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6.森のダンジョン


空を縫う枝葉の隙間から、淡く幼い光が溢れていた。

夜と朝の混じり合った幻想の空は寝ぼけ眼で、薄らと靄がかかっている。


そんな中、世界よりもくっきり目を覚ましていたリィンは、野営地から少し離れた森の中で程よい木の枝を片手に動き回っていた。


「一つ避けたからって油断しないで!次いくよ!」

「グルルゥ!」

「もっとよく狙って!攻撃が浅くなってる!」

「グルー!」

「ピィー!」


四方の太い木の枝にぶら下げられたいくつもの丸太が無秩序に揺れる中、リィンが転がす丸太や石を避けながら走り、不格好な木人に攻撃を入れるソキウスの汗が朝日に光る。リィンの頭の上で応援するウィズの声がよく響いていた。


「………はぁ」


朝の清々しさに似合わず低血圧でどんよりとしていたベルセルは、起き抜けに見ることになった奇妙な光景にこめかみをおさえる。

起きたら彼女達の姿が見えないと思って、らしくなく慌てて探してみればこれだ。そりゃ溜め息の一つも漏らしたくなる。


そんな彼の心労などいざ知らず、茂みの向こうに佇むその姿を見つけ、リィンはペカッと満点の笑顔で手を振った。


「ベルセルさん!おはようございます!」

「あぁ…おはよう」

「なんだか疲れてそうですけど…よく寝られました?」


ちっとも薄くなっていない隈に、むむむと探るような目を向けてしまう。


(寝心地が悪かったのかな?実はこの国の人の野営はふかふかのベッドとか特別な魔道具が必要だったりする?)


などと、トンチンカンな事を考えている彼女は知らない。

ベルセルが、誰のせいだと喉まで出かかった言葉を努力して飲み込んでいたことを。


「…まぁ、そこそこに。むしろキミはどうなんだ。随分と早くに目が覚めたようだが」

「私はバッチリ眠れましたよ!寝たのが早すぎて夜明け前に目が覚めちゃいましたけど…」


普段している夜更かしをしないだけで、こうもスッキリ起きれるとは思わなかった。

いつもより活力も漲っていて、朝食に使う木の実や追加の薪も一人で用意してしまったくらいだ。


朝日より眩しい声でそう伝えるリィンの若さを若干羨みつつ、ベルセルは彼女から視線をずらす。

このなんちゃってアスレチックをいつの間に作ったのだとは問わない。

昨日の会話で彼女の謎スキルの数々と行動力は気にしないと決めたのだ。


「…朝早くから何をしていたんだ、これは」

「トレーニングです。ソキウスが体術をもっと磨きたいみたいで…」


昨日眠りに落ちるまでの間、色々考えていたのだ。

リィンはソキウスが強くなろうとしていると知った。

知ったからには手伝わないなんて選択肢はない。むしろ、契約者のクセに気付くのが遅くなった分、存分に協力したいとも思っていた。

問題なのは、ではどうするか?という事。


「私に体術の心得なんてないし、人間の筋トレが魔獣にも効果があるのか分かりません。変な事をしてソキウスが体を痛めても嫌だったので、悩みに悩んだ結果こうなりました」

「こうなったのか…」

「ギルドにある魔獣用訓練所を思い出しながら作りました!」

「はぁ…その努力と創意工夫は評価するが…」


ベルセルは靴を汚し、指先に小さな傷をいくつもこさえたリィンと、活力漲る瞳を湛えたソキウスを見て逡巡する。


「分かった…ついて来い」

「え?」

「わたしがトレーニングに丁度いい場所に連れて行ってやる」

「ほ、本当ですか!?」

「グル!?グゥルー!」


思わぬ申し出に、一人と一体の目が煌めく。朝日なぞより強烈な光に、ベルセルは思わず目を細めた。


「ククィ?」

「聞いていただろう、フラーテル。荷物を持ってきてくれ」

「クゥーィー!」


実は彼の後ろから着いてきていたフラーテルは、了解を示しながらもニマニマとベルセルを見ている。

その表情は珍しい事もあるものだというからかいを多分に含んでいた。

とはいえ、人を遠ざけがちな契約者を心配していたフラーテルにとっては嬉しい珍しさであったが。


一晩の語らいは、どうにも彼の分厚い壁をすこぅしばかり崩したらしい。



「あのぅ、ベルセルさん?トレーニングに相応しい場所ってこれ…」

「ダンジョンだな。それ以外あるのか?」

「ひぃん…連日ぅ!」


リィンはくしゃっと顔を顰めた。

ベルセルの言い分はもっともだが、誰が好き好んで連日入りたいと思うのか。いや、冒険者は好き好んで入るだろうが。いかんせん、受ける依頼次第ではダンジョンが仕事場みたいなところもあるので。


