12.昇格試験
リィンは頭を抱えた。
ガウラは見習いなのだからガチな活動なんて求められていないと言っていたはずなのに。
(これは"ガチ"に入らないんですかぁ…!!)
轟々と燃え盛る真っ赤な竜巻の幻覚を前に、ハシリの無茶振りを反芻して内心叫び散らした。
現場において相応しい行動をしてみろ…なんて問題を"クイズ"なんて可愛い言葉で表さないでほしい。
立派な詐欺であるとリィンは主張したい。
涙目のまま、リィンは乱れた心を落ち着かせるように白衣の袖を捲り直した。
そのまま、目の前の状況を睨みつける。
高層ビルのてっぺんくらいまで伸びた炎の柱が、強烈な風を伴ってグルグルと回っていた。
物凄く視覚的に分かりやすく言えば、竜巻(火)である。
「わぁ…とっても物騒な嵐だや…」
「これをどうにかって…冗談だろ」
「と、と、と、飛んじゃいそう…」
リィン達三人は、揃って顔を引きつらせる他ない。
しかし状況は待ってくれないらしく、その炎竜巻はゆっくりとフォレスタらしき街の影から離れるように移動していた。地面の跡を見るに、街の近くからここまで移動してきたみたいである。
(草と土が焦げる匂いと、香辛料みたいなスパイシーな香り…赤属性の魔力が物凄く濃いや。う…鼻が痛い…これ、自然現象じゃ、ないよね…?)
痛む鼻を擦りながら考え事をしていると、隣で男子学生が動く気配がした。
どうやら亜空部屋から契約精霊を呼んだらしい。
ヌルリと出てきたのは、頭部が閉じた二枚貝に隠され、長い茶色のヘビに似た体を持つ魚だ。
「わぁ…!貝頭蛇魚型精霊だぁ!」
「お、おお…詳しいな…。取り敢えず、身を守るところからだ。このままじゃ焼ける」
【水膜】
男子学生が青の魔石を砕くと、カパッと開いた貝の中から顔を出したコングルヤージュがシャボン玉のような水の膜を吐き出し、それはリィン達を包んですっと消える。
魔法は見えなくなったが、肌を焼く熱が明らかに弱まったのを感じた。
水膜は膜で包んだ物の火耐性を上げる魔法なのだ。
「て、て、て、手伝います…!」
【水膜】
そう言って女子学生が魔石を砕きながら呼んだのも精霊である。
クラゲとイカが合体したようなと言えばいいのか、キノコにわさわさと足が生えてると言えばいいのか…丸い傘に円錐の体、その下から吸盤のない触腕が5本ゆらゆらと生えた精霊だ。
「烏賊海月型精霊…!はわわわわ…!」
「こいつ大丈夫か?」
「さ、さ、さ、さぁ…?」
大丈夫ではない。大丈夫ではないが、リィンのテンションは物凄く上がったし、やる気も出た。
彼女は重度の魔獣愛好者だが、精霊だって大好きなので。
重ね掛けされた魔法のおかげで、すっかり熱さや熱による不調は消え去った。
リィンは改めて炎竜巻を見る。
少しも勢いの衰えないソレはやはりフォレスタから離れようとしているようで、明確な意思を感じた。
「うーん…やっぱり精霊かなぁ」
「こ、こ、こ、これだけ濃密な魔力と強力な魔法を操ってますから…おそらく」
先程の、前座と呼ぶべきクイズを思い出す。
魔獣と精霊は体を占める魔力の割合に大きな差がある。それはイコール、魔力や扱える魔法の強さの違いに繋がるのだ。
「取り敢えず、このまま眺めてたってしかたないだろ。火を消すぞ」
「あわわわわ…!ちょ、ちょっとまって!ソキウス、手伝って欲しい!」
「グルルゥ!」
亜空部屋から待ってましたと飛び出したソキウスは、リィンに勿論だと頬擦りをする。
やっぱりウチのコが世界一可愛いなと思いながら、リィンは魔石を割った。
【索敵】
ソキウスの金目がキラリと不自然に煌めく。
「えぇと、あの炎竜巻の中を探って。精霊…だと思うんだけど、魔法の使用者ってどの辺りにいるかな?」
