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7.齟齬


「で…先程の質問は、どういう意味だ?」


衝撃の質問を受け、しかしベルセルはなけなしの理性で安全地帯の小部屋まで足を進めた。

そこで改めて聞いてみれば、リィンは純粋に疑問を貼り付けた顔で目を瞬かせる。


「言葉の通りですよ?皆さん魔石に魔法式を込めてあるとか、ストックするとか言っているので…どういうことなんだろうなぁ、と」

「どういうことなんだ」

「き、聞き返された…??」


リィンはようやく何かがおかしいと気付いた。

気付いたところで違和感の正体は分からないので、素直に聞いてみることに決める。


「ベルセルさん達はどうやって魔法を使うんですか?」

「ふむ…」


台詞だけ見ればあまりにも幼稚な質問だが、ベルセルはその意図を正確に理解し、馬鹿にすることなくポケットから黒い魔石を取り出した。


「まず、この空っぽな魔石に魔力を流し込みながら魔法式を組む」

「ふむふむ」

「グゥル」


大きな手がギュッと握られると、そこにベルセルの魔力が集まり、流れが綺麗に整ったと感じた瞬間霧散する。

開かれた手にはみっちりと魔力の籠もった魔石が転がっており、リィンがすんと鼻を鳴らすと冬空の香りがした。


「これをしばらく馴染ませる。人にもよるが、短くて一、二時間。わたしの場合は六時間必要だな」

「…ん?馴染ませるとは…?」

「はぁ…ここか」


曰く、込めたての魔力…というより魔法式は非常に不安定で、そのまま魔石を砕こうものならどんな変質をするか分かったものではないらしい。少なくとも、望んだ魔法はまず発動しないのだ。

故に魔法式が安定するまで時間を置く必要がある。

ベルセル本人そっくりに気難しい魔力なら尚更、とフラーテルはこっそり笑った。


「ふむん…つまり、皆さんの魔法式は溶かしたゼラチンで、魔石という型に流し込んだ直後はドロドロで食べられないから、時間を置いてゼリーにしてるってことですね!」

「お腹が空いているのか?」

「……ちょっとだけ」


ため息と共に渡された固形栄養食をもそもそと食べながら、リィンは言葉を探す。違いはなんとなく理解出来た気がした。


「むぐむぐ…確認なんですけど、皆さんは魔力を魔石に流して、魔石の中で魔法式を組んでいるんですか?」

「そうだな」

「私…というかラントリイでは、魔石には直接魔法式をぶち込むものだと教わります」

「…なんだと?」


ボトルシップというものがある。ガラス瓶の中に船の模型が入っているアレだ。

アレは、細やかな船のパーツをガラス瓶の狭い入り口からピンセットを使って入れ、中でちまちまと組み立て、結果入り口からはとても入らない大きさの船の模型がビンの中に出来上がる。


この、船の模型が魔法式で、パーツが魔力、ビンが魔石とすると、ベルセル達のやっている事がよく分かるだろう。当然、パーツ同士の接着に時間が必要だということも。


なのに、リィンはビンに船の模型の完成形をそのまま突っ込んでいると言っているのだ。

ただでさえ悪いベルセルの目つきがさらに悪くなるのも致し方なかった。


「ブツブツ…どれ程大きな魔石でも、外部からの魔力を受け入れる穴は極小だ…とてもじゃないが魔法式なんて情報量を通せるわけが…どうやって…」

「もう!こうやって、です!」

「…!?」


ブツブツと考え込むベルセルに痺れを切らし、リィンはその手をキュッと握る。そして、魔石に魔法式を通すのと同じ事を行った。

瞬間、ベルセルは驚愕する。


普通他者の魔力というものは受け入れがたい"異物"だと認識されるものだ。

それが親兄弟、双子の魔力でさえも耐え難い拒絶感に襲われる。


にも関わらず、リィンの魔力にはそれが一切なかった。流し込まれたとさえ認識できないほど自然に、むしろ若干の心地よささえ残し、ベルセルの演算領域に彼女の渡してきた魔法式がポイと置かれている。