「私、あんまりちゃんとしたダンジョンへの備え無いんですけど…」

「わたしが持っている。問題無い」

「ソウデスカ…」


同行者が抜かりなさすぎて逃げ道がなかった。

まぁ、やる気満々なソキウスを見れば最初から逃げの選択肢など無いに等しい。

散歩に行くような気楽さで入り口に足を踏み入れたベルセルとフラーテルの背を見つめ、ええいままよ!とリィンもソキウスと共に足を前へと動かした。


水に潜るような感覚で分厚い魔力の膜を通り抜け、目を開ければ、そこはもう先ほどまでの森ではない。

偽物の青空に見下ろされた真っ平らの草原だった。

昨日のおどろおどろしい枯れ木の森に比べれば圧倒的に綺麗である。


「わぁ…広いですね!」

「全5フロアの、まぁよくある小規模ダンジョンだな。しばらく前に見つけて試作魔道具の実験場にしていたんだが…」

「クゥーク」

「実験場」


内部の地形はともかく、ダンジョンそのものは何をしても壊れない、かつ、ダンジョンの外とは一切隔絶されているという特性があるので、確かに実験などにはもってこいなのだろう。

間違って魔力爆発を起こしても、危険魔法薬物をぶちまけても誰にも迷惑がかからないので。


「…あれ?サラッとダンジョンを私物化してます?」

「有益な資源も無ければ面白みのある魔物も出ない。ギルド側からも好きにしろと言われている」

「い、意外とギルドって雑なんですね…」

「冒険者に旨味がないダンジョンの扱いなどそんなものだ。進むぞ」

「はぁい」


ずり落ちてきた白衣の袖をいそいそと捲り、リィンはベルセルの背を追って進む。

見通しの良い草原なので魔物はすぐに見つかった。見つかったのはこちら側ともいえるが。

風もないのに揺れる草の間に見えたのは、二体の魔物だった。


「あわわわ…オオカミ型が来てますよベルセルさん!」

「来なければ意味がない。結局は実戦経験を積むのが一番だからな。危なくなれば助けてやる」

「うぅ…ソキウス、やれる?」

「グルルルーゥ!!」


引け腰のリィンとは違い、ソキウスはやる気を滾らせて飛び出していく。

ベルセルは腕を組んで静観の構えであり、フラーテルは長耳の手で毛繕いを始めていた。自由で何よりである。

いや、もっと自由なのは…


「ピ?」

「ウィズ!?ついてきちゃったの?」

「ピピィ」

「もー…危ないから近くにいてね」


任せろと胸の羽毛を膨らませ、躊躇いなくリィンの頭を陣取ったウィズに、ベルセルはそっと顔をそらして笑いをこぼした。


(あぁもう、集中…!)


ようやく腹を決めたリィンは、深呼吸一つで頭を切り替える。ボスでなくとも魔物は危険なのだから。

コロンと透明な魔石を右手に乗せたリィンだったが、大きな手に止められた。


「ベルセルさん…?」

「はぁ…鍛えたいのは体術なんだろう。なら魔法の補助はなるべく無い方がいい。余計な癖がつく」

「なるほど…ソキウス!任せていい?」

「グゥル!グル!!」


勿論だと高らかに鳴き、ソキウスはオオカミ型魔物の一体に自慢の脚力で飛びかかる。すぐに横跳びで避けられてしまったが、同じく横跳びで追って拳を振るった。

その一撃は魔物を容易く吹き飛ばしたが、魔物は砕けずにクルンと軽やかに着地する。


(…今、あの魔物、わざと跳んでパンチの衝撃を減らしたよね?ダンジョンの作った偽物でも、頭は悪くないんだ)


