同じ魔道具が見えた。
リィンは魔道具には疎いが、察する。それが通信系の魔道具であることを。
そして、リィンが察した事を察したベルセルがニィと凶悪な笑みを浮かべた。完全に悪役顔である。
「どうやら誰かさんは、バレたくないと頼み込んでいたようだが…?」
「ご、ごめんなさいぃ…」
「キミが咳をし始めた時間が分からないのが痛いが…体の状態から計算するに、最低でも15分。マスクがあるとはいえ、かなり危険な数字だ。何故違和感を放置した?キミは、危険な場所に自分がいるという自覚がなかったのか?」
「ごめんなさ…コホッ、ケホッ」
「っ〜〜〜!!!飲め!!」
「うぐっ!?」
痛々しく咳き込むリィンの口に、ベルセルはポケットから取り出した試験管を容赦なくぶち込んだ。
いつかの、二人の出会いの構図が逆になったみたいに。
蛍光グリーンと赤が渦巻く怪しい液体をすべてきっちり飲んだ事を確認し、ベルセルはようやく試験管を離した。
リィンの口に苦い薬を無理にモモ味にしたような後味が残る。控えめに言って不味かった。
潔く苦くあった方がマシだと思う。
「今回キミの活躍は確かに見事だったのだろう。だが、このような無茶をするなら…大人はもう子供を頼らない。わかるな」
「…はい」
頼った末に子供が潰れてしまったなら、大人はどんな思いを抱くことになるだろう。
リィンは大人ではないが、自分とソキウスに当て嵌めて推察する事はできた。
きっと、あまりの申し訳なさで、愚かな己への怒りで、ずっとずっと自分を責める事になる。それに…もう誰にも頼りたくないとも思うだろう。
そんな思いをさせたいわけじゃない、なんて加害者の詭弁だ。
少なくともベルセルは、確実に傷を負ってくれてしまうから。
だって今もこうして、自分が痛いとでも言いたそうな色が瞳の奥で揺れている。
「頼られたいのなら、己を己で守れることをまず証明しろ」
「…わかりました。あの、心配かけてごめんなさい」
「まったくだ」
ほんのり柔らかさを帯びた音に続いて、そっと頭に手が乗せられた。
そのまま右、左…
「だが…ちゃんと帰ってきたな。それだけは、褒めてやる」
恐る恐るといったぎこちない手つきはまるで、初めて魔獣に触れる子供のよう。
全く慣れていないのだと教えてくれる不器用な温もりが擽ったくも嬉しくて、リィンは説教で萎んだ気持ちも忘れてふにゃりと破顔した。
「っ、はい!ただいまです、ベルセルさん!」
「………」
「こぉーらベルおじさん、ここは"おかえり"、でしょー!ほらほら、ちゃんと言うー!」
「そーだそーだ!ハシリねーちゃんの言うとおりだよー!ただいまにはおかえり!!ね、ね」
街で避難誘導を手伝っていたらしいサワナまでいつの間にか混ざり、ハシリとそれぞれベルセルの両脇から顔を出して囃し立てる。ベルセルは口をぎゅっとへの字にし、しばらくの葛藤の後…
「…………おかえり」
「「声ちっさ!!」」
薄っすら染まった目元が、ぶっきらぼうで柔らかいその小さな音を温かい火種に変えていた。リィンの中では家族と並ぶ温かさだと評価する。
「あはは!!っ、はは…っ」
けれどもどうしてか、ベルセルの不器用さを笑った途端…彼女の目から涙が溢れた。ベルセルの手がギシリと固まり、狼狽えたのが空気でわかる。
心配させてはいけないと急いで拭うが、それは拭いても拭いても零れ落ち、見れば拭う手すらも震えているではないか。
まさか蝕化魔力の後遺症かと混乱をあらわにしたリィンを、ハシリとサワナが抱きしめる。
「よく頑張りましたー!花丸!」
「リィンちゃん、お疲れ様!」
瞬間、プツンと緊張の糸が切れた。
そして、自覚する。
リィンは真っ直ぐだし勇敢で無謀な子ではあるが…それでも確かに、怖かったのだと。