拙くも丁寧で思いやりの感じられる魔法式など、間違いなくベルセルのものではないのだから。


「親和性、か…?」

「?魔法式、渡せてます?」

「あぁ…」


己の手を握る小さな手。ほんの少しの指を動かして撫でてみれば、柔らかさと温かさの感触がほのかな魔力と共に流れてきた。

リィンはなんだかモゾモゾするなぁと思いつつ、ベルセルの手の大きさに感動する。

父の手より大きく、手入れも何もしていないのかカサつきと傷の目立つ手だ。魔力の香りと同じように冷たいけれど、氷というよりは雪を思う。溶けたその下に、花を潜ませていそうな…そんな冷たさだったから。


「クゥーイ…」

「グゥルグル…」

「っ!?」

「おわ!?」


いい加減にしろとでも言いたそうな、心底呆れをはらんだフラーテルの声と、さみしさと嫉妬混じりのソキウスの声に、ベルセルはバッと手を引っ込めた。驚いたリィンが後ろにひっくり返ったが、ウィズが風魔法で守ってくれたので無事である。


「…コホン!とりあえず、理解出来た」

「え、凄いですね!?あの、あの、違いは何でした?」

「おそらく、キミ…というより、ラントリイという地の民は総じて魔力の親和性、もしくは透過性が異常なのだろう」

「ふむん?なるほど?」

「はぁ…分からないなら素直に言え」

「分かりません」

「よろしい」


ベルセルの見解によると、少なくともリィンの魔力は"馴染む"事に特化している印象を受けたそう。

他を阻害せず、しかし混ざるわけでもなく、同じ場所に共存する…それが許される質の魔力だった。

故に、魔力があらゆるものに宿るエルーセ・ウルナにおいて、彼女の魔力が通れない場所は存在しない。

唯一遮断できるとすれば、魔力そのものを遮断する特殊鉱石くらいだろう。


そのため魔石に直接魔法式をぶち込むという暴挙が可能であり、かつ既に出来上がっているものなので安定化を待つ必要がない。どうりで拾った魔石でそのまま魔法を使っていたわけだ。


「そこの香草小鳥型魔獣(ヘルバアウィス)が名付けに寛容だったのも頷ける」

「あ、普通はダメなんでしたっけ?」

「魔獣や精霊にとって、名とはそれだけで己と他を繋ぐパスになる。契約でもないのに名前を呼ばれるとはつまり、許容してもいない魔力を流されるようなものだ」

「頼んでない、しかも食べたくもないピザが届く…と。確かに困りますし、ちょっと嫌ですね」

「…」

「…」


ベルセルとフラーテルは揃っておやつをリィンに渡した。別にもうお腹は空いていないのにと頬を膨らませたリィンは知らなくても良いだろう。

実際はそんな可愛いものではなく、知らない他人に体を弄られるようなものである…なんて話は。


「って、私そんな事をウィズにしちゃったの!?ご、ごめんね!?ラントリイでは皆、普通に名前をつけてたから…」

「ピー?ピィ!」

「はぁ…やはりかラントリイ…とんだ魔境だな…」


ベルセルの中でラントリイが未開の地から魔境に変化した瞬間であった。


「先程も言ったが、キミの魔力を基準に考えるなら名付けに問題はない。あの魔力を流し込まれても、風に擽られるようなものだ」

「ピ!」

「私は風だった…??」


そして、ラントリイで何故魔道具などの魔法技術が発展していないのか…その一端を理解する。

必要が無かったのだ。おそらく。

ラントリイの民はカタルシアの民より余程自由に契約による魔法を使え、かつ魔獣や精霊と距離も近い。

おそらく、契約していない魔獣達にすら手助けを頼み、それが容認される関係を築けているのだろう。

契約も指示も無くリィンを何度も助けているウィズと、そこに感謝こそすれ驚きはないリィンがいい例だ。


手元にすぐ使える魔法と、頼めば魔法を使ってくれる隣人がいるのに、わざわざ労力をかけてあれこれ複雑な道具を作る必要は無いだろう。他国と比べたら不便はあるのだろうが、その国で生きる上では何も困らないのだから。

