第9話 相棒との帰り道
大きな改変を2つしてることに気付き改変による記憶が使い物になるか不安になっていた彼、岩地秋は全ての授業を終えて帰る準備を席でしていた。
「おう! 岩地!」
背後からしたまるで不安を掻き消さんばかりの声で驚いた様子の秋は素早く振り向いた。
目の前には相棒である、上野豊生の姿があった。
(おかしいな)
「お前、今日部活は?」
「だるいからサボりみたいな感じや」
「珍しいこともあるもんだな」
「そらあね」
(なんか変だな)
少し豊生の様子がおかしいと直感で秋は感じていた。
「お前、なんかあった?」
1周目の時、彼は豊生とかなり仲良くしていた。
ただ、どのタイミングで相棒として呼び合うような関係値になっていったのかの軌跡が全く記憶に無かった。
もしかしたら何となくなのかもしれないと秋は考えていたが、このタイミングに塗り替えてしまえばいいと考えた。
理由は、これから豊生のことを1周目の時みたいな扱いをしやすくなると思ったからだ。
そして相棒として呼び合うようになれば秋にとって相談のしやすさが変わってくる。
特に片重いの相手である、侑里香の話題のしやすさはただの豊生と相棒としての豊生では段違いだ。
「いやあ、分かるか?」
「まあ、さすがにね」
「そんなに分かりやすいか……」
「顔に出てるんだよな。んで、何があった?」
「野球部、辞めようかなって悩んでてな」
豊生は1周目の時でも同じ悩みを持っていたのを思い出したが、こんなに早いタイミングでは無かったはずだ。
今は修学旅行が終わってから1ヶ月も経ってない。
実際に豊生は野球部を辞めるがそれは夏休みが終わってからの出来事で、悩み始めるのもその辺の記憶だった。
だから、こんなにも早くから悩んでいたことに気付いた秋は1周目の時、彼は本当に気が使えていなかったんだなと感じた。
「そうなのか。まあ、とりあえず帰るか」
「おう、帰ろう」
2人は一緒の帰り道だったが豊生は野球部に入っていて、秋は帰宅部に入っていたから一緒に登校をしたことはあっても下校することは無かった。
2人は天翔高校を後にして指谷駅に足を運び始めた。
そして話の続きを聞こうと秋から質問を投げかけた。
「んで、どうして辞めようとしてんの?」
「なんかさ黒豆がだるいんだよね」
「え? 黒豆って中学野球部の監督でしょ?」
「いや、今年から高校野球部の監督になったんだよ」
「そうなのかあ。黒豆のどこが嫌なの?」
「なんかさしつこくね?」
「まあ、気持ちは分かるけどね。他は?」
「他で言うと、勉強が思ったよりしんどくて続けてたら支障出そうだなって」
「なぁるほどね。他はもう無い?」
「今んとこはそれかな」
「したら、もちろんお前の自由だけど辞める必要ないと思うよ」
1周目の時、彼はこんなことを言えなかっただろうしなんなら背中を押してしまった側だ。
もちろん本心で辞めたければ辞めるべきと秋も思っているが、さすがに彼はここまでの言葉をかけることは無かっただろう。
当たり前だ。
部活をしているのかしていないのかで人生の分岐が行われる。
だからこそ辞めたい理由も分からなくも無かったが秋は知っていた。
豊生が野球に対しての想いが強くあってそれを無くしてしまうことによって、襲ってくる虚無感。
それはただの憎悪に過ぎない様に秋は感じていた。
これは憶測に過ぎないが野球部に一瞬入ってしまいコミュニティ形成に成功してしまっている豊生が野球はやりたかったい。
でも、そんなに大した理由にならないことで野球を辞めてしまうことによって周りには野球部の友達が居る。
そこで1人だけ野球をしていないという状況の豊生自身にかなり難しい物があったのだろう。
それになによりも豊生には好きな人がいた記憶があった。
