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9.農業地帯


「わあぁぁぁ…!」

「グルルゥ…!」

「ピィ!ピィ!」


眼下、緩やかな下り坂を降りきった先に広がる視界に収まりきらないほどの畑に、リィンはベルセルが壮観と称した景色を見る。


あの後、ベルセルと別れてからファームルワで一泊した彼女は、丸一日眺めていた巨木を名残惜しく思いつつも森を出た。

それからすぐに飛び込んできたのがこの景色なのだから、開いた口を閉じ忘れるのも致し方ない。


森とは打って変わって開放感あふれる平原は、森の前に見ていた草原とはまた違う顔をして旅人を出迎えた。

几帳面に分けられた畑は高台から見るとまるで模様のようで、鳥から見たらさぞ面白いだろうなと、リィンは頭に乗るウィズをつついて笑う。


「人の手が入っているけど、ちゃんと自然の一部って感じがするの…すごいなぁ」

「ピィ?」

「グル、グゥ!」

「うーん、無理に切り開いたってより、尊重してるって感じだよね。ほら、あそことか…畑の真ん中に残った大きな木。一見邪魔そうだけど、木陰に植えてあるのはたぶん…レタスだよ」

「グル?」

「あのね、レタスって日陰の方がおいしく育つんだって!つまり、あの木を無理やり退かすんじゃなくて、利用してるんだと思う」


綺麗な碁盤状と言えない畑の区切りも、生えている木や草地、地形を尊重してだろう。

リィンはいつものように軽くスケッチと自分の感想をメモに残し、早く先に行こうとせっついて来るソキウスとウィズを宥める。


「さてと、ここからどうしようかな…」

「ピィ!ピピピピ!」

「ん…?あ、ベルセルさんがくれた魔道具?そうだね。使ってみようか」


腰に下げた多機能型通信魔具(タブレット)を気にするウィズにその存在を思い出し、リィンはそこに着けられたストラップ型の魔道具に魔力を込めた。

するとタブレットの画面がグニャンと揺らぎ、画面に変異長耳手兎型魔獣(アウヌスレプス)の顔が映し出されたではないか。


「ぷっ…ベルセルさんって、フラーテルが大好きなんだね」

「グルゥ!」

「ピィ」

「私もソキウスとウィズが大好きだから気持ちはわかるけど!」


思わず画面の中のアウヌスレプスの鼻をとん、と撫でると、マップと共に目的地を指定してくださいの文字が画面に浮かんだ。

リィンはパチリと瞬いて、マップに表示された細かい地名を眺めていく。


「へー…森の隣には高原もあったんだ…アルスが向かったのはきっとここだね…それと、砂漠…砂漠!?い、意外…あ、でもベルセルさんの話だと、土が乾いて荒野とも呼べない程になったって…その名残かな」


歪ながらほぼ円形に近いカタルシアは、真ん中の学園都市区セントールを除いて4つの自治区に分かれている。

分け方は単純で、東西南北…ドーナツを4等分するのと同じだ。

フィオーレも自治区の一つで、西にセントールを見ると扇形の地形の南側がリィン達の通ってきたノコリノ森、北側に高原、北東に砂漠、東側が農業地帯で、東の一番奥が…


「後は…フォレスタ!フィオーレ区で一番大きな都市なんだって。ギルドもここにあるみたい」

「グルゥ!グゥ!」

「ピ!ピピィ!」

「あはは!二人はここに行きたい?」

「グゥ!」

「ピ!」

「分かった、じゃあ次の目的地はここにしよう!大きい都市ならフィオーレ区に関する色々な情報も集まってるだろうし」


ポチッと目的地を設定するとタブレットの画面が消え、ストラップ型の魔道具が魔法を発動した。

魔法はリィンの足元近くに魔法陣を作り出し、そのまま上へと動いていく。魔法陣が周囲の魔力を使って何かを組み立てていき、膝くらいの高さでパチンと消えた。

後には、ちょっと透けた長耳手兎型魔獣(アウヌスレプス)がチョコンと立っていたのである。


「わ、幻影魔法…?ビックリしたぁ…」

「グルゥ」

「はぇ~、魔道具に組み込むには形の安定化とか調整が難しい魔法だって聞くけど…カタルシアの技術って本当に凄いんだね」

「ピィ!」


幻影のアウヌスレプスは驚きで胸を抑えるリィンを気遣ってはくれない。すぐにくるりと後ろを向いた背に少しのさみしさを感じつつ、案内をするように歩き出したそれを追いかけたのだった。