リィンが昨夜話していた便利さの話は、きっとここから来ていた。


「…いい国なのだな」

「ラントリイですか?んふふ、何もないですけど自慢の故郷ですよ!」


ニッと笑い、リィンは「でも」と続ける。


「これからはカタルシアの良いところをいっぱい見つけるんです!第二の故郷になるんですからね!」

「…そうか」


呟いたベルセルの瞳は、何故かどうしょうもなく痛そうだったけれど。



リィンはスタスタと前を歩くベルセルを追いながら、麻痺で転がった魔物を横目に口を開く。


「ええと、まだ進むんですか?」

「…疲れたのか?」

「クゥール?」

「いえ、そうではなく…」


というか、疲れるわけがない。何故ならリィンは先程何もない場所で盛大にコケて以降、ソキウスに縦抱きされているのだから。

即座にベルセルに回復薬をぶち撒けられたので、もう傷も痛みも無いのだが…誰も許してくれなかった。

ウィズですらリィンの膝に乗って立たせまいとしてくる。

四面楚歌。

まぁ、だからといってそれに甘んじてメモとスケッチに励むリィンもリィンなのだが。


「もう4階層も終わりそうですけど…」

「そうだな。そこを曲がれば階段だ」

「え、ボス部屋まで行くんですか!?」

「はぁ…帰還用の魔法陣がそこにしか無いんだ」


それなら仕方ない。リィンはメモ作業に戻った。

ベルセルは辺りに注意を向けつつ、その手元を覗き見る。

思わず、小さく感嘆が漏れた。


そこには、自分もよく見るフィオーレ区の草原が、まるで見たことのない美しさで描かれていたのである。

どうやら、余白に乱雑に書き散らした覚え書きを清書しているらしい。


「美化しすぎだろう」

「え?そんな事してませんよ。私、これでもスケッチに関してはリアリストなんです」


この絵はリィンの見た景色そのものだと口に出来る自信が彼女にはある。

美化なんてしていないし、後から描き足した部分も描き直した部分もない。


「…こんなに、綺麗だったか?」

「ベルセルさん…実は顔を上げて景色を見たことないですね?」

「は?」

「ダメですよぅ、足元とか魔道具とかばかり見てたり、違う事考えながら見たりしちゃ」


リィンは子供っぽく悪戯な顔をして胸を張り、大人の真似事のように人差し指を立てた。


「景色は、閉じた瞼の無心の暗闇から、目を開けた瞬間の光だけで見るものなんです」


これは旅行好きな母の受け売りだ。

特別な思いも思考もなく、ただ網膜に届いた光を見て、感じて、最初に去来した感情こそが本物なのだと。

そこに期待だの先入観だの、自分の気持ちだの、余計な色眼鏡は必要ないのだ。


「それはまた…ははっ。難しいことを言う」

「あはは!パパもそう言います。私も、魔獣を見る時なんかは大好きフィルターがかかっちゃうから、難しさは何となく分かりますよ!」

「大好きフィルター」

「爪も牙も目も棘も角も尻尾も何もかも可愛いく見えます」

「それは病院に行け」


クツクツと笑いながら、ベルセルは改めてスケッチを見る。


綺麗だった。間違いなく。


「クゥ、クク」

「…あぁ、階段か。すまない。気を散らしていたな」

「クゥール」

「後でフラーテルも見ると良い。いや…あるいは…キミにはいつもあの景色が見えているのかもな」

「?」


フラーテルは首を傾げつつ、なんだか嬉しそうな契約者に自分も嬉しくなって尾を揺らした。

ベルセルはそんなフラーテルの頭を撫で、階段をおりていく。


程なくして辿り着いたのは…枯れた森だった。

上がった気分が下がっていくのが分かる。だからこそ、ベルセルは半私物化していてもこのダンジョンをあまり愛用してはいなかったのだ。


「うわぁ、また枯れ木…」

「グゥルゥ…」

「…"また"?」

「昨日ベルセルさんに、というかフラーテルに会う前、私達突発ダンジョンに巻き込まれて…それがこんな枯れ木のダンジョンだったんですよ」

「はぁ…それはまた、引き運が強いな」

「いらないですよそんな運…!」


リィンはうんざりとした顔で答え、しかし内心首を傾げる。


(同じ枯れ木だけど…ここはあの嫌な匂いがしないや)


