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プロローグ

書き溜めて投げる方式。


繰り返し響く爆音と、絶え間なく走る悲鳴。

また一つ、また一つと建物が爆発していく。

今目の前で起きている悲劇に、魔獣も精霊も人間も等しく逃げ惑うしか出来ないでいた。


「ーーーー!ーーーー!」

(どうしたの、マスター)


あまりにも悲痛に自分を呼ぶ声がして、起きなくてはと思うけれど…身体は全く動かない。

痛くて、苦しくて、熱くて、気持ち悪くて、あまりにも重かった。

目蓋でさえも持ち上がらないくらいに。


「……せない!っ、……せないからな!!」

(なぁに?聞こえないよ、マスター)


ぎゅっと体を包む温もりに、ぼくは初めて自分が抱きしめられているのだと理解した。

縋り付かれていると言い換えてもいい。いつもより慎重に、けれども必死にぼくを抱く腕は、びっくりするくらい震えていた。


なら、安心させないと。

この不器用なマスターは…兄弟は、すぐに一人で傷ついて、平気で無理をしてしまうから。

でも小さなぼくには何もできない。

だからせめて、一緒にいるよって…教えてあげないといけないんだ。


「ク、クゥ…」

「っ!ーーーー!…待ってろ…絶対に、わたしが…!それまで…耐えてくれ!」


何の話なのかは分からない。

バラバラに散らばっているぼくの記憶にあるのは、凄まじい熱に身体を殴られたような衝撃と、回る空と、ヘドロのように纏わりつく…重くて苦しい魔力。

それと、手を伸ばすキミの…泣きそうな顔。

やっぱり分からない。どうして今、こんな事になっているのか、全部。


ただ一つ、確かなのは…キミを一人にしてはいけないってことだけ。

だから、キミの言葉通り、耐えて、待ってるよ。


ぼくの大切なーーーー


………―

……―

…―


「クァ…?」

「やあ、おはよう。魘されていたようだが…大丈夫か」


キラキラと注ぐ朝日に目を細め、遠のいたあの日の影を追い払う。

そして、魘されていたらしい己より確実に顔色が悪いだろうその人を見上げた。

彼は己を上から下まで確認すると、すぐに目つきが悪いと常々後輩とやらに指定されている目を柔らかく溶かす。

それだけで、ただ、嬉しくなる。


「ククー!」

「ふむ?随分とご機嫌だな。もしや悪夢ではなく、いい夢でも見ていたのか?…いや、それにしては苦しそうだったが…」

「クゥイ」


間違っていないよ。

確かにあの日は悪夢みたいだったけれど、人々は、キミですらあれを悲劇だと言うけれど、それでも、大切な日だったとも思うから。


だって、だって…


「クーゥ!」

「おっと、どうした?珍しく、随分と甘えただな」


ぼくとキミのスタートラインだろう?