坂を下りきって低地に降りると、鼻どころか口いっぱいにまで土の匂いが広がってくる。堆肥の香りがカタルシアの不思議な刺激臭と混じって鼻の奥が少しむずむずした。

彼女には大きすぎる、今や貰い物となった白衣を靡かせる風は青物臭く、流れる生き生きとした魔力は瑞々しい作物の息吹そのものだ。


足元の道は踏み固められ、森や草原とは違って明確に人の気配がする。

けれど道端には可愛い花が揺れ、豊かな草むらには緑属性の精霊もちらほら見えた。ただ人の道というわけではないらしい。


軽快に進む幻影を追いつつ、リィン達は宝石のように実る作物に目を輝かせる。


「凄い!あのトマト大っきいね!魔力もみっちり…美味しいんだろうなぁ…!」

「グゥルゥ…」

「ピィ…」

「あ、二人ともつまみ食いとかしちゃダメだからね!?フォレスタに着いたらたくさん買って食べよう」

「グルル!」

「ピィ!」


よだれ垂らさないでねと笑ったリィンは、ふと、少し先の花に顔を突っ込んでいる精霊に目を瞬かせた。

見慣れない精霊だ。

しかし、彼女はすぐに驚く事になる。


「ムー?」

「え??」


気配に気付いてこちらを見たのは、全体的にフワフワのお菓子のような雰囲気の精霊だった。

だが、リィンの記憶が正しければ、この精霊は黒属性で毒魔法を得意とする花畑の厄介な悪戯者…毛玉蜂型精霊(レーヌアベイユ)である。巣から取れる毒蜜は闇市場の定番品だとかなんとか。


ただし目の前の個体は、黒い毛玉に黄色い薄羽四枚、毛玉の下部には鋭い針が一本付いているという本来の姿と異なり、薄緑の毛玉に淡いピンク色の羽と、毛玉の下部には針の代わりに柔らかいチューブのようなものが付いていたが。

正直、変異種なのか別種なのか迷うレベルの差だ。


「え、ど、どっちなんだろうこれ…変異種?」

「はははは!お嬢ちゃん、他の国の子かい?こっちの毛玉蜂型精霊(レーヌアベイユ)は初めてか」

「は、はい!」


目を白黒させていると、近くの畑からおじさんが笑いながらやってきた。

首にかけたタオルで頬の土を拭う姿は様になっていて、日に焼けた健康的な肌がここの風景にとても似合っている。

まぁ、手に持った鍬はバッチリ魔道具だったが。さすがカタルシア。


「この子らはなぁ、黒属性の魔力を溜め込む他の国の種と違って、緑属性の魔力を溜め込んで蜜を作るんだと」

「へぇー!」

「ピピィ」

「ムー?…ムィッ!」

「ピョッ!?」

「ムヒャヒャ!」

「ピィーーーー!!」

「グゥルゥ」

「あらら…からかわれてる」

「はははは!」


頭にいきなり花を咲かせられたウィズがピィピィと怒ってレーヌアベイユを追いかけ回し、しかし当のレーヌアベイユはケラケラと笑って逃げ回った。

悪戯好きなところは変わらないらしい。


「俺ぁ精霊に詳しくはねぇが…ま、この辺じゃ黒属性の魔力なんざ殆ど貯めれねぇからな。元のままじゃ都合が悪かったんだろうよ」

「黒属性が…?」


言われて、リィンは思わず目を閉じて集中した。


(…あ、本当だ。黒属性の魔力を殆ど感じないや)