新鮮さの違いだろうか?とスンスン鼻を鳴らしていると、突如ベルセルに摘まれた。

目を白黒させるリィンの瞳には、やった本人が不思議そうな顔で映っている。


「あの…?」

「…あぁ、いや、その様子を見るに、キミが遭遇したダンジョンは蝕化魔力(カルマギア)が混ざっていたのか?」

「汚水みたいな香りと気持ち悪い魔力には満ちてましたね」

「チッ…」


収納型魔具(ストレージ)からダンジョンのスケッチを取り出して見せると、ベルセルはギュッと顔を険しくさせた。枯れ木というより、空のドロドロを気にしているように見える。

そういえば確かに、このボス部屋の空は普通に青空だ。


と、のほほんとしていたら至近距離にベルセルの顔がぬっと迫る。

驚いて仰け反るリィンに構うことなく魔道具をピコピコと弄り、一先ず納得したのか距離感を戻した。


「よく無事だったな…」

「2フロアしかありませんでしたから。すぐに核を壊して出ました!」

「賢明だ」


褒めながら、何故かベルセルはリィンの膝に魔法薬をドバドバと置いていく。色からするとおそらく魔力中和薬(マギアドベンサー)だろう。


「持っておけ」

「はい…?えっと、ありがとうございます…?」

「ついでにこれを飲め」


半ば強引に渡された試験管には、今目の前でベルセルが希釈作業を行った魔法薬が入っていた。なんという早業。

どうやら、リィンが蝕化魔力に晒されていたと知って心配してくれているらしい。

その気持ちはありがたいので、リィンは素直にグビッと薬を飲んだ。控えめに言って不味かった。


「さて、帰還陣は…?」

「…クゥ?」

「…?」

「クルークゥイ??」


ベルセルとフラーテルは二人でウロウロとダンジョンを歩き始める。一応ボス部屋の鉄則として、フロアの真ん中に足を踏み入れない限りボスは出てこない。

リィンはソキウスの腕の中で足をぶらつかせつつ、ボス部屋の観察に勤しんだ。間違ってもウィズがボス戦のトリガーにならないよう、しっかりと抱き締めながら。


「昨日のダンジョンより広い部屋だよね。やっぱり規模が違うからかな?」

「グゥ?」

「ピ?」

「ここのボスは何の魔物なんだろ…気にはなっちゃうよね」

「…ならば朗報だ。見れるぞ」

「クゥ…」


まったく朗報という顔をしていないが、一通りフロアを回ったベルセルが答えた。

フラーテルもどんよりと耳を下げ、自慢の長耳を地面に引きずっている。


「ベルセルさん、フラーテルも…どうしたんです?」

「はぁ…放置している間に帰還陣が消えていたらしい」

「あー…一時的なワープトラップだったんですね」


ダンジョンの機構として組み込まれている正式な移動魔法陣ならともかく、トラップだったなら魔力切れで自然消滅してしまうのだ。要するに電池切れである。

どうやらここにあった帰還陣もトラップ扱いだったらしかった。


「仕方ない。このダンジョンを壊すぞ」

「クゥールィ!」

「えっと…」

「キミはそこにいろ。わたしの私物なのだから、わたしが片付ける」


道理は通っているし、フラーテルもちょっとワクワクしているようなので、リィンは大人しく浮かせた腰をおろす。

ソキウスは残念そうだが、そもそもリィンは荒事が好きではないので。


ベルセルが悠然と白衣を揺らしながらフロアの中心部へと向かう。

隣を歩くフラーテルも、何の気負いもない足取りで長耳と尾を揺らしていた。

そして、二人が中心部に辿り着き、一拍。


〈ポーーーーーーーーン!!!〉

「ほぅ」

「クゥイ」


枯れ草で埋まっていた地面から、大型魔道車くらいの魔物が飛び出してきたのである。

