第16話 一つだけ聞いていいかしら?
「貴女、わたくしに水をぶっかけたくせに泣きそうになってた子ですわよねっ!?」
「……どういう状況なんだ、それは」
とりあえず、中へ入って扉を閉める。青髪の少女はゆっくりと顔を上げ、土下座の姿勢を保ったまま話し始めた。
「はい。あと、ロッカーを泥まみれにしたのも私です。一応、教科書とかは先にどけておいたんですけど……」
少女は立ち上がって、部屋の隅に置いてあった袋を渡してくれた。
中には、リディアーヌの教科書やノートが全て入っている。
「……あれ? わたくし、こんな付箋貼ったかしら?」
ノートや教科書の一部に、見覚えのない付箋が貼られていた。付箋の箇所を開いて確認すると、見慣れない綺麗な文字でいろいろなことが書き込まれている。
「あっ、あの、内容があまりにも間違っていたので、つい修正を……」
「あまりにも……?」
「先生が言っていたこととノートの内容が違いましたし、特に数学は数式も結論もほとんど間違っていて……」
リディアーヌがなにかを言うよりも先に、セレスタンが噴き出した。
「……やっぱりお前、馬鹿だったのか」
「やっぱりってなんですのっ!? わたくし、たぶん成績は真ん中くらいですわよ!? 入試だって合格しましたもの!」
「嘘はつくな。素直さが愛らしいんじゃなかったのか?」
「そうですわよどうせコネ合格ですわよ!」
アズナヴール王立学園には入試が存在するものの、金と家柄で裏口入学することも可能だ。リディアーヌは一応入試を受けたものの、多額の寄付を払っている。
おそらく寄付がなければ、合格は不可能だっただろう。
まったくこのブラコンは……とリディアーヌが溜息を吐いたタイミングで、少女が小さく笑った。
「ふふっ……あっ、す、すいません、私なんかが笑ってしまって……」
「別にいいですわ。で、アンタ……いや、えーっと、貴女のお名前は?」
「パスカル・グラッセと申します」
聞いたはいいものの、聞き覚えのない名前だ。グラッセ家、という家名すら聞いたことがない。
「パスカル・グラッセ……か。お前がな」
だが、リディアーヌと違ってセレスタンには聞き覚えのある名前だったらしい。
「知ってますの?」
「合格者名簿で見たことがある。主席だったから記憶に残っているんだ」
「えっ、貴女って頭いいんですの!?」
「い、いえ、それほどでは……」
「少なくともリディアーヌ嬢とは比べ物にならないな」
「うるさいですわ! このブラコン!」
ふふっ、とまたパスカルは笑った。しかし目が合うと、すいません! と慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい、つい、お二人のやりとりが面白くて……」
「上品の言い間違えかもしれませんわ、パスカルさん」
「……さすがにここからの挽回は無理だぞ」
セレスタンの言葉を無視し、とりあえず椅子に座る。パスカルが頼んでくれていた葡萄ジュースを飲み干した後、改めてパスカルを見つめた。
「で、わたくしに何の用があって呼び出したんですの? 謝罪かしら?」
水をかけられた時の様子で、彼女が進んで嫌がらせをしてきたわけではないことは分かっている。
とはいえ、ニコレット側について嫌がらせをしてきたのは事実だ。
「……はい。謝罪が一番の目的です。あとは、ご相談したいことがあって」
「相談?」
「私、知ってるんです。その……本物の聖女が、ジャネット様だということを」
「はあっ!?」
また聖女らしからぬ声が出てしまったが、仕方がない。
だって、この子がこんなことを言い出すとは思わなかったもの!
「なんで知ってるの!?」
「……実は私、竜のオタクなんです。だから、聖竜様を観察していれば、誰が聖女かなんて明らかで……」
「な、なにそれ……」
セレスタン様達といい、この子といい、みんなお姉様が聖女だって知ってるんじゃない!
なのに、お姉様は退学させられちゃったの?
理不尽にも程がある。怒りで震えていると、ごめんなさい、とパスカルがもう一度頭を下げた。
むかつくけど、この子に怒りをぶつけてもしょうがないのよね。
「……パスカルさん。とりあえず、一つだけ聞いていいかしら?」
「は、はいっ!」
「聖竜様って、臭いものが好きだったりする?」