元々狼型の魔獣には頭の良い種類が多いので、納得ではあった。

だから、もう一体がこっそりソキウスの背後から襲いかかって来たとしても驚きはしない。


「ソキウス、後ろ!」

「グゥ!!」

〈※※※※※!?〉


弾かれたように繰り出された強烈な回し蹴りが魔物を吹き飛ばした。草むらにドシャリと落ちたそれに追い打ちをしようとソキウスが脚に力を込める。


「っ、違う。ソキウス、右へ!」

「ッ、グル!?」


ソキウスがリィンの指示通りに右へステップすると、今まさに向かおうとしていた方向から魔物が飛び掛ってきたではないか。どうやら、もう一体草むらに潜んでいたらしい。危うく正面から爪で引き裂かれるところであった。


〈※※※※!〉

〈※※※※!〉

「グゥ!」


二体の魔物がいかにもオオカミらしくタイミングを揃えて牙を剥く。

だが、ソキウスはそれを素早く潜り抜け、一体の背後を取りながら肘を魔物の背骨へと垂直に振り下ろした。

ゴギャッと鈍い音を立てた魔物をそのまま蹴り飛ばし、ボールのようにもう一体へとぶつけると、肘打ちを食らった方の魔物が砕けて消える。


「凄い!その調子!」

「ピィー!」

「グゥル!」

「ほぅ…確かにいい動きをする」

「クゥイ」


と、リィンは草原をさっと見渡して口を開いた。


「ソキウス、跳んで!」

「グル!」

〈※※※※※!〉


回し蹴りで飛ばした一体が立ち直っており、身を低くして足を剃るようにソキウスに突撃してきたのだ。音も気配もない一撃だったが、草原において黒い体はよく目立つ。仮に後ろを向いていたソキウスが気付けずとも、リィンが代わりの目として魔物と戦場をしかと見ていた。

そしてソキウスもまた、リィンの目を信じている。 

疑いも戸惑いの一つもなく彼女の言葉に従うのがその証拠だ。

ベルセルはソキウスに向けていた視線をチラリとリィンにも向け、悪くないコンビだと僅かに口端を上げた。


「グルルッ!!」

〈※※※!?〉

〈※※※※※※!〉

「グルール!!」


リィンの言葉通り跳んだソキウスは、眼下で噛みつきを空振った魔物を上から踏みつけるようにして蹴り砕く。

最後の一体は、飛び掛ってきたところを爪で受け流し、無防備な腹を蹴り上げた。見事に空中へ打ち上がった魔物が砕け、魔力が花火の残滓のようにキラキラと散る。


「クゥクゥ」

「ふむ…もう魔物はいないようだな。見事だ」

「っ、ソキウスーー!」


ベルセルの言葉に、リィンは我慢していた足を進めてソキウスに飛びついた。

ソキウスも両腕を広げてリィンを迎え、その小柄な体を抱き上げてクルリと回る。

白衣がなびき、せっかく捲った袖が片方ずり落ちた。


「はぁ…一々大袈裟だ」

「むぅ!だってダンジョンですよ!?何が起こるか分からないんですから、常に無事を噛み締めないとメンタルが持ちません!私の!」

「魔獣よりキミの精神を鍛えるべきだな」

「クゥールィ」


言い分はもっともであるし、力を過信して足元を掬われる愚か者でないだけマシだが…とベルセルは眉を寄せる。

戦いに集中していた時の彼女は、下手な大人よりも頼もしく見えたのに。

ムギュッとソキウスに抱きついたまま、あれが素敵だった、これがかっこよかった、と先ほどの活躍を褒めるリィンは、ベルセルにギャップの凄い子供だと思われてるとは露とも思っていなかった。