森を侵す蝕化魔力も。
魔獣の死に触れたことも。
大人に本気の敵意を浴びせられたことも。
危険なダンジョンに放り込まれたことだって。
彼女は、ちゃんと、怖かった。
それが気の抜けた瞬間に襲ってきて、けれども…頭と両脇の温もりが安堵に変えてくれたのだ。
だから、リィンは泣きながら笑って、それで…きっと、今日はよく眠れるのだろう。
「えへへ…はい、皆さんも、お疲れ様でした!」
背伸びのない年相応の笑顔を眼下に、ベルセルは無意識にまた手を動かしていた。
…
メモを書けるだけ書き散らしてから一晩泥のように眠ったリィンは、翌日の昼頃突撃してきたサワナによって叩き起こされる事となる。
ハシリとベルセルの手が空きそうなので、お昼を一緒にどうかというお誘いだ。
リィンは寝癖を押さえつけながら、勿論行く!と即答した。
「ねーーーちゃーーーん!」
「お邪魔します」
勝手知ったる様子で突入するサワナに続いてギルドに入る。
中はまだまだ慌ただしい様子だった。
昨日の今日だから仕方ないのだろうが、疲労の文字がこびり付いた職員達を見ると心配になる。
つい、何か手伝える事はと手を伸ばしたくなるが、ここはぐっと我慢だ。
昨日だってさっさとベルセルに追い返されたのである。「あとは大人の仕事だ」と。
実際、システムやらプログラムやら言われてもリィンにはちんぷんかんぷんであるし、下手な所を触って壊したら大変だ。
お茶汲みくらいなら出来るだろうが…むしろ、逆に気を遣わせてしまいそうである。
「リィンちゃーん!サワナーーー!」
空いていたデスクを借りてサワナと昨日の騒動について会話を弾ませていると、溌剌とした声とスキップに似た足音が聞こえてきた。
見れば、奥の方から普段の五割増で顔色と人相の悪いベルセルを引き摺ったハシリがやってくる。
彼女も白衣がヨレヨレではあるが、本人はいたって元気そうだ。
「やほやほいらっしゃーい!ごめんね散らかってて!ってそれはいつもだったかー!あははー」
「おい、ハシリ」
「ねーちゃんねーちゃん、見て見てリィンちゃんの絵、めっちゃ上手でね!二人が言ってた悪者くんの似顔絵書いてもらったんだけど」
「サワナちゃん落ち着いて…」
「ってかこんな所でごめんねー!カフェとか行ければよかったんだけど、さすがにそんな時間は無いって怒られちゃってさぁー。だからギルドの酒場に適当なの頼んどいたからねー!」
「とりあえず離せ」
「この似顔絵で手配書とか作る?作っちゃう?ってかなんか愛嬌のある顔してるねこの人。リィンちゃんに聞いた話じゃだいぶアレだったけど」
「そうそう!ベルおじさんも持って来たよー!この人放っとくとまともに睡眠も食事もしないんだけどさー、リィンちゃんがいるよって言ったら喜んでついてきたんだー!」
「これがそう見えるのか???」
「い、いつも以上に収拾がつかない…」
「はぁ…計算内だな。フラーテル」
「クゥルルーイ」
片方だけでも意思の疎通は至難の業なのに、姉妹揃うと尚更である。両方が両方別の会話を突っ走っていた。
いっそ彼女達の家庭での様子が気になってきたかもしれない。
どうしたものかと苦笑するリィンの横で、ベルセルが頭痛を堪えながらフラーテルに指示するのに時間は掛からなかった。
「「いちちちち…」」
「…はぁぁぁ…わたしは休憩と聞いたはずなのだがな…」
「あはは…お疲れ様です。ところでベルセルさん、システム?は大丈夫そうですか?」
連れてこられた時よりさらに顔色が悪化したベルセルに尋ねると、彼は机の上で組んだ両手に額を当てながら、視線だけをこちらに寄越す。
