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第11話 泥まみれのメッセージ

「……は?」


 ロッカーを開けた瞬間、思わず低い声が出てしまった。慌てて周りに人がいないことを確認し、落ち着いてロッカーをもう一度確認する。


 ……は? なにこれ。あり得ないんだけど⁉


 学園では、一人ひとりにロッカーが与えられている。

 教科書や運動着を入れたり、用途は様々だ。


 そしてリディアーヌのロッカーは今、泥でぐしゃぐしゃになっていた。


「わ、私の教科書は……?」


 入学式後にもらった教科書を全て、リディアーヌはロッカーに突っ込んでいた。聖女として勉強する必要があるとは感じていたものの、後回しにしようと考えていたからである。


 泥まみれになった教科書なんて使えないじゃん! いや、これは嫌がらせを受けている可哀想な子を演出するために、あえて汚れたままの教科書を使うべきなの?


 とりあえず、中に入っている教科書を取り出さなくては。慌ててロッカーに手を突っ込んだ後、リディアーヌは気がついた。


「……ロッカー、空っぽ?」


 当然教科書も泥まみれになっていると思っていたのに、ロッカーの中には泥しかない。

 そんなはずは、とリディアーヌがロッカーを引き続き漁ると、ロッカーの奥に、わずかに傷がついていることに気がついた。

 傷は一ヶ所ではない。指先でなぞると、なにか文字が彫られていることに気づいた。


 一度ロッカーから離れる。すると、くすくすと笑い声が聞こえた。

 昨日と同じ、三人組の令嬢である。


「あら、可哀想ね。どうかしたのかしら、偽聖女様?」

「……わたくしが偽物だという証拠は?」


 表情を変えずに質問を返すと、赤毛の令嬢は嫌そうな顔をした。

 こういう時、相手の嫌がらせに反応してはだめなのだ。相手が面白がれば、嫌がらせが加速するに違いない。


「ニコレット様こそが本物の聖女よ。式典で聖竜様を鎮めたんだもの」

「わたくしはこうして、火竜を従えているわけですけれど?」


 胸ポケットから小さなサラドを出す。ここで大きくするわけにはいかないが、小さなサラドは令嬢達を威嚇するように炎を放った。


「しっ、知らないわよ。とにかく、ニコレット様が本物なの」


 どうやらこの令嬢は、本物の聖女についてリディアーヌと議論するつもりはないらしい。


 さすがにどうにかしなきゃ……とリディアーヌがイライラし始めたところで、背後から爽やかな声が聞こえた。


「お嬢さん方。なにかあったのかな?」

「きゃっ! で、殿下……!」


 現れたのは、ランベール・アズナヴール。この国の王太子殿下であり、学園中の女子人気を集める美青年である。

 水色の髪を耳にかけながら、ランベールはリディアーヌのロッカーへ視線を向けた。


「これは?」

「り、リディアーヌ嬢のロッカーが汚されていたんですの! わたくし達は掃除を手伝おうとしていたんです!」

「はあっ!?」


 思わず声が出てしまった。まずい。慌てて両手で口元を抑える。


「なるほど。リディアーヌ、それは事実かい?」

「事実無根ですわ」

「……ちょっと! 貴女!」


 赤毛の令嬢がリディアーヌの手を引っ張った。傷一つない柔らかな手のひらは、彼女が今までどんな暮らしをしてきたかを簡単に想像できるものだった。

 とっさに確認したが、爪の中に泥が入っている、というようなこともない。


「リディアーヌ。状況を教えてくれるかい?」

「……授業が終わって次の授業の教科書をとりにきたら、ロッカーが泥まみれになっていたんです」

「それなら、彼女達の仕業ではないと思うよ。彼女達はついさっきまで、私と一緒の教室で授業を受けていたから」


 ランベールの言葉に、令嬢達は胸をなでおろした。

 確かに、このロッカーはリディアーヌ達一年生の教室がある二階にある。先程の授業を彼女達がサボっていないのなら、泥でロッカーを汚すことは難しいだろう。


 せめて、昨日の嫌がらせを殿下に伝える? でも、証拠がないわ。


 ランベールが誰の味方なのかはっきりとしない今、果たして彼への告げ口は有効なのだろうか。


「状況はなんとなく分かった。リディアーヌには、新しいロッカーを用意しよう。なにか汚れた物があれば、それも私の方で用意する」

「……ありがとうございます」

「……それから」


 ランベールは令嬢三人組に視線を向けると、ドン引きしたくなるほど爽やかな笑顔で言葉を続けた。


「ニコレットと仲のいい君達が、リディアーヌをよく思わないのは分かる。でも私は、学園のみんなには仲良くしてほしいんだ。難しいかな?」

「で、殿下……」

「それに優しいニコレットも、同じことを思うんじゃないのかい?」


 優しい!? あの女はカスです!


 そう叫びたくなったが、ランベールとニコレットの関係が分からないため、彼女を下げるような発言はできない。


 もしかして殿下、ニコカスとグルだったりするのかしら?


 チャイムが鳴ると、ランベールは三人を連れて二年生の教室へ戻っていった。一人残されたリディアーヌは、泥まみれのロッカーに再び手を伸ばす。

 そして、ロッカーの奥に刻まれた文字をなんとか解読した。


『放課後 ラピーヌ亭にて待つ』

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