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10.フォレスタ


実習生として活動する学生の為、自治区の主要都市には専用のホテルが存在している。

ギルドを有するフォレスタも、勿論その主要都市の一つだ。


「ダンさん、ここまでありがとうございました!」

「おう!いいって事よ!それじゃ、リィンの嬢ちゃん、またな!」

「はい!また!」


その学生用ホテルの前で数日間世話になったダンと別れたリィンは、太陽のような笑顔に焼かれた目をゆっくりと瞬かせる。

そして、改めて目の前に広がる世界を視界に入れた。


一言で言うなら、不思議。


ガタゴトと馬車に揺られる道すがら、遠くからでも圧倒されるような大都市だったが…こうして間近で見てみると、ここに立ち並ぶのは都会と言われて想像するようなツルリとしたビルではない。


木造建築…それこそ、寺院や層塔を思わせる独特のデザインの建物なのだ。確か、巨大大陸時代の古い建築様式の一つだったはずで、ラントリイにも神社などがいくつか残っている。

しかしながら建物の肌には魔力が絶えず走り、組み込まれた魔道具が様々な映像を映し出していた。

その周囲に浮かんでいる広告などの幻影もまた、魔道具による魔法だろう。当たり前の顔をしてトンデモ技術がほいほい使われているのだから視界がバグる。


さらに不思議な事に、この街には竹林が生い茂っていた。アスファルトで覆われた大通りから一本路地に入ると竹林といった具合だし、頭上を行く懸垂型魔道車(モノレール)の音よりも笹の葉の流れる音の方が強いのだ。聴覚もバグる。


古さと新しさが混じり合っていると言えばいいのか、自然と人工物が混じり合っていると言えばいいのか。とにかく、相反すると思われていたもの同士が、どうしてかうまく混ざり合った不思議な街…それが、リィンの抱いたフォレスタの印象である。


「何かもう、何がすごいのかわからないや…」

「グルゥ!ルール!」

「ピピ!」

「はいはい、わかったよ。チェックインは済ませたし、日暮れまでまだ時間もあるから街歩きでもしようか」

「グルルー!」

「ピピィー!」


馬車で移動している間、トレーニングはおろか運動が制限されて退屈だったのだろう。ソキウスは特にはしゃぎながら早く早くとリィンを急かした。


「とはいえ、どこから回ろっか…うーん、こうも広いとどこに行けばいいやら…そこからして既に迷っちゃうね」


さすがフィオーレいちの大都市とあって、フォレスタは広大だ。

それこそ、街に入ってからホテルに向かうだけでもヘトヘトになりそうなくらいに。

ダンがいなければ収納型魔具(ストレージ)の容量を超えた大量の野菜を抱えて行き倒れていたことだろう。


「グルルゥ」

「ピィピ」

「ん?どうしたの二人とも」

『……』

「あ、ミラくん。まだ残ってくれてたんだね」


リィンがミラくんと呼ぶのは、ベルセルの置き土産…長耳手兎型魔獣(アウヌスレプス)の形をした幻影魔法(ミラージュ)のナビである。

名前がないと不便だよねと馬車でこの名前をつけた際、小馬鹿にしたような顔をしたが気のせいだろう。

そんなミラくんだが、目的地であるフォレスタには着いたのにまだ消えていない。ただ、何かを待っているようにリィンを見つめていた。


「あ!もしかして、ここを案内してくれたりもする?」

『……』


じっとリィンを見つめて三拍。くるりと背を向ける様子に相変わらず気遣いはないが、どうやら案内してくれるらしい。


「よし、とりあえずついて行ってみようか!それで、道中面白そうな店があったらどんどん入ろう!」

「グルーゥ!」

「ピッピィ!」



迷いのない足取りで進むミラくんを追いながら、リィン達はどこをとっても目移りする街並みに目を輝かせた。


頭上を滑らかに滑る懸垂型魔動車(モノレール)、魔力で動く歩道、空中に浮かぶ映像、荷物を運ぶ小型飛行魔具(ドローン)、人間に代わって珈琲をドリップする魔道具だろうポット…

いつだったか、ベルセルが時間捻転魔法に巻き込まれて大昔に来たかと思ったなんて冗談を言っていたが、これはその逆。

まるで、魔法で遥か未来にでも来てしまったようである。


「はぇ〜何もかもが便利そうだね」

「グゥル!グルール」

「本当に凄いや…でも、その分色々と大変そう」

「ピィ?」

「これだけのものを維持するのは勿論だけど…ほら、"次"が難しそうだなって」


この便利さに慣れればあれも、これも、もっともっとと望みや期待も増えていくだろう。人間とはそういうものだ。

けれど同時に、それに応えるために必要な技術や魔法の難易度もどんどん上がり、予算にしても資源にしても必要量は増していくはずで…きっと途方もない努力が必要とされるのだと思う。

