14.侵蝕区域にて
「…っゔ!」
ギルドから出て、冒険者や環境調査官に誘導されながら避難する人々の流れに逆らうこと少し。
貫いた臭気にリィンは思わず鼻を覆った。
問題の竹林区や封鎖されている区画まではまだ距離があるはずだが、ベルセルに優秀と称された嗅覚は異変を如実に感じ取る。
魚や肉、卵などの生ゴミを集めて煮詰めたような腐臭と、酸っぱさを感じる刺激臭、それと調子の悪い下水から漂ってくるようなドブ臭さ。
そんな、不快な匂いをまとめた生暖かい魔力は、まるで足元がヘドロにでも浸かっているような粘つきすら錯覚させた。
「これは…ぅ、ダメだ。ちょっと早いけどマスクを着けよう」
リィンは容量ギリギリ故か重さを増しているリュックから、いかつい面型防侵蝕魔具と中和薬を一本取り出す。
「窪みに液を入れるんだよね…えっと」
「クゥクゥ」
「あ、ここか!ありが…って、フラーテル!?来てくれたんだ」
「クァル!」
長い耳に示された場所に中和薬を流し込みつつ、やっぱり不器用な人だよなぁとこっそり笑う。フラーテルも同感だと肩をすくめていたが。
「フラーテルはその、大丈夫なの?」
「クゥル?クーイ」
マスクでくぐもった、自分のものではないみたいな声で尋ねると、フラーテルは胸を張りながら長耳を持ち上げる。その、手のようになっている先からじゅわっと漏れ出た紫の液体に、変異長耳手兎型魔獣が黒属性だった事を思い出した。
黒属性の生き物は確かに、全ての状態異常に強い耐性があるが…それにしたってこの自信は何なのか。
(…待って、フラーテルのこの自信と、浄化魔具が黒属性魔力すらも排していた理由って、もしかして…)
「ねぇフラーテル。ベルセルさん達の言う蝕化魔力って…もしかして、黒属性の魔力と関係あるの?」
「クゥ?クゥルーイ!」
「肯定…そっか。ありがとう」
「クゥ!クゥルー!」
「そうだね、急ごう!」
『…』
「…クァ」
気にはなれど、あいにく今は熟考している暇はない。
急いでリュックを背負い直し、駆け出したフラーテルとミラくんを追う。リィンは並んだ二つの背中を可愛いなぁと見ていたが、フラーテルの方は少し嫌そうだった。自分モデルの幻影は恥ずかしかったのかもしれない。
臭気や蝕化魔力の吸収はマスクと中和薬によってかなり防がれているが、今度は視覚的な異常が進むごとに酷くなっていく。
「凄い煙…いや、霧?ガスの中に顔を突っ込んでるみたい…」
「クゥクゥ!」
「ん?目、隠す…あ、ゴーグル!分かった、すぐ着けるよ」
視覚化されるほどの魔力濃度。
世界を薄っすらと覆う紫は見方によっては幻想的なのかもしれないが、それが何かを理解しているリィンにとっては、恐ろしい魔物か何かにしか見えなかった。
こんなものが街中に広がるなど、想像しただけで寒気が走る。
「ハシリさん、こんな中を良く抜けていけたなぁ」
竹林へと進むごとに霧は濃くなり、マスク越しでも感じる匂いは重さを増していった。魔力の気持ち悪さも筆舌に尽くしがたく、リィンは無意識に肌についた虫でも払うような仕草をしてしまう。
万全の装備を整えて尚、一本踏み出すのが怖いくらいだ。
「クァールゥ!」
「ん?どうし…声?」
「ーー!ーーーーー!!」
視界が悪い中封鎖地区を抜け、ようやく壁を伝っていた手に竹が触れた頃、前方から何か叫ぶような声がした。
高く忙しない響きを持つそれは、つい先程迄のマシンガントークを思い出すもので…リィンはすぐにハシリのものだと察する。
「ハシリさん!!」
「んー?この声…?おーいおーい!誰か呼んだねー?」
「いたハシリさん…って、え??」
