11.フォレスタギルド
「本当に行かなきゃダメ?」
「グルゥ!」
「ピィ!」
どんよりと空と同じ曇り模様を背負ったリィンがぼやくのを、ソキウスとウィズが咎めた。
彼女がいるのは昨日、ホテルに帰る前最後に見た景色の前。
神社の境内を思わせる施設…ギルドの入り口である。
珍しく渋るリィンの爪先は、今すぐにでも回れ右しそうな勢いだ。
まぁ無理もない。クラスメイトのお節介により、まったくその気のなかった昇格試験とやらにエントリーされてしまったのだから。サワナは正しく嵐であった。
「昇格試験って、要は冒険者がランク上げるのと同じニュアンスでしょ?ないないない…そもそもフィオーレ区の調査が全然だし、歴史も魔獣も精霊も調べきれてないのに…ダンジョンは経験したけど魔法的な実力はペーペーだし、そもそもまだ新しい調査地に行くには早いしぃ…」
「グルール!グル!グゥル!」
「ピィ!ピピッピー!」
「いたたた…!なんで二人はそんなにやる気満々なの!?」
ソキウスとウィズにせっつかれても尚、うだうだヤダヤダしていたリィンだったが、ギルドの中から綺麗なお姉さんが出てきて押し黙る。
「あの…ギルドに御用でしょうか?来客を知らせる魔道具がずっと反応してアレなので…御用があるならどうぞお入りください」
「うっ………その…ハィ…すみません…」
ここで"御用はない"と嘘をつけないところがリィンであった。最早諦める他ない。
結局、ソキウスを亜空部屋に入れ、ウィズとは一時お別れし、どうぞこちらへと案内するその背をトボトボとついて行く事になったのだ。
「わぁ…!」
引き戸かと思えばガッツリ自動扉だった入り口をくぐるとそこは、古風な外観とは打って変わって非常に先進的な装いだった。
完全に別世界といった変わりようは、曇天を背負った気持ちがあっさりと吹き飛ぶくらいの衝撃だ。
「驚きました?外は景観保全のためにああですけど、中は最先端の設備が揃っているんですよ」
入って正面に受け付けカウンターが鎮座し、列に並んだ冒険者達とギルド職員がやり取りを交わす。
右側の壁には一面に投影魔具で映し出された依頼書がびっちりと並んでいた。
上はテーブルとイスが並んだラウンジになっているらしく、ガヤガヤと作戦会議や相談などの賑やかな声が聞こえてくる。
依頼書がアナログな掲示板式でない事や内装がオシャレである事を除き、ここまではラントリイとさほど変わらないギルドらしいギルドの風景である。
だが、左側…正確には透明な自動扉を隔てた左奥の空間は…リィンの知るギルドではなかった。
絶えずわけの分からない数列を吐き出す据置型高速演算魔具に、様々なグラフが映し出された巨大な大型映像魔具。
幻影で浮かんでいるのはフォレスタの街だろうか。
壁一面を埋め尽くす魔道具の群れは、壁紙の代理とでも言いたそうな顔でチカチカと明滅している。
デスクには山積みの本、棚には大量の植物、あちこち無造作に置かれた薬品はガラスの中でボコボコと泡立ち、床に溢れ返った書類で泳げそうだった。
これはあれだ、とても…研究所である。
目が釘付けになりながらも受付に見習い証を提出すると、入り口で会ったお姉さんは優しく笑ってそのまま案内役になってくれた。
向かう先はリィンが気になって仕方がない研究所の方である。
「意外ですよね、ギルドにこんな施設が併設されているって」
「は、はい…!あの、ここはどういった施設なんですか?」
「どんな、と言われると…環境調査官の本拠地と言うか、活動場所ですね。仕事の内容的にどうしても研究分野に偏りがちだから…こうなってしまったんです」
「なるほど…」
仮に魔力計測やサンプル採取、環境調査を外で行ったとて、まとめや分析には専用の魔道具やコンピューターの手助けが必要だ。
そうして必要な魔道具を置いていった結果がこの、研究所にしか見えない状況であるらしい。
他にもフィオーレ区全域に及ぶ巨大な魔法機構の管制施設でもあるそうなのだが、リィンにはさっぱり分からなかった。
それはそれとして…
(…なんだか、奥に行くほど部屋が汚くなってるような…?)
