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15.フィオーレの傷跡


それは、フィオーレ自治区が抱えた傷の話。


「フォレスタの…ううん、フィオーレ自治区の始まりはねー、小さな農村だったんだ。広大な森の中にポツンと出来た、小さな小さな村」

「農村というと…ファームルワですか?」

「あはは!そのとーり!君も行った?まぁ、当時はもっともっと小さかったけど…純白孔雀型大精霊(プルガティウス)が残した木から、歴史は生まれたんだよ」

「プルガティウスの…?」


リィンはファームルワで聞いた神話と、目と肌で感じたあの巨木を思い出した。

歴史の始点に立っていた事実に、少し胸を震わせる。


その昔、プルガティウスの残した巨木の麓に人々は村を作り、住み着いた。

巨木から流れる澄み渡った魔力は土壌を豊かにし、空気も水も穢れない美しさに保ち、故にその土地で育てた野菜は一級品。

栄養も実りも満点なそれは飢えと病を退け、人々の生活をより豊かにしたという。


「でも良いことばかりじゃなくてねー、いや良いことではあるんだけど…」

「豊かさと健康があれば数が増える。人間も獣も精霊も変わらんだろ」

「もー、何で君入ってくるのー?その通りなんだけどさ」

「えっと、つまり人口が増えたんですよね?いい事じゃ…」

「ふん!お子ちゃまめ!小さな村が増えた人口をどう支える?住む場所も食糧もすぐに足りなくなるに決まってるだろ」


シャフトの言い方は鼻についたが、理解はできた。

豊かさは人口増加に繋がったが、代わりに土地が足りなくなったのだ。

人が増えた分食糧需要が増加するのは当然で、しかし畑には限りがある。

同じく家が必要になっても村の広さには限りがあった。

故に、人々は土地を求める事になる。


「でも大昔のフィオーレ自治区って、どこまで行っても森と山だったんだってー。自然が豊かすぎちゃったみたい」

「だが、人間は土地を欲している。そうなると当然、選択肢は一つだ」

「人間は、木を切り始めた…ですか」


東の果ての絶壁まで行っても木しか無いと分かった人々は、そこから少しずつ木を切り、自らで土地を作り始めたらしい。


「どうして村から遠い場所から始めたんですか?近いほうが便利なんじゃ…」

「お子ちゃまにしては良い着眼点だ。俺もそう思うが…当時の人間には信仰って病が蔓延っていたからな」

「どうして大精霊と巨木を祀り上げていたって話をそんなに悪く言い換えるかなー?嫌な奴ー」

「なんだと!?」

「えっとつまり…神社の境内にある木を切っちゃいけないって考えと同じ感じですかね?」

「例えが独特だな貴様…間違ってないが」


御神木から離れ、躊躇いもなく木を切る事が出来た人々は、元の村よりも広い土地を作り上げた。

そして新たに生まれた広い土地にたくさんの家を作り、畑を作る。

巨木の麓ほどではないが、流れ満ちる魔力はここまで健在で、肥沃な土地はまたしても豊かな恵みを人々に与えてくれたそうだ。


「でも…それ、繰り返しじゃ…」

「そうなんだよねー、豊かになれば人が増えて、人が増えれば土地を増やして…その繰り返し!」

「さながら永久機関だな。まぁ、実際は…"永久"とはいかなかったが。だからこそ、人間は自分達の発展のため次の段階に進んだんだ!」


長い年月をかけて人口と土地を増やし、いつしかフィオーレ自治区の半分近くが拓かれた頃、これ以上木を切るのはいかがなものかと意見が出始めた。これまで豊かさを支えてくれた、満ち満ちていた緑属性の魔力に陰りが感じられたからだ。