「グルル……グル?…グゥル!!」
「え?」
渦の上側を指さし、次いでリィンと渦の下側を交互に指さしたソキウスに顔を引きつらせた。
そんな彼女を、男子学生が怪訝な顔で睨む。
「おい、どうしたんだよ」
「えっとですねぇ…精霊以外に人間がいるって…」
「はぁ!?」
「え、え、え、えぇ!?」
「ひぃん…難易度上がったよぅ…!」
ギョッと目を剥く2人に、リィンはしわくちゃな顔をした。
契約者なのかどうかは分からないし、こんな状況になった理由も分からないが、炎竜巻の内部に人がいるとなるとまた話が変わってくる。
「おい、中の奴が犯人なのか被害者なのか分からねぇのか」
「どうだろ…ソキウス、何か他に分かることはある?」
「グルル…グゥルル」
ソキウスは悩みつつ、地面と水平にした手をリィンの身長でも測るように頭の横に置き、真っ直ぐ腰くらいまで下げた。ついでにもう片手で目元を擦るような動作をする。
リィンは頭を抱えたくなった。ソキウスが抱きついて慰めてくれる。
「…たぶん子供で、泣いてるって」
「状況が悪化しやがった…」
「ど、ど、ど、どうしましょう…それって下手に刺激するのは危険じゃ…」
「うん…精霊の機嫌を損ねたら中の子供がどうなるか…」
「いや、さっさと精霊鎮めて子供を助けるべきだろ」
これほどの魔法を維持している以上、精霊は魔力供給を必要としているはずだ。つまり、魔力という食事がいる。
契約者であるにしろ、巻き込まれたにしろ、その食事に使われるのは子供である可能性が高かった。
故に早急な対処をすべきだというのが男子学生の意見である。
「た、た、た、確かにその通りですけど…私達に倒せるでしょうか…」
「属性の話を思い出せ。そいつの魔獣はともかく、俺達は2人とも青属性が得意な精霊と契約してる。力を合わせれば、赤属性の魔法に負けはしないだろ。それに、あくまでも子供の救出が優先だ。倒す必要はない」
「そ、そ、そ、そうですね!それならお手伝いします!」
「えーと…話し合いとかじゃダメなのかな?」
「は?」
ソキウスに抱きつかれながらおずおずとリィンが口を開くと、男子学生女子学生両方から"何言ってんだこいつ?"という目を向けられた。
小さく上げた手の指が思わずきゅっと丸まる。
「相手が魔獣ならまだしも、精霊なら無理だ。さっきのクイズ、聞いてなかったのか?」
「け、け、け、契約精霊であっても制御は難しいんです…私も、長年かけてようやくって感じで…」
リィンは魔獣と精霊で関係構築の難易度が違う、とクイズの答えで言っていたのを思い出した。
精霊は気まぐれで、自由で、誰かに意見される事を良しとしない。
それを、契約精霊の存在故身を持って知っている二人は、リィンを鼻で笑って背を向ける。
ソキウスが何だあいつらとぷんぷこするのを宥め、リィンは困り顔で、けれどもパチンと頬を叩いて気持ちを切り替えた。
(とにかく、私は私でやれる事をやろう)
男子学生の方はいくらか剣術の心得があるのか、青属性の付与されたショートソードで炎竜巻に切りかかる。その切れ目に二体の精霊が水の魔法を撃ち込み、女子学生が水を纏った矢を放った。
即席の連携ながら的確だ。
そんな皆の邪魔をせずに出来ることと言えば、思考を回すことくらいだろうか。
リィンは、そもそもあの精霊は何をしたいのだろうと首を傾げる。
(動きからして、街から離れようとしてるけど…逃げるにしては効率が悪いよね)
こんな、大袈裟な魔法を出しながら移動する必要がない。
獣が唸りながら後退りするような、威嚇というなら分からなくもないが…少なくともシミュレーションの中にあの精霊を害しようとしている存在は無さそうだ。
