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セントール学園


「はぇ~…!」


見上げた建物にリィンは感嘆の息を吐く。

中央都市区セントール…上から見たら三重丸の形をしたこの地区は、リィンの住む一番外側の郊外町村、その内側の学園都市、中心の学園と区切られていた。

郊外から学園都市に入る時でさえ、門の立派さとゴウゴウ鳴く厳しい魔道具に驚かされたのだが、目の前の学園は別格である。


レンガ造りの外壁に囲まれたそれは、名前こそ学園であるが…こうして見るとお城に近いな、と言うのが彼女の感想だ。もっともド田舎出身の彼女にとって、お城は絵本やアニメでしか見たことないが。


とにかく、周辺を背の高いビルに囲まれていても見劣りしないそれこそが、リィンが新しく編入となるセントール学園なのである。


「…いやいやいや、正直すごくワクワクするけど…私、場違いじゃない?」


思わず自分の全身をチェックした。

白いフリルブラウスに、黒のリボンタイと、同じく黒で後ろ側だけがロング丈になっている変則フレアキュロット。

自分的には一番可愛くしてきたつもりだが、この学園を前にすると野暮ったい気がしてきて眉が下がる。


そんなこんなで中々一歩が踏み出せないでいると、不意にバンッと派手な音を立てて木造の扉が開いた。

例えるなら、落石が転がって家屋にぶつかってきたような…しかし、扉は壊れていないし、音の元凶は落石ではない。


「ちょっと、あなた!いつまでウジウジしてるのよ!!クラッカー持ってスタンバってたアタシがバカみたいじゃない!!!」

「えっ、えっ…!?」


地団駄を踏んでいたその元凶は、やや小柄な女性だった。ラントリイでは馴染みのある綺麗なストレートの黒髪と、それに混じる黄色のメッシュ。その上に無骨なゴーグルを乗せたその人は、目尻を朱に染めながら腰に手を当てている。

そして、見れば白衣のポケットいっぱいに…むしろ溢れるくらいに詰め込まれているのは、成る程確かにクラッカーだ。パーティー何回分だろう、とリィンは少し現実逃避する。


「聞いてる!?」

「ひゃい!?」

「もう!シャンとしなさい!…確認だけど、あなたが編入生、でいいのよね?」

「あ、はい!ラントリイから来ました!リィンです!今日からよろし」


全部は言えなかった。肯定を確認した途端ニンマリと笑ったその人が、なんとも鮮やかな手つきでクラッカーの紐を引いたからだ。

一瞬使い物にならなくなった耳と独特の火薬の香りに涙目になりながら、リィンは毒の花を前にした時以上の不安を覚えたのである。



とんでもないファースト・コンタクトだったが、彼女…ガウラが己の担任だと知った時の衝撃もまたひとしおであった。

色々な事が重なって固まっていたリィンは、あれよあれよという間にガウラに引き摺られ、舞踏会でも開かれそうなエントランスを抜け、綺麗に整備された廊下の先にある職員室に放り込まれる。

そのままの勢いで去っていったガウラに、職員室は一瞬静まり返った。


「あー…編入生ちゃん?」

「は、はいぃ…っ」


先生だろう優しそうな男性が声をかけるが、まるで手負いの魔獣のように警戒心たっぷりに返すリィンに苦笑するしか無い。


「びっくりしただろうけど、その、彼女は悪い人じゃないんだ。ちょっとから回ってるみたいだけど…」

「あ、いえ…あの人…ガウラ、先生が悪い人じゃないのはわかってます」


おや、と男性は目を丸くした。


「故郷の近くに人と遊ぶのが大好きな魔獣がいて…嬉しくてテンションが上がると体当たりしちゃったり、魔法を撃ってきたり…それと似てたので」

「魔獣…いや、まあ、うん。間違ってないけど、それ彼女には言わない方がいいかな。面倒だから」

「え?」

「というか、大丈夫だったのそれ。魔獣の力とか魔法とか…怖かったでしょ」


リィンはパチリと大きな目を瞬かせ、その魔獣を思い出す。

街のすぐ近くに住んでいた犬型の魔獣は、確かに愛情表現がやや乱暴であった。

怪我をしたことも少なくはない。

それでも、思い出をあさったリィンが浮かべるのは微笑みだ。


「最初は、確かに。でも…怖がって、それで傷ついた顔をしたその子を、私は見捨てられなかったんです。今ではそれで良かったって思ってますよ。怖い思いも怪我も乗り越えたら、あとには笑って過ごせる素敵な友達が残ったんですから」