そこで、人々が次に考えたのは、今ある土地でより沢山の豊かさを得る方法だったのである。


「ふむん?魔獣と精霊に協力を求めたんですね!」

「うーん…そういう試みが無かったとは言わないけどー、浸透はしてなかったね!」

「そもそも、魔獣も精霊も当然食事を必要とするからな。魔獣は足りない食糧を更に圧迫するし、精霊は土地や作物の魔力を食らって不作をもたらしてしまうわけだ!」

「それに当時は魔獣と精霊と人間の関係ってかなり微妙でねー…」


リィンは少し落ち込んだ。故郷でも先日のファームルワ農業地帯でも見た光景なので自信はあったのだが…

食糧を圧迫するのは、確かにそのとおりである。リィンもソキウスと契約し、ウィズという同行者が増えたから身に染みている。


それと、ハシリの濁した言葉を理解して納得もして、悲しくなった。

自分達の住処である森をどんどん減らしていく人間に、いい感情を持てというのは難しいだろう。


「うーん…じゃあどうやって…」

「馬鹿か貴様。今貴様を守っている口のソレや、話のきっかけになったものを忘れたのか節穴め!」

「何でいちいち棘のある言い方するんですか!?」

「まーまー、とにかく、じゃじゃーん!ここで道具、ひいては魔道具が登場してくるんだよねー」


人々は便利な道具を作り出し、農作業を効率化していく。

それは時代が進むほどにどんどん進歩し、魔法科学や魔法工学の発展と共に加速。やがてほとんど人の手が必要ない程になっていったのだそう。

そうして、人間は新たに時間という富を得た。


「リィンちゃんに質問!お仕事とか学校とかそういうのぜーんぶ無くなったら何したい?」

「えっと、魔獣の観察とか精霊の生息地を見に行ったりとか他の国の固有種を」

「やめやめ!!人選ミスだ!自由を得た人間が次に求めたのは娯楽だ!貴様もほら、ゲームとかやるだろ!!」

「花札ですか?」

「チョイスが絶妙に古臭いな…」


ただ実りがあればよかっただけの時代は去り、人々は便利さや生活を充実させる事を求めていく。貪欲に、強欲に。


「で、次に不足し始めたのはシンプルに金だ。魔道具なんて特にそうだが、何を作るにも結局は莫大な金がかかる」

「技術が進歩すればするほどねーこればかりは仕方ないんだよ」

「お金って事は…あれ?でもそれって、一次産業…農作物に戻りませんか?」

「そのとーり!だからまた、作物をどれだけ沢山効率よく作るかの話に戻るんだよねー。けど…時代が進むにつれて、その方法って過激になっちゃったんだよ」


豊かさの味を占めた人々は、使える魔道具を使えるだけ使い、かつて止めていた伐採すらも再開して畑を増やし、さらには作物の遺伝子を好き勝手に弄り倒し、過剰な成長を促す魔法薬を作り始めた。

手が足りないからと契約した魔獣や精霊達も酷使し始めたという。

リィンはぎゅっと眉をひそめる。

分かりやす過ぎてハシリは笑い、シャフトは呆れの眼差しを向けた。


とにかく、人々の欲はもはや止まることを知らず、必要な資源は惜しみなく使い、欲しい結果をひたすらに求め続けたらしい。


「当時は凄かったらしいぞ!!作物を通常の何倍も実らせるための品種改良や魔法薬の製作!季節を問わず作物を実らせ、成長速度すら上げる魔道具!作物そのものを家ほどに巨大化させる技術なんかも…」

「あー、あー、熱量が煩いよー!」

「凄いのは確かにそうかもしれないですけど…さすがにやり過ぎでは?」

「そー!やり過ぎたんだよ。んで、何事も因果応報ってのがあるわけでねー」

「ふん!まるで人間が悪事でも働いたような言い方だな!!」

「実際、自然から見たら大悪党でしょーが!とにかく、そーゆー無茶な開発には手痛い仕返しが待ってたわけ!」


長い年月で痛みを与えられ続けた世界がようやく悲鳴を上げたのだろう。

ふと、リィンはいつだったか見た病の話を思い出す。

気付かず進行し、異変を感じた時には手遅れ…そんな話を。


「まず分かりやすかったのは魔力の変化と環境変化。緑属性や青属性魔力の減少と、赤属性魔力の増加…例えば気温の上昇だねー。それこそ、夏場は氷があっという間に溶けちゃいそうなほどだったらしいよー?」