「わーーー!リィンちゃんだぁ!どしたのここ危な…ゲホッゲホッ!」
「あわわわわ!?マスク!!ゴーグル!!」
魔法でも使っているのだろうかと錯覚するほどに光って見える、明るく手を振る探し人。その足元に何故か倒れて伸びている人が数人いるが、咳き込んだハシリにベルセルの装備を渡すのが先とリィンは駆け寄る。
さすが、使い方は熟知しているようで、ハシリは慣れた手つきで魔道具を身に着けた。
「ジャン!似合う?似合ってるー?」
「あの、ハシリさんこの人達は…?」
「いやこっちのポーズの方がそれっぽいかな!?こう、シャキーンでキラーンな感じで…」
「あぁ…」
「クゥル、クゥクゥ、クァーイ!」
「もしかしてフラーテルさんや…私に"アレ"を求めてらっしゃる…?」
"アレ"とはベルセルのやったアイアンクローである。
さすがにハードルが高いと辞退すると、フラーテルは仕方ないとでも言いたげな様子で尻尾の針を…
「クィ」
「うびゃっ!?」
「ひょえっ…さ、刺した!?」
おそらくきっと、容赦のなさはベルセル譲りだ。
「いちちち…」
「すみません…あの、ハシリさん、この人達は…?」
「んー?ああ!さぁね?誰だか分かんないけど、何かこの先には行かせぬー!って感じで襲ってきたから蹴散らした!」
「こんな時に…?」
「こんな時だから、かもね!」
よく見れば人と一緒に目を回した魔獣や精霊も倒れており、かなり本気で襲ってきたのだと分かる。
魔法まで使ってくるなど、悪戯では済まない。そもそも、こんな危険な場所で悪戯なんてしてくるわけが無いのだが。
(スーツに、ネクタイ、それから白衣…皆似通った服装だけど、スーツのジャケットの上から白衣って着るものなのかな??どっちか脱げばいいのに…窮屈そう…)
リィンがついジロジロと観察していると、倒れている男の首にぶら下がるネックストラップが見えた。
起きてきませんようにと願いながら摘んでみると、どうやら魔力認識型のIDカードが入っているらしい。
シンプルなカードには、芸術的にアレンジされた「A」と思われるエンブレムの上に無機質な数字の列が乗っており、小さく会社名も書かれていた。
「アクセラリティグループ?」
「えー、なにそれ会社名?聞いたことないなー?というかそれ、闇ギルドでよく使われるカードの素材じゃーん!偽装の魔法色々掛かってるっぽいし、あーやしー!」
「というかそれ、ほぼ確定では…?」
他にカードを持っている人はいなかったが、服装の揃い具合を見るに同じ会社の社員と思われる。
怪しさが露骨に膨れ上がっていく。
「この状況で邪魔するってことは、首謀者は自分達ですって自己紹介してるようなもんだよねー!まったく!後で調べてとっちめないと!でもどうしよっかー?先に進まなきゃだけど、このまま放ってもおけないし…」
「あ、ロープならありますよ」
「ナイス!!」
リュックの外側にいつも引っ掛けておいたロープを渡せば、ハシリは嬉々として不届き者共を縛り始めた。
途端、何故かフラーテルが反転させるようにリィンの背中を押す。縛っている光景を彼女に見せないように。
ハテナを飛ばす純粋な子供は知らなくていいのだ…ちょっと特殊というか、マニアックな縛り方など。
「いい仕事した!」
「えと、お疲れ様です??」
「さぁさぁ、ズバズバ進んでいくよー!」
「え、ちょ、手…わぁ!?」
もうお決まりのパターンだが、リィンは離脱できなかった。するつもりもなかったが。
…
竹林の中もやはり視認出来るほど濃い魔力に満ちていた。
日中のはずなのに光が魔力の霧に遮られ、薄暗いし肌寒い。
蝕化魔力に侵されたのか、笹の葉は魔力がほとんど感じられない状態で力なく萎れ、下生えの草花もすっかり寝てしまっていた。