エルーセ・ウルナに存在する魔力は、性質別に大きく赤、青、緑、黄、茶、黒、白の七属性に分類されている。

これらはいわゆる構成要素というやつで、単一属性のみで存在する事はまずないらしい。尚、魔石だけは例外だ。

例えば、水には青属性の魔力がもっとも多く含まれ、緑属性と黄属性と茶属性の割合で水質が変わり、赤属性の魔力もほんの微量ながら存在して水温を変えている…といった具合に。


さて、ここで特殊なのは黒属性と白属性だ。


(黒属性って確か教科書では…"属性という要素が消費された後に残った魔力の残滓"って説明だったよね)


簡単に言えば廃棄物である。

火が燃えた後の灰、もしくは煤、煙。呼吸で言えば二酸化炭素。

魔法を使った後や、魔道具を使用した後などに吐き出される魔力がこれに当たる。

あとは、属性を滅茶苦茶に混ぜ合わせた結果生まれた魔力も黒属性と呼ばれていたはずだ。色々な色を混ぜたら黒になる、という話と似ている。

こちらは魔法薬の調合ミスでよく発生するらしい。


(で、白属性は…"属性という要素が定まっていないまっさらな魔力"だったっけ)


物凄くざっくり言えば、魔力とは白で始まってカラフルに色付いて黒で終わり、黒が世界に還って新しい白になる…という循環なのだ。


まぁつまるところ、普通に考えれば黒属性が少ないということは魔力の循環が上手くいっている証明なのだが…


(でもここまで少ないものかな?極端というか…不自然な感じもするけど…)


これでその分白属性が物凄く多いなら納得がいくのに、とリィンは頭の中でのおさらいを止めて小さく息を吐く。現実は教科書通りに収まり切らないらしかった。

まぁ、それが楽しいのであるが。メモを取る彼女の口は笑っていた。


「まぁ、野菜だって土ひとつ、水一つで違う顔になるんだ。精霊もそうなんだろうよ」

「なるほど…参考になります!」


環境が変われば魔獣や精霊も変わる。

当たり前の事だけれど、改めて自分の目で見ると感動するものだ。

とりわけ精霊は基本的にここと決めた住処から移動をしない。なので魔獣より環境の変化による変異種が生まれやすいという。

ただ少し気になったのは、レーヌアベイユがフラーテルと逆の変化をしたことである。


(レーヌアベイユは環境に適応した結果毒…というか黒属性を捨てたけれど、フラーテルは環境に適応した結果黒属性に特化した…この違いはどこから来たんだろう?)