「そんなにですか!?それ、作物に影響…」

「しないわけないだろ。収穫量は当然減った。ま、冬は雪害がないって呑気に喜んでたらしいがな」


リィンは夏に強い方だと自負しているが、さすがにそれほどとなると自信がない。

夏バテが多かっただろうとの彼女の予想は当たらずとも遠からずで、暑さにやられる人が増えて研究開発も農作業も滞っていったそうだ。

  

「魔力が不安定になったせいか、ダンジョンも多発してな。そのせいで人手なんてまるで足りなかったらしいぞ」

「作物の収穫量よりダンジョンによる死傷者の方が多かった時代もあったみたいだからねー」

「ひょえ…」

「他に分かりやすかったのは…地面だな。どんなに水をまいてもすぐ乾くし、ひび割れが酷くなっていったんだ」

「要するに乾燥し放題ってことー!畝も作れないほどサラサラだったんだってー」

「それって最早砂漠じゃないですか!?」

「したよ、砂漠化。今も残ってるしねー」


思い出されるのは、フォレスタを目的地にする前に確認したマップ。その、北東に存在していた砂漠だ。


「それもこれもみぃんな木を切りすぎて、緑属性魔力がカツカツに枯渇したせいなんだよー。でもそれに気付いたのはかなり後!」

「その頃には砂漠化に地盤の脆弱化、地割れ、陥没、ダンジョン化で街も畑も大打撃だったみたいだがな」

「そんなに…?」

「あははー!たかが木って思うかもだけど、木とか草とかって魔力循環においても自然環境においても色々大事な役割があるんだよー!」


理論上、白属性魔力は何もなければ等しく他の属性へと転化するとされている。白属性が10あれば、赤2青2緑2茶2黄2といった具合だ。

しかし環境の状態に応じ、その転化の割合を変えていくらしい。森なら赤1青2緑3茶3黄1、海なら赤1青5緑2茶1黄1…などといったように。

つまり、豊かな魔力が森を育て、豊かな森が潤沢な緑属性魔力を生むのだ。

これが草木が魔力循環にもたらす役割である。


そうやって上手く分配していたのに、元々森であった環境を急に損なったせいで大きく乱れた結果、緑属性への転化がゼロに近くなった…というわけである。


自然環境における草木の役割は言わずもがな。今は割愛しておこう。


「…ま、山が崩れた後に気付いたところで遅かったわけだけどねー」

「山…って、ありましたっけ?高原はありますけど…」

「はっ!今の地図を見た所で無駄だぞ。丸ごと崩れてなくなったんだからな」


かつてフィオーレ自治区には、高さは然程なくとも立派な山が一つ聳えていたらしい。場所はおよそ、フォレスタとファームルワ農業地帯の間ほど。当時はその山肌を街の壁としていたそうだ。

しかし、木々を伐採されて丸裸に近い状態にされたその山は、木の根による支えを失って…ある時、大雨と共に流れ消えたらしい。

もはやそれは、土砂崩れという言葉の範疇すら超えるほどの災害だった。


「それ、街とか大丈夫だったんですか?」

「大丈夫じゃなかったよー!だって山一つ分だよー?まだ街一つ保護できる魔道具技術だって出来てないんだから、モロ被害!機能停止って言っても良いくらい。街も畑もね!」

「だが、作物を作らないわけにはいかん。食糧としても復興資金の為にもな。だが、ここでもう一つ問題が露見した」


まだあるのかと驚かずにはいられない。まさに、坂を転がり落ちるようにという言葉がぴったりだ。

リィンはそっと腕をさする。

ただ、素直に恐ろしかった。だっておそらく…これはまだ、これでもまだ、皆の言う"悲劇"ではないのだろうから。


「魔道具や魔法薬をろくに使えない状態で作物を育ててみて驚きだ。当然だよな、育たなかったんだから」

「育たなかった、って…」

「土がもうダメだったんだよ。今まで魔法の力で誤魔化してただけで、もう作物を育たせるだけの栄養すらなかったみたいー」

「それと、魔力エネルギーの使い過ぎによる黒属性魔力の増加も原因だな」

「魔力エネルギーの仕組みって確か…白以外の属性を反応させて、黒属性に変わる瞬間に発生するエネルギーを利用する、でしたよね」

「そー!有害な魔力を空気からも水からも土からも吸収してるようなものだもん。栄養もない!環境も悪い!そりゃ育つわけないよねー」


フィオーレ全体の魔力の大半を黒属性が占め、しかし魔力循環はまるで間に合わず、ゆえに唯一作物に与えられる水にも土にも有害な魔力がずっと溜まっている状態。当然作物は病気になる。


