第28話 聖女生活
リディアーヌ・バリエこそが本物の聖女である。
という話は、あっという間に国中に広まってしまった。まるで最初から、話を広める準備をしていたかのように。
「ちゃんと説明してもらいますわよ、王太子殿下っ!」
式典終了後の生徒会室には、リディアーヌ、ランベール、セレスタン、ジャネット、パスカルの五人が集まっていた。
ジャネットとパスカルは気まずそうに下を向いているが、ランベールは堂々とした態度である。
「ああ。元々、作戦が終わればきちんと話すつもりだったからね」
悪びれもせずに言うと、ランベールは先程使用人に用意させたばかりの紅茶を口へ運んだ。
「そもそも私は、ジャネットを聖女としてこの学園へ戻すつもりはなかったんだ」
「ど、どうして……っ!?」
「彼女は嫉妬からニコレットに嫌がらせをされていた。そして、ジャネットに嫉妬心を抱く人間は他にもたくさんいる。聖女でいる以上、厄介事からは逃げられない」
それ、殿下があからさまにお姉様を贔屓するからなんじゃないの!?
と言ってやりたいが、言ったところでなにも変わらない。変わらないどころか、目の前で姉を口説く姿を見せられるだけだろう。
「……つまり殿下は最初から、私に聖女を続けさせる気だった、ってこと?」
「ああ。珍しく察しがいいね。君は私が考えていた身代わり聖女の条件にぴったりだったんだよ」
失礼なことを言われているのは明らかだが、もはや怒る気力もない。
「条件って?」
「大きく分けて二つだ。一つは絶対にジャネットを裏切らないこと。もう一つは、丈夫なこと。身代わりの聖女がやられてしまっては困るからね」
「……それは確かに、条件を満たしているわね……」
リディアーヌが大好きな姉を裏切ることはあり得ないし、バリエ家の人間である以上、ジャネットに不利な動きをする可能性は極めて低い。
なによりリディアーヌは、同世代の令嬢達と比べ、飛び抜けて丈夫である。
「……この話、私以外は知ってたのね?」
パスカルは気まずそうに、セレスタンは堂々と頷いた。
残る一人、ジャネットだけが立ち上がってリディアーヌの手をとる。
「リディー、ごめんなさい。でもこの話、貴女にとっても悪い話ではないと思ったの」
「……そうなの? いやまあ、お姉様の安全を守れるなら、いいんだけど」
一人だけ本当の作戦を知らされていなかったことはむかつくが、納得できないわけじゃない。
リディアーヌとしても、姉を狙われるより自分が狙われる方が気が楽なのだ。
「貴女が無事にわたくしの身代わりとして聖女をやり遂げたら、殿下は貴女を魔法騎士団に推薦してくれるそうよ」
「魔法騎士団にっ!?」
「ええ」
魔法騎士団といえば、エリート魔法使い集団だ。そして構成員は全員男性である。女性が入団したことは建国以来一度もない。
もし私が魔法騎士団に入れば、それだけで偉人として歴史に名を残せちゃうわよね!?
それに、貴族令嬢として適当な貴族の家へ嫁ぐより、絶対楽しいじゃない!
「殿下。私、いつまで身代わりをすればいいのかしら?」
切り替えが早いな、と隣でセレスタンが呟いた。
人生は短いのだ。どうしようもないことで悩む時間なんて、少ない方がいいにきまっている。
「ジャネットが正式に私の婚約者になるまでだ」
「……は?」
予想外の返事につい気の抜けた表情になってしまう。この話はジャネットも聞いていなかったのか、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。
「面倒なことに、国中の貴族が娘を私の婚約者にしようとしている。そのせいで、私はまだ婚約者を定められない」
盛大に溜息を吐くと、ランベールは馴れ馴れしくジャネットの腰に手を回した。
「だが私は、ジャネットと結婚することを決めている」
「……お姉様、そうなの?」
「えーっと……そうみたい」
「そうなんだ」
力強く宣言したが、ジャネットは明らかに困惑している。
「貴族連中の顔色をやたらと気にする必要がなくなれば、私はジャネットに婚約を申し込む。そのために権力基盤を整えていくつもりだ」
お姉様に振られたらどうするのよ? とは聞けなかった。聞けば面倒なことになる、と確信したから。
それにしてもまさか、こんなことになるとはね。
式典が終われば聖女の役割から解放されると思っていたのに、現実は違った。今まで通り―――ではない。なにせこれからは、『正真正銘・本物の聖女』として生きていくわけである。
「……やってやろうじゃない、ここまできたら」
リディアーヌ・バリエ、花も恥じらうほど可憐で、粗暴で野蛮な十六歳。
彼女の聖女生活はまだ、始まったばかりなのであった。