「……そっか」


男性の呟きは納得というより、何かを噛み締めるようだったが…リィンがそれを疑問に思う暇はなかった。

「手続きは済んだの!?」と飛び込んできたガウラに、職員室は一気に慌ただしくなってしまったから。



「皆も知ってると思うけど、今日から編入生がくるわ!遠いラントリイから来たみたいだから、色々教えてあげてちょうだい!」


「はーい!」とたくさんの声が重なるのを聞いて、リィンはもじもじと足先をこする。

内気、というわけでもないが、ラントリイとはまるで違う空気感に気圧されているのは確かだ。

ラントリイは良くも悪くもゆるゆるで、どこに行っても実家感がしたが…こちらは品が良いというか、お行儀が良い感じがして思わず背が伸びる。

それに、少し覗き見た教室内の子達はやはりお洒落だ。


自然で、落ち着いた服装…要するに地味なものが多いラントリイではあまり見ない、カラフルでちょっぴりサイバーパンクな印象の服を着ている子が多かった。

つい、リィンは意味もなく前髪をいじる。


しかし、覚悟を決めねばなるまい。


またウジウジして、ガウラの突撃を食らったりしたら大変…というか、あまりにも第一印象が大事故になる。

だから、「さ、入って!」と快活に響いた声に従って、リィンはむんっと足を踏み出した。


「は、はじめまして!ラントリイから来たリィンです!魔獣の観察と日向ぼっこをするのが好きで、運動は苦手です!よ、よろしくお願いします!!」


今度はちゃんと言えた。

その達成感に背を震わせつつ、思わず閉じていた目を開く。

そこには、目鼻立ちがかつての友人達とは違う、けれども同じ人懐こい笑顔で「よろしく」と手を振ってくれるクラスメイト達がいた。

受け入れられた事に安堵の息を吐く。


「はいはい、お喋りは後でね!アタシだって我慢してるんだから!…さてと、じゃあ、リィンくんの席は…」

「先生、僕の隣あいてまーす」


稲穂のように挙げた手を揺らしていたのは、快活そうなメガネの男の子だった。


「ホントね。なら、リィンくんは彼の隣!ほら、早く席に着く!」

「あ、はい!」

「おいでおいで」


パタパタとブーツを鳴らして駆け寄ると、男の子はにっと笑みを深める。新緑色の垂れ目に見つめられるのは、柔らかい若芽に触れる感覚に似ていて擽ったかった。


「僕はアルス。よろしくね」

「えっと、よろしく…アルスくん?」

「あはは!アルスって呼び捨てでいいよ!僕もリィンって呼ぶし」


楽しげに笑う彼…アルスの頬を切り揃えられた髪がくすぐっている。


(アシンメトリーっていうんだっけ。それによく見たらただの茶髪じゃなくて、緑のメッシュも入ってる…!)