「さて、先ほどの戦いだが…」

「グゥル?」

「動きそのものは悪くない。元より実戦で磨いた腕だな?綺麗なだけのお手本なぞより無駄がなくて実用的だ。実にわたし好みだな」

「おぉ…!好評だ!」

「ふん…下手に型を取り入れるよりは、このまま実戦を繰り返して精度を高めることをおすすめしよう」

「グゥルルー」


感謝を込めてベルセルに頭を下げるソキウスに、きゃっきゃと手を叩いていたリィンだったが、ふと気付く。


「実戦を積むってつまり…定期的にダンジョン通い…?」

「グルルゥ!グルー!」

「ぐっ…!おねだり…!?どこでそんな手を覚えてきたの!?」

「ふっ…せいぜい頑張るといい」

「クゥクゥ」


大きな手を胸の前で組んで首を傾げるソキウスに、リィンは早々に白旗を上げた。

ベルセルはそれを鼻で笑い、フラーテルを見る。

素知らぬ顔で長耳の手入れをするこの魔獣こそがおねだりを教えた張本人だと、ベルセルは知っていた。というか、フラーテルがよく使う手である。


「はぁ…とはいえ、課題もあるぞ」

「グル?」

「目や音に頼りすぎだ。姿を隠した敵に対する反応が疎かになっている」


ソキウスはハッとして、四つ目をしょんぼりさせながらリィンを見た。

昨日のダンジョンで、姿を隠した魔物にリィンへの襲撃を許してしまった事をまだまだずっと気にしているのだ。

今回だってリィンの声に助けられている。

途端に萎れてしまったソキウスに、リィンはキョトンと目を瞬かせた。


「クゥーイ、クゥ」

「…ソキウスは魔法を使っていなかった、だと?そうなのか?」

「え?ベルセルさんが使わないほうがって止めたんじゃないですか」

魔力感知(フィール)くらいは常に使っている想定だったのだが…」


確かに、魔獣であれ精霊であれ、ほとんどの個体が眠る時以外は魔力感知(フィール)を使っていると聞く。

魔力の知覚力を高めるこの魔法は第三の目のようなものであり、無意識的に発動させるものなのだとか。

だが、そう、魔力感知(フィール)は魔法なのだ。


「えぇと、実はソキウスは魔法が使えないんです」

「は?」

「クァ!?」

「グル…」

「あ、こら、落ち込まないでー!」


未だコンプレックスを感じるのか、うっかり死んだ目になりそうなソキウスの顔を揉みながら、リィンはめっ!と叱咤する。


「生まれつき演算領域を持っていなくて…ガウラ先生が保護したらしいんですよ」

「それは…計算外だ。配慮が足りなかったな」

「ククゥ…」

「もう!皆、そんなに気にしないでくださいってば」


ベルセルとフラーテルまで暗くなってしまいそうで、リィンは腰に手を当てた。


「いいんです!私達はだからこそ、二人揃えば完璧なんですからね!ね、そうでしょ?ソキウス」

「グ、グルゥー」

「ぎゅむっ、ちょ、強い…!」


あぁなるほどとベルセルは腑に落ちる。

随分とリィンの依存度が高いように見えたが…おそらくは逆だ。意識的か無意識なのかは分からないが、彼女はソキウスが不安にならないようにと全身で愛情を示していた。

それはとても…昔のフラーテルに似ている。


「クゥー」

「そのニヤけた顔でこっちを見るんじゃない…わたしはああではなかっただろう」


からかうように尾を揺らすフラーテルを無視し、ベルセルはリィン達に声をかけた。


「次の階層に行くぞ」

「え?トレーニングはここでやれば良いんじゃ…」

「ここにはオオカミ型とスライム型の魔物しかいない。せっかくのトレーニングなら、相手のバリエーションがあった方がいいだろう」

「うーん、正論。ソキウス、疲れは大丈夫?」

「グルグールゥ!」

「ピィー!」

「ウィズは疲れてるわけないでしょー?私の頭にずっと乗ってるんだから…」

「ピュイ?」

「って、あ、待ってくださいベルセルさん!」


何を目印にしているのかさっぱりだが、サクサクと迷わず歩くベルセルについていく。

途中、オオカミ型魔物が何度も襲撃してきたが、フラーテルがすべて麻痺魔法(パラライズ)で処理してしまった。

黒属性の魔法…特にデバフを与える魔法は、何度見ても厄介だなぁとリィンは苦笑する。今も昔も味方でよかった。



そのまま地下二階も通過し、ベルセルは地下三階への階段をおりきってようやく足を止める。

彼の背からひょこりと顔を出したリィンは目を丸くした。