(精霊、子供…うーーーーーん…なんか覚えがあるんだよね…このシチュエーション)
リィンは幼い頃の出来事を思い出す。
いつだったか友人と遊んでいる途中、見慣れぬ精霊にお持ち帰りされそうになった事があった。
その時精霊は自分達の周りを魔法で作った影で閉ざし、リィンの手を引いたのだ。
実は、精霊という生き物は中々に性格が悪い。
助けられた後父から聞いた話によると、あの時の精霊は"自分の側だけは安全だよ?だから一緒においで"とリィンを逃さないよう、かつ自分の側にいる方が良いと刷り込ませるよう魔法で囲みながらジワジワと住処へ誘い込んでいたらしかった。
(もしかして、それ?だとしたら尚更刺激したらマズい…!精霊は執着心が強いから、"お気にいり"を奪われるなんて誤解されたら…)
ハッとリィンは顔を上げたが、どうやら一足遅かったようだ。男子学生は利き腕を焼かれ、女子学生は怪我こそないが武器である弓を奪われ、凄まじい業火で出来た手にはコングルヤージュとメデュマールが捕らえられてしまっていたのである。
リィンがあれこれ考えている間、男子学生はただひたすらに焦りを宿していた。
属性の相性の点で言えば、青属性の魔法が赤属性の魔法に負ける訳がない…なんて、教科書通りの盲目に取り憑かれていたのだろう。
相手の力量がそのセオリーを破綻させるレベルのものであると気付いた時には遅く、攻撃された事に気分を害した精霊によってあっさり反撃にあい、契約精霊が蹂躙され、追い詰められた後だった。
炎の手に掴まれたままゴウと燃やされる契約精霊に、女子学生も悲鳴を上げる。
「おい!!ボーッとしてないで助けろよ!!」
どうしようも無くなった男子学生はパニックになりながら、一人傍観を決め込んでいるリィンを振り向いて怒鳴りつけた。
リィンはびゃっと肩を跳ねさせ、勢いを増した炎竜巻にオロオロと瞳を揺らす。
「ソキウス。いけそう?」
「グルール!」
【火耐性付与】
勿論と上機嫌に鳴いたソキウスは、男子学生を一度冷ややかに睨みつけてから炎に飛び込み、炎の腕から精霊達を回収した。
水膜二回の耐性上昇に耐性付与が重なり、かつソキウス本人にも火耐性があったおかげでダメージもない。
リィンはホッとしつつ、ソキウスの熱い体を天下一だと撫で回した。
一方で回収された精霊達はどちらもぐったりしていて、ほぼ意識も無いようである。
「おい、目を覚ませ!クソッ…」
「そ、そ、そ、そんな…目を開けて…!」
どう見ても戦闘継続は出来ない契約精霊を二人が亜空部屋へと避難させると、『あーらら』と至極軽い音でハシリの声がした。
魔法の外側から大型映像魔具でシミュレーションの様子を見ていたハシリと数名のギルド職員、環境調査官は、皆苦笑しながら肩を竦める。
空間拡張の魔法がかかった実験場で立ち回る三人に、皆の声も存在も伝わらない。
「まー、やっぱり若い子はこうなるよね」
「これが冒険者の試験ならそれもアリなんだけどなぁ」
「前座のクイズがむしろ悪質な誘導です」
「ギルマス、わざとなのか偶然なのか分からなくて怖いわー」
ヒソヒソする職員を無視し、ハシリはケラケラと笑った。
「環境調査官はヒーローじゃないんだよねー!自分の力を過信しちゃダメだぞ!」
そう、このクイズの絶対的な不正解は"戦う事"である。
前提である環境調査官として、という条件がそれを決定付けていた。
荒事は冒険者の仕事だし、人間の犯罪は警察の仕事、火事の対処は消防の仕事で、怪我人の処置は医者の仕事である。それぞれ受け持つ管轄が違うのだ。