まぁ、現時点で目を回しているリィンにはこれだけ発展した諸々の"次"など想像もつかないのだけれど。


空中に浮かぶ幻影の看板に手を突っ込み、ひらひらと動かす。当然何も触れない。驚きつつも、おそるおそる真似して顔を突っ込むソキウスとウィズに顔を綻ばせた。


リィンにとってのフォレスタはこの幻影と似ている。

外からただ凄さを眺めて感動するだけで、例え手を伸ばしてみても何がそれを形作るのかはまるで掴めない。

今は、良くも悪くも傍観者だった。


「グル?」

「ピュイ?」

「あはは!ミラくんもだけど、そこに在るのに触れないってやっぱり不思議だよね」


そのミラくんがじっとこちらを見て待っていることに気付き、リィンはうっかり止まっていた足を動かす。

わざわざ魔動階段(エスカレーター)の隣にある普通の階段を軽快にのぼり、辿り着いたのは…


「うそ…!すごい、空に庭園が浮かんでる!?」


それは、浮遊魔法(フロート)によって浮かび、フォレスタウン全体にまるで骨格の如く張り巡らされた空中回廊と、そこに設えられた庭園であった。


「わ、わ…なにこれ、豪邸のお庭???灯籠まであるし…あっちには石なのに池みたいな…映像魔具(テレビ)でしか見たことないやつ!」


侘び寂びを感じる庭園は、計算された配置なのかどこから見ても美しく、しかし角度を変えれば顔つきも変わる。

リィンはそれが不思議で右から、左からと何度も繰り返し場所を変えて眺めてしまった。


彼女曰く石なのに池みたいな、いわゆる枯山水も見事で、遊びに来た精霊達も気を遣ってか足を踏み入れる事なく遠くから眺めている。


「あっちの回廊は花畑…向こうは草原みたいになってる!はぇ~日当たり抜群だし、寝転んだら気持ちよさそう…」


"上は大水、下は大火事"がお風呂なら、"上は蒼蒼、下は技巧"がこの回廊を表すのにピッタリだ。


「うーん、一日中眺めてられそうだけど…今は探索探索!時間が空いたらまた来よっか」

「グルルゥ!」

「ピピ」

『……』

「ミラくん待ってー!」


さて、そんな感じで寄り道を挟みつつミラくんについて回ることしばらく。


「ミラくん、お話しがあります」

『……』


リィンは訳あって、ベンチの上でミラくんと膝を突き合わせていた。

通行人からチラチラと向けられる怪しげな視線がちょっと痛い。


「あのね、そろそろ言わせてもらうんだけど…私はベルセルさんじゃあないんだ…」

『……』


そう、ミラくんは確かに街を案内してくれていた。

してくれていたのだが、これまでに案内されたのは魔法薬店、合法ギリギリを攻める魔植物取扱所、魔石屋、魔獣のケア用品店、店主が怖い魔道具ショップ、本屋、実験機材の取扱店、化学薬品の問屋、ついでにドラッグストア…と、物凄くベルセルみを感じるラインナップだったのである。


興味がないとは言わないが、さすがにもうちょっと年相応の街歩きをしたい。


「あ、勿論、ミラくんが連れて行ってくれた店は面白かったよ!?お値段はともかく珍しい物がたくさんあったし、本屋さんの魔法書籍の品揃えは感動ものだった!魔獣のケア用品は高級品過ぎたけど…ベルセルさん本当にフラーテル好きだよね。じゃなくて、えっとほら、そういうのばかりじゃなくて、私はお洒落なカフェとか、服屋とかが見たいなぁって…」


リィンはミラくんをフォローしつつ、今度は少し具体的に案内先の要望を伝えてみた。


『……?』

「そんな不可解なものを見る目を向けられる事言った…??」


しかし、当の本人…本幻影?は見るからに"わかりません"の顔を返す。

さすがの彼女もがっくりと肩を落とす他ない。


「うぅ…仕方ない。自分で頑張ってみるよ。ここまでありがとう、ミラくん。お疲れ様」

『……』

「……ん?」


瞬きと同時に跡形もなく消えた姿に、リィンは目を丸くする。

そして、理解した。


「あ…終了の言葉を待ってたんだ…」


案内を買って出てくれたと思っていたのは勘違いだったらしい。

それはそれとして、いつかベルセルにクレームは入れようとリィンは決意したのである。



幸いなことに、街全体を包む魔法技術の力はリィンを存分に助けてくれた。

いたるところに案内魔具(ナビゲーター)が置いてあり、目的地を選べばここからの方角をキラキラとした魔力の軌跡で教えてくれる。たまに他の人の起動した軌跡と混ざりそうになるが。