泥や薬品が飛び散っているとか、ゴミが散乱しているとか、そういう汚さではない。埃っぽさや埃そのものもない。
ただ、紙類やら魔道具やらパーツやらがとんでもなく散らかっているのだ。
それこそ、子供や精霊が悪戯した後のように。
「またこんなに…はぁ」
足の踏み場もなくなってきたところで、お姉さんは頭痛を堪えるようにこめかみに手を添え、けれどもすぐに気を取り直したのか姿勢を正した。
「ギルマス!昇格試験の申請者をお連れしましたよ!」
「??」
誰に声をかけているのかと疑問が浮かんだのも束の間。
文字やグラフのビッチリ書かれた紙がこんもりと重なっている一角…そこがガサガサと動き、バッと書類が飛び散ったのである。
中から飛び出してきたのは魔獣…ではなく、小柄な女性だった。
「ぷっはーー!わーーーい!新芽ちゃん!?待ってたよ、よく来たね!いらっしゃ…あーーーーー!?」
「わーーーーー!?」
「はぁ…」
ドンガラガッシャーン!
ブンブンと尻尾のように振られた手が、ギリギリの感じで積まれていた紙の巨塔を突き崩す。
それに再び埋もれた女性に、この一角の成り立ちを目撃した気がした。
なんせ、仰天したリィンとは違い、お姉さんはまたかという呆れ顔をしていたから。
「ぷは!びっくりした!!」
「あんな風に積むからですよ…というか何でまた増えてるんですか!?片付けてくださいとあれほど…!」
「おー、ごめんごめん!魔法金属の各属性に対する反応レポートだよね!それならそっちの机だよー!」
「違います私は片付けをしろと…というか私が探してるのは、桃型魔植物に関する植生調査書だと言いましたよね!?」
「うんうん、芋虫型精霊各種の統計論かー!それなら…」
「はぁぁぁぁ…ベルセルさんレベルで慣れてる人じゃないと会話にならないわ…えっと、見習いさん。この方がフィオーレ自治区を治めるギルドマスター、ハシリさんです」
「は、はあ…」
黄色の混じる黄緑色の髪を笹の葉に似た髪飾りでツインテールにし、快活に笑う小柄な女性…ハシリ。
フリルなどでアレンジされた着物…俗に言う和ロリファッションの上に白衣という、個性的な格好もさることながら…リィンはその言動に凄まじい衝撃を覚えた。
「あの、つかぬことをお聞きしますが…ご兄妹って…」
「うん!昨日はシフォンケーキ食べてー、竹林の精霊達と遊んでからー、頼まれてた調査まとめてー」
「ハシリさんには妹がいらっしゃいますよ」
「わぁ血筋ぃ…」
脳内でサワナがいえーい!とダブルピースする。
身長や髪型は違うが、その笑顔やまったく話を聞かないところはそっくりである。
「よーし!これで今日の申請者は揃ったね!じゃあとりあえずついてきてー!」
「え、あ、はい…!」
パッと手をとられ、リィンは抵抗する間も無くハシリに引かれて歩いた。
この問答無用な感じもサワナそっくりである。いや、サワナがハシリに似たのか。
「はーい皆おっまたせー!申請者が揃ったので、昇格試験始めるよー!」
連れてこられたのは、真ん中にテーブルとそれを囲うようにイスが置かれ、壁に板書魔具や大型映像魔具が備え付けられた小さな会議室のような部屋だった。
そこには既に男女二人の学生がいて、どうやらリィンと同じ昇格試験の申請者であるらしい。
記憶にない顔なので、他のクラスの実習生だろう。
(自己紹介…って雰囲気ではないね)
試験前だからかピンと気の張った男の子と、小声で平常心と復唱している女の子の必死さに、リィンは開こうとした口を閉じた。
なんだか自分がとても場違いな気がして、座ったイスの上で小さくなる。
「あっははは!緊張してるね新芽ちゃん達!やー、この時期は新芽ちゃんがいっぱい見れて楽しいなー!君達はどんな新芽ちゃんなんだろう!んー!新しい研究を始める時くらいワクワクするなー!」
ハシリの、こちらの心を丸裸にしてくるように観てくる好奇の目と、快活さの中に滲む怜悧な雰囲気に、否が応でも心拍が上がっていく。
「なんだっけー、そう、心技体智ってやつ!そーゆーのがなんたらかんたらって誰かが言っててさー!その辺を試すための試験を作るんだよ!これが悩みの種でねー、こんなの考えるより新しい魔道具の図面とか、新しいカフェとかの事考える方が楽しいのに!ね、ね、新芽ちゃん達もそう思わない?」