「酷い…」
「ホントにね。まさか、私がこの光景を見ることになるなんて思わなかったな…」
「クゥル…」
「…30年前もこんな感じだったんですか?」
「たぶん…いや、もっと酷かったんじゃないかな。私はまだ生まれてないけど…じーちゃん達はまるで地獄を見てきたように話してたから」
こんな光景が、これより酷いかもしれない光景が、リィンの旅した美しいフィオーレ自治区の歴史に存在したなんて。
"目に見える事だけじゃなく歴史とかまで調べて…しっかりと、自分の目で見るの"
学園でガウラが発したその言葉の意味がようやく分かった気がした。
今という時間の下にある成り立ちを、そこにある傷を…文字や映像で知るだけでなく、きちんと自分の目で見てこい、と。
「クゥ…?クゥイ!」
「フラーテル?どうしたの?」
不意にフラーテルが動きを止め、長耳でない方の耳がピクリと跳ねる。
そしてすぐ、近くの茂みへと駆け出した。
「どしたどした…ありゃ…」
「ハシリさん?フラーテル?一体何が…っ!?」
そこには、グッタリと横たわる魔獣達…三体の森熊型魔獣がいたのだ。
大きい体の一体はもうピクリとも動かず…きっと、小さな二体の子を守ったのだろう。
けれどその子達も浅く弱い呼吸で、気持ち悪い魔力に汚染されており、命は風前の灯火だった。
「この辺りは風下だったから、きっと、逃げ遅れて汚染されたんだ…蝕魔だよ、これ」
蝕魔…蝕化魔力に侵され、己の魔力が蝕まれて猛毒化させられる病の名だ。
リィンはウィズと出会った時を思い出す。
蝕化魔力に晒された小さな命。一度目ではなくても、心臓を撫でる恐怖は変わらなかった。
「…可哀想だけど…私達に出来ることはないよ。魔法とかも効かないんだ、これ。それに、優先すべきは大元だもん…進もう」
ハシリの言うことはもっともだ。
急いで大元を正し、この状況を何とかしなくては、もっと多くの生き物達と人々が犠牲になるのだろう。
分かっている。どうしようもなく正しい。
それでも、リィンは思ってしまった。
"だから、何だと言うのだ"と。
目の前にある命を救えない正しさなど、悪とどう違う。
「あ、ちょ!?」
「クァ!?」
彼女は迷わずシルワウルスに近寄り、両手に使い捨て手袋を嵌める。そして下ろしたリュックから中和薬と…ギルドを出てすぐに買った水を取り出した。
「一つだけ、ハシリさんの言葉を訂正します。まだ、出来ることはあります…!」
「中和薬…ベルおじさんなら取り扱いが分かってるだろうけど…」
「大丈夫です…やれます」
まずはほんの一口程度の原液で蝕魔の進行を一気に止める。
次に中和薬1と水2で希釈し、もう一度飲ませて緩やかな解毒をし、状態を安定させる。状況次第で繰り返す。
綺麗な布に原液を染み込ませて体を拭いたら、最後に希釈液を体に噴霧する。
あの時のベルセルに比べたら、まるで幼く拙く危なっかしい手つきだ。それでも、リィンは必死に記憶の中にある無骨な手をなぞる。
「ベルセルさんは、特に体毛が薄いところを念入りにやっていた、よね…」
「…凄いね、教えてもらったの?」
「…ベルセルさんは"子供"にこんな事教えてくれませんよ」
彼女がこうして覚えていたのは、目に焼き付けようと思ってじっと見ていたから。
好奇心を隠れ蓑に知りたいとねだったから。
だって、そうしたいほど、綺麗だと思ったのだ。ベルセルの、迷いのない丁寧な仕事を。
「ベルセルさんなら、"大人がやるべきことだ"って遠ざけます」
実際、ウィズの時はそうだった。