その上で環境調査官としての正しい答えは、現場の状況、精霊の種類特定、子供がいる可能性を正しくギルドに伝え、逃さず刺激せず現状を維持することである。
「さぁて、残った新芽ちゃんはどうするのかなー!」
その残った新芽ちゃんことリィンはと言えば…
「うぅ…どうしよう…」
今にも攻撃してきそうなほど敵意むき出しで殺気立っている精霊を…というか炎竜巻を見あげ、泣きそうな声を上げていた。
男子学生と女子学生は意気消沈しており、座り込んで動かない。怪我は大したこと無かったが、こころが折れたらしい。
思わず白衣の裾をキュッと掴み、ぶっきらぼうな温もりを思い出しながら覚悟を決めた。
もうこうなったら…正誤など気にせず好き勝手にやってやろう、と。
だってリィンには戦う力などないし、ソキウスは戦えるが相性が悪いのだから、仕方ない。仕方ないのだ。
リィンはむんっと気合いを入れて胸を張り、ズンズンと無遠慮に炎竜巻の方へと近付いた。
攻撃されるかと思ったが、意外な事に炎竜巻は沈黙を保っている。
「あ、あの…!そこの精霊さん!!」
当然返事はないが、リィンはそれでも声を張り上げた。
「いきなり攻撃してごめんなさい!でも、でもね…どうかその子を…解放してほしいの」
「……!」
炎の向こうから怒気が伝わってくる。それはそうだ。
事実は別としても、精霊からすれば自分のお気に入りのぬいぐるみを手放せと理不尽に言われている感覚に近いのだから。
精霊にまともな感情論なんて効かないのはリィンでも知っている。
その子には待ってる人がいる?それがどうした。
その子が泣いて嫌がっている?それがどうした。
その子が可哀想だと思わないのか?それがどうした。
これが精霊の基本思考である。改めて考えるとかなりひどい。
だが、話が通じないわけでは決してない。
そうでないとそもそも、契約なんて出来やしないだろうし。
ゆえに、するべき会話は実にシンプルだ。
"何故連れて行ってはいけないのか"…その理由をシンプルにつつみ隠さず伝えればいい。
「いいの?その子、死んじゃうよ?」
「!?」
「キミさ、その子が何を食べるか分かる?言っておくけど、魔力じゃないからね?」
「!?」
「その子が炎に触れたら大怪我するって知ってる?人間って火傷でも簡単に死んじゃうんだ」
「!?」
「そうそう、怪我は何とかなっても病気って普通の魔法じゃ回復しないんだよ。知ってる?」
「………」
「もう一度聞くけど…キミは、その子に死んでほしいの?もう遊べなくなってもいいんだね?」
「…!?…!!」
そう、精霊は性格こそ難アリだが、基本的に死を蛇蝎のごとく嫌う。誘拐や監禁や独占はする傾向にあるが、死んで永遠に自分の物に…なんてヤンデレ思考にはならない清純さが、精霊という生き物であった。尚、亡霊や怨霊系の精霊は例外である。あれらは積極的に命を狙うので。
なので当然、お気に入りが"死ぬ"などもっての他。地雷も地雷だ。
今も想像して取り乱したのか、魔力が大いに揺らいでいる。
「気に入ったのなら、連れて行くんじゃなくて、キミが遊びに来ればいいんだよ。わざわざ危ない事しなくたって、友達にはなれるし一緒に遊べるんだから、ね?」
柔らかく目を細めて笑うリィンの後ろで学生二人は呆然としたし、魔法の外の大人達も絶句だった。
何故なら、子供を奪われまいと抱き締めていた精霊が魔法を消し、オロオロしながら降りてきたからである。
一方のリィンはようやく見れた精霊の姿にパッと顔を輝かせた。
「わぁ…!キミ、火車鼠型精霊だったの!?はぇ~、私初めて見たよ!可愛いなぁ…!!」
「チュ…」
「ん?この子?…うん、大丈夫。気を失ってるだけで怪我もしてない。ふふっ、優しい子だねぇ」
「チュチュ…」
「あわわ、泣かない泣かない!ちゃんとごめんなさいして、改めて友達になればいいんだよ!大丈夫、キミはこんなに可愛くていい子なんだから!」
リィンの指がポロポロと泣く精霊の涙をすくう。
その優しい手つきと温かな魔力に、スリフチュールの涙腺は更にガバガバになった。
己の周りをグルグルとフラフープのように回る火を調節しつつ、子供を手放した手でリィンの手をキュッと抱き込む。
「あはは、甘えん坊さんだなぁ」
「チュ」
「グゥルル」
「おっと、ソキウスってば嫉妬かな?もー、可愛い!」
子供の救出完了、並びに、精霊の鎮圧も完了。
誰もが予想しなかった結末に、誰もが理解を拒んだ。
そしてそれは…数多の可能性を演算する魔道具すらも例外ではない。
『ビー!ビー!ビー!警告、警告、警告!計算外ノ事態ガ発生シマシタ!演算修正…不可。エラー、エラー、エラー!直チニ不具合ヲ取リ除キマス』
『ありゃ?』
明らかに不穏な警告と、聞こえたハシリのポヤッとした声に、リィンは猛烈に嫌な予感がした。
…
突如として何か、咆哮のような轟音が轟き…幻覚にノイズが走る。
途端に腕の中にいた子供も触れていたスリフチュールも正しく幻の如く消え、またしてもノイズが走った。
そして不意に、本当に瞬間移動でもしてきたかのように突然、"それ"は草原の彼方に現れたのである。
「「「え」」」
ひと言で表せば巨大なタケノコだ。
まぁその巨大さが異常ではあるのだが…おそらく魔植物なのだろう。
三メートル超えかつ巨大な一ツ目のついたタケノコがあってたまるか。
(それにしても見たことない魔植物だけど…カタルシアの固有種かな?)
リィンはタケノコに視線を固定しつつ、背後の男子学生に声をかけた。
「ね、ね、あのタケノコが何か分かる?」
「は?まぁ…いや、たぶん……っ!?避けろ!!!」
「え」
右側に引っ張られると同時にズガン、と凄まじい音がすぐ横から聞こえ、リィンは硬直する。そぅっと目線だけで音を辿ると、横歩き一歩分隣にリィンの身長くらいはある巨大なミサイルが…いや、タケノコが突き刺さっていたのだ。
腕を引いてくれたソキウスがいなければ直撃だった。
それを認識した瞬間、ドッと心臓がおかしな跳ね方をし、冷や汗が噴き出てくる。
「ひぃん…!何これ何これ何これ!?」
「やっぱり砲撃筍…!?いや大きすぎだろ!?」
「な、な、な、何でいきなりあんなものが!?」
砲撃筍とは、動くものを認識したら無差別にタケノコ型の弾丸を撃ってくるちょっと迷惑な魔植物らしい。
アレが迷惑で済むのかと思ったが、本来のバンブーシュートはくるぶし位の大きさしかないし、飛ばしてくるタケノコも親指くらいのはずだとか。
『ごめーん!バグっちゃったみたい!強制シャットダウンも効かないし、下手したら君達の脳がパーンってしちゃうからやめとく!!ソレ倒せば終わるはずだから何とか頑張ってー!一先ずその辺を射程外に設定しとくからさ!』
「「「ええぇ!?」」」
そんな軽い、けれども確実に焦った声でとんでもない事を言い渡され、リィン達は絶望の声を上げた。
いくらこれが幻覚で、体に直接的な害が発生しないとはいえ酷くないだろうか。
「クソッ、俺の精霊はまだ回復に時間がかかる…!」
「わ、わ、わ、私の子もダメです…怪我は薬で治りましたけど…魔力がからっぽで…」
きまずそうな二人の目がリィンとソキウスを見る。
リィンはぎゅうっと胸元の服を握り締めた。
(わかってる…精霊達は戦えない。残っているのは、ソキウスだけだ)
「グルルーゥ!」
「ソキウス…行って、くれるの?」
鉄面越しに四つの目をニンマリと歪め、ソキウスは飛び出していく。
と、そんなソキウスにギョロリとバンブーシュートの目が動いた。
リィンは咄嗟に魔石を弾いて砕く。
【高速移動】
グッとソキウスが踏み込んだ直後、そこにタケノコが突き刺さった。しかしそれだけではない。恐ろしい事にこの強力な攻撃を連射可能、かつ、ソキウスの一歩先を的確に狙ったように撃ち抜いてくるではないか。魔法による速度上昇があってギリギリやっと避けられるレベルである。
「あわわわ…何で!?み、未来予知でも出来るの!?」
『あー、疑似体験魔具ちゃんの演算能力のせいかなー?そっちの動きを予測出来ちゃってるみたい!』
「なんてもの作ってるんだ…!」
「や、や、や、厄介すぎます…!」
リィン達が頭を抱える中、ソキウスはまともにバンブーシュートに近付くことが出来ないまま走り回っていた。
だが、当然限界はくる。
「っ!?ソキウス!そっちはダメ!!」
「グルッ!?…グッ…!」
「うぅっ…!一度戻って!」
ソキウスが右にステップを踏んだその瞬間、向かう先にタケノコ弾が飛んできたのだ。
リィンの声に何とか踏み止まったおかげで体のど真ん中に穴が開く事態は防げたが…右腕は痛々しい有様である。
戻ろうと進路を変えれば当然バンブーシュートはソキウスを追ってこちらを向いたし、攻撃して来た。だが、ハシリの射程外設定のおかげか、リィン達の周りまで来ればタケノコは飛んでこなくなる。一安心である。
リィンは泣きそうになりながら戻ってきたソキウスの右腕に魔法薬をぶち撒けた。
「あんなの、勝てるのか…?」
「む、む、む、無理なのでは…」
「グルッ!グルールル!グゥル!!」
「ソキウス…」
泣き言をこぼす二人に、ソキウスは心外とばかりに地団駄を踏む。
無理なものか、勝てる、自分達は勝てる、勝たせて。
そんな信頼と願望に満ちた目を向けられては、リィンは折れるしかなかった。
正直、戦いたくなんてないのだが…倒さなければ終わらないのだから。
リィンは深呼吸を繰り返し、覚悟を決めた。
「わかった」
パートナーが勝利を望むなら、それを導く事がリィンの仕事だ。そのためにも思考を回さねば。
(さっきの攻撃を見る限り、近づくのは容易じゃない。でも、遠距離からの魔法も結局撃ち落とされそう。攻撃をすり抜けて行くしかないかなぁ…なら、どう行く?普通に行っても演算に先手を打たれる。速さを上げるにしても限界があるし、あまり重ねると動きが直線的になりやすい…なら…あぁ、そっか。自分に無理なら…自分でないものを使えばいい!)
すっと凪いだ黒がソキウスを見る。ソキウスはワクワクした様子で一度彼女に擦り寄り、すぐにバンブーシュートへとギラつく四つ目を向けた。
「ソキウス、ちょっと無茶を言うけど…信じるよ。だから、信じて」
「グルルゥ!グールルー!」
「ふふっ、ありがとう。…やろう」
リィンは魔石を二つ取り出し、それぞれ先に魔法式を込める。そして、まずは一つを右手に乗せた。
【高速移動】
魔石が砕かれると同時にソキウスは飛び出す。そして、射程外エリアから出た瞬間、速攻でタケノコ弾が撃ち出された。それは大きさに見合わないスピードでもってソキウスの正面から迫って来る。
それでも、ソキウスは速度を緩めない。
「馬鹿!無茶だろ!?」
「あ、あ、あ、危ない!!」
ぶつかる。そう誰もが思った刹那。
瞬きもせずに見つめていたリィン短く息を吸った
「…っ!今!体を捻ってソキウス!!」
【高速移動】
ソキウスがタケノコ弾にぶつかる寸前、僅かに体を傾ける。その体を掠めるようにタケノコ弾が過ぎていった。すると、どうなるか?