「あれ?草原じゃない…」

「ここは二階ごとに内装が変わるタイプのダンジョンだからな」


そう、今の今まで見た目だけは爽やかな草原にいたリィン達の前に広がっていたのは、閉塞感を感じる薄暗い洞窟だったのである。

ベルセルは慣れたように収納型魔具の鞄からランプ型の魔道具を取り出し、光源(ライト)の魔法を起動させた。


「あ、ベルセルさん!床にたくさん魔石が落ちてますよ!」

「あぁ…わたしには需要のないサイズとランクだが、欲しければ好きに持っていくと良い。あっても邪魔なだけだ」

「?確かに魔道具に使うには小さいですけど…あ、いえ、お言葉に甘えます!」

「そうしろ」


ツンと答えて進み始める大人に、リィンは不器用な人だなぁと目を細める。

魔石はいくらあっても困るようなものでは無い。確かに魔道具や研究に使うとなると屑石同然の小さな魔石は使えないが、逆に小さな魔石は魔法の為には必要不可欠なのだから。

チラッとこちらを見たフラーテルは笑いながら長耳でやれやれという仕草をしていた。


「…いたな」

「え、魔物ですか…?」

「あぁ、ワニ型だ」


岩陰に隠れたベルセルに倣い、その指先を辿る。

見れば、まだこちらには気付いていないワニ型の魔物がガリゴリとダンジョンに転がっている石や魔石を見境なく食べていた。

牙の鋭さと顎の強靭さが嫌でも伝わってくる。


「今度は魔法を使った上で倒してみるといい」

「いやいやいや、物凄く怖いんですけど!?もうちょっと優しめの魔物にしませんか!?」

「しない」

「す、スパルタぁ…!ベルセルさんの鬼!」


涙目のリィンがうだうだ文句を言うが、ベルセルは首を傾げるばかり。

この男、わたしが一緒にいるのに何が怖いんだ?と内心思っているのだが、当たり前ながらそんな傲慢を察せるわけがないのだ。フラーテルは契約者の対人スキルの低さに頭を抱える。


ただまぁ、察せるわけはないのだが…リィンは謙虚ながらとても強かなレディなので、いつの間にかベルセルの白衣の裾をキュッと握っていた。

本能が安全地帯を嗅ぎ分けた結果である。

尚、ベルセルはその手をじっと見つめて何か考え込んでいたが。


「グルルゥ?」

「すぅ、はぁ…うん。よし、やろう。私達なら出来る」

「グル!」

「ソキウス、試しに魔力感知使ってみる?」


ソキウスは大きく頷いた。またリィンに危険が迫った時、それを察知できる力が絶対に必要なのだから。

リィンは小さく微笑み、ちょうど足元にあった魔石を右手に転がした。そして即座に(・・・)パキンと砕く。


魔力感知(フィール)

「ん??」

「クゥ??」


約二名おかしな反応をしたが、リィンの意識は既にソキウスと共に戦場にあったので気にする余裕はない。


そのソキウスはというと、一気に鮮明になった世界の情報に、首を右へ左へと忙しなく回す。人間で例えるなら、今まで重度の近視をそのままにしていた者が初めて眼鏡を装着したようなものだ。

その上360°全部が見えはせずとも知覚できるとなれば、戸惑うのも仕方ないだろう。


「ソキウス、どう…?動けそうかな?」

「グルル、グール!」

「そっか。サポートは私も頑張るから、無理せず好きに動いていいよ」


行ってらっしゃいとリィンが小声で呟いたのを合図に、ソキウスは岩陰から飛び出した。

そのまま、背を向けている魔物の背に踵落としを繰り出すが…ゴロンと転がって躱されてしまった。


火波(フレイムウェーブ)


しかし、空振ったソキウスの踵からぶわりと地面を舐め広がっていく火が放たれ、転がり途中だった魔物は背中を焼かれる。

偽物とはいえ体の構成成分まで真似ているので、肉の焦げる香りが魔石を砕いた直後のリィンの鼻を擽った。


〈※※※※※※!!〉


いきなりの攻撃に怒ったのか、魔物がガチガチと牙を鳴らす。ソキウスの火をものともしていない姿に、リィンは眉を寄せた。


(皮膚が分厚い、もしくは硬くて火がダメージにまで至ってないんだ。火に耐性があるのかも)


と、魔物が体に見合わぬスピードでソキウスに飛びかかる。予備動作の無い攻撃をなんとか体を捻って躱し、地面に手をつきながらお返しの蹴りを繰り出した。

あいにく太い尾に弾かれてしまったが。


(今の、弾かれた音…まるで金属みたいだった。やっぱり表面は硬い。でも、それなら"内"は…?)