しかも、実らない物だったのを記憶にあったからこそ豊生の恋愛事情も改変してやりたいと思い、秋は文武両道の豊生を好きな人に魅せることが大事だろうと思っての発言だった。
豊生は驚いた表情を浮かべていた。
「なんか、大人だなっ!」
(こちとらアラサーだわくそっ)
「それは良い意味か?」
「ま、まあ良い意味だよ」
「ダウト! ほんと顔に出るよなお前」
不思議そうな様子でと豊生は聞き返してきた。
「ん? ダウトって何?」
(まずい……)
ダウトという言葉は校内での流行りに全く無かった。
「だ、ダウトは嘘みたいなね。そんな感じの意味」
「そうなんだ。知らなかった」
(こいつがアホでたすかった……)
「もはや俺が作ったまであるな」
咄嗟に思い付いたボケに逃げるように会話の話題を逸らした。
「きもいわ」
「きもくはないだろ」
指谷駅まで徒歩10分程の道のり。
話が盛り上がりすぎて溶けるような感覚だった。
そんな時間の流れに気付いたら不安だったことを忘れさせられていた。
実家の距離感が近めの2人は最寄り駅は違えど隣駅で、同じ路線だからこそ長い時間を過ごせた。
電車に乗り込んだ2人は、先程までの盛り上がりとは一変黙り込むように静かにしていた。
そして、乗り換え駅である長治駅に着いた瞬間に溜め込んでいたかのようにまた話を秋から始めた。
「そういえばさ、俺らって恋バナしてなくね?」
唐突な話の展開だったがここしかないと秋は踏み込んだ。
豊生は戸惑いながらも返事をした。
「ま、まあ。言われてみればしてなかったな」
「ちょっとしようぜ! ちょっと!」
「なんだよちょっとて」
「まあまあ! 豊生は好きな女子、いんの?」
「いないね。岩地こそいんのかよ」
「俺は、いるよ」
「……っ! まじか!」
驚いたと顔に書いてあるくらい分かりやすい表情で思わず秋は、吹き出しながら喋った。
「ほんっと、お前、おもろいな、そういう所は」
「は! ってなんだよ! てか意外だわ」
「そうか? 普通にいるだろ」
「普通にいるかあ。じゃあ正直に言うと好きな女子では無いけど気になる人ならいる」
(きたきた)
居ないと言ってきた時はどうするかと思っていたけど、おそらく信用が薄いから先に言わせたかったんだろう。
ここである種の豊生にある潜在的な弱味になる部分を握ろうと考えながら返した。
「ほらな。やっぱり」
「黙れっ」
これは豊生の口癖で照れ隠しの表れだ。
「はいはい。んで、誰なんその女子」
「同じクラスの水野さん」
そう。これこそ秋が引き出したかった人物。
豊生が将来的に気になる人から好きになる人への昇格を得て奇しくも散る恋の人物、水野惑菜だ。
「水野惑菜さんか。お前じゃ釣り合わないだろ。クラスの中じゃ圧倒的だし」
一旦、豊生を下げる様な発言をして焚き付けてみることにした。
「そんなこと関係ないやんっ! 釣り合う釣り合わないとかじゃなくて心だから」
「だって、お前鼻でかいんだもん」
「黙れっ。関係ないしな」
「まあ、それはそうかもね」
「てか、岩地は誰なんだよ好きな人」
「俺は侑さん」
「あの人なあ……」
「なんだよっ。その含みのある言い方」
「いやなんかそこねって感じ」
「まあ、お前の場合は高嶺の花だしな。でも俺にとっての侑さんは高嶺の花どころじゃない」
「きもいて」
「きもくないだろ!」
気付いたら、2人は乗り換え駅である長治駅で話し込み過ぎて3本の電車を見送っているところだった。
秋のスマホに通知が来た。
岩地母からだった。
内容を見て、溜息をついていた。
「はぁ……」
「また溜息かよ。どうした?」
「母親から位置情報が止まってるってきた。しかも連絡するの忘れてたからそれもや」
「まじか、とりあえず次の電車乗るか」
「おう。乗ろう」
2人は電車に乗り込むとまた黙り込み、豊生の最寄り駅が先に来るためそこで降りていった。
「じゃあな、岩地。ありがとう」
「おう! また明日!」