「「!?」」
エネルギー同士の摩擦を使い、ソキウスの体はくるり…いや、ギュルリと螺旋を描くような軌道でタケノコ弾の後ろへと飛び出したのである。重ね掛けされた魔法の加速も乗り、最早ソキウスの方が弾丸のようだ。
その賭けにも似た行動は演算能力の裏をかけたようで、追加のタケノコ弾は先回りで放たれてはいなかった。
しかし、これで安心はしていられない。
バンブーシュートの連射能力を考えると、この空白は正しく一瞬しかないのだ。そしてソキウスとバンブーシュートの物理的な距離は…いくら速度を上げていてもその一瞬で詰められるものではない。また、既存の赤属性魔法の弾速でも間に合いそうにない。
(だから、ここは私が詰める…!)
元々そのつもりだった。だからこそ先程リィンは珍しく魔法式を魔石にストックして、終始演算領域のリソースを別の魔法式の為に割いていたのだから。
つう、と鼻をくすぐる奇妙な感覚を無視し、リィンは必要な魔法を一から組み上げ、その魔法式を魔石に込めてパキンと砕いた。
【索敵爆裂】
索敵の魔法と爆裂の魔法が一つの式に組み込まれたそれは、ソキウスが"敵"だとピンを刺したその場所を、距離も障害物も関係なくピンポイントで爆発させる。無理に組み込んだ都合上射程が狭くなるのが難点だが…何とかギリギリ圏内だ。
つまり、次の砲撃を許す間もなく、バンブーシュートは爆発した。
植物故に断末魔こそ上げなかったが、代わりに放出された魔力で空気をグワンと揺らし、黒焦げになった魔植物は沈黙する。
それと同時に疑似体験魔具の魔法が解け、学生3人は幻覚の世界から現実へと戻ってきたのだった。
「…お、わった、のか?」
「も、も、も、戻りました…!」
怪我も不調も所詮幻覚であるため、ぐったりしていた精霊達はあっという間に回復し、心配していた契約者を安心させるように肩に乗る。
二人はホッと息を吐き、しかしへたり込んだままのリィンに気付いて駆け寄った。
「お前、凄いな!あんな魔法が構築できるるなんて…」
「あ、あ、あ、ありがとうございました!おかげで助かっ…きゃあ!?」
「んぇ…」
女子学生が悲鳴を上げたのも無理はない。顔を上げたリィンは虚ろな目でボタボタと鼻血を垂らしていたのだから。
「グルルルゥ!?グル!グルル!?」
「あ、あ、あ、あの!揺らしちゃだめですよ魔獣さん!」
「皆さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃない!!早くこいつを!」
「ありゃりゃ…あんだけ集中して頭回してたらそりゃそーなるよねー。オーバーヒートってやつ!」
「…??」
慌てて駆け寄ってきたお姉さんは、リィンの様子にギョッとしてポケットのハンカチを押し当てた。
優しいカモミールの香りに、リィンのめまいが和らいだ気がする。
と、回る世界の中で、ハシリがへにゃりと眉を下げながらリィンをそっと撫でた。
「ほんとーにごめんねー!?この魔道具、メンテナンス三年もすっぽかしててさー、やっぱり定期的な点検は必要だよね!あはははは!」
「笑い事じゃないですよ!?」
「嘘だろありえねー…」
「さ、さ、さ、さすがに酷いです…」
皆に白い目で見られていたが、ハシリはケロッとした顔である。
それでようやく現実に戻れた事を実感できたリィンは怪我一つないソキウスの温もりに身を寄せ、安堵のため息を吐いたのだった。
…
「じゃあ反省会しまーす!!」
「一番反省するべきはギルドマスターなんじゃないか…?」
「ど、ど、ど、同感です…」
「あはは…でもほら、一応テストだった訳だし…反省点とかは知りたいかなって」
「「うわぁ」」
「グルゥ」
「そんなに呆れた目を向けなくても…」
リィンはソキウスに抱かれたまま、しょんぼりと肩を落とす。
少しの休息を挟み、一同は再び会議室へと戻ってきていた。
あの後五分程度で回復したリィンだったが、ソキウスが大層ご乱心で彼女を離そうとしなかったのである。
