第20話 王子様達との空の旅
「今日は私も同行しようかと思って。セレスタンに無理を言って連れてきてもらったんだ」
「……そ、そうだったんですのね……」
嘘だ。絶対あのブラコン男、秒で頷いたに決まっている。
「でもあの、今日は陸路ではなく、火竜に乗って領地へ帰ろうかと思っていたんですの」
アズナヴール王国における一般的な移動手段は徒歩と馬車だ。貴族や裕福な商人は個人で馬車を保有しているが、庶民向けの寄り合い馬車も多く走っている。
殿下ともなれば、個人馬車でしか移動したことはないだろう。
「君の火竜は二人乗りなのかい?」
「え? あ、いや……」
「だとすれば問題ないね。もし二人乗りなら、セレスタンには我慢してもらうしかないかな」
「さ、三人乗りですわ!」
セレスタンともまだ十分に関係が深まったとは言い難いが、殿下と二人きりにされるのは困る。
だってこの人、いまいちなに考えてるか分かんないんだもの……!
「ただ、火竜はかなり揺れますわ。セレスタン様もかなり酔っていましたし。それに、領地へ帰るルートだと、魔物に遭遇してしまう可能性もあるのですけれど……」
「問題ないよ。危なければ君が守ってくれるだろう?」
「……かしこまりましたわ」
できればせめて殿下だけは陸路できてほしかったが、これ以上ごねても意味はなさそうだ。
「じゃあ行こうか。時間がもったいないから」
笑顔で言うと、殿下は再びフードを目深にかぶったのだった。
◆
「落下だけは避けてくださいませ」
サラドにのり、首筋を撫でて合図をする。
会話ができれば『実家へ頼みますわ』とだけ頼んであとは居眠りをかましていてもいいわけだが、そういうわけにはいかない。
竜と会話ができないリディアーヌは、いちいち進む方向を腕で示すしかないのである。
「サラド。あっちよあっち。ほら、あの山。一番でっかいやつね!」
言葉が通じていないことは分かっているが、喋りながら実家のある方角を示す。
ぎゅる! と大きく鳴いて、サラドは飛行を開始した。
◆
「前方からフラムバードが数羽、飛んできますわ。お二人とも、顔を伏せてくださいまし!」
フラムバードとは、その名の通り炎を宿した鳥型の魔物である。尖った嘴と赤い羽根が特徴的な小さな魔物だ。
空中を浮遊するため身体は軽く一羽単体の攻撃力は低いものの、基本的に集団で行動している。
サラドと一緒にいる時って、竜種に怯えて中級以上の魔物は滅多に絡んでこないのよね。
挑んでくる魔物は、竜種をものともしない強力な魔物か、フラムバードのように知能が低い下級魔物のどちらかだ。
「クァ! クァ!」
「クァー!」
鳴きながら、フラムバードが口から火を噴く。たいした威力ではないが、ちょこまかと動き回られると鬱陶しい。
空中で小回りがきくフラムバードと違って、サラドの上にいるリディアーヌ達は身動きがとりにくいのだ。
サラドが撃退してくれれば早いのだが、炎属性の魔物が相手の場合、小さな攻撃ではサラドが敵として認識してくれない。
今だって、フラムバードが吐いた炎を平気で浴びながら、心地よさそうに飛び続けているくらいだ。
「ちょっと濡れるかもしれませんけど、ご容赦くださいまし!」
一応叫んでから、空中に魔法陣を描く。
発動するのは水魔法だ。サラドにも嫌がられるだろうが、仕方ない。
「雑魚はまとめてドッカーン! ですわ!」
魔法陣から大量の水が溢れ、勢いよくフラムバードへ飛んでいく。
大気中の水分を集めて水にする、という水魔法の基本だ。そこにリディアーヌの膨大な魔力を織り交ぜ、大砲のように勢いよく飛ばしたのだ。
「クァッ! クァッ!」
水を浴びたフラムバードが、悲惨な鳴き声をあげながら去っていく。火属性の魔物にとって水は天敵なのだ。
「ぎゅるるっ……!」
だから、サラドもこうなっちゃうわよね。
「殿下、セレスタン様。次は熱くなりますが、我慢してください。空中でこの子の機嫌を損ねると面倒ですもの」
首筋を撫でた後、今度は火属性の魔法を発動する。今度は小さな火球を作る魔法だ。サラドの周りに十個ほど火球を飛ばすと、機嫌よくきゅるきゅると鳴いてくれた。
「……さすがに暑いわね」
溜息を吐いて、こっそり小さな円を描く。
風結界
バリエ家の名前を冠するこの魔法は、サラドを子分にした後、リディアーヌが独自に生み出した魔法だ。
薄い風の膜を全身に纏うことで、周囲の熱を感じないようにする。火竜と生活を共にするにあたっては、必須の魔法と言ってよい。
ただ問題は、細かい魔法操作技術が必要になる上に、自分以外に使えないことだ。訓練を重ねればどうにかなるだろうが、今の技術では難しい。
だから今日は使わずにいたんだけど……ま、仕方ないわよね。
リディアーヌが風結界を使っても使わなくても、殿下とセレスタンが暑い思いをするのは変わらない。
それに淑女として、男性の前で汗をかかない方がいいはずである。
かくして麗しき偽聖女と汗だくの王子二人は、バリエ伯領へ向かったのだった。




