第6話 似非聖女、いざ入学式へ
「にゅ、入学早々遅刻なんて聖女っぽくなくない!? てか聖女って遅刻とかしなさそうじゃない!?」
騒ぎながら、とりあえず慌てて制服を着る。このまま家を出ても遅刻だが、聖女として身なりを整えずに入学式には臨めない。
髪を編み込むのは省略するとしても、さすがに髪をとかなくては。
ていうか寝坊するならせめて、お風呂は入っておけばよかった!
「ああもう、私ってば……!」
屋敷で暮らしていた頃は、時間になればいつも誰かが起こしてくれていた。そもそも、寝坊という概念もたいしてなかった。
だがこれからは毎日、時間通りに起きなくてはならない。
最大限急いで身支度を整えた後、リディアーヌはサラドを胸ポケットに入れ、制服の上からマントを羽織り、全速力で家を出た。
◆
一度王都のはずれに移動した後、サラドに元の姿に戻ってもらう。
アパートも王都のはずれにあるため、歩いて学院へ向かうより、サラドに乗って移動する方が早いのだ。しかも聖女アピールにもなる。
「とにかく急いで! お願い!」
「ぎゅるっ……!」
サラドの背に乗って飛ぶ間、リディアーヌは必死に聖女らしい遅刻の言い訳を考えたのだった。
◆
入学式は王立学院の敷地内にある講堂で行われる。だが、校庭が無人というわけではない。貴族の子弟が多く通う学院には、当然警備員が常駐している。
リディアーヌがサラドに乗って校庭に降り立つと、警備員達は叫び声を上げた。
「りゅ、竜だぞ……!」
「噂の聖女様か……!?」
サラドから飛び降り、笑顔で警備員達に一礼する。
だって聖女って、なんか誰に対してもいつも愛想よさそうだし。
「サラド。私が合図するまでそのままでいて」
「ぎゅるっ!」
サラドが尻尾を振って応じる。会話はできなくても、なんとなく私の言うことを理解してくれたのだろう。
空を飛びながら私が考えた作戦はこうだ。
①竜を従えて登場し、聖女だとアピールする
②注目されたところで、『怪我をしていたおばあさんを助けた後、妊婦さんを病院に送ったから遅刻した』という優しい聖女っぽい遅刻理由を伝える
うん、我ながら完璧。超聖女っぽい。たぶん。
軽く深呼吸をし、講堂の扉を開ける。中にいた生徒達がサラドの姿を捉えると、講堂内は一気に騒がしくなった。
王立学院は三年制の学校だ。入学式には、第二学年、第三学年の生徒も参加する。つまりここで聖女だということを示せば、間違いなく全校生徒に伝わる。
ニコカスだって無視はできないはずよ。
とはいえ、聖女として、この場で大騒ぎするわけにはいかない。
リディアーヌは大きく息を吸い込み、精一杯の大声で叫んだ。
「リディアーヌ・バリエですわ! 怪我をしたおばあさまと妊婦さんを助けていたら、うっかり遅刻してしまいましたの! 少しでも早く到着するために竜に乗ってきましたわ! 申し訳ありません!」
一息で謝罪し、勢いよく頭を下げる。慌ててサラドも頭を下げた。
主人が頭を下げた時は、子分も頭を下げるべし。リディアーヌがジャネットを通じて厳しく教えたことである。
「サラド、小さくなって」
「ぎゅる!」
ジェスチャーを交えて意図を伝え、なんとか火蜥蜴サイズになってもらう。サラドを胸ポケットに入れた後、リディアーヌは講堂に足を踏み入れた。
講堂内には椅子が設置されており、前方が一年生、真ん中が二年生、後方が三年生という並びである。
たぶん、あそこが私の席よね。
前から三番目、右から四つ目に空席がある。背筋をピンと伸ばしながら早足で進んでいると、真ん中あたりで不意に足になにかが引っかかった。
それが誰かの足だった、と気づいた時にはもう遅い。リディアーヌはバランスを崩し始めていた。
だが、呆気なく転ぶようなリディアーヌではない。
魔法が使えないっていうのが厄介だけど、私、運動神経だっていいんだから!
空中で一回転し、華麗に着地を決める。そして、足を出してきた女生徒に微笑みを向けた。
「ひっ、ひい……!」
ニコレットは亜麻色の髪をしている、と姉が言っていた。この女生徒は茶髪だから、ニコレットではない。彼女の友人かなにかだろう。
「ぶつかってしまって申し訳ありませんわ、先輩」
「あ、あの、その……こ、こちらこそ申し訳……」
「謝る必要はありませんわ。わたくしだって、うっかり、そう、うっかり、先輩の歩行の邪魔をしてしまう可能性だってありますもの」
優しくそう告げ、また歩き出す。今度は誰も、リディアーヌの歩みを止めようとはしなかった。
◆
「……おかしいわね。完全に孤立したわ?」
入学式直後。予定では、聖女として多くのクラスメートに囲まれる予定だった。ニコレットの所属する第二学年ならまだしも、第一学年であれば、リディアーヌに話しかけてくる人は多いだろうと思っていたのだ。
にも関わらず、リディアーヌは完全に孤立している。誰にも話しかけられないどころか、誰も隣に座ってこない。
なんでよ!? 火竜に飛び乗って、インパクトのある登場をしたのに!?
嫌がらせをされても平然と返してあげたのに!?
ぼっちの聖女なんて、なんだか聖女らしくない。ここは強引にでも誰かに話しかけよう。
そう考えたリディアーヌが腰を浮かせた瞬間、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、黒髪のイケメン。そしてイケメンの目は、まっすぐリディアーヌに向けられている。
なに!? ナンパ!?
「リディアーヌ・バリエ。生徒会命令だ。今すぐこい」
にこりともせず、けれどやたらと良い声で、イケメンはそう告げたのだった。