リィンは少し奇抜なそれに目を奪われた。

とはいえ、じっと見つめるようなヘマはしない。第一印象は大事なのだ。


ふと、カタンと音がして意識を彼に戻すと、何故かその優しげな顔が目と鼻の先に移動しているではないか。


「へ!?」

「ね、ね、ラントリイってどんな所?どんな魔獣とか精霊がいるの?やっぱり、こことは全然ちがう?キミの住んでた所の近くにはどの系統が…」

「ま、まってまって!」

「あ、ごめんね!つい…」


椅子から身を乗り出さん勢いだったアルスの前に思わず両手のひらを向けると、彼はしまったといった顔で仰け反った。

ホッと力を抜くと同時に、リィンは彼の机の上に広げられていた物に気付く。

紙製の魔獣図鑑だ。それも、かなり使い古した。


あの一瞬、新緑に吸い込まれそうだと思ったのは、あながち間違いではなかったらしい。

彼はまぎれもなく、リィンから知識を吸い込みたかったのだ。


なぁんだ、同類か。

内心したり顔で、わかるわかる気になっちゃうよね私もここの事すっごく気になるしと頷く。勿論表面には出さない。初対面でニヘニヘした顔を見せるのはまずいので。


「えっと…良かったら今度、私の持ってる図鑑見る?」

「え!いいの!?ありがとう是非!!」

「はいそこ!早々に仲睦まじく談笑してるんじゃないわよ!うらやましい!!」

「ち、違いますよ先生!?」


こんなに堂々と話していたのだから怒られるのは当然として、何故アルスは耳を赤くしているのか。

閑静な田舎で純粋培養されていたリィンは首を傾げるのみであった。


「もう!静かに!これからカリキュラムの説明をするわよ!みんなは一年前にも説明されて知ってるでしょうけど、決まりだからちゃんと聞きなさい」


少し芯の通った声になったガウラに、リィン含め教室の生徒達はピッと背筋を伸ばす。


「ここ、セントール学園は知っての通り三年制。一年生は座学が中心で、みんなも机にかじりつきながらテストの点数に一喜一憂してたわよね。中には追試まみれの子も…」

「うげ、先生、オレを見ないでくださーい」

「「「あはははは!」」」

「こほん。次の二年生…つまりあなた達だけど、一年生の時とは真逆になるわ。実習…校外活動がメインで、椅子に座る余裕もなくなるかもね」


郊外活動と聞いて、リィンの目は輝いた。

ぶちぶちと父の転勤に文句を言っていた彼女を最終的に頷かせたのは、このユニークな授業体系にあったのだから。


「で、最後に三年生。来年になると、プロの魔工技師や魔法研究員、魔獣研究者や警察、医者、農家や漁師…とにかく、あなた達がなりたいと思った職業の人に弟子入りって形でつく事になるの。主に学園の卒業生達が協力してくれるわ」

「すごい…けど、一年で進路なんて決められるのかな…?」

「勿論迷う子もいるわね。でも…大体の子は二年生の実習中に自分の道を見つけるわよ」


リィンの呟きを拾ったガウラは、どうしてか自信満々に答えた。

ニンマリと悪戯っぽく持ち上がる口端と、真摯な光を宿した瞳は酷くアンバランスにも見えたけれど。


「さて、まだ時間も余ってるし…魔法のおさらいでもしましょうか。実習中は嫌でも使う羽目になるんだもの」


そう言うとガウラは、板書魔具(ホワイトボード)にスラスラと文字を書いていった。


「ここ、エルーセ・ウルナに存在するすべては、魔力と呼ばれるエネルギーを持っているわ」


イメージしやすく言えば、魔力はもう一つの血液のようなものである。

個体ごとに違う性質や情報を持っていても、"血"という根本は同じ。

魔力もまたそれと同じく、種族ごと個人ごとに性質こそ異なるが、根本は同じ…産まれ落ちる瞬間にエルーセ・ウルナという巨大な骨髄から授かった力に相違ないのだ。

尚、血液とはあくまでも比喩であり、実際は血を持たない鉱石や空気中にさえ魔力は存在している。


「この魔力をそのままエネルギーとして利用する事も勿論出来るけど…じゃあアルス。魔法って何なのかしら?」

「え、僕!?えぇと…魔力を火や水に変えたり、何かを瞬間移動させたり、目に見える以上の情報を脳に伝えたり…など、何かしらの意味を持たせて使用した場合、それを大きくまとめて魔法と呼びます」