まだまだカタルシアは謎だらけだ。

リィンは改めてこれから見聞きするだろう世界に期待を寄せた。


「ああ!まーたやられたぁ!!」

「ん?」

「あー?ありゃサクの声か?」


ペンをしまうと同時に響いた声に、きょとりと目を丸くする。

レーヌアベイユも驚いたのか、ブーンと羽音を残して逃げていった。


「おーい、どうしたぁサクーー?」

「どうしたもこうしたもねーだよ!ほれ、これ見てくれ」


声を上げたのはおじさんの隣の畑で作業をしていた青年らしい。おじさんよりは年若そうで、成人してすぐくらいに見えた。

サクと呼ばれた彼が"これ"と示したのは足元の畑である。

リィンは気になっておじさんの後ろからひょこりと覗いた。


「あちゃー…こりゃひでぇな」

「だろう!?昨日も一昨日もやられただ!!」

「わぁ、作物が…」

「魔獣の仕業かね」


見ると、まるで巨大なヘビが横たわっているように盛り上がった土と、その周辺に傷ついた作物が散らばっている。

よく出来た作物だろうに、これでは売り物にはならないだろう。勿体ない。

いや、それよりも…


「魔獣…穴の掘り方的に蚯蚓…いや、土竜系かな?螺子鼻土竜…ううん柔らかい土だから、四手土竜型魔獣(クアトタルパ)とか?」

「…へ?クアトタルパ?」

「あんた、コレの犯人わかんのか!?」

「え、あ、すみません!ただの予想というか…!私のいた国でもこういった農作物被害を見たことがあって…!」

「なるほど…嬢ちゃん物知りだな!しっかし…このあたりにそんな魔獣いたっけか?」


おじさんが眉間に皺を寄せて首を傾げる中、サクと呼ばれた青年は違う顔をしていた。


「クアトタルパって事なら、心当たりがあるけども…」

「そりゃホントか!?」

「けども!あいつら、今まで悪ぃ事したことねぇだよ?ましてこんな事初めてだべ」

「そうは言ってもな…魔獣だって心変わりしないとも限らんだろう」

「そっだけども…」

「このまま他の畑まで荒らされちゃたまらん。そうなる前に…追い払う必要があるぞ。分かるな?」

「そんな…!」

「あ、あの!!」


二人の間に流れる空気がギシッと軋んだのを感じ、リィンは勇気を振り絞って声を上げる。

先ほどまでは親しげだったおじさんの目が、部外者は黙っていろとでも言いたげな硬さを持っていたけれど、ゴクリと唾を飲み込んで腹に力を入れた。


「クアトタルパは虫系の精霊しか食べませんし、悪戯好きでもありません。もしかしたら、こんな事をしたのには事情があるのかも…それこそ、人間と同じように…!だから、まずは、様子を見てみませんか?」

「あんた…」

「そうは言ってもな…」

「いいや、この子の言う通りだべ!責任は俺が持つ!だから…頼む!!」

「…分かった。俺だって穏便に済むならそれに越したこたぁねぇからな」


ホッと胸をなで下ろすリィンに、おじさんが気まずそうな笑顔を見せる。


「すまんな嬢ちゃん…ちと冷静じゃなかった」

「気にしないでください!こんな素敵な畑ですから、大切にしようと思うのは当然です!」

「良い子だべ…!そうだ!その、もし良かったら嬢ちゃんも一緒にクアトタルパの所、来てくれねぇだか?」

「え、私も?」

「そりゃいい!俺らより詳しそうだしな。どうだい?」

「わ、私でよければ!」

「グゥル!」

「ピィ!」


正直に言えばそこまで首を突っ込むつもりは無かったのだが、そもそも自分が蒔いた種でもある。

それに、クアトタルパが何故普段はしない行動をしたのかは、リィンも気になっていた。


「あ、俺はヨサクってんだ!よろしくな、嬢ちゃん!」

「俺ぁダンってんだ。ヨサクと魔獣の事、よろしくな嬢ちゃん」

「私はリィンです!こっちはソキウスとウィズ…ヨサクさん、ダンさん、よろしくお願いします!」


とにかく、一度問題解決のために足止めである。

幻影のアウヌスレプスが、どこかベルセルの呆れ顔に似た表情を浮かべた気がして、リィンは思わず苦笑した。



軽い自己紹介を終え、畑を直すと言って残ったダンと別れたリィンは、ヨサクの案内のもとクアトタルパの住処だという岩場を目指す。


「あいつら、俺がガキの頃にどっかから来てな…そのままうちの敷地に住みついたんだべ。昔はいつも一緒に遊んでただよ」

「じゃあ、友達なんですね!私達と同じだ」

「ピィ!」

「グルルゥ!」

「へへへっ、んだな!俺が大っきくなってからはあんまし遊べなくなっちまっただけど…」


当時を懐かしんでか、トウモロコシを思わせる色彩の目が柔らかく緩んだ。

しかし、すぐに彼の表情は暗くなる。


「あいつら、俺より頭良くて、畑に穴掘っちゃダメだって事も分かってたんだども…なんでこんな」

「それを調べに行くんですよ!大丈夫です、きっと前みたいに…あれ?」


しょぼしょぼと水が足りない野菜みたいに萎れてしまったヨサクを元気づけていると、不意に目の前の土がも"こっ!と盛り上がった。そこから出てきたのは他でもない…


「…」

「…」

「…モグ」

「「く、クアトタルパ(だべ)!?」」

「モグラモグー!」


唐突にエンカウントした魔獣に驚いた二人だったが、すぐに穴に戻ってしまったその姿を慌てて追いかける。

岩すら容易く削れるほど鋭い爪を持つ四本の前足で土をかいて地中を移動する為、クアトタルパが通った場所は土が盛り上がり、作物は掘り返されて傷がついていた。先程見た畑の被害状況と同じだ。