「復旧にはもう少しかかりそうだ。魔法式は反転させられただけだったからまだいいが、システムは計算外に荒らされている。かつ、浄化魔具を動かしていた魔力エネルギーがすっからかんにされていた。ゆうに三年分だぞ…闇ギルドだか何だか知らんが、まったく余計な事をしてくれる」
「でもでも大丈夫!ベルおじさんがいるし!!」
「はぁ…わたしとて暇ではないのだが。というより、そもそもキミが対処すべき事だ」
「適材適所!!」
「正論だ」
「納得しちゃうんですね…」
そんな会話の中、ハシリが頼んだという昼食がテーブルに置かれた。
フォレストサンドというこの街の名物らしく、確かに街歩きの時よくその名前を見かけたことを思い出す。
ふんだんに使われたファームルワ産の瑞々しい野菜と、スライスされた魔植物(大根に似た食感だが竹林の香りがする)、薄めのハム、ソースはマヨネーズにオレンジとスパイスが混ぜてあるそうだ。それらをこちらもファームルワ産の小麦から作られたふわふわのパンで挟み、軽く焦げ目がつけられていた。
飾りに綺麗な食用花がちょんと添えられれば、フィオーレ自治区の魅力をギュッと込めた宝箱のようである。
と、リィンがしげしげと眺めている横でサワナは良い角度を探して写真を撮り、彼女の向かいではハシリがパンと中身を分解していた。何故。
そして、リィンの向かいでは…
「あ…む………」
「わぁ、豪快ですね…」
「は?」
ベルセルが、リィンにとっては大きなフォレストサンドを片手で容易く持ち、そのまま口を開けて齧り付く。雑というか豪快というか…思いの外男らしく食べるのだな、とリィンは笑ってしまった。
そんな彼の横ではフラーテルがこぼれる具材に悪戦苦闘している。
「あむ…ん!おいしい!」
「あはは!リィンちゃんがギルドにいい野菜をいっぱいくれたからだね!」
「あはは…」
そう、実はこの野菜、リィンがファームルワのヨサクに貰った野菜だった。フォレスタに来てから色々あり過ぎたせいでとてもじゃないが自炊などしていられず、思ったより野菜が減らせなかったのだ。
さすがに持ち歩ける量ではなかったので、最低限の量を残して半分を実家に送り、半分をギルドの食堂に寄付したのである。
「もぐもぐ…ところで、リィンちゃんはこの後とかどうするのー?」
「んぇ?」
突然の問いに、二口目を齧ろうとした口を閉じる。スライスタマネギがポロリと皿に落ちた。
「やー、まだフィオーレを見て回るのかなー?って気になってね!砂漠の方とか行ってないんでしょー?」
「ね、ね、それなら私と一緒に回ろうよ!楽しそう!」
「うーん…それも考えたんですけど…せっかくだから、西のスチームンド自治区に行ってみようと思ってます」
言いながらフォレストサンドを皿に戻し、リィンはポケットからコロンとテーブルに丸いものを置く。純白孔雀型大精霊の種だ。
「私、種を貰った意味とか、どうしたらいいのかとか…正直まるでわかりません。けれど…見てみたいと思ったんです。このカタルシアという国を、もっと」
何故かの大精霊は自分に種を託したのか。これをどうしてほしいのか。
自分は何をすべきなのか。
眠りに落ちるまでの時間、リィンは考えた。考えても当然、分からなかった。
だから、知りたいと思ったのだ。
この種をくれたプルガティウスの事を。
この種から始まったというカタルシアの事を。
「それで手始めに、各自治区にある御神木…神話に出てきた木々のあった場所を回ってみようかなって」
「ふむ…及第点だな。旅のテーマとしては悪くないんじゃないか」
「うんうん!いいと思うー!私もリィンちゃんにはカタルシアの事いっぱい見てきてほしいって思うし!!ねー、ベルおじさんー」
「…そうだな。キミ目線で見るカタルシアに興味がある…そう言った事に嘘はない」
「クゥーイクゥ!」