硬い実を守るために、わざわざ硬い殻は作らない。殻が硬いのは柔らかい中身を守る為…そう考えるのが自然だろう。

リィンが思考をまとめている間にも、ソキウスと魔物の攻防は続いていた。


〈※※※※※※!〉

「グルー!」


魔物の尾は硬いクセに、どうしてか靭やかによく動く。

手足を使わずともソキウスの拳や蹴りを捌けるのだから相当だ。

まぁ、尾をかいくぐったとて…


「…ッ、グル!?」

〈※※※※※※!〉


殴りつけた先の体の硬さに弾かれてしまうのだけど。


「っ、ソキウス下がって!」

高速移動(ファストムーブ)

「ッ!」


ガチン、とソキウスの鼻先を牙が掠める。

魔法の効果が乗ったおかげでギリギリ回避が間に合ったが、うっかり顔が無くなるところであった。


〈※※※※※※※※!!〉


ホッとしたのも束の間、魔物もそう甘くない。

噛みつきが失敗したと理解するや否や、最初に見せた弾丸のような突撃でソキウスを思い切りふき飛ばしたのだ。


「ッガ、ハッ…!」

「ソキウスッ!?」

「落ち着け。よく見ろ」

「グゥ、ル…!」


ズガン!と壁に打ち付けられたソキウスが苦しげに息を吐いた姿に、リィンは胸元をぐしゃりと握り締める。ベルセルの白衣を握る手も真っ白になるほど力が入った。

飛び出さなかったのは、ベルセルのバリトンボイスが彼女を繋ぎ止めたおかげである。


「グルル!」

「大丈夫、なんだね…?」

「魔獣は丈夫だ。悲鳴を上げるより、キミがきちんと無事を信じろ」

「っ、はい…!」


壁から起き上がったソキウスは、痛みに顔を歪めながらもしっかりと立ち上がっていた。

ダメージは間違いなくあったのだろうが、リィンの想像よりケロッとしている。


(私が取り乱したら、ソキウスは安心して戦えない。シャンとしろ、私)


ベルセルの言う通り、悲観的に見たらダメなのだと気持ちを新たにした。


「グゥルルゥ!」

「…大丈夫、やろう。キミが勝利を望むなら…私が道を開くから!」


そして、勝ちたい、勝ちたい、とギラつく四つの金色に応えるように、リィンは魔石を弾く。

彼女の中で、作戦は既にまとまっていた。


「ソキウス、上へ!」

〈※※※※※※!〉

「グル!!」


貫通付与(ペネトレイト)

火槍(ファイアランス)


尾による薙ぎ払いを跳んで躱したソキウスが魔物の上を取った瞬間、同時に砕かれた二つの魔石。

契約紋を通じて渡される魔法式には魔力と同時に描いた者のイメージが乗るものだ。故に、契約魔獣は契約者の思惑をある程度汲み取ることが出来る。

ソキウスは流れ込んできた魔法式にニンマリと目を細め、上空から貫通性を付与された魔法を放った。


〈※※※※※?〉


やはり火耐性が高いのか、明確なダメージとしては通らない。しかし貫通性だけは機能した。

そもそも、そのための一撃だなのだから機能してもらわないと困る。

見れば、ほんの小さな穴が魔物の鎧に開いていた。


火波(フレイムウェーブ)


その穴をピンポイントで狙い、ソキウスは落下の勢いも込めて拳を振るう。そして、衝撃波を火の波に変換して打ち出す魔法にパンチの衝撃波を重ね…小さな穴の向こうへと放ったのである。