「そんな…やっぱりクアトタルパが…」

「でも、あの子…少し様子が変ですよ、ほら」


ずり落ちた白衣の袖を捲りながらリィンが指をさすと、少し先でこちらの様子を見るクアトタルパの姿。

さっきからそうなのだ。少し進んでは顔を出し、二人が近付くとまた潜って進むの繰り返し。


「あいつ…!俺らをおちょくってるだか!?こんにゃろー!」

「と言うよりこれ…誘導してるんじゃ…」


そうして追いかけっこすることしばらく。辿り着いたのは、当初の目的地であった岩場だった。


「こぉら、クアトタルパ!!出てくるだよ!!」

「ヨサクさん落ち着いて、落ち着いて…たぶんここに何か…」

「グルル…?」

「ピイ…ピイ?」

「ん?どうしたの?」


プンスコと地団駄を踏みながらクアトタルパを呼ぶヨサクは一先ず置いておき、リィンはソキウスとウィズが気にしている方…岩場の奥へと隙間から身を滑らせる。

と、そこには意外な物があった。


「魔道具?なんだろ…大きいけど…」


そこには、岩の陰に隠されるように置かれた四角い魔道具があったのだ。

大きさはリィンの腰くらいあり、動いているのかピコピコと光が明滅している。


「ぢゃもぉ…!」

「ビィィィ…!」

「どうしたの二人とも…?」


顔をしわくちゃにして不快を訴えるソキウスとウィズに首を傾げた。

リィンは特に何も感じない。ベルセルに褒められた鼻も、少しのオイル臭を感じ取るくらいだ。

ただ、魔力が波のように奇妙な形で絶えず吐き出されている気はする。攻撃性は無さそうだが、魔法なのだろうか。

とはいえ、不快感とまではいかなかった。


「うーん…魔獣にしか分からない何か…?」

「モグゥ゙ラ"…」

「あ」


クアトタルパと言いかけて慌てて飲み込む。岩の向こうで「クアトタルパはいねぇ"がぁ!」とおかしなテンションになりながら探しているヨサクにバレると面倒そうだったので。


(クアトタルパ…も顔がしわくちゃに…頭を抱えて?……あ、耳!?)


リィンの脳内で電球が瞬いた。

蝙蝠系などがいい例だが、魔獣や精霊は人間には聞き取れない音を聞き取れたりする

もしかしたら、この魔道具から発される音が不快なのかもしれない。


「あの、ヨサクさん!ちょっといいですか?」

「んぁ?どしたんだべ?まさかクアトタルパ…!」

「一度クアトタルパの事は置いといて、これを見てください」


岩の隙間からヨサクを呼び寄せると、彼は些か不服そうな顔をしながらも来てくれた。そして、リィンの前にある魔道具にキョトンと目を丸くする。


「何だべ、それ」

「ヨサクさんやご家族が置いたものではないですか?」

「ないない!俺も含めて、家族みぃんな魔力がからっきしで…お恥ずかしながら魔道具は苦手だべ」

「ならこれは…?」

「誰かが勝手に捨ててったに違いねぇべ!」


こんな所にわざわざ捨てるだろうか。いや、そもそも捨てたにしては…きちんと動いているようだが。


(…ううん。今はそんな事、どうでもいいよね)