何より、店の看板が基本的に分かりやすい。なにせ、建物の壁や周りに大きく表示されているのだから、遠くからだってよく見える。

街の人も皆親切で、いかにも不慣れに歩くリィンに度々声をかけて助けてくれた。その暖かさには頭が上がらない思いだ。


「んーーーー!歩いたぁ!」

「グルルーゥー!」

「ピピピィー!」

「もーウィズ歩いてないでしょー?ふふっ!」


そんなこんなで、リィンはそれはもうフォレスタを満喫したのである。


「あそこのカフェ、スフレパンケーキが絶品だったねぇ!見た目もクマさんみたいですっごく可愛くて…また食べたいっ!」

「グル!」

「ピ!」

「でも…服も靴も買っちゃったし、可愛い小物も…それに筆記具とか食料とか買い足したりで…うっ、しばらく節約しなきゃだな…」

「ちゃも…」

「ピィ…」


満喫し過ぎたかもしれない。

言い訳だが、一応彼女だって年頃のレディなのだ。これまで見たことのないお洒落な服や靴、可愛いスイーツがあれば手を伸ばしてしまうというもの。

旅支度は抜かりないので許してほしい…と誰にともなく言い訳をするリィンだった。

ベルセルのおかげで魔石代が浮いたのが救いだ。

ちなみに、服や小物はすべて魔法で寮にパッと輸送済みである。便利。


「…あ、ほら二人とも元気出して!着いたよ!」 

「グゥ?…ルルー!!」

「ピピィ、ピー!」


日はそろそろ傾いて、ただでさえ白混じりの空から青が退き始めている。

そんな中、彼女が一日の最後にと選んだのは、街を巡る空中回廊の中で一番高い場所…そこにある展望公園だった。

街の人に是非一度は見るべきと勧められた場所でもある。


「……っ」


手摺から少しだけ身を乗り出した彼女の漆黒を、風が珍しがって揺らした。

夕暮れの気配を纏うそれは火照った頬をそっと冷ます。

リィンは感嘆の言葉すら忘れて、体を巡る感動に背を震わせた。


幾何学的に交差する、緑あふれる空中回廊。たまに花のかわりに風車が顔を出している。一応、魔力エネルギー以外のエネルギーも利用しているらしい。

回廊の隙間から顔を出す、古い塔に似た高層建築。夕日によって黒く塗られたシルエットが、街を見守る老人のようにぬぅっと立っていた。


あちこちに伸びる竹林の影は涼やかで、アスファルトの無機質な顔に生命力の落書きをしていた。

便利な移動用の魔道具を乗り降りする際は無表情だった人々も、縁日のように通りに並べられた出店に向かえば和気あいあいとおしゃべりに興じている


広がるのは、過去と自然の美学と現代と魔法の息吹が重なって織り込まれた新しくも懐かしい光景だった。


「…素敵な街だね」

「グゥル」

「ピィ」


それ以上の言葉を、リィンは持たない。装飾すらも必要ない純粋な感想だったから。


…なんて、感興の時間に殉じていられたのも束の間。


「あーーーーーーー!!!」

「ぅわ!?」

「グルル!?」

「ピピィ!?」


背後から響いた殴りつけるような声に、リィンは思わずバランスを崩して手すりから落ちそうになった。

彼女の代わりに繊細な空気感やら情緒やらが落ちてパーンと砕けただろうが。


「やほやほー!大丈夫!?」

「だ、大丈夫だけど…」

「ねーねー、あなたリィンちゃんだよね!?ね!!」

「うん…えっと、確か…サワナちゃん?」


勢いに押されつつ声の主をよく見てみると、セントール学園の登校初日に話した覚えのあるクラスメイトだった。

というか、この勢いにも覚えはある。

あの日も彼女…サワナは、ひまわりすら恥じ入るくらいの笑顔を咲かせ、黄色の混じる黄緑色のボブヘアーを揺らしながら詰め寄ってきていた。


「わー!リィンちゃんもフィオーレ自治区を見てたんだね!!」

「うん、サワナちゃんも?」

「ね、ね、どうだったどうだった?」

「んん?えっと、自然豊かで綺麗で…」

「そうだ!最近できたカフェ行った!?めっちゃお洒落でオススメだよ!」

「えっと…?うん?」


一度くらいしか話していない彼女をリィンが覚えていた理由は、その勢いもさることながら、あまりにも会話が飛ぶ事が印象に残っていたから。

そして、やはり今も会話が飛びに飛んでいる。

目を見て話しているのに会話できている気がしなかった。


「街歩いてたんだよね!?どこ見た?」