「ハシリさん、試験前に皆さんのやる気と集中力を削がないでください」
「あ、そうだ!竹藪路地のとこに隠れ家的ないい店が出来てさー!行った?行ったほうがいいよ!それとー、空中回廊の石庭で飲める緑魔茶が苦くてサイコーで…皆行こっか!」
「ハシリさん!!」
「観光案内には自信があるんだー!なんたって私ギルドマスターだもん!」
「観光案内はいいですから!昇格試験!!」
「なにそれ???」
リィンは戦慄した。このままずっと話が進まないのではなかろうか。
ある意味これが心技体智の心の試験な気がしてくる。
他の2人も困惑をあらわにしていた。
「ごめんごめん!試験内容の話しなきゃだよねー!うっかり!」
しばらく時間はかかったが、お姉さんの尽力によりなんとか軌道が修整される。
さて、これから一体何が行われるのだろう。リィンと同じように表情を引き締めた2人と共に、ハシリの言葉に耳を傾けた。
「そうだなー、とりあえずクイズやろっか!」
えっ、と誰かの気の抜けた声が転がる。
ハシリは呆けた3人を見つめ、楽しそうに笑っていた。
…
「やっぱりさー、基礎が大事だもんねー!」
場所は会議室から広い空間に移る。お姉さん曰く魔道具の実験場らしい。
「というわけで第一問!!小手調べ!魔獣と精霊の違いはズバリなーんだ!はいそこの新芽ちゃん!」
「…え、私!?」
ぼんやりと部屋の観察をしている所にビシッと指名され、リィンは肩を跳ねさせた。
ハシリの両脇には幻影の魔獣と精霊がぼんやりと動いている。
集まる視線に萎縮してもじもじと指を絡めつつ、リィンはあわあわしながら小さく口を開いた。
「か、可愛いが可愛いしてかっこいいのと、悪戯好きで可愛いで可愛いの…です!」
「お、お、お、落ち着いて…!」
「言語能力どうしたんだ…」
「あっははははは!」
まとまらないまま口を開くんじゃなかったと後悔してももう遅い。リィンは両手で口をふさいで真っ赤になった。
2人の学生も、さすがに不憫に思ったのかリィンの背を撫でて慰めてくれている。ハシリは爆笑しているが。
「ごめんごめん、いきなり過ぎたー?緊張しないでいいよー!自分の知ってる事を話すだけ!教科書の説明まんまでもいいからさー!」
「教科書…」
「そー!まずは無理に言葉探したりしないで、お手本なぞってごらん?」
リィンは空転する思考を一端切り、教科書の説明書きを思い出す。魔獣と精霊の違いは色々と挙げられるが、シンプルにまとめた言葉があったはずだ。
まだ赤い頬をおさえながら、リィンは羞恥で潤む薄墨をゆっくりと瞬かせる。
「えと…皮一枚引っ剥がした時、肉が出てくるのが魔獣で、魔力そのものが出てくるのが精霊です」
「「怖い怖い怖い」」
「あっははははは!間違ってないけど凄い表現!オッケー!」
もじもじとした大人しそうな少女の口から出たインパクトのある説明に、学生2人とお姉さんはドン引きの眼差しを向けた。
とはいえ、リィンは言われた通り素直に教科書の説明をなぞっただけだ。ただちょっとラントリイ産の教科書が雑なだけで。
「表現はともかくー、要は内臓の有無だよね!魔獣は人間とか普通の犬猫みたいに中身があるけど、精霊はどんなに見た目が動物や昆虫っぽくても中身はぜぇんぶ魔力!」
そう、精霊は体のほぼすべてが魔力であるため、体の中身だって魔力でみちみちなのである。
にも関わらず骨格や内臓を有する動物や昆虫とまったく同じ動きが可能なのだから、その神秘性は留まることを知らないのだ。
尚、一説には精霊が長い年月をかけて肉を得て、魔獣や人間となったという…精霊原祖説があったりするとかしないとか。真実は誰にも分からないが。
「一部の国では精霊を神聖視するあまり、契約を禁止してたりもするけどー、カタルシアでは問題なし!じゃあ、そこの新芽くん!ズバリ、契約における両者の違いって何?」
「関係構築の難易度、契約者が負う負担の違い…です」
「オッケー!大体あってるよー!」
(…難易度?)