「さてと、ほら、支度をしよう。今日はあそこの計測に行きたいからな」

「グ…」

「…そんな顔をするな。必要なことだ」


ぼくはあれを始まりと呼ぼう。

だって、始まりなのであれば…終わることが出来るじゃないか。

そんな日を、ぼくは願ってる。キミが、兄弟がそんな顔をしなくてよくなる日を。


ふと、嗅ぎ慣れたカタルシアの風が、知らない香りを運んできた気がした。


ー異国から来た少女ー


神秘と人と獣の世界"エルーセ・ウルナ"。魔法という神秘の力を軸として、人と魔獣と精霊が共に生きるこの世界は、かつて大きな一つの大陸だったという。

しかし、いつしか争いが絶えなくなり、それを憂いた創造神が大陸を細切れにして海に浮かべてしまったそうだ。

そうして、それぞれの孤島は独自の文化を持つ国となり、海は争いを喰らう壁となった。それが遠い遠い、あまりにも遠い昔の話。


ーーこれは、そんな神秘と人と獣の世界のどこかに存在した…浄化と再生の物語ーー


「リィン!そろそろ起きなさい。今日から学園でしょう?」


そんな母の呆れたような声が、幸福な惰眠を貪っていた少女…リィンを現実へと浮かび上がらせた。

努力して持ち上げた目蓋の向こうに透き通った朝日が煌めき、少しばかり眉間にシワが寄る。

次いで身体を起こし、伸びをすれば、やや覚醒した頭がようやく世界を認識した。


薄いラベンダー色の壁は真新しく、見慣れた場所にシールの跡がない。物足りないから後で自分好みに飾り付けてやろうと、彼女はひそかに心に決めた。

逆に、ベッドと反対側に置いてある机は中々年季が入っており、力作のデコレーションとお気に入りのデフォルメ魔獣シリーズのフィギュアが所有者の好みを如実に伝えてくる。


その横、部屋の隅にはまだ開けていない段ボールが三つ。

滲んだマジック曰く、一つは「本」、もう一つは「服」、それと「ぬいぐるみ」…これが一番大きい。早めに片付けるべきだが、いつになるかは彼女のやる気次第だ。

何せ、彼女は今日から家を離れるのだから。


窓際のカーテンは白いレース。朝日を柔らかく濾して、床に淡い光の網を描いている。

その向こうには、数日前から見ていてもまだこれっぽっちも見慣れない街並みが広がっていた。

高層ビルのガラスがキラキラと光って、その隙間から、遠くに見える緑の丘の輪郭がのぞく。


それを見るたびに、ああ自分は遠き"ラントリイ"からここ、"カタルシア"に引っ越してきたのだと実感が湧いた。

いかんせん、あちらにはこんな立派な建物はなかったから。


"ラントリイ"は、いわゆるド田舎中のド田舎と言える小国だ。何せ、魔法科学(マギアケミア)魔法工学(マギアマキア)がぐんぐんと発達しているこの時代に、まったくそのテの技術が浸透していない国なのだから。

かろうじて映像魔具(テレビ)は行き届いているが…通信魔具(スマホ)はからっきし。

今なお魔力エネルギーではなく、電気や電波に頼っているのはラントリイくらいだろう。


「リィン?」


しばらくぼぅっとしていたからか、心配した母が扉から顔をのぞかせる。

リィンはもう一度ぐっと伸びをしながら、ようやくベッドから立ち上がった。


「起きたよ、ママ。おはよう」

「はい、おはよう。あら…教科書、机に置きっぱなしで大丈夫?今日使うでしょう?」

「平気だよ。あれは一年生の分で、内容は前のスクールで習った座学とそんなに変わらないもん。二年生からは実習が主だから、教科書は特に必要ないんだって」

「そう?それならいいけど…とにかく、朝ごはん食べちゃいなさい」


はぁい、と気の抜けた返事を返し、リィンは換気のために窓を開ける。

そっと入り込んできた風がカーテンを揺らし、こもっていた部屋の空気をかき混ぜた。

朝日を反射したホコリが小さな光の粒のように舞っている。


リィンは思わず顔を上げて、深く息を吸った。


(やっぱり、違う)


吸い込んだ空気は、ラントリイのそれよりも少しだけ重い。

青みがかった湿り気。遠くの草の香り。それに、鼻の奥をかすかにツンと突く、金属の焦げたような……甘くて苦い不思議な香り。

こんなに綺麗な空の下にいるのに、どこか鬱屈とした印象を受けるのは何故だろう。

まるで…深呼吸を忘れた肺の中で空気が停滞しているような、そんな感覚。


これがラントリイにはなかった、カタルシアだけの空気だ。


(私はここに根を張るんだ)


