↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
87/91

行ったことのない街。赤い壁と砂漠。アボカドスムージー。

*

「あんな壁際に追い詰めるようなことしなくたってさあ……。無視なんてしたことないのに。人間はしずかに話し合いをするべきだ……」


 その後、ずっとソルシエールは赤ずきんの半歩後ろを歩きながら、ぐちぐち言い続けてた。


「なに?」

「なんでもないですう」


 赤ずきんがソルシエールの方を向くと、その口はピタッと閉じた。

 ところが、一緒に歩いているうちに機嫌も直ってきたらしい。

 ぴたりと一つの絵画の前で、立ち止まる。


「ねえ、ここ行きたい! 赤ずきん、ここ行こう!」


 後ろを振り返った赤ずきんに、ソルシエールは興奮して一つの風景画を指差した。赤ずきんも来た道を少し戻り、隣に並んで絵を眺める。

 すべてが赤で構成された街の絵だ。

 なににそんなに惹かれたのだろう。


「街が赤い! すごい!」

「……そうだね」


 たぶん、さっきまでの不機嫌を忘れている。

 二人はその絵に潜り込んだ。






 空気が砂っぽい。

 足元の違和感に目をやる。

 乾いた土がむき出しの道。

 二人はどこか異国の、街中にいた。

 赤壁の街並み。とんがり帽子。ミントティーの茶器のぶつかる音。

 とにかく人通りが多くて、賑やかだ。人々の声はやたら大きく、あちこちから子供の喧騒が聞こえる。


「随分、この街が好きな人が描いたものだと見た」


 キョロキョロと辺りを見回して、ソルシエールが笑う。


「大陸向こうの国だね。あ、あっちにスークがある」


 少し先の、窄まった路地の両脇に小さな店が連なり、土産物や香辛料、甘味を売っている。天井の木製の格子が日差しを遮って、地面に幾何学模様の影を作っていた。


「市場?」

「そうだね」


 二人はそちらに歩みを進める。

 肉屋には牛の体躯がまるごと吊るされて、蝿が周囲を飛んでいた。左右のあちらこちらから客引きの声がする。地べたで職人が木を削ってチェス盤を作っている。

 赤ずきんの知らない大陸、知らない文化だ。


「いつか本物にも行ってみたいな」


 きっとソルシエールは行ったことがあるにちがいない。


「うん、一緒に行こう!」


 ソルシエールがアボカドスムージーの看板に見惚れながら返事をする。


『サラム、アリクゥム!』 


 陽気な声がした。


『おおっ、妹じゃないか! 今日も生きている!』


 まるで舞台上の俳優のようにすっとんきょうな大声を出して、通りの向こうから人混みを掻き分け、くるくるの髪の男が近づいてくる。そのままソルシエールに無遠慮に抱きつくと、その頭にすりすりと頬擦りをした。


「兄さん」


 ソルシエールはされるがままだ。

 その視線が山積みになったザクロと、それを圧搾してジュースにする機械をちらっと見た。


『会えた! うれしい!』

「私も」


 パッとソルシエールから離れると陽気に笑う。


『そう。なにを隠そう、ここにいるのは過去の兄だ!』

「久しぶりだね。何しにきたの?」

『この街は猫がおおいんだ! 至る所にネコネコネコ! ねこちゃあん! ん?』


 そこで初めて赤ずきんの存在が視界に入ったようで、赤ずきんとソルシエールを見比べる。


「見ちゃだめ」


 ソルシエールがすばやく二人の間に入り込むが、お構いなしだ。

 そもそも遮蔽物として小さすぎて、赤ずきんは全然隠れていない。

 男は、赤ずきんをじっと見つめていたかと思えば、


『向いてない! お前にその適性はないぞ』


 今度はソルシエールを指差す。


「え、なにがですか?」


 赤ずきんが尋ねる。

 男は顎に手をあてると、ふんふんと頷いた。


『煽るものがコンダクターになろうだなんて夢のまた夢だね!』

「うるさいよ」


 ソルシエールが手を振ると、その姿がパッと消える。

 しかし、声だけは時差があるのか、少し遅れて消えた。なにやら文句を言っていた。


「……師匠、今のは?」


 呆然と赤ずきんが尋ねる。

 変な人だった。


「ハンス。兄さん」


 白雪と会話をしていて出てきた名前だ。

 たしかに二人とも黒い髪だ。でも背丈がぜんぜんちがう。

 なにより、エネルギー量がちがう。


「本当に兄妹いたんだ……」

「うん。今の変な人。動物が好き。あと人の脚が好き」

「脚?」

「うん、脚」

「……そう」


 変な人だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。