第25話 式典開始
竜舎の窓から差し込む陽光を感じた瞬間、リディアーヌは思わず飛び跳ねてしまった。これほど長い夜は、リディアーヌにとって生まれて初めてだったから。
リディアーヌが捕縛した人数は、一夜にして合計八人。つまり、飼育員と警備員の他に、五名が竜舎を訪れたのである。
そして訪れた五名は皆、同じ小瓶を懐に忍ばせていた。濃い紫色の液体が入った小瓶だ。
食べ物に混ぜようとしたり、注射器で注入しようとしてたり、方法はいろいろだけど……やろうとしてたことはたぶん、全部一緒よね。
後から現れた五人が元々本命だったのか、飼育員や警備員とグルだったのかは分からない。
だが厄介なのは、彼らが『竜舎の鍵を持っていたこと』である。本来であれば、外部の人間が持っていないはずの鍵を。
「……聖竜様ったら、気持ちよさそうに寝ちゃって」
溜息を吐いて、そっと聖竜の頭を撫でる。無意識でも惹かれる匂いなのか、聖竜はリディアーヌの手のひらに頭を摺り寄せてきた。
途中まで起きていた聖竜も、リディアーヌがいれば問題ない、と判断したのか、途中から眠っていたのだ。聖竜の寝床はふわふわの干し草に上等な絹をかけたもので、枕元にジャネットの髪が一房おいてあった。
深呼吸をし、魔法陣を空中に描く。水魔法と風魔法を組み合わせると、簡単にだが髪を洗うことができるのだ。
本当は服も身体も洗いたいが、こんなところで服を脱ぐわけにもいかないし、強固な土汚れ等は魔法では落とせない。
まあ、ちょっとの汚れは私の可愛さで誤魔化すしかないわね……。
リディアーヌが頷いた瞬間、再び竜舎の扉が開いた。
しかし、今度は警戒する必要はない。
「聖竜様、お迎えにまいりました」
数名の使用人を引きつれたランベールである。リディアーヌは即座に姿を隠した。
「……縛られている人はいったい……? みんな、全員をとりあえず運んでくれ。聖竜様に危害を加えようとしたのかもしれない」
白々しい顔でランベールが使用人に指示を出す。
式典の開始まであとわずか。聖竜を見るために多くの人々が押し寄せているのだ。式典が中止されることはあり得ない。
よかった……。これで、お姉様は名誉を取り戻すことができるのね。
◆
式典に現れたニコカス―――ニコレットの顔色はもう、大声で笑ってやりたくなるほど悪かった。青白い顔で地面を見つめ、ぎゅっと握った拳をぷるぷると震わせている。
だがなぜか、そんな彼女を取り囲む取り巻きの数が今日は少ない。
不思議に思って首を傾げたリディアーヌの耳元で、そっとセレスタンが囁いた。
「逆らえない、取り入りたい……という感情と、落ちぶれてしまえ、という感情は同居するからな」
「……あ」
要するにニコレットは別段、周りから好かれてはいない、ということなのか。
アロシュ侯爵家の力が強すぎてみんな逆らえないけど、一方でみんな落ちぶれてしまえと思っているのかしら……?
確かにそうなれば、上流貴族の席が一つ空くものね。
皆がジャネットではなくニコレットを信じたのは、アロシュ侯爵家を恐れてのこと。
しかしニコレットが自ら失敗して落ちぶれるのであれば、なにも問題はないということか。
ニコレットを敵視するリディアーヌにとってはいい状況なのかもしれないが、どこかもやもやしてしまう。
そういう様子見みたいなの、ダサいじゃない。
「兄上がきたぞ」
「殿下が?」
セレスタンの声に反応し顔を上げると、ランベールが皆の前に現れた。いつもの制服姿ではあるものの、普段と異なり髪を編み込み、真珠のついた髪飾りをつけている。
やたらと華美な装いも、派手なランベールにはよく似合っていた。
「……やはり兄上は素晴らしいな」
リディアーヌがぎりぎり聞き取れた程度の小声が、かえってセレスタンの本心からにじみ出た呟きであることを証明している。
本当ブラコンよね、こいつ。
壇上にのぼったランベールが朗々たる声で話を始める。彼の話が終われば、いよいよ聖竜のお披露目である。
指名されたリディアーヌとニコレットが聖竜のもとへいく。まず聖竜を連れて歩き出すのはニコレットの予定だが、聖竜はすぐに暴れ出す。
そこに颯爽と現れたジャネットが聖竜の暴走を鎮め、彼女が聖女として返り咲くのだ。
ランベールが話を終えた。そして、檀上からゆっくりと下りる。
しばらくして、ランベールは聖竜を連れて現れた。
「ニコレット、リディアーヌ、前へ」
名前を呼ばれ、聖竜のもとへ歩き出す。隣を歩くニコレットの瞳には、既に大量の涙がたまっていた。