「あの、ヨサクさん。どうやらコレから出てる音か何かが、魔獣達には不快だったみたいです」

「へ?音?なんも聞こえねぇだけども」

「私達には聞こえなくても…ほら」

「グゥルヴ…!」

「ビュィィィ…!」

「「「モグゥ゙ラ"…」」」

「うわ、皆顔がじゃがいもだべ…ってクアトタルパ達も…」

「いつの間にか増えてる…こほん。とにかく、クアトタルパ達はきっとコレをなんとかして欲しかった…ヨサクさんに気づいて欲しかったんじゃないですかね?」


思えば少し不自然ではあったのだ。

これまでクアトタルパが荒らしたのはヨサクの畑だけだったという。

もし地中を進む道すがらに畑を荒らしたのなら、一箇所に集中するはずはない。

先程の誘導するような行動と合わせると、クアトタルパ達の行動は…ヨサクの気を引きたかったからではないかと思えるのだ。


「クアトタルパ達…」

「モグ、モグゥラ」

「モーグラ」

「モグラモグ」

「すまねぇ…全然気付いてやれなかっただ…友達だのに」

「モグ!」

「モ!」

「モグモグゥラ!」

「う、ぅおぉぉぉぉん!クアトタルパァァァ!!」


どうやら、彼らは和解できたらしい。

それはそれとして、である。


「えーと、コレ…どうしましょうか」


リィンが魔道具を指差すと、べしょべしょに泣いていたヨサクからすこんと表情が落ちた。怖い。

思わず目が地面を探してしまった。当然落ちてはいない。


「壊すべ」

「「「モグラモグ」」」

「えっ、いいんですかね…?」

「いいも何も、うちの敷地に無断で置いてく方が悪いべ。それに、魔力乱されて作物に影響出たら最悪だべ。よってスクラップ一択だべ!」

「「「モグラモグ」」」

「それはまぁ、確かに?」


妙に息が合ったクアトタルパ達とヨサクに押されつつ、確かに間違ってはいないなと納得する。

問題は、簡単に壊れるのか否かだ。


(クアトタルパ達がわざわざ助けを求めたのは、きっと自分達じゃ壊せなかったからだよね?あの爪に耐えて、尚且つあの子達の得意属性…茶と、一体は緑かな?その魔法にも耐えるって考えたら、相当硬いんじゃ…でも、そうだな…仮に表面は壊せなくても…熱なら、どうだろう?)


精密な道具というのは熱に弱いのだと聞いたことがある。

それならば、お誂え向きの相棒がいるではないか。

まぁ、魔道具にそれが当てはまるのかは分からないが。


「よし、ソキウス!魔法の練習台にさせてもらおう!」

「グルゥ!」


(でも、周りは畑だし…大きな魔法は危ないよね。小さな魔法で火力を上げる…よし)


リィンは、何をするのかとヨサクの後ろからこちらを見ているクアトタルパ達に手招きをした。


「茶属性の子にお願いなんだけど…まずキミは、この魔道具を岩で覆ってほしいの。あ、上は少しだけ開けておいて。で、キミはこんな感じの、魔道具に近いほど細くなるトンネルを一つ横に付けてくれる?」

「モグ?モーグラ!」

「モグモグラ!」


地面にイラストを書いて見れば、任せろと四本の腕を振り回す。

次いでリィンは緑属性が得意そうなもう一体に向き直った。


「キミには、魔道具を草で覆って欲しいな。どう?」

「モグラモグ!」

「ありがとう、皆よろしくね」

「「「モグモグーラ!」」」


クアトタルパ達がグッと魔力を高め、皆で魔法を発動させる。それぞれが難しい魔法ではなかったので、すぐにリィンの思い描いたかまど擬きは完成した。


「おぉ!すげぇべ!!…でも、これどうするだか?」

「えぇと、ソキウス。小さめでお願い」

「グル!」

火球(ファイアボール)


パキンとリィンの右手が魔石を砕くと、ソキウスの手から拳大の火の塊が繰り出される。上部の穴から中へ入ったそれは周囲の草に引火し、あっという間に魔道具を火で包んだ。


「ウィズ、あの火が消えない程度の風を横のトンネルから送ってくれる?」

「ピュイ!」


ウィズが羽ばたくと、その小さな体に見合わない風がごうと吹き、トンネルへと向かっていった。

刹那、魔道具を包んでいた炎が凄まじい灼熱に変わる。

そして、岩の壁に閉じ込められた熱がぐんぐん上がっていき…やがて、土が焼ける匂いに混じって鼻につく異臭がした。同時に魔力が大きく揺らぐ。

それを感じ取ってすぐ、リィンは叫んだ。


「げっ!?みなさん、岩の向こうに!!ソキウス達も退避!!」

「グル!!!」

「ピー!」


ビーーーー!ビーー!ガーガガガガ……ドゥン!!!!