でも…と呟き、リィンはマスク越しに深く息を吸う。そうして、吐き出す息は胸の内を連れ、ほんの少しの躊躇で震えた唇をこじ開けた。
「私、ずっと思ってました。…何ですか、"大人だから"って。だって、大人だって子供みたいに遊ぶし、馬鹿やってはしゃぐし、おやつも食べるし、転んだら痛いし、辛かったら泣くし、魔獣や精霊と笑い合って、明日の為に眠るじゃないですか。それなら…それなら、大人だって、"頼る"ってことをしてもいいはずでしょう!?」
それはずっとずっと燻っていた思い。"良い子のリィン"が飲み込んできた、綺麗事の牙だった。
憤りで震えた手を抑えつつ、優しくシルワウルスの丸い耳に中和薬を揉み込む。
小さな命は冷たいけれど、まだ確かに生きていた。
「きっと今、ベルセルさんが見ていたなら、怒鳴って私に帰れって言ってます。余計なことするなって。実際、ハシリさんを見つけたらすぐに帰るよう言われてますし…」
その通りだと、どこかで誰かが荒々しく操作盤を叩く音がする。
ペンの一本でも渡したらすかさずへし折っているだろう怒気を込めた音が。
勿論、気の所為だろうが。…たぶん。
「でも、もしここで私が…自分は子供だからって理由でこの子達を見捨てたら、きっと後でベルセルさんは悲しい顔をする。自分を責める。短い付き合いかもしれないけど、でも、きっと、そういう人でしょう?魔獣や精霊が大好きな人。そのくらい、分かります。分かるんですよ、案外」
「リィンちゃん…」
「そして、私だって魔獣や精霊が好きです!負けないくらい!!この子達を見捨てたら、きっと実習どころじゃないくらい落ち込む自信があります!だから、助けたい。大人が頼って良いように、子供だって…たとえ子供でも、守りたいって手を伸ばしたって良いはずです!」
薄く目を開けたシルワウルス達に笑いかける。きっとゴーグルにマスクをした人間なんて恐ろしいだろうが、少しでも安心感をあげたかった。
落ち着いた呼吸にホッと息を吐きつつ、ようやくリィンは立ち上がる。
「勝手をして怒られるなんて百も承知です!だから…大人は叱る準備をして待ってればいいんですよ。子供は、そのお叱りを受けるために、ちゃんと帰りますから」
「っぷ、あはははは!やだ君、まるで表裏蝙蝠型魔獣じゃん!!」
「え、ヴェスペルソナ???」
「可愛い顔してるくせに、すっごい事言ってるよ!あはははは!」
ヴェスペルソナは背面が可愛いウサギのぬいぐるみように可愛いのだが、正面には体の上から下まで縦に裂けた口を持つ、蝙蝠に似た魔獣だ。
別に嫌いではないが、きっと褒められてはいない。リィンは口を尖らせた。
「それで、その子たちどうするの?私は先に進まなきゃだし、君が一緒に連れて帰る?」
「あはは…私なんかの体力じゃ、侵蝕区域を抜けるまでに時間がかかっちゃいますよ…なので、おーい!」
「んん?」
リィンは茂みの向こうに声をかける。
シルワウルスに駆け寄った時からずっと気配を感じていたのだ。
最初は警戒、次に困惑、今は安堵。
すっかり鋭さの消えたそれに、もう声をかけても大丈夫だろうと。
そうして出てきたのは、ハシリ曰く見かけないはずの生き物達。黒属性魔獣のオンパレードだった。
「わ、痺花蜘蛛型魔獣に、百足型魔獣…追跡蜂型魔獣達まで…!」
「ケンティペタル!あなたの足なら、私よりずっと速いよね!?この子達を乗せて安全なところに連れて行ってあげてほしい!お願い!」
「ギュア!」
「ちょちょちょ、リィンちゃん本気!?」
「本気ですけど…?あと、ベスティアピス!他に苦しんでる子はいないかな?あなたの強力な索敵能力なら見えるでしょう?」
「ビー!ビビビ…!」