「竹帯通りのブティックとか、妖精カフェテラスとか…」

「どっか見たいとこある!?私かなりここに詳しいよ!頼って頼って!」

「あ、それなら…ここって図書館とかあるかな?」


何故いきなり図書館かと言えば、クラスメイトと話した事で現実を思い出してしまったからである。

時間も忘れて遊んでしまったが、本来の目的はあくまでもカタルシアの…というよりフィオーレ自治区の事を知るための情報収集。

レポート課題という文字が今更ながら頭上に振ってきた、というわけだ。

なので、今日の分を挽回すべく、明日は図書館や資料館のような場所に閉じこもろうと思った次第である。


ちょっと切実そうなリィンにサワナは髪より黄色味の強い瞳を瞬かせ、ニッと頼もしく笑った。


「そっかそっか!そうだよね!あそこしかないよね!任せて任せて!」

「…え?」


なんだか猛烈に嫌な予感がする。

例えるなら、可愛い顔した筋骨隆々な魔獣が両腕を広げて迫ってきたような、そんな感じが。


「あ、あの!やっぱり自分で探すからだいじょ」

「言わなくても分かってるって!さぁさぁ!レッツゴーーーー!!!」

「ぅえ!?えぇぇぇぇぇ!?」


いきなり手を引かれてバランスを崩したリィンには踏ん張って止めることなど出来ず、かろうじてソキウスの手を握ってウィズをもう片腕の中にしまい込み、サワナに引き摺られて行った。



下がって上がって右に左に、あっちにこっちにそっちに…


「うっ…フォレスタがグルグル回って見えるぅ…」


もはやどこをどう通ったのかも分からず連れ回されたリィンは、ただでさえ歩き回って溜まっていた疲労にとどめを刺され、グッタリとベンチで目を回す。やはり体力をつけようとこっそり決意を固めた。

ここまで連れてきたサワナは「待ってて!」とだけ残してどこかに消え、ソキウスとウィズだけが心配そうに彼女を囲んでいる。


「ここ、どこだろ…?図書館…では、なさそうだよね」


吐き気を堪えながら体を起こした。

そっと辺りを見渡すと、目の前には立派な建物の群れがある。

古風な平屋建築と竹林、石畳…まるで神社の境内にでも迷い込んだような気分だ。

ただし、所々に物騒な魔道具が見え隠れしているが。ついでに鐘の代わりに物凄く大きな緑属性の魔石が飾られている。庭石とでも勘違いしているのだろうか。


「えっ、本当にどこここ…!?」


リィンの頭の中に物騒な想像が駆け巡る。

人身売買。闇オークション。闇ギルド。ダメなタイプの宗教団体。

無駄に立派な建物の裏には、大体マフィアや螺子の飛んだカルト集団がいる…と彼女は教わってきた。


「ど、どうしよう…それ系のアジトだったり…?」

「グルル?」

「ピ?」

「リィンちゃーーーーん!お待たせ!!」


逃げねばという思考が頭を埋め尽くす前に、サワナがパタパタと駆け寄ってきた。

その屈託のない顔に陰など無く、ホッと胸をなで下ろす。


「あ!ギルドにバッチリ申請出しといたよ!!」

「ん????」


ただし、代わりに別の爆弾が投げ込まれたが。


「し、申請とは…?」

「うん!そうそう!それ!」

「どれ!?!?」

「いやー、リィンちゃんもとうとう昇格試験かぁ…感慨深いね!」

「なん…昇格試験!?」


ツッコミどころは多々あるが、それどころではない。

昇格試験とは確か、行動範囲を広げるために見習い環境調査官(フィールドセーバー)としてのランクを上げる試験ではなかったか。


「このフォレスタギルドが会場でねー!ここで試験するんだよー!!」

「しないけど!?」

「ごめぇん内容は私も知らないんだー!まだ挑戦してないから!あははは!」

「何で自分はまだなのに他人の申請してるのかなぁ…!?」

「まぁリィンちゃんなら何が来ても大丈夫そうだねー!そう言えば、この時期は昇格試験混みがちなんだけど…運よく明日の朝枠が空いてるって!頑張れー!!」

「ええぇぇぇえ!?!?」


結局最後までまったく話が噛み合わないまま、サワナはスキップで去っていった。夕立より突発的だ。

こうして、リィンはクラスメイトのうっかり(?)なお節介により、ランク昇格試験が決定したのである。


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