「いいないいなー!私も他の自治区に行きたい気持ちはあるけど、ねーちゃんに認められなきゃってのがなぁ」
「あはは!受けて立つよサワナー!」
「きゃーきゃー!こわいねーちゃんが襲ってきたーー!」
「まてまてまてー!」
何故か席を立って追いかけっこを始めてしまった姉妹に、何度目か分からないため息がベルセルから吐き出された。いつの間にかフォレストサンドは消えていて、お皿がその息を受け止めている。
「何故大人しくできないんだあいつらは…」
「クゥル…クゥ、クーイ」
「元気で何よりじゃないですか」
「はぁ…まあいい。ところで、一つ頼み事があるのだが」
「はい?どうしました?」
「…その種を借りる事は可能か?大精霊の種など前例が無くてな…可能なら、解析をしてみたい」
真剣な顔で頼んでくるベルセルに目を瞬かせ、リィンはあっさりと首を縦に振った。
「勿論!構いませんよ!きっと私よりベルセルさんが調べる方が色々分かりますし」
「頼んでおいて何だが…そんな簡単に預けていいのか?」
「適材適所、なんでしょう?それに私、ベルセルさんの事を信用してるので!」
「…くくっ、そうか。なら、期待には応えないとな」
大事そうに種を布に包み、ベルセルはリィンを真っ直ぐ見つめて薄く微笑む。リィンはそれに満足そうな瞬きを返し、残りのフォレストサンドに齧りついた。
「……」
「んむ…もぐもぐ…」
「……」
「ごくん…あの、どうしました?」
「…いや、よく食べるな、と」
「へ??そりゃ、お腹空いてますし、美味しいですし…」
「…キミは、もう大丈夫なのか」
何を問われているのかと頬いっぱいにフォレストサンドを頬張りながら眉を寄せたが、濃い隈の上に乗った三白眼がリィンの目元の辺りを彷徨いている事に気付く。思い当たったのは、久しぶりに泣いたせいで腫れぼったくなった瞼。
「ふはっあははは!もー、昨日のは忘れてくださいよ!色々ありすぎてキャパオーバーしちゃっただけで…いえ、怖かったって事は本当ですけど」
リィンはピースとウィンクで渾身のキメ顔を作り、ニッとイタズラっぽく笑って見せた。ただし、ウィンクのつもりが両目を瞑ってしまったが。
「基本、ラントリイの子は、隣に子持ちの虎型魔獣の寝床があるって分かってても遊んでいられるくらい肝が座ってるんですよ!だから、へっちゃらです!」
「どうなってるんだラントリイ…」
ベルセルの中で、またしてもラントリイの魔境度が増したのだった。
…
「あれもよし、これもよし、うん。忘れ物はないね!」
「グゥルゥ!」
「ピィ!」
「ふふっ勿論、二人の事も忘れないよ!」
「ピィ!ピィピィビィィーーー!」
「あわわわ、キミ抜きで大騒動を終わらせたのは反省してるってばウィズ!でもキミ、蝕化魔力に耐性ないし…」
「ピ…ピィ…」
「わーーごめんごめん!泣かないで!もう置いていかないからぁ!」
騒動から数日後。
前日にベルセルから汚染による咳の完治を言い渡されたリィンは、世話になっていた部屋に頭を下げ、昇格試験の時…というか騒動の時に一緒にいられなかったことを未だに拗ねて拗ねまくっているウィズのギャン泣きとお怒りを受け止めながらホテルを後にする。受付のお姉さんに二度見された。
薄ぼんやりしたカタルシアの朝日に目を細める。
隣にソキウスと頭にウィズを乗せ、大きすぎる白衣の袖をしっかりと捲くれば準備完了だ。
「ギルドの方に挨拶して、そしたら出発だよ」
「グゥルルゥー!」
「ピピィ…ピーピィ!」
ギルドは随分と落ち着いてきて、ようやく復旧の目処が立ったそう。
半屍状態だった職員達の喜びは、それはもう凄かった。
ベルセルの側に転がっていた栄養剤だろう試験管の量も凄かったが。
「行くのか」