「おっと、魔獣達もなんで協力的なのかなー?私だけがびっくり仰天なんだけど、あ、フラーテルもか」
「クゥイ、クゥクゥ…」
「あはは…だって、この魔獣達も倒れてるシルワウルスを心配してたみたいですから」
ハシリはパチリと瞬いて、改めて寄ってきた魔獣達を見る。
黒属性の生き物は見た目からして危険を主張するものが多い。ここにいるのだって、毒々しい花を背負ったクモ、大量の足から毒を滴らせているムカデ、顔全体が複眼になっているハチと、少なくとも子供なら逃げるような姿をした魔獣達だ。
だが、眠るシルワウルスを見るケンティペタルの目はなるほど穏やかで、冷たくなった親魔獣の体が荒らされないよう麻痺魔法の付与された糸を巡らせるパラリアラーネは献身的、索敵魔法で目をチカチカ光らせるベスティアピス達は真剣だ。
そして、黒属性の魔獣達が竹林の生態系に害を成すのではなかろうか…と密かに警戒していたハシリはふと気付く。
統一性の無い面々は、もしかしてただここの様子を見にきただけで、新しい住処ができただとか、そういう自分本意の目的で来たわけではないのでは、と。
つまり、目的は侵略ではなく野次馬。
その答えに行き着いてようやく、ハシリは警戒を解く。
「うーん、少し黒属性ってものに神経質過ぎたのかなー!どうしても蝕化魔力と関連付けちゃって…ダメだねー。うんうん、そうだよね、皆仲間!友達!ついでにベスティアピス、私達以外の人間とか探せる!?」
「ビー!」
「順応性が高い…」
「クゥルイ」
「あっち!?オッケー進むよリィンちゃん!!」
「え、私もいいんですか…?」
「もーさっきの連中見たでしょ!危険人物が彷徨いてるかもしれないのに、一人で帰すほうがよっぽど危ないってー!迎えとか応援の冒険者も全然来ないしー」
「正論だぁ」
「ほらほら、前へー進め!!ゴーゴー!」
ハシリはリィンの背を押しながら、チラリとフラーテルを…正確にはその首元にちらつく魔道具をニンマリと見た。
「すごい子じゃん。大事に育てなよ、ベ、ル、おじ、さん?」
その向こう。フラーテルに着けた小型の通信魔具越しに、ベルセルは天井を仰ぐ。
内蔵の魔法式に不備があったのか一方通行で、ベルセルの叱責こそ届けてくれなかったが…彼はリィンの思いを全部聴いていた。
いつもいつも甘い理想論を並べる彼女は、今回だって変わらずで。
それでも、どうしてこう、毎度救われてしまうのだろう。計算外である。
何より、過去の自分がそこにいた。何が何でも目の前の命を、腕の中の命を助けたいと、手を伸ばしていた子供が。ならば…やめろなどと、どの口が言えようか。
「…叱る準備をしておくから、無事に帰ってくるといい。…………ありがとう」
己の声を拾わぬ不良品に呟いた音は操作盤のタイプ音に隠されたが、柔らかい余韻はその口元に残っていた。
…
道中、ベスティアピスが見つけた逃げ遅れた魔獣や精霊を治療し、いつどこにどんな時でもいつの間にか現れる輸送亡霊型精霊に運賃を渡してギルドへの輸送を任せ、二人と一体は順調に…
「おいそこの子供!止ま「それ、拳射出型魔具ちゃーん!」ぉぶ!?」
「ここは危ないぜ?早くお家に帰ん「はい、小追尾弾型魔具ちゃんどーん!!」ほぎゃぁ!?」
「あらん?んふ、ここは通さな「クゥ!」シビビビビ!?」
「ベタだなぁ…」
とはいかなかった。いや、情け容赦も無く話も聞かないハシリとフラーテルのおかげで足止めとはいかなかったが。リィンはこんなコテコテのやられ役っているんだな、と半目になった。
「なんだか、変な人がいっぱい出てきますね…」
「楽しくなって来たー!すっすめーすっすめー!私の魔道具ちゃんで全部の的を撃ち抜いてハイスコアだよ!」