それはクルンと曲芸師のように回って尾を二人に叩きつけ、可愛らしい顔をコテンと傾げた。

リィンはハラハラと見守りつつ、魔物の姿をじっと見つめる。


横に太らせたひし形のような顔に丸い耳、ずんぐりした体は見た目に反して靭やかだ。

特徴的なのは尾で、太めの尾に柔軟性は無く、非常に硬い上トゲトゲが付いている。絵本で鬼が持っている棍棒をイメージすれば大体合っていた。


「ふん…棍棒尾狸型魔獣(クラークウルス)の真似事か。無駄に図体が大きいようだが」

「クゥーク」

〈ポーン!ポコーー!〉


叩きつけを当たり前のように避けたベルセルの言う通り、フロアに降り立った魔物は本来の魔獣より遥かに大きい。


(私の知ってる個体は野良犬ぐらいだったもんね…魔物だと大きさとかも変わるんだなぁ)


新しい発見に目を輝かせながらメモを取るリィンをよそに、ベルセル達は動き出した。

魔物が地面を叩くと同時に岩槍の魔法が飛び出してくるのを、フラーテルはヒラリヒラリと躱し、突き出した一本の岩槍を長耳で掴んで空中へと跳ぶ。

ベルセルもまた靴型魔具を通して使った高速移動の魔法であっさりと避け、戦場から離脱する。


〈ポポポンポーーーン!〉

「クゥ、クァーイ」


空中のフラーテルは、魔物から見れば分かりやすい的だ。しかし、放たれた岩散弾の魔法はフラーテルを掠めることもできず、むしろ魔法の岩を足場に空を跳び回る始末。

馬鹿にされていると思った魔物は次に、大きな岩弾を撃ち出した。


「フラーテル」

「クゥイ!」


ベルセルのたったひと言でその意図を汲んだのか、フラーテルは任せろと鳴いて長耳を広げる。

そして、撃ち出された岩を長耳で掴み、勢いそのまま一回転して…ドッと魔物へと投げ返したのだ。


(はわわわ…!凄い!)


魔物が喚こうがどこ吹く風で、フラーテルは尾の針を魔物へ向けると、麻痺魔法を撃ち出す。

岩の衝撃でふらついていた魔物は避ける間も無くデバフを食らって倒れた。

あのサイズの魔物をあっさり麻痺させる魔法の威力にリィンは戦慄する。普通デバフというものは、何度か魔法を重ね掛けして耐性を突破するものなのだ。

大きい体躯の敵や強い敵に対しては尚更そうである…しかし、ダンジョンボスであるはずの魔物は、一撃で完全に体の自由を失っていた。


「ふん…つまらんな。フラーテルとどめだ」

「クゥールゥ!」


光剣天泣(スパークルレイン)


ベルセルが白麗の魔石を砕くと、フラーテルの頭上から光の雨が降り始める。青空の下でチラチラと光るそれは、確かに空が泣いているみたいだ。

ただし、その雨は…一つ一つが怜悧な剣の形をしていたが。


〈ポ…?ボッ、ガガガガ………!?〉


雨は、剣は、情けも容赦も慈悲もなく動けない魔物へと降り注ぎ、その体を光の剣で埋め尽くした。そして、パキンと砕け散る。

圧倒的すぎる勝利であった。リィンは思わず拍手を送る。


「はぇ〜…凄いや…」

「グルゥ…!」

「ピィ…!」


彼女は初めてカタルシアでの戦い方を見た。

殆どを契約魔獣の判断に任せ、ここぞという所で契約者が魔法を選んで介入する。

例えば先程のような強力な魔法などは、魔法式が複雑なため魔獣や精霊本人が自力で発動しようとするとかなりの時間が必要だ。咄嗟の時の防御魔法や補助魔法も、魔法式を描いてから組み立てていては当然間に合わない。

そこを契約者が魔石でフォローするのだろう。

魔石の準備に時間がかかるからこその必要最小限な介入だ。


(うん、すっごくスマートでかっこいい!かっこよかった!!)