それに加えて痩せた土壌だ。

森も木も無い更地に腐葉土は出来ず。

動物も住み着かなくなった更地には堆肥も出来ず。

肥料だって、その匂いを嫌って使っていなかった。


栄養素を絶たれた土は痩せ細り、周囲の環境はむしろ害で、作物を育てていたのは外から投与されていた魔法薬だった。

病を患った骨と皮だけの人間が、腕に刺さった点滴のみで生かされている…そんな状態だったのだ。


「だから、だ」

「え?」

「だから、御祖父様達は、研究者達はこれをどうにかしようと尽力した!素晴らしい人達だろう!?皆が狼狽える中、立ち上がったんだからな!」

「はー!?何言ってんのー!?確かに、どうにかしようと思ったのは凄いことだよ?でも…でもそれが引き金になったって知ってるよね!?」

「引き金って、一体何したんですか」

「答えは今蝕化魔力(カルマギア)を吐き出してる源だよー」


異常気象と悪化していく環境、減っていく収穫量、ガタガタの魔力。ようやく街を復興出来たところで、状況は最悪だった。

復興と不作で金の巡りが悪くなり、便利な生活は一変。

魔道具の製作費も購入費もメンテナンス費も出せず、魔法薬を買うお金も無い。

出来る限りは人力で。もしくは獣や精霊の手で。

それこそ、農業なんかは特に。人も獣も精霊も朝から晩まで休みなく働いていたらしい。 

一言で言えば、超がつく貧困。


そんな時代が長く続いた先…今から30年前。"悲劇"が幕を開ける。


「どうせもう土はダメなんだ。だから御祖父様達は、いっそ人工的に作った特殊な魔力を土の代わりにして地面を満たし、それを新時代の土壌にしようとお考えになったのだ!!」

「狂気の沙汰だよ…ほんとさー」

「新時代…あ、フォレスタの店先で見ました!観葉植物が植えられてたゼリーみたいな土ですか!?」

「貴様にとってアレが新時代の物なのか…??」

「んー、アレは水で膨らんでるけど、それを魔力に変えたら似た話になるよー!」


研究者達は魔法薬を作り、畑の地下に魔道具を埋め、その新技術を実用化一歩手前までこぎつけた。しかし、安全性が確立できていないことを理由に使用許可がでなかったらしい。


「ふん!頭の硬い馬鹿は嫌になる!あの素晴らしさが理解できないなどありえない!!だいたい…」

「それで、研究者さん達は諦めたんですか?」

「諦めてくれてたらよかったけどねー」

「おいこら聞いているのか!?」


研究者達は自分達の作った魔道具とシステムに自信を持っていたし、他の自治区の著名な研究者と共同開発した魔法薬も素晴らしいものだと疑わなかった。

だからこそ、認められない事が許せなかったのだろう。


安全性の確認が必要なら、やってやろうではないか。

そうして、功を焦って暴走した研究者達が勝手に実験場に使ったのは、街から一番遠い場所…


「街が東の果てにあったなら…一番遠い場所は、セントールとの境…」


そこまで呟いて、リィンは心臓が掴まれたような悪寒がした。

フィオーレ自治区のセントールに近い場所。あの美しい草原。

しかし、そこは元々どんな場所であり、どんな事があったとベルセルは言っていただろうか?

どんな記憶を…突発ダンジョンで見ただろうか?


「そう。今のセントール付近…誰にも見つからない森の中で、"事件"はおきたんだよ」


埋めた魔道具を通し、水と強力な魔法薬が浸透魔法と共に森の中に設えた実験場を満たした。

しかし、その魔法薬はあまりにも強力過ぎたのだ。

浸透魔法の制御が甘かったのか、実験場から漏れ出た魔法薬により森の木々が凄まじい速度で枯れ始めたのである。


「栄養だろうが魔力だろうが何だろうが、何事も過ぎれば毒でしかないんだよねー」

「実験をすぐに止めなかったんですか!?」

「止めたかったさ!!だが、できなかったんだ!倒れた木々に巻き込まれ、急速に発生した黒属性魔力で中毒症状を起こして…ほとんどの研究者は…!」

「そんな…っ」


しかし、悲劇はまだ終わらない。


実験成功の知らせを待っていた街の研究者達は、いつまでも来ない連絡にしびれを切らした。

そこで一部の農家に頼み込み、こちらもまた実験を始めたのだ。


「じゃあ、また枯れて…?」

「いいや!偉大な先人達が作り出した作物は強かったからな!魔法薬の効果で数日足らずで立派な実をつけたぞ!!素晴らしいだろう!」

「その実はまるまる超猛毒かつ黒属性魔力の塊だったけどねー」

「え!?作物が毒になったんですか!?」


人に弄られた作物の遺伝子と変に反応してしまったのではないか、と言われているらしい。

更に言えば、土と魔法薬が歪に反応合い、茶属性が黒属性魔力に転化。畑は土に見える黒属性魔力の塊となっていたとか。


その猛毒作物は、見た目は立派な作物に違いなく…喜んだ研究者や農家、街の住民はそれを躊躇いなく口にした。

食べてすぐは何ともなく、むしろとても美味しかったのだそうだ。

だが、一日も経たないうちに酷い腹痛に苛まれ、黒属性魔力によって毒麻痺石化とあらゆる状態異常がもたらされ、動く事も助けを求めることも何一つ出来ないまま猛毒…科学的な意味の毒が回って死に至る。


「最悪だったのは、この猛毒作物が普通の作物に紛れ込んじゃった事だねー。それと…一口食べて成功を確信したせっかちが、魔道具と魔法薬を更に広範囲に使っちゃった事。勿論無断でねー」

「ふん!それだけ事態は切迫していたんだ!焦るのも当然だろう!」

「その焦りでどれだけの生き物が被害を受けたと思ってるのさ!!」


ハシリの叫びに悲痛な音が満ちる。

作物を食べた人間が倒れ、魔獣が倒れ、動物が倒れ、精霊だって増加していく黒属性魔力で倒れ、遠くの森は枯れ、そこにいた人も巻き込まれ…

リィンは恐怖で浅くなる呼吸を整えようと努力した。


「うるさい!!御祖父様達だって皆の為に必死だったんだ!!体を壊すほど毎日毎日研究を重ね、少しでも現状を良くしようとしていた!!だが…っ、それなのに!御祖父様は人知れず森で朽ち、その功績は悪として語り継がれてる!!こんなの、あんまりだろう!」


シャフトの慟哭にもまた、悲しみと憤りが満ちている。

森で朽ちたということは、最初の実験の際そこにいたのだろう。


「そもそも!とどめを刺したのは…"カタルシアの涙(ラクリモサ)"じゃないか!!」

「ラクリモサ…?」

「…この国で降る黒属性魔力の塊みたいな雨だよー。ただでさえズタボロだった土壌と森は、これですっかりアウト!どういうわけか雨の黒属性とフィオーレの黒属性魔力が反応して…蝕化魔力に変化しちゃったらしいんだよねー。そのまま雨と一緒に地面深くまで染み込んじゃったし。あ、リィンちゃんも雨には気を付けてねー。全部じゃないんだけど、結構な確率でラクリモサだから」


そう言えば、カタルシアに来てからまだまともな雨は見ていない。

しかし、黒属性の雨とは物騒の一言に尽きる。

リィンは雨具の見直しを決意した。


「そんなわけで、フィオーレ自治区の森はほとんど壊滅。巨木に…ううん、プルガティウスの魔力に守られたノコリの森だけが難を逃れたんだー」


そして、すこし前のハシリの台詞に戻るのだろう。

彼女の祖父をはじめとする研究者が今の浄化魔具を作り、フィオーレ自治区をここまで回復させたのだ。

しかし、地中深くに埋まった傷はまだ癒えぬまま。


人が壊し、人が直す。

何とも滑稽で、勝手で…


(罪深い、か…)