「もう的扱いなんだ…」
「クゥールィ!」
「ま、これだけ邪魔が入るってことは、正解に近付いてるってことだよねー!ベスティアピスちゃん!」
「ビーー!ビビー!」
「そうだ!次に出てきたら身包み剥いて放置しよー」
笑顔でとんでもないことを言い出したハシリに、リィンは思わず相手に同情した。
「ビー!ビビー!」
「ベスティアピス?どうし…」
「クソっ!まだ時間がかかるのか…!」
「「!?」」
触覚をピコピコ動かして止まったベスティアピスに何事かと問う前に、怒鳴り声が竹林の竹を揺らす。
ハシリはリィンと顔を見合わせ、直後、何故か真っ直ぐ声の方に駆け出した。顔を見合わせても何も分かり合えない事ってあるらしい。リィンは学んだ。
「わーーーーーーーーー!」
「ぎゃーーーーーーー!?」
「やぁやぁ見つけたよー悪者くん!」
「なっ、なんだ、ギルドマスターか、ふぅ…ふん!ようやくお出ましか!!」
「心臓落ちましたよ」
「なんだと嘘だろ!?……嘘じゃないか!!」
「観念しろ悪者くん!私と魔道具がギューンでババーンとやっつけて丸裸にして縛って変態の前に転がしてやるから!」
「縛って、転がす…?」
「馬鹿貴様、子供の前だぞ自重しろ!!…じゃない!!何なんだ貴様ら!!」
リィンは冗談もほどほどに、目の前で地団駄を踏む男を見る。
男としては小柄な体を包む玉虫色のYシャツと赤いネクタイ、白衣を思わせる外套。
ネックストラップについたカードの文字こそ見えないが、機械を組んだような芸術的なデザインの「A」を模したエンブレムは見えた。
間違いなくここまでに何度も邪魔をしに現れた連中と同じ所属だろう。
「コホン!俺はこの国の発展を加速させるべく活動する新興企業"アクセラリティグループ"の幹部、シャフトだ。あいにく急な出張で名刺はないんだが…いやー、いきなりこんな事が起きて驚いたぞ。思わず騒動を見に来てしまった!」
「わぁ、なんて白々しい…」
「やーいやーい、嘘の下手な闇ギルド野郎ー!」
「ぐぅ…!闇ギルドって事もバレてるのか!?まずい、また減給される…いや、ここで口を封じれば…コホン!よ、よくぞ俺の正体に気付いたな!ここまでたどり着けた根性は褒めてやるぜ!」
「むしろこの流れで続ける根性、凄いですね」
「うるさい!!」
「あのさー、悪者くん。なんで君、浄化魔具壊しちゃうかなー?めっちゃ迷惑なんだけど!」
「シャフトって名乗っただろ!!…ふん!壊しただなんて人聞きが悪いな。俺は…元の用途に戻しただけだ!!好き勝手弄ったのはそっちのくせに、よくもまあ抜け抜けと言えたものだな!!」
「元の用途…って何ですか?」
「いいだろう説明してやる!!」
鼻高々で説明する男…シャフト曰く、地下に張り巡らされた魔道具は本来、浄化魔具などではなく、貯蔵タンクから水や魔法薬、農薬を土に直接注入、散布するものだったらしい。
「でも、あなたは薬じゃなくて…良くない魔力を撒いているんじゃないんですか?だから、こんな…侵蝕区域なんかができたんでしょう!?」
「はんっ!貴様、何も知らないんだな!!説明した通り、これはただ魔法式を逆転させてるだけだ!つまり、貴様の言う良くない魔力…蝕化魔力はもともと…貴様らが"浄化魔具"と呼んでいる機械の中にあったものなんだよ!」
「私は知ってるよー!要は血管と臓器みたいなものでしょ?パイプを通して土壌の魔力を吸収して、タンクに溜め込んだ魔力を無害化!」
「その逆だから…タンクにため込んだ魔力を排出した、って事ですか」
「はっはっはっ!貴様理解力はあるな!そういう事だから、蝕化魔力を作ったのはこの土地そのものってわけだ!」