「何よ、教科書そのままで面白みが無いわね!フンッ、正解よ!」


当てたのに怒られるとはなんと理不尽なのだろう…リィンは戦慄した。

これが都会なのかと要らぬ誤解を抱えた彼女に構うことなく、というか気付くことなく、ガウラは板書用のペンをクルクルと回す。


「指先一つで火が出せたら、手を開いただけで水が出せたら…ええ、とても素敵よね。でも、あいにくそんな簡単な話じゃないわ。ネコヤ、どうしてかしら」

「えっとぉ〜、そもそもぉ〜、人間は魔法を使えないからですぅ〜」

「その通り!残念だけど、人間には魔法を使うための機能が無いの」


魔力を魔法に変換するには、魔力という材料から魔法を組み上げる設計図と工場が必要になるのだが…人間にはこの工場に当たる器官…魔法回路(リトス)が無いのだ。

この器官を持つのは魔獣と精霊、一部の魔植物だけである。

ちなみに、魔獣は普通の動物と違って魔法を扱える動物の総称で、魔植物はその植物版。精霊は体のほぼすべてが魔力で出来た、生物の祖とされる神秘的な種族の総称だ。


「でも人間は今、当たり前のように魔法を使うわよね?じゃあサワナ、そのカラクリは?」

「はいはいはーい!あのねー!魔道具使ったりー、魔獣や精霊にお願いしまーす!」

「契約した、が抜けてるけど…まぁいいわ」


魔道具とは、魔法の設計図…魔法式(マギテクト)と魔法回路を人工的に機械や道具の中に組み込み、魔力を流せば決まった魔法のみ発動可能にしたものである。

例えばガウラの使っている板書魔具(ホワイトボード)は、薄く張られた障壁魔法で半透明な板を作り、ペン先から放たれる色変魔法でそこに文字を書いているわけだ。

魔道具技術一つで人類の歴史は大きく動いたと言っても過言ではない。


一方、魔獣や精霊にお願いするとはどういうことか?

実は至ってシンプルな話だ。


「人間は魔法を組み立てる事こそできないけど、いわゆる設計図は作れるのよね。それを契約している魔獣や精霊に渡して、代わりに魔法を使ってもらうの」


要するに委託である。

こちらに関してはリィンもよく知っている。

ラントリイには魔道具の技術こそほとんど入ってきていないが、その代わり魔獣や精霊に協力してもらう事がしょっちゅうなのだ。

リィンの母だって、契約精霊に食器を洗うための水を頼んだり、洗濯物を乾かすための風を頼んでいたり、押し入って来た強盗を風で切り刻んでもらったりしている。


(ママもパパも精霊と契約してるんだよね…でも、私はやっぱり魔獣派…!あの靭やかだったり力強い姿から繰り出される魔法と体術の応酬がもう、好き!!)


リィンは無類の魔獣愛好者であった。


「魔道具より魔法のバリエーションが広がる分、難しい事が多いのが魔獣や精霊の使役よ。あなた達はその長所も短所も頭に叩き込んでるでしょうけど、何度だって復習しておきなさい」


と、ここまで話したところで"カラーン、カラーン"とチャイムが鳴った。


「さ!今日は新学期初日だし、ここまでよ!明日からすぐに実習だから、しっかりと準備しなさいね!あ、リィンくんはちょっと用があるから帰らないでちょうだい!」


起立、礼、さようなら。

このあたりはラントリイのスクールと変わりない。

弛緩した空気が流れる中、リィンの近くにはやはりというか、クラスメイト達が押し寄せてきたのであった。



「…大丈夫?」

「な、なんとか…」


私は液体型精霊(スライム)だったかもしれない。

ぐったりと机に突っ伏したリィンは、疲れた頭でそんなことを思った。

頭上でアルスが苦笑する気配がする。


クラスメイト達は、ラントリイの同年代よりよほどエネルギッシュだった。

興味津々の四文字を顔に貼り付け、リィンの生態レポートでも作るのかと思うくらいには質問攻めである。


「あはは、人気者だったね」

「…助けてくれてもよかったんだよ?」

「うーん、皆の気持もよくわかるし…リィンだって別に嫌じゃなかっただろう?」

「ぐっ…それは、そうだけども」


彼の言う通り、嫌だったわけではない。むしろクラスメイトと仲良くなれて嬉しかったのだ。

興奮気味の彼ら彼女らと一度に会話するのは、闘牛型魔獣(タウルム)の群れと戯れるくらいには大変だったというだけで。


幸いだったのは、"もっと話したいけど準備しなきゃ"と皆が早々に引いてくれたことだろう。


「そういえば、アルスは残ってて大丈夫?皆、その…準備?しなきゃって言ってたけど」

「ああ、それは…」


『ピンポンパンポーン…あーあー、二年生のリィンくん、二年生のリィンくん、第三実習場にお越しください。繰り返します…』


「第三実習場…?」


どこだそれは、と分かりやすく顔に出てたのだろう。

ふはっと吹き出したアルスは、薄いガラスの向こうに光る新緑の片葉を茶目っ気たっぷりに閉じた。


「道案内が必要だと思って」


ちょっとキザだな、と思ったのは内緒である。

というか、善意ということにしたいなら…もっと探求心を瞳の奥に隠すべきだろうに。そんなにラントリイの子が珍しいのだろうか。



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