けたたましい音と、それに続いた爆発音。岩の上部からボッと煙が吐き出され、直後魔法で作り上げたかまど擬きは崩れ消えた。

後には、ドロドロに溶けてすっかり黒焦げになった魔道具が沈黙している。

思ったより大事になってリィンは真っ青だが。


「あわわわわ…やり過ぎた…?」

「いやいや!お見事だべ!」

「「「モグ、モグラ、モグーラ!」」」

「やー大した火力だったべ!皆の勝利だべな!」

「あはは…お役に立てたなら、よかったです」


こうして、畑で起きた小さなトラブルは解決したのである。


パサリ


壊れた機械から人知れず、「A」に似たエンブレムが剥がれ落ちた。



「すみません、シャワーをお借りしてしまって…」

「いいのよ!うちの人と魔獣達の事、手伝ってくれたお礼だから!」


あの後、畑に戻ったリィンとヨサクはダンに事情を説明し、クアトタルパ達に対する誤解は解けた。

何なら、クアトタルパ達はヨサクの畑を直す手伝いを買って出て、有能な仲間が増えたと認められてすらいたが。


慣れない畑を歩き回ったリィンは気付けば泥だらけで、それを見咎めたヨサクの奥さんにシャワーへと突っ込まれ…今に至る。


「お!リィンちゃん!ほれ、服も靴もピカピカになったべ!」

「わ、本当だ…!凄い!ありがとうございます!」

「へへへ…魔道具は苦手だけんど、洗濯は魔道具様々だべ!」


白衣や着ていた服はまるで新品のようにピカピカで、洗濯したばかりであるのに既に乾いていた。魔道具とは本当に便利なものらしい。

リィンは予備の服の上に白衣を羽織り、いそいそと袖をまくる。

そんな彼女を微笑ましく眺めながら、ヨサクは大きな袋を持ってきた。


「これ、良かったら持って行って欲しいべ!俺の自慢の野菜だべ!」

「え!?こ、こんなに!?悪いですよ!」

「あはははは!これくらい全然!お礼としては少ないくらいよ!」

「うぅ…でも…」

「そうだぞ!サクのためにも、もらってやってくれ」


いつの間にか家に上がってきたダンにまでそう言われては、リィンに断るすべはない。

実際、瑞々しく立派な野菜は魅力的だったのでありがたく受け取ることにした。ただ…


「あ、収納型魔具(ストレージ)に入りきるかな…」

「心配は要らんぞ!街まで…むしろ宿まで持って行ってやるからな!」

「え?」

「ふふっ、リィンちゃんはフォレスタに行く途中でしょ?丁度ダンさんが野菜を卸しに行くから、乗せてってやろうって」

「そんな事まで!?いくらなんでも悪いですって!私大したこともしてないのに…!」

「いや謙虚過ぎだべ!俺とクアトタルパ達の恩人なんだから、もっと太々しくふんぞり返るべきだべ!」

「そんなに!?」

「とにかくほら、乗った乗った!」

「あわわわわ…!よ、よろしくお願いしますぅ…!」


押しの強い大人達に見事に敗北し、リィンは立派な幌馬車へと詰め込まれる。そのまま、輓馬のいななきと共にあれよあれよと出発してしまった。絶対に逃さないという強い意思を感じる。


(はぁ…なんだか、穏やかな風景に似合わないくらい慌ただしいというか、忙しなかったけど…)


「またなー!リィンちゃん!」

「いつでもおいでねー!」

「「「モグ、モグラー!」」」

「っ、はい!ありがとうございました!また!」


(楽しかったからいっか!)


ガタン、ゴトン。

滑らかに見えた道も、馬車越しだと意外と凸凹だ。


「それにしても…野菜、食べきれるかなこれ」


たまに跳ねる袋の中身は、最初に渡された分より明らかに多い。

物理的にも重たい親切心に、リィンはありがたくも困った顔をして隣を見る。

そこに見慣れた白衣はないが、いつの間にかいた幻影が、ぶっきらぼうに肩をすくめたのだった。



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