第5話 似非聖女はおんぼろアパート暮らし
「……サラドが街に入ったら、大騒ぎになるわよね」
学院を後にしたリディアーヌは、いったん王都のはずれにある森へ移動した。
本当は街中に借りているアパートへ行きたかったのだが、なにせ竜は目立つ。聖女だとアピールするにはぴったりなのだが、自宅が大勢に知られるのは望ましくない。
聖女のふりをする以上、リディアーヌは人前で魔法を使えないのだ。だからわざわざ寮ではなく、王都にアパートを借りた。
「ぎゅる……」
「うーん……」
どうしたものか、と首を傾げたところで、サラドが一際大きく鳴いた。
するとサラドの身体を赤い光が包み、次の瞬間、サラドの身体が急激に縮んだ。
「え、変化できたの!?」
「ぎゅる!」
満足そうに飛び跳ねたサラドは、一見、ただの火蜥蜴に見える。
そういえば竜って、変化魔法も使えることが多いんだっけ。
すっかり忘れていた。魔法の訓練は好きだが、座学はあまり好きではないのだ。
「これなら問題ないわね」
とはいえ、火蜥蜴も魔物であることに変わりない。小さくなったサラドには制服の胸ポケットに入ってもらうことにした。
◆
「王都って賑やかね……!」
アズナヴール王国は複数の国に囲まれた小さな国だ。そのため、貿易が盛んな国である。
王都には各国からあらゆる物が持ち込まれ、貿易の中継地点として栄えている。
大通りには様々な店が並ぶ他、広場にはいくつも露店が設置され、安い物から高い物まで、様々な品が販売されていた。
あ、あれ美味しそう!
真っ先にリディアーヌの目に飛び込んできたのは、牛肉の塊を串刺しにして焼き、たっぷりとソースをかけられた料理だった。
片手に持って簡単に食べられる気楽さも人気なのか、露店前には列ができている。しかし提供はスムーズで、すぐに食べられそうだ。
「食べちゃお!」
今は制服の上からマントを羽織り、帽子を目深にかぶっている。これなら、アズナヴール王立学院に通う令嬢とは思われないだろう。
列に並び、牛串を一つ購入する。少しどろっとしたソースは予想外に甘く、蜂蜜をベースに作られているようだった。
噛んだ瞬間にあふれ出てくる肉汁と、蜂蜜ソースのバランスが絶妙だ。
「……二個買えばよかったかしら」
と、リディアーヌが後悔した矢先、彼女はまた美味しそうな食べ物に出会った。
ふわふわのシフォンケーキに、たっぷりとチョコレートをかけたスイーツ。
「あんなの、絶対美味しいに決まってるじゃん……っ!?」
迷うことなく、リディアーヌは再び列に並んだ。
◆
「さすがに満腹だわ……」
狭いアパートにたどり着いた時には、リディアーヌの腹はずいぶんと膨れていた。王都での食べ歩きに夢中になってしまい、あの後もとにかく食べまくったのである。
このまま眠ってしまいたいが、さすがにまずい。せめて制服を脱がなくては。
なんとかマントを脱ぎ、制服も脱いで寝巻に着替える。あらかじめ屋敷から運んでいるのは、必要最低限の荷物だけだ。
なにせ、このアパートはかなり狭い。実家のリディアーヌの部屋どころか、物置部屋並みの狭さである。
ここのところバリエ伯爵家の財政は逼迫しているが、だからリディアーヌがおんぼろアパートに住むことになったわけではない。
リディアーヌの希望なのだ。
供もつけず、おんぼろアパートに一人暮らし。
まさか伯爵令嬢がそんな暮らしをしているなんて誰も思わないだろう。だからこそリディアーヌは、放課後は自由気ままに過ごすことができる。
「聖女のふりなんてしなきゃいけないんだから、放課後ぐらいゆっくり休まないと」
溜息を吐いて、ベッドに飛び込む。すぐに眠気が押し寄せてきた。
「……お風呂、明日の朝でいいよね」
聖女どころか淑女らしからぬ呟きと共に、リディアーヌは意識を手放したのだった。
◆
「……え?」
目を覚ました瞬間、リディアーヌは呆然とした。
そして、あまりにも単純なことに気がついた。
「一人暮らしだと、誰も起こしてくれないのね!?」
こうして、記念すべき入学初日、聖女リディアーヌは遅刻をすることになったのだった。




