行ったことのない街。赤い壁と砂漠。アボカドスムージー。
*
「あんな壁際に追い詰めるようなことしなくたってさあ……。無視なんてしたことないのに。人間はしずかに話し合いをするべきだ……」