ちなみに、ラントリイはバンバンに魔石を砕くお国柄故に、契約者の思考が魔法式を通してほぼ契約魔獣や精霊に共有される。

そのため、二人三脚で戦場を共に駆けているような戦い方になるのだ。つまり結構泥臭い。

どちらの戦い方が良いのかは…魔獣や精霊の好みだろう。


「うーん…ソキウスはどう?」

「グル?グール、グルゥ!」

「何を考えているのかは知らんが、キミ達はキミ達の形を大切にする事だな」

「クルーゥ!」

「あ、お疲れ様ですベルセルさん!フラーテル!すごかったですね!」

「まぁ…あのくらいはな。フラーテルの運動にもならなかったが」

「クゥ…」

「なんという強者感…」


やれやれだぜ、とノリよく長耳を揺らすフラーテルに一同は笑い声を上げた。

ゴゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴ…


(…なんか、誰か凄い笑い方してる?)


ソキウスはグルグルと猫の喉鳴らしのように笑っている。

ウィズはピピッピッと高く短く囀って笑っていて。

ベルセルはクツクツと低く喉を鳴らしていた。

フラーテルはククッと少し小悪魔のような笑い方だ。

ならばこの、地響きみたいな笑い方は…?

 

「え、地響き??」

「…あぁ、先程魔物と一緒に核も砕けたからな。ダンジョンもじきに崩れる」

「…」

「…」

「「出口!!!」」


笑っている場合ではなかった。

ダンジョンにも親切なダンジョンとそうでないダンジョンがあるもので、昨日のように核が壊れると同時にペッと外に出してくれるダンジョンもあれば、このダンジョンのように自力で出る必要のあるダンジョンもあるのだ。

つまり、ダンジョンが崩れる前にいつの間にかフロアから真っ直ぐ伸びた道を駆け抜けねばならない。


「ああ…クソっ!!計算外だ!」

「クゥイー!」

「ひぃん…!ウィズおいで!ソキウスお願いしますぅ!」

「ピ!」

「グルゥ!」


ウィズを抱えたリィンを抱えて走るソキウスと、靴型魔具の魔法を迷わず発動させて走るベルセル、長い耳を靡かせて四つ足で走るフラーテルが競い合うように全速力で森を駆け抜けていく。


地鳴りは酷くなり、ちょっと怖いもの見たさで後ろを見たリィンは引きつった悲鳴を上げた。

すぐ後ろまで崩落が迫って来ていたのだ。


「あわわわわ…!ウィズお願い!風魔法で全員を前に吹っ飛ばして!!」

「ピ!………ピューーールィーー!!」


長いようで短い3拍。崩落の手が一同を飲み込みそうになった刹那、ウィズの風魔法…陣風(サデンガスト)が一気に皆の足をさらい…


ドサッと柔らかい草の上に揃って崩れ落ちた。


「っ、ぜぇ、はぁ…た、助かった…のか??」

「ク、クゥ…クゥイ……クァ」

「グル………グゥ…ルゥ…」

「わーーーん!ウィズ天才!最高!!おかげで助かったよぉーー!」

「ピ!ピピ!ピィーヒュー!」


走ってはいないはずなのに、リィンは一人ウィズを抱きしめてはふはふと下手くそな呼吸をこぼす。

過呼吸一歩手前だ。

とはいえ、優しく宥められるほどの余裕がない皆はその小さい体のいたるところをポンポンと適当に叩いてあやした。

あれ?これ赤ちゃんだと思われてる?とリィンは冷静になれたので結果オーライである。


「はぁ…こんなトラブルは始めてだ…だが…おかげで計算より遥かに早く着いたな。見ろ」

「え?」


言われて顔を上げてみたリィンは、その澄んだ黒を瞬かせる。

目の前には木でできた門と、お洒落なログハウスの並ぶ村が…ファームルワが広がっていたのだ。


ダンジョンの出口が入り口とずれていることはままあるが、どうやら今回は目的地の目の前に繋がっていたらしい。運がいいやら悪いやら。


ちなみにこの後、村からヒョコリと顔を出したおばさんにベルセルが「人攫い!?」と叫ばれた事は、しばらくリィンの笑いのツボを刺激し続けたのであった。




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