第8話(偽)聖女と(偽)聖女の初邂逅
生徒会室を出たリディアーヌは、そのまま二年生の教室へ向かった。
入学式の今日は、一年生の授業はない。今すぐ帰宅してもいいが、憎き敵・ニコレットの姿を確認しておこうと考えたのである。
私の噂を聞いて、内心焦っているはず……よね。
二年生のクラスは四クラスある。ニコレットを探すのは大変かと思ったが、最初に覗き込んだ教室で早速彼女を見つけることができた。
見たこともない彼女をすぐに特定できたのは、「ニコレット嬢」と呼びながら彼女を取り囲む連中がいたからである。
波を描いたふわふわの亜麻色の髪に、大きな蜂蜜色の瞳。
身長は低く身体つきは華奢で、おっとりとした雰囲気を纏う美少女。
な、なによあれ……! 聖女オーラが凄すぎるじゃない……っ‼
美少女っぷりで負けている気はしないが、どう見ても聖女感では負けている。しかもニコレットは貴族の令嬢らしく、挙動の一つ一つが優雅で上品だ。
柱の陰に隠れてしばらく様子を窺っていると、ランベールが生徒会室から戻ってきた。その途端、ニコレットが立ち上がってランベールのもとへ向かう。
ランベールを見つめるニコレットの瞳は、あからさかまに甘い。
なるほど。あの女、殿下に気があるのね。
ニコレットの実家であるアロシュ侯爵家は国内有数の名家だ。しかも三世代前から、領地で栽培できる薬草を使った商売を始め、かなり財政が潤っていると聞く。
どうしたものか、とリディアーヌが悩んでいると、ひっ、と急に悲鳴を上げられた。
慌てて目線を向けると、入学式で足を引っかけてきた女生徒が立っている。そして彼女の声に反応し、教室からニコレットが出てきた。
「……貴女は」
目が合った瞬間、ニコレットは大きな瞳を涙でいっぱいにした。
「もしかして、わたくしを責めにきたの……? わっ、わたくし、嘘なんてついていないのに……」
はあっ!?
いきなりのことに唖然としていると、ニコレットは廊下にしゃがみ込んでしまった。すると、取り巻き連中がリディアーヌを睨んでくる。
「……わたくしはずっと、自分が本当の聖女だと言い出せなかったの。やっと言えたと思ったら、また……と、取り乱してしまってごめんなさい。でもわたくし、怖くって……」
お前が嘘ついてお姉様を追い出したんだろうが! と怒鳴りつけてやりたいところだが、そんなことをすれば相手の思うつぼだろう。
聖女と聖女の初邂逅。実際にはどちらも偽物なわけだが、本物としてアピールしなくてはならない。
「ニコカ……ニコレット様。わたくしは、貴女を偽物と言いにきたのではありませんわ」
「……リディアーヌさん?」
「聖女は一人と言われてきましたが、たまたま、聖女が二人になっただけかもしれませんもの」
相手を責めてはいけない。しかし、引いてはならない。
だからこそまずは、この姿勢でいくしかないだろう。
「同じ聖女同士、仲良くしたいと言いにきたんですわ」
微笑んで、右手を差し出す。ニコレットがその手を掴んだ瞬間、全力で手を握り返してやりたい衝動を堪えつつ、柔らかく握手を行う。
「これからよろしくお願いしますわね、ニコレット様。それでは失礼しますわ」
頭を下げて歩き出す。誰もいないところまで歩いた後、リディアーヌは密かに小さく円を描いた。
そして、音もなく魔法を発動する。
水魔法と風魔法を組み合わせた、二段階の魔法。
「きゃ、きゃあっ!?」
「ニコレット様!? 大丈夫ですかっ!」
「ど、どうしてこんなところが濡れて……!?」
派手な転倒音とニコレットの悲鳴、そして駆け寄る取り巻き達の声。どうやら、リディアーヌの魔法は問題なく成功したらしい。
小さな水たまりを生み出し、風魔法でニコレットを水たまりの上へ押す。さらに、風で彼女が転倒するように仕向ける。
たいした魔力は必要ない。しかし、細かい魔法操作を必要とする高等技術である。
今できるのは、些細な嫌がらせだけ。
このタイミングでニコレットが大怪我をすれば、真っ先に疑われるのはリディアーヌだからだ。
「……本当はこういうのも、控えなきゃいけないんだけど」
仕方がない。これは宣戦布告のようなものだ。
あと一ヶ所だけ行って、今日は家へ帰ろう。
そう決めて、リディアーヌは足を踏み出した。
聖竜が暮らす竜舎へ向かって。