いつかに聞いた呟きが、自分の心にもこぼれた。

話を聞いただけの自分ですらそう感じるのだから、当時を知る人々は一体どれほどの痛みを覚えたのだろう。

リィンにはきっと、一生わからない。分からないままでいたいとも思った。


「で?悪者くん、時間稼ぎは済んだかなー?」

「…え?」

「っち、気付いてたのか…」


突然切り替わった空気に、リィンは置いてけぼりをくらう。

こういう切り替えの速さも大人のずるいところだと、マスクの下で口をへの字にした。


「あはは!私って親切だよねー!やっさしー!あれこれ語ってわぁわぁ騒いでるけどさー、ぜーんぶ陽動でしょ?」

「ふん!だったら何だ?のこのこと出てきておいて、私は策略にはハマってませんとでも?はっ!」

「あれだよねー、浄化魔具の権限を奪いたかったんでしょ?システム設計とか魔法式でも盗みたかったのかなー?わざわざ私が昇格試験なのまで見越して、後手に回らせよう…なーんて甘い甘い!そもそも私なんて数式的なシステム周辺は苦手だから戦力になりませーーーん!」

「お前、そんなきっぱり…それでもギルドマスターか!恥を知れ!」

「でもでも大丈夫!!私には頼れるベルおじさんがいるもんねーー!あの人がいる以上、君らが権限を奪うなんて無理無理!!残念でしたーー!」

「わぁ、すっごく煽ってる…」

「クゥクゥ!クゥールィ!」

「フラーテルも誇らしげだや…まぁベルセルさんは確かに最強助っ人っぽいね」


悪ガキのように煽り散らすハシリとドヤ顔のフラーテルに、シャフトの顔がどんどん赤くなっていく。

やがて「うがーー!」と噴火した。


「なんっなんだホントに!!ああそうだよまだシステム取れてねぇよ!!クソっ何故こうも上手くいかんのだ!それもこれも、畑の方に仕掛けた演算補助の魔道具が何故かおじゃんになってたせいだ!!象型魔獣(エレパントス)が踏んでも大丈夫なはずだったのに!!」

「畑…魔道具…?ぁ、それ私だ!」

「貴様かァ!?!?おかげで計画が狂いに狂って大変だったんだぞ!!」

「大変ついでに諦めればよかったのに…」

「貴様大人しそうな顔してわりと言うな!?」

「あっははははははははは!!!」

「ギルドマスター笑い過ぎだ貴様ァ!!」


ファームルワ農業地帯で四手土竜型魔獣(クアトタルパ)の住処を侵していた機械はどうやら、シャフト達闇ギルドの連中が仕掛けたものであったらしい。

エレパントスに踏まれても大丈夫な強度とはいえ、どうやら熱対策は怠っていたようだ。ソキウス達のかまどで壊せたのはそのためだろう。


思えば確かにあの魔道具にはAを模したエンブレムが付いていた。メーカーの印かとも思ったが…何もわざわざ主張しなくともと思わずにいられない。

どうして悪党という生き物は変な所で顕示欲が出るのだろう。


「あの、ところでずっと不思議だったんですけど…なんで皆、そんなに技術?を発展させたいんですか?」

「は?進歩を求めるのは当然だろう!!便利さや豊かさは幸福に繋がるんだぞ!」

「いやいやいや…私が言いたいのは、これ以上どこを目指してるのかって話ですよ。私の故郷…ラントリイを見たことあります?通信魔具(スマホ)すらないですからね?黒電話ですよ?あの、電話線と電力で動く機械のやつ。エネルギーだって水力とか風力とかの自然頼りの発電が主です。移動はもっぱら徒歩か自転車、魔獣頼りか馬車とかです」