フィオーレ自治区そのものが蝕化魔力の源。
それは、ベルセルが話していた深刻な土壌汚染のというものが普通のものではなく、且つその名残がまだ消えていないという証明だった。
「あのねー、そもそもこの魔道具が原因の一端でしょーが!それをじーちゃん達が使える物も知識も全部使って何とかして、ようやく今の浄化魔具にしたんだから」
「浄化ねぇ?ところで、その"浄化"とやらに、どれほどの魔力エネルギーが使われているのか知ってるか?放出のおよそ五倍だ」
「ご…っ、でも、浄化をしないと…」
リィンは蝕化魔力に包まれた周囲を目でなぞる。生気のない竹林、項垂れた下生え、そして…苦しむ生き物達と逃げ惑う人々。
「浄化をしないと、ここは植物も魔獣も精霊も、人間だって住めない土地になってしまいます」
「だから何だ?」
「っ、え?」
「"停滞は死。犠牲は発展の糧"…それが俺達の信条だ。国の発展のための犠牲になれるなら本望だろ?…そうじゃなきゃいけないんだ。そもそも、この国の資源をなぜ草花や獣どものために浪費するんだ?そのエネルギーがあれば、人類に黄金の時代をもたらすことができるというのに!!」
「な、何ですかそれ…!?そんなの…!」
「リィンちゃん、聞くだけ無駄だよ」
「まあ心配するな。この蝕化魔力に怯える日々は長く続かん。これもまたエネルギーの源にしてしまえばいいんだからな!浄化より少ないエネルギーで発生させられるいい資源になる!俺達の力をもってすればそれも可能なんだ!!」
「どうして、そこまで…」
言っていることは狂気的なのに、その目は正気で、語る理想を少しも疑っていない。
何がそこまで彼を駆り立てるのか、リィンにはまったく分からなかった。
そんなリィンの呟きが聞こえたのか、シャフトは一度ピタリと口を閉じ、俯きながら語り出す。
「…テセウス御祖父様は作ろうとしてたんだ。誰もが不便も苦労も知らずに済む豊かな理想郷を。でも、でも!体を壊すほど努力したあの人は…停滞を享受した怠け者共に理解されず、指をさされて罵倒され、その功績すら灰にされた!だから、俺がその夢を継いでやるんだ!!カタルシアに進歩を!人類に発展を!!」
(…テセウス?その名前、どこかで…)
握り拳に滲む血が、シャフトの本気をただただ見せ付けてきた。
けれどもハシリは怯むことなく真っ向から拒絶の目で睨みつける。フラーテルもまた怒りに毛を逆立て、耳から滲む毒を地面に落とした。
「いい加減にして。進歩を、発展をって…そりゃ、"あの事件"に関わった人達の事は気の毒に思ってるよ。でも、30年前の悲劇を繰り返しちゃいけないってことくらい分かるでしょ」
「クゥ!クルゥーイ!!」
まただ、とリィンは眉をひそめる。
幾度となく出てくる"30年前"というワード。
ベルセルの口からも、ハシリの口からも、その数字は膿んだ傷口のような音で紡がれていた。
ただの災禍なら悲しさばかりが乗るはずなのに、どうしてかいつもそこに乗るのは後悔と…罪人のそれに似た懺悔なのだ。
険しい表情をしていたのが見つかってしまったのだろう。ハシリは困ったような苦笑をリィンに向けた。
「ねぇ、リィンちゃん。たぶん、ベルおじさんは君に何も教えなかったと思う。秘密とかじゃ無くて…あの人にも、色々あるからさ。でも、私は…君に知ってほしいと思ったから、教えるよ。森が壊れたのも、土壌が壊れたのも、魔力がぐちゃぐちゃになったのも…全部、人災だったんだ。30年前、フィオーレ自治区がダメになったのは…人のせいなんだよ」
「え?」
それは、大人達が痛みから目を逸らし、伏して語らなかった…一つの傷だった。




