第9話 聖竜様の謎
聖竜は、学院の北端に位置する竜舎で保護されている。竜舎といっても、かなり広い建物だ。
神聖な聖竜に窮屈な思いをさせるわけにはいかない。そのため、莫大な予算をかけ、この学院は聖竜の暮らしを支えているのだ。
やっぱり、見張りはいるわね。
竜舎の前には警備服をきた男が二人立っている。彼らがいる以上、無断で竜舎へ入ることは難しい。
だがどうしても、リディアーヌは聖竜に会わなくてはならないのだ。
聖女であることを理由に申請すれば、おそらく聖竜への面会許可は下りるだろう。しかし、その際は必ず立会人がいるはずだ。
リディアーヌは、初見の聖竜と意思疎通をすることができない。
つまり、事前に聖竜と顔を合わせ、サラドの時と同じように子分にしておく必要がある。
鍵は、風魔法の操作でどうにか開けられそう。問題は見張りよね。
深呼吸をすると、リディアーヌは木陰に隠れて周囲に人影がないことを確認した。
なんだか悪人のようなことをしている気がしなくはないが、仕方がない。これも聖女計画に欠かせないことだ。
「なるべく、荒っぽいことはやめないとね」
空中に小さく円を描く。魔法陣の大きさ発動できる魔法の威力に直結するため、今回は小さいもので十分だ。
本来なら円の中に細かな模様や式を書き込むところだが、リディアーヌは省略することができる。
風魔法、風刃輪。
基礎的な風魔法の一つで、リディアーヌが得意とする魔法でもある。様々な向きの風を円形に凝縮した魔法で、連続して放てばかなりの威力があるし、一つを集中して操作すれば細かい攻撃が行える。
今回の狙いは警備員ではなく、少し離れた場所にある大木だ。
風刃輪が大木の枝にぶつかると、音を立てて枝が地面に落ちる。物音に反応した警備員が走り出した瞬間、リディアーヌは再び魔法陣を描いた。
短縮魔法陣の強みは、魔法の連続発動を可能にすることなのだ。
風を操作し、係員の胸ポケットから鍵を奪う。鍵を開ける様子を確認していたから、鍵の位置は分かっていたのだ。
鍵を奪わずとも開ける自信はあるが、鍵を奪えば時間稼ぎになる。竜舎の鍵をなくした、なんて報告をすれば怒られるのは警備員だ。必ず近くを必死に探すだろう。
よし、いける。
リディアーヌは警備員達の目を盗んで、こっそりと竜舎に忍び込んだ。
◆
「うわ、高そ……」
竜舎に入った瞬間の感想はそれだった。ガラス張りの天井は太陽の光を竜舎内に届けており、中は神々しいほど輝いている。
床は大理石で、壁には建国の歴史をモチーフにした絵画が描かれている。
そして聖竜は、中央に座っていた。
光り輝く銀の鱗、大きな翼と長い尻尾。その身体は、サラドより一回り大きい。
聖竜はゆっくりと首を動かすと、リディアーヌをじっと見つめた。
「ぐるる……」
うん、やっぱりなに言ってるか分かんないわ。
やはり、魔法で子分にするしかない。とはいえ、聖竜を傷つけでもすれば大問題だ。ここは穏便にいかなくては。
とりあえず近寄ってみる。火竜と異なり、聖竜は穏やかな性格をしているらしいから、いきなり魔法を使うのは悪手かもしれない。
「聖竜様、リディアーヌです。私は敵意があるわけじゃありません」
言葉が通じないと分かっていても、つい喋ってしまう。触れられるほどの距離に近寄ると、聖竜は鼻をリディアーヌの首に近づけてきた。
……もしかして、匂い嗅がれてる?
くんくん、と聖竜は鼻をリディアーヌにこすりつけてくる。普通の生き物なら唾液の匂いで臭そうなものだが、聖竜からは甘い香りがした。
「あ、あの……聖竜様?」
手のひらをそーっと伸ばし、聖竜の頭を撫でてみる。すると、聖竜はひっくり返って腹を見せてきた。
「えっ、ええーっ!?」
なんで聖竜様、私にいきなり懐いてるの!? 私って聖女だったっけ!?
聖竜は穏やかな性格をしているものの、基本的には人に懐かない、気高い存在のはずだ。
なのになぜか、リディアーヌに腹を見せ、撫でてと言わんばかりに翼をぱたぱたと動かし、近寄れば匂いを嗅ぐために鼻を擦りつけてくる。
「あ……そ、そういえば」
一つ思い出したことがある。
「……私、昨日お風呂入ってないんだった」
もしかして聖竜様って、重度の匂いフェチで臭い物が好きだったりする!?