こちらのせいだからと同行を許してくれたお姉さんには頭が上がらない。
「まず、新芽くんはちょーっと自分の力を過信しすぎかなー」
「…身につまされました」
男子学生は肩を落として小さくなった。
自分なら出来ると先陣を切ったがあっさり返り討ちにあい、その上それが事態を悪化させた自覚もある。
指摘されるまでもなく反省していた。
「そっちの新芽ちゃんは自分の意思がなさ過ぎかなー」
「そ、そ、そ、そうですね…よく言われます…」
「あはははは!もっと自信持ちなよー!」
確かに女子学生はシミュレーション中、男子学生のしている事を手伝うというか、真似ていたように思う。
何だかんだ、ハシリはきちんとそれぞれを見ていたようだ。
「で、リィンちゃんはー…論外!」
「論外!?」
「あっはははは!だって君、問題の解答欄無視して書き殴ったあげく盛大に破いたようなもんじゃーん!私の可愛い疑似体験魔具ちゃんぶっ壊れてたしー!」
「ひぃん…!私悪くないですぅ…!」
「そもそも君、有り得なすぎー!精霊の説得に成功しちゃう人とか初めて見たんだけどー!」
「あはは…」
「ってか、妙に慣れてなかったか?」
「け、け、け、経験者なんじゃ…」
「ノーコメント!」
「しかもしかもあの、契約魔獣との魔法実技!予定外だったけど、もー最高だったね!息ぴったりすぎて、一体の生き物が頭と体に別れてるみたいだった!」
「グルッ!グルルーゥ!」
「えへへ…!」
「でもさー、あの魔法いつから準備してたのー?その場で構築してたように…いや、さすがに無理かー!あんなトンデモ魔法式、魔石に安定させるのに何日必要になるやらだもんねー!」
リィンは内心ギクリとした。
魔法構築そのものは別に珍しいものではない。学校の授業科目にあるくらいだ。
ただ、それを一瞬で魔石に込めて使うのは…やはりまずかったらしい。気を付けねばとそっと己を戒める。
「グルルゥ!」
「誇らしげなソキウスも可愛いや…はははは」
「こいつ現実逃避始めたぞ」
「はーひっさびさに楽しい試験だったなぁー!あ、ねぇねぇデータ撮った!?撮ったよね!?あの時の魔法は荒削りで稚拙だったけどもっと練り直したら凄い魔法になるよ!私めっちゃ研究したい!それとシミュレーションの再調整のために…」
「ギルマス、後にしてください。その前にする事があるでしょう…」
「ねぇねぇこの後暇!?暇だよね!?一緒にカフェ行こうよ!そんでさっきの試験の」
ダアン!!という凄まじい音がハシリのマシンガントークを無理やり遮る。
見れば、お姉さんがそれはそれは素敵な笑顔で机をかち割っていた。どう見ても人間が割っていい材質には見えない。
リィン達は身を寄せ合い、この人だけは怒らせまいと固く誓った。
ハシリは怖いお姉さんも真っ二つになった机も気にする様子はなく、ただキョトンとした顔で何度か瞬きを繰り返してからポンと手を打つ。
そして、改めてリィンに向き直り、しなやかな花を向けるようにスッと開いた手を差し出した。
「おめでとう、新芽…リィンちゃん!私、ギルドマスターハシリは…君のランク昇格を認めます!!」
「え!?で、でも論外って…」
「別に悪い意味じゃないよー!誰の予想も超えて、誰よりも最高の答えを出したんだから!論ずる必要もなく合格って事!」
リィンの顔は現実をまるで認識していない子供のようで…
けれど、瞬き一つ、まん丸に見開かれた淡墨色にくるりと喜色の光が回った。
「合……格…?」
「グルッ!グゥールルゥ!!」
「っ!合格、だって…ソキウス!!」
感情が追いついた彼女の頬は鮮やかな桜に染まり、自分を抱いていたソキウスを逆に腕いっぱいに使って抱きしめる。
昇格試験を渋っていたとはいえ、合格表記が嫌いな子供はいないのだ。少なくともリィンは素直で単純なので、物凄く舞い上がった。
こうして、色々とあったものの…リィンの見習い環境調査官ランクは、一番下のアイアンからブロンズに昇格したのである。