「ベルセルさん!おはようございます!」
「グゥルル!」
「ピー!」
「…あぁ、おはよう」
噂をすれば、と言うやつか。
仮眠室から起きてきたばかりらしく珍しくぼんやりしたベルセルに、リィン達は眩しすぎる笑顔で応えた。
「ベルセルさんからお墨付きをもらったので、私出発しようと思います」
「そうか…計算通りだな。フラーテル」
「クゥル!クゥイー!」
「わ、何これ…私に?」
フラーテルにずいっと渡された…否、押し付けられたものを思わず受け取り、目を丸くする。
それは、リィンの身長程もある平べったい魔道具だった。
「これは…?サーフボード?」
「グールゥ?」
「ピューイ?」
「惜しいな」
「クゥクゥ!」
「えっと床におけばいいの?」
「クゥール…クァル!」
身振りに応えてボードを地面に置くと、フラーテルはその上に飛び乗り…次の瞬間、ふわりと10センチ程宙に浮かんだではないか。デザインはフラーテルの長耳を連想する模様で、ボードの隅に長耳手兎型魔獣のシルエットがワンポイントで付いている。
「わ!?凄い凄い!ベルセルさん、なんですかこれ!?」
「風乗板型魔具のボードだ。カタルシアでは子供でも持っているような移動手段だな」
「自転車みたいなものかな…?」
自転車とは比べるまでもないハイテク魔道具だが、ベルセルは訂正せず流した。徒歩より速いという点ではまぁ間違ってはいなかったので。
「これはわたしからの餞別だ」
「え!?いやいや貰えませんよ!?自転車と同じって事は高級品じゃないですか!?」
「キミの国は本当にどうなってるんだ???」
確かに家庭によっては安いと言えない値段かもしれないが、高級品ではないはずだ。
深く考えたら負け。
ベルセルは魔法の呪文を唱えた。
「コホン…これはわたしからだけでなく、このギルドからの総意だ。キミは謙遜するのだろうが、皆感謝している」
「えぇ…私何もしてなくないですか?ただの中和薬配達員でしたよ?」
「キミの認識はそうでも、他は違う。ただそれだけだ。どうせ語り合ったところで平行線だろう。無駄だ」
「キッパリ切り捨てるなぁ…」
「何より、これはわたしがキミの魔力に合わせ、キミの為にカスタムしたものだ。キミ以外誰も使えないし、キミが受け取らないならゴミになるだけだな」
「わぁ…絶対に受け取らせるという強い意志を感じます」
「当然だ…野垂れ死にでもされたら、後味が悪いからな」
リィンは思わず半眼になってベルセルを見上げる。
果たしてこの人はこれで誤魔化せるものと思っているのだろうか。
「また、なんて不器用な…」
「は??」
「何でもないでーす!…本当の本当に、貰っちゃっていいんですか?」
「はぁ…くどい。良いと言っている」
「もぅ…わかりました。ふふっ、ありがとうございます」
改めてフラーテルから受け取ったそれはリィンでも片手で簡単に持ち上げられる程軽かったが、こもっている気持ちはちゃんと重い。
大切にしようと心に決めた。
「お、リィンちゃんおはおはー!イカしたボードじゃん!受け取ってくれたようで嬉しいなー!」
「おはようございます、ハシリさん。ボード、ギルドの皆さんからの気持ちって聞きました。本当にありがとうございます!」
「いーのいーの、堅苦しい話はナシ!いやー、しかしこのデザイン!ベルおじさんらしくてイイネ!」
「実に合理的なデザインだと思うが?」
「クゥルイ!」
相変わらずの明るさを伴って飛び出してきたハシリが、リィンの手におさまっているボードを見て満足そうに頷く。
ベルセルの話を疑ったわけではないが、ギルドの総意というのは本当らしい。
「よし!じゃあ私からはコレをあげよーう!ぽーい!」
「わぁ!?っと、と…これは、カードですか?
「フィオーレの外れにある瞬間的移動魔具の使用許可証だよー!わざわざセントールを通らなくても、スチームンド自治区までひとっ飛び!急ぐ旅でも無いんだろうけどさー、なんかほら!気持ちが高ぶってるうちに向こうの土踏んどきたいとかあるじゃんー?」
リィンは投げ渡された薄い金属板を表、裏とひっくり返しながら眺めた。
この一枚でスチームンド自治区までの旅路がぐんと短縮されるなど、にわかには信じがたい思いである。
しかし、近くで作業しながら三人を見守っていた冒険者が待ったをかけた。
「あの、ギルマス。あそこの瞬間的移動魔具スポットの入り口って封鎖中じゃなかったですか?魔獣が居座っているからって…」
「…ん?そだっけ?そんな書類あったかな…?」
「三日前からCランク推奨で依頼書張り出されてやすぜ。まぁ、フォレスタ周辺がバタついてるし、ダンジョンもかなり発生してるせいかまだ誰も受けてやせんが」
「元々利用者も多くないから仕方ねぇけどね」
「問題ない。な?フラーテル」
「クゥクゥイール!」
「そういうわけで、依頼はわたしが受けよう。手続きを頼んだぞハシリ」
「おけおけー!助かるー!」
「ん?え?つまり、どういうことです?」
「フラーテルをその瞬間的移動魔具スポットの入り口まで同行させよう」
「え!?えぇぇぇ!?」
「グルルーゥ!?」
「ピピピー!?」
さらっと決定された事に驚きを隠せない。大切なパートナーであろうフラーテルを、騒動に続いてまたリィンに預けてくれるなど思ってもいなかった。
互いに深い信頼があるからこそなのだろうが、それはそれとして恐れ多い。
が…
「クゥイ!クゥ、クゥルーク!」
「キミにボードの乗り方を教えるのだと張り切っているな。こう見えてスパルタだから心するように」
「クゥクゥ!」
「こ、心強いです。それはもう…ハイ」
「グルル?」
当の本人…いや、本魔獣が乗り気なのだから、リィンに拒否権は無かった。
「安心しろ、事実フラーテルはわたしより運転が上手い」
「それはそれでどうなんですか…いや、確かにベルセルさんが乗りこなしてるイメージは無いですけど」
実際、ベルセルはほとんどボードを利用しないので、リィンの想像は正しい。基本、己の足で地を踏み、迅速な移動が必要な場合はあっさりテレポートを起動するタイプの人間だ。
「ベルおじさんってば過保護すぎー」
「…合理的な判断をしたまでだ。どうせわたしはもうしばらくここから動けん。フラーテルの気分転換にはもってこいの機会だろう」
肩をすくめてみせたハシリに、リィンはくすくすと笑うしかなかった。
やがて、三人の間に沈黙が落ちる。
訪れたその時に一度目を伏せ、リィンは新しい煌めきを宿した淡墨色の瞳を開いた。
夜空の一等星に似たそれに、大人達は外の朝日よりも眩しそうに目を細める。
「そろそろ、行きますね」
「…そうか」
「ふふっ、ハシリさんはともかく、ベルセルさんとは案外またすぐ会えそうな気がしますけど」
「ほう?キミの計算か?」
「いいえ、女のカンってやつです!」
「キミから預かった種のこともある。あながち間違ってはいないだろう」
ベルセルはリィンを上から下まで見やり、ふっと鼻で笑った。
「…今はまだ"着られている"な。次に会った時は、今よりもその白衣が似合っている事を期待しよう」
「む!望むところですよ!今だって私のですけど、もっと自分のものにしてやります!」
なんて言ったそばから袖がずり落ち、そのタイミングの悪さに顔を赤くしながら捲り直す。
「くくっ!先は長そうだな」
当然ながら、ベルセルには笑われた。
「コホン!…じゃあ、"いってきます"!!」
「あぁ……"いっておいで"」
「グルルゥ!」
「ピュイ!」
「クゥル!」
「いってらっしゃーーーーーーい!ほらほら、皆も!」
「リィンちゃーん!まったねーーー!」
「その…いってらっしゃい」
「い、い、い、いってらっしゃい…!」
「「「いってらっしゃーーい!」」」
ベルセルにハシリ、そしていつの間に集まっていたのやら、サワナに一緒に昇格試験を受けた二人の学生、職員達、それに元気になったらしい森熊型魔獣の子供達や森で彼女が助けた魔獣や精霊達まで。
あまりにも賑やかな見送りに、ウィズはパタパタ飛び回り、ソキウスははしゃぎながら、リィンは目を潤ませながらも鮮やかに笑って手を振った。
目指すは西のスチームンド自治区。彼女と魔獣の旅路はまだまだ続いていく。
…
キーーオゥーーー!
どこからともなく、甲高いトランペットに似た声が吹き抜けていく。
「見つけたんだね、プルガティウス。君の、新しい"旅人"を」
誰に聞かれるわけでもなく、そんな呟きが風に攫われていった。
「ハシリ?」
「なーんでもない!ほら、ベルおじさん行こう!もともとフィオーレに来たの、ウチのじーちゃんのお墓参りに来てくれたんでしょ?」
「…あぁ。そうだったな。たまには…感謝の一つでも伝えようか」
フィオーレを訪れるきっかけをくれて、ありがとうと。
まぶたをそっと閉じた男は、その闇より煌めく純黒との出会いを思い出して笑みを浮かべた。
続きはまた書き溜めてから出します