〈※※※※※※※※!?〉


聞くに耐えない断末魔を上げ、魔物はドッと内部から爆発しながら砕け散った。


リィンはそれを見届け、大きなため息を吐く。

…が、気を緩めた次の瞬間、背後から二体のコウモリ型の魔物が飛び掛ってきたではないか。


「っ、え?」

「ピィー!!!」

「グルァ!!!」


とはいえ、ギョッと振り返るリィンより早く、二体はフラーテルの麻痺魔法で止まり、片方はソキウスの爪が砕き、もう片方はウィズの風魔法でバラバラにされたのだが。

パラパラと降る魔力の残滓の中、呆けた顔で瞬きを繰り返すリィンの耳に隣から盛大なため息が聞こえた。


「はぁ…ダンジョンで気を抜くな、大馬鹿者!」

「クゥールィ!」

「ひぐっ…うっ、す、すみません…」


実感が無くて頭はついていかないが、ド、ド、ドと跳ねる心臓は命の危機だったことを如実に訴えている。

リィンはじっとりと冷や汗をかき、瞳を潤ませた。


「あ、ありがとうフラーテル、ソキウスぅ〜、ウィズぅ〜!」

「クゥールィ」

「グルゥ!」

「ピィピィ!」


ベルセルの白衣を離して魔獣達をまとめて抱きしめるリィンに、男はそっと息を吐く。勿論、彼女よりずっと早くに気付いていた彼は、返り討ちにする準備をしていたし、傷一つつけない自信はあった。

それでも、肝は冷えるものである。


「…どうも調子が狂う。計算外だ」


ベルセルはリィンにずっと握られていたせいでシワになった部分をカサついた指先で撫で、気持ちをトレーニングの方へと切り替えた。


だが、切り替えたら切り替えたで頭痛を覚える。

今はもう影も形もないが、まさかあんな形であのワニ型の魔物を倒すとは。


「普通は口の中を狙うものだと思うのだがな」

「え、だってそんなのソキウスが危ないじゃないですか!噛まれたらどうするんです!?」

「それでアレか…まったく、よく考えつくものだ。発想の方向転換が凄まじいなキミは」

「そうですか?えへへ…」


可愛らしく照れてはいるが、実際リィンが取った戦術は恐ろしいものだ。

あの硬い外殻が仇になるとは、魔物も思わなかっただろう。


貫通の効果で開けられた小さな穴。そこから入り込んだ拳と魔法の衝撃波。

逃げ場のない殻の中、その衝撃波が魔物の体内で反響して重なってを繰り返し、波の合成で増幅しながら体を破壊したのである。

尚、相手が砕けて消える魔物だから良かったが、生身の相手にやるとドロドロ肉の生ジュースが出来かねないのでおすすめしない。


「はぁ…その発想力と分析力はキミの強みになるだろうな」

「私の、強み…」

「ただし、その分のめり込みやすいのは明確な欠点だ。目の前だけでなく周りにも気を配れる余裕を残せ。それと…絶対に冷静さを忘れるんじゃない。いいな?」

「ゔっ…精進しますぅ…」


リィンは上げて落とすベルセルの評価にしょんもりしながら、それでもいい体験が出来たと素直に思う。

ソキウスの魔力感知の事も、リィンの悪癖も、大怪我をする前に気付くことが出来たのはベルセル達のおかげだ。

リィン一人では大きな失敗をするまで気づけなかっただろう。


(やっぱり、何事も一人で抱え込むのは良くないね。ベルセルさんに協力してもらえて良かった)


しょぼくれたと思ったらすぐににこにこと人懐こい笑顔を向けてくるリィンに、ベルセルは怪訝な顔をした。


「ピィ、ピィ!」

「ん?あ、魔石…もしかして集めてきてくれたの?」

「ピー!」

「んへへ、ありがとう。さっき使っちゃったから助かるよ」

「ピ!」


リィンは足元に赤と透明の魔石をいくつも並べてくれたウィズの首元を指で撫でる。

限られたお小遣いでやりくりしなければならない子供としては、魔石代が浮くのは本当にありがたかった。

ベルセルは契約魔獣でもない魔獣の献身に呆れつつ、ふと思い出して口を開く。


「ところでキミは、魔力感知の魔法の時…拾ってすぐの魔石を使っていたな?」

「え?あ、そうですね」

「いつ魔法式をストックしたんだ?」

「ストック…?あの時は咄嗟に使っただけですけど…」


両者の間に沈黙が落ちた。

リィンはガウラに魔石を渡された時と同じ違和感に首を傾げる。


「あのぅ、魔法式のストックってなんですか…?」


素直な子供の問いは、ベルセルを震撼させたのだった。



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