第26話 断罪開始
リディアーヌとニコレットが聖竜の前に立った瞬間、聖竜は大きく鳴いた後、リディアーヌの首筋に鼻を寄せた。
「くぅーん」
まるで子犬のような鳴き声を上げながら、今度はリディアーヌの頬をぺろぺろと舐める。
もちろん聖竜の舌はかなり大きく、その分唾液量もあるため、リディアーヌの頬はびしょびしょになってしまった。
その瞬間、くすくす、と周囲から笑みが漏れる。それは聖女に懐く聖竜を微笑ましく笑う類の笑声ではなく、あからさまに懐かれていないニコレットへ向けられた嘲笑だった。
っていうか、聖竜様、いつもより私に懐いてない?
まあ今日もお風呂入ってないし、お姉様の匂いと似ちゃったのかしら。
「ではこれより、聖竜様が皆様のお傍にまいります。まずは、ニコレット・アロシュ嬢」
名前を呼ばれ、ニコレットはびくっと肩を震わせた。彼女はそっと聖竜へ手を伸ばすが、その瞬間、聖竜が激しく吠える。
「グアアアァァッ!」
地を這うような低い声で唸りながら、聖竜は尻尾を大きく動かした。振り上げた尻尾が地面に下りた瞬間、校庭の地面が深くえぐられる。
「ひっ……!」
ニコレットが後ろへ飛びのくと、聖竜は再び威嚇するように叫んだ。
今こそ、お姉様の出番よね!?
暴走する聖竜。颯爽と現れる真の聖女。鎮まる聖竜、そして明かされる真実。
それで全部上手くいくはずだ。なのに、ジャネットは現れない。
ランベールへ視線を向ける。目が合うと、ランベールは口角を上げた。
「ニコレット・アロシュ! これはどういうことだ!? 貴女が本物の聖女だというなら、聖竜様を鎮めるように!」
「あっ、はっ、はひ、あ、ああ……」
声にならない声を漏らしながら、ニコレットが真っ青な顔で聖竜に一歩近寄る。すると聖竜は上を向き、口を大きく開けて光の大砲を放った。
「ひっ……!」
さすがにもうお姉様の出番よね? どこ? お姉様は……? もしかして、パスカルがお姉様を連れてくるのに失敗したの?
混乱していると、ランベールがリディアーヌの名を呼んだ。
「リディアーヌ・バリエ嬢。君が真の聖女であるならば、聖竜様を鎮めることができるはずだろう?」
いえ私、ゴリゴリの偽物なんですってば!
と答えてもいいものなのだろうか。リディアーヌが迷っていると、もう一度急かすように名前を呼ばれる。
逃げ出すわけにはいかないし、ジャネットが現れない以上、偽物だと明かすわけにはいかない。バリエ伯爵家から二人も偽物を出すなんてことがあってはならないのだ。
それにしても、殿下はいったいなにを考えているの?
問い詰めてやりたいが、民衆の前で殿下に無礼な態度をとることは不可能だ。
息を吸い込み、一歩前へ出る。
「……聖竜様」
小さい声でそう呼んでみる。その瞬間、聖竜は叫ぶのをやめた。くるりと身体の向きを変え、可愛らしく鳴きながらリディアーヌの首筋に顔をうずめる。
「なるほど。やはりリディアーヌ・バリエ嬢が本物の聖女ということか」
ランベールがわざとらしく言うと、自然と観衆は拍手を始めた。
ま、待って!? 違うわよ、私は偽物なんだってば!
「……ニコレット・アロシュ嬢。聖女を騙る罪がどれほどの重罪か、分からないわけじゃないだろう?」
ランベールはニコレットの傍へ寄ると、冷ややかな眼差しで彼女を見つめた。
「でっ、殿下、おっ、お許しください、お許しくださいまし……!」
ニコレットは髪を振り回しながら地面に頭をすりつけた。優雅な侯爵令嬢の土下座姿に、再び嫌な笑い声が広がる。
「しかも君の罪は、聖女を騙ったことだけではない」
ランベールが右手を上げる。すると、ランベールの護衛の後ろから一人の少女が歩み出てきた。パスカルである。
そして彼女の手には、紫色の液体が入った小瓶がある。
あれ、竜舎を襲ってきた連中が持ってた液体よね!?
「パスカル・グラッセ嬢。説明を任せた」
「はい、殿下」
頷くと、パスカルは檀へ上がった。いつもは猫背気味の背中を真っ直ぐに伸ばし、大きな声で話し始める。
「ニコレット・アロシュ侯爵令嬢の最大の罪は、聖女を騙ったことではありません。この液体を―――毒を、聖竜様に飲ませようとしたことです」
観衆の間から笑い声が消えた。
「聖竜様の毒殺未遂。それが、彼女の罪です」