数日前から過ごしてはいるが、編入を控えた今日はより一層それを意識した。

リィンは不安よりもずっと強い期待に胸を高鳴らせ、言葉に出来ないそれを表すようにリズミカルに階段を鳴らして降りていく。


「今日のごはんは何?」

「トーストと目玉焼きよ。まだちゃんとお買い物ができてないの」

「いいよ。ママのシンプルなトースト…好きだし」

「はいはい」


軽く口を濯いだ後、いそいそとテーブルについたリィンは、いただきますと手を合わせると、やや野性的にガリッとトーストを齧る。…今日のパンは少し焦げ気味らしい。

母の契約精霊が心配そうに見てくるので、大丈夫と笑って手を振った。


「ところでパパは?」

「お仕事。朝早くに出ていったわ」

「ふぅん…パパの仕事の都合についてきてあげたんだから、少しは家族サービスとかすればいいのに」

「まぁまぁ、そう言わないの」

「ママだってパパとのんびりしたいって言ってたじゃん。それに、私だってパパと家でゴロゴロしたい」

「あら、それなら編入は取りやめる?残念ねー"国を旅するのが授業の一環なんて面白そう"って言ってたのにー」

「まって!!取りやめない!取りやめないから!」


くすくすと笑う母の意地悪に、反抗期の欠片はさっさと霧散した。

リィンは口を尖らせ、素直に白状する。


「だって、ここ、見たことのない魔獣がいっぱいいるんでしょ?ラントリイの魔獣達も好きだけど…私、もっとたくさんの魔獣に会いたい。旅をしたらそれが叶えられるんだよ」

「そう。なら、お父さんに不満をぶつけてないでたくさん頑張らないとね」

「…うん。うん!」


朝食を再開したリィンの意識は、すっかりまだ見ぬ世界へと向けられている。

その瞳は、朝日よりも澄んだ色でキラキラと煌めいていた。



花咲く小さな町、フランワール。

中央都市区セントールの郊外は雲一つない快晴だ。


行ってきます!と元気のいい、けれども聞き慣れない声に、人々が振り返る。

そんなご近所さんたちにご機嫌な笑顔で挨拶を残し、リィンは渡された紙地図を片手に辛抱たまらんと駆け出した。


背中で跳ねる母からのお下がりのバッグは、リィンの体には少しばかり大きい。けれどもそれも御愛嬌。年季の入った丈夫な生地が、リィンの駆け出すリズムに合わせて重たく、けれど頼もしく背中を叩く。


踏みしめる土はラントリイのしっとりとした黒い土とは違い、どこか白くて人工的な軽さがあった。

ジャリッと音が鳴るたびに、履き慣れたショートブーツが慣れない地面に驚いているみたいだ。なんて。


「…ん?」


ふと、リィンは道端の花に目を奪われた。

見たことのない花。綺麗だけれど…何だか怖い。そのギャップが魅力的に映ったのか、リィンは無意識に手を伸ばした…刹那。


「こらこら!それには触っちゃいかん!!」

「ひゃっ!?ご、ごめんなさい!!」

「あ、いや、こちらこそすまん。驚かせるつもりはなかったんじゃ…」


恐る恐る下げた頭を上げると、近所のおじさんが朝日を反射する頭に手をペチペチと当て、バツの悪そうな顔をしていた。


「嬢ちゃん、その花を触ろうとしたじゃろ」

「えっと、ごめんなさい…見たことなくて、つい…」

「あー、あー、怒っとらんよ。ただ、その花は危険じゃから、注意したかったんじゃ」

「危険?」

「そう。その花…というより花に擬態した魔植物なんじゃが、噛みつく上に毒があってなぁ。そも、カタルシアに咲く花は毒が含まれているものが多いんじゃよ。勿論、全部ではないが…」

「ど、毒…!?」


さっと青ざめたリィンは、改めて花を見た。途端、綺麗に見えていたそれが毒々しく恐ろしいものに見えるのだから、子供とは単純である。


「嬢ちゃん、これから学園じゃろ?遠くから来た嬢ちゃんにとって、道中は珍しいもんだらけじゃろうが…変なモンにはなるべく不用意に触らないよう気をつけるんじゃぞ」

「…はぁい」


新しい地というのは、どうにも難しいらしい。

リィンはやや肩を落としたが、それでもワクワクは消えなかった。むしろ、増したといってもいい。


(こういう新しい発見が、これからきっとたくさんある!)


ここからでも見える大きな建物に、そこで経験できるだろう未知に、期待するなと言う方が無理だった。


「よし、行こう!」


煙を吐き出す大きな機械のついた門は果たして、歓迎してくれるだろうか。



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