第17話 竜オタクの少女
「臭いもの、ですか……?」
「ええ。その、特に理由はないのだけれど、ちょっと気になって」
「臭いもの……あっ、もしかして!」
勢いよく両手を叩くと、パスカルはきらきらと輝く瞳でリディアーヌを見つめた。
「もしかして、聖竜様に匂いを気に入られました!?」
「だっ、誰が臭い聖女よ!!」
「え? あ、いや、そんなことは言っていないんですけれど……」
困惑気味のパスカルを見ながら、セレスタンがくすくすと笑っている。失礼な男だ。うら若き美貌の乙女にとって、重要な問題だというのに。
だいたい、一日お風呂をサボっただけで、別に臭くないはずよ。わたくし、生まれてから一度も臭いなんて言われたことないもの!
「あの、リディアーヌ様。結論から申し上げますと、聖竜様に『臭いものが好き』という特性はありません。そもそも、竜種の嗅覚は我々人間とは異なっており、『臭い』『良い匂い』という定義も異なると言われています」
「……そうなの?」
「はい。竜種によっても種類によって好む匂いは違うとされています。竜種の匂いの好みは食べ物の好みに似通るのが一般的と言われており、たとえば火竜だと火山に生息する獣の―――」
「ちょ、ちょっと待ってもう頭に入ってこないわ!?」
怒涛の早口で喋り始めたパスカルを止める。ぱちぱち、と不思議そうにまたばきを繰り返しているが、セレスタンも困惑した表情を浮かべていた。
「……あの、リディアーヌ様」
「なにかしら?」
「竜種の嗅覚に関する話について、詳しく説明するとあと三日くらいかかるんですが……」
「三日!?」
「はい」
「て、手短に話してもらえないかしら……? その、聖竜様が好む匂いについてだけでいいの」
分かりました、と残念そうにパスカルが頷く。ほんの少し罪悪感を刺激されるが、三日間も話を聞くことはできない。
竜のオタクって言ってたけど、かなりのものね……。
「分かりました。聖竜様ですが、聖竜様は学院側で用意した食事をなさっているので、基本的には無味無臭のものを好みます。聖竜様は竜舎で保護されているため、匂いには敏感で、もし『臭い』と感じるものであれば嫌うはずです」
「……つまり?」
「リディアーヌ様の匂いが、聖竜様の好む匂いと似ていたのかと推測されます」
分かりにくい部分もあったけれど、要約するとこうだろう。
・竜と人間では臭い・臭くないの感覚が違う
・聖竜が懐いてきたのは、リディアーヌの匂いが聖竜が好む匂いに似ていたから
うん、ということはわたくし、やっぱり臭くないのよね!
聖竜様が、お風呂に入っていない女の匂いが好きなわけないもの!
安心して頷いていると、要するにですね、とパスカルが身を乗り出してきた。おどおどしていたわりに、竜の話になると饒舌になるらしい。
「リディアーヌ様の匂いが、聖女様の―――ジャネット様の匂いに似ていらっしゃったのだと、私はそう予測します」
「お姉様の……」
匂いが似ている、と感じたこともなければ指摘されたこともないが、リディアーヌとジャネットは姉妹だ。二人の匂いが似ていたとしてもなにもおかしくない。
リディアーヌが風呂に入っていないことで、先日はリディアーヌ本来の匂いが強くなっていたのだとすれば、その可能性はさらに高まるだろう。
「はい。聖竜様は聖女様によく懐いておられました。私が盗み見……いえ、たまたま竜舎の前を通りがかった際も、聖竜様は穏やかな顔で聖女様に語りかけているように見えました」
なるほど。聖竜を観察していれば、というのはこういう意味だったらしい。
聖竜様は、お姉様によく懐いていたのね。
……あれ? だったらなんて式典の日、聖竜様は暴れ出したの? どうして、ニコカスが聖竜様を鎮められたの?
お姉様は、声が届かなかったと言っていた。
あの日の聖竜様は、いつもの聖竜様じゃなかったの?
「……この事実を人に伝えるかどうか悩んでいましたが、リディアーヌ様がセレスタン様を連れてきてくださったことで、私も覚悟が決まりました」
「パスカルさん?」
「やはり殿下も、ジャネット様が聖女だと信じておられるのでしょう。不足しているのは、証拠だけということですよね?」
ゆっくりと息を吸うと、パスカルは眼鏡のブリッジをくいっ、と上げた。
そして、静かな声で、しかし、強い意志のこもった声で言葉を続ける。
「聖竜様はあの日、毒を盛られていたのです」