男子学生の答えにリィンは内心首を傾げる。
この質問が当たらなくてよかった。何故なら、ラントリイとはまるで話が違うと思われるので。
「魔獣はシンプルに触れ合いで仲良くなれるしー、ちょっとやんちゃさんでも上下関係を叩き込めば比較的従順なんだけどねー。精霊は気まぐれだし、上下関係も気にしない!基本触らせない子ばかりだから仲良くなるにも一苦労なんだよねー」
(あー…やっぱり全然違ってる。ベルセルさんのおかげで先に気付けて良かった…)
リィンはそっと息を吐く。魔獣の方はともかく、精霊についての齟齬がかなり大きかった。
ベルセルにして親和性や透過性が高いと言われたリィンの魔力だが、おそらくこれはラントリイの国民共通の特性である。
何故なら、ラントリイにおいて精霊は…魔力を好かれ過ぎてお持ち帰りされるから距離感には本気で気をつけろと習うので。
ある意味精霊との契約は身を守る手段でもある。
この人間は他の精霊のお手付きですよーと示すことで、他の精霊に連れ去られる事態を防ぐのだ。
「契約者が負う負担も、魔獣は食費、精霊は魔力って違いがあるねー!食糧事情の差異ってやつ!食費も魔獣によっては痛手だけど、精霊にあげる魔力も超厄介ー!好き嫌い凄いし、機嫌を損ねると契約者の魔力ごっそり奪ってきたりするしー。まぁとにかく、よくできました!」
「ありがとうございます」
「じゃあ次!そうだなー、属性相性とかいってみようか!そっちの新芽ちゃん!」
「は、は、は、はい…!」
どもり気味の女子生徒が肩をビクッと跳ねさせる。
衝撃でズレた眼鏡を直しながら最後に一度平常心と呟き、シャンと背を伸ばした。
「相性って言っても色々あるけどー、んー、よし!基礎の基礎!シンプルな有利不利をどうぞ!」
「あ、あ、あ、赤は緑に強く、緑は茶に強く、茶は黄に強く、黄は青に強く、青は赤に強いです。黒と白は互いに強く互いに弱いです」
「はなまるー!」
「よ、よ、よ、よかった…」
リィンがパチパチと拍手を送る一方で、男子学生は簡単すぎると鼻で笑っている。
とはいえ基礎は大切にすべきだ。
あくまで"同じ魔力量でぶつけ合った時どちらが勝つのか?"というシンプルな指標に過ぎないが、知っている事で取れる選択肢だってあるかもしれないのだから。
ハシリは3人をふむふむと見つめ、獲物を狙う猫のように目を細める。リィンはやんわりと視線を外しながら背を震わせた。
(この人…最初からずっと私達の事観察してる。アルスほど露骨じゃないけど、上手く隠してるだけで…かなりガッツリ)
このシンプルなクイズの最中、彼女は一体リィン達の何を見ているのだろう。そんな事を考えながら視線を戻すと、バッチリと目が合ってしまって悲鳴が出かけた。
向こうは随分と楽しそうだが。
「じゃ、ここからが本題!」
そう言ってハシリが何やら手に持った魔道具に魔力を込めると、実験場の様子が一瞬にして変わったではないか。
現れたのは…業火だった。
オレンジ色にギラギラ輝きながら天に伸びる炎の渦と、焼け焦げた香り。肌を撫でる熱風の熱さに、逃げ惑う人や生き物達の悲鳴に混じってパチッと爆ぜる枝木の音が、嘲笑うように聞こえる。
(これ…幻影じゃない!?幻覚魔法…!?)
どん、と逃げる誰かにぶつかられた肩をおさえてリィンは驚愕した。
蜃気楼のような触れない立体映像が幻影なら、幻覚は擬似的に五感を騙すことでそこにない"本物"を生み出す魔法である。
つまりリィン達にとって、今この実験場では火の渦が本当に起きている状態なのだ。
とんでもない魔法技術である。
『はいはい、けいちょー!これは私の大発明!可愛い可愛い疑似体験魔具ちゃんだよー!』
リィンだけでなく他の学生も驚きに目を丸くして座り込む中、ハシリの声が場違いに明るく響いた。
姿は見えないので、魔法の外側にいるのだろう。
『コホン!…現在、フィオーレ自治区の草原で火災旋風が発生しました。現場の3人は環境調査官として事態を収めてみてくださいっと!』
自分の契約魔獣や契約精霊を頼ってもいいから、相応しい行動を選んでごらん。
それが本当のクイズだと、ハシリは笑った。