「貴様時間捻転魔法タイムディストローションで太古の昔から来たのか…??」

「その返し流行ってるんですか??とにかく!故郷はそんな感じで魔法技術とかの進歩なんかと無縁ですけど…皆幸福だし、豊かなんですよ」


シャフトはぐっと言葉を詰まらせる。

明らかなド田舎でも、幸福である…なんて、彼の主張を真っ向から否定するものだ。

なのに、彼にはそれに反論する術がなかった。ラントリイという国を見た事がないのも理由だが…少なくとも、そこで育っただろうリィンが不幸には見えなかったから。

そんなシャフトをハシリが嗤う。


「あはは!認めたら?フォレスタの幸福度調査、大々的に掲示出してるし知ってるでしょ?ほぼ満点!!あのねー、そんな駆け足で今以上を求めたって意味ないんだよ。むしろ過去を知る者は…発展を恐れてすらいるんだから」


そんなものがあるのかとリィンは目を丸くしているが、カタルシアでは割とメジャーなものだ。

天気予報のノリで新聞に載っているくらいである。

それもこれも、この、フィオーレ自治区のような前例があるからこそだった。


もう二度と、先走って暴走する人間を出さないように。まぁ…シャフトとアクセラリティグループとやらの存在を見ると、残念ながらあまり意味をなさなかったらしいが。


「意味?意味だと…?」


ことごとく否定され、シャフトは顔を俯かせた。しかしそれは項垂れると言うより…燃え上がる怒りに震えているようで。

顔を上げてリィン達を睨みつける目は、血走っていた。


「意味はある!!あるさ!!なきゃいけないだろう!だって、そのために御祖父様は…すべてを犠牲にしてこの魔道具を作り上げたんだ!他の研究者だって、ただ、この国を良くしたくて努力した!!それを…意味が無いなんて、言わせてたまるかよ!!」


この人が魔獣や精霊だったなら、今頃ここは業火に包まれていたのだろう。

そう思わせるほど、その怒りと思いは熱かった。

リィンは爆ぜる火の粉を幻視して目を細める。


きっと、彼もまたベルセルのように、曲げられない何かを宿しているのだろう。だからこそこんなに強く地を踏める。

それでも、とリィンは一歩前に出た。


「間違ってます。間違ってると思います!!」

「何だと!!御祖父様は間違ってなど…」

「お祖父さんじゃない!!あなたが!間違ってるんです!!」

「何だと…何を、なにを、貴様みたいなガキに何が分かる!!」

「"願わくば…"!!」


リィンはシャフトに叩きつけるように叫ぶ。実際、叩きつけたかったのだ。

あの時、ハシリの崩した山の中で見つけた…レポートを。


「"願わくばこの魔道具が、魔獣や精霊達の負担を減らす一助とならんことを"…あの魔道具の製作過程が書かれていた、著者に『テセウス』と記されたレポートに、そんな一文がありました!!」


そう、あの時どちらがベルセルの探すマニュアルか確認しようと、リィンは少しだけだが中身を見た。

あの魔道具の開発責任者である『テセウス』はそもそも、上手くいかない農産業のとばっちりを強く受けていた生き物達を救いたくて、研究に着手したらしい。


魔獣達が足を壊しながら荷車を惹かなくても良いように。

干からびるまで魔法を使わなくても良いように。

精霊達が生命力を使い果たすまで作物に力を注がなくていいように。


「あなたも見たでしょう、逃げ遅れた魔獣や精霊達を!!あんな優しい思いを込められた魔道具で皆をを苦しめるのは、絶対に、間違ってる!!」

「うるさいうるさいうるさい!!だまれぇぇぇぇ!!!」

「リィンちゃん!?」

「クゥールィ!?」


激昂したシャフトが黒い魔石を砕く。

それと同時飛び出してきた精霊の魔法…闇球(ダークボール)がリィンへと襲いかかるが…ハシリとフラーテルは一歩遅かった。

ハシリとフラーテル"は"。


「グゥルルゥ!!!」

「ソキウス!」


彼女のパートナーは、ソキウスは間一髪、その魔法をその身で受け止めたのである。

瞬間…パキンと空間が割れた。


「な…ダンジョンッ!?」


誰かの叫びに反応する間もなく、分厚い魔力に食われて視界が歪んだのである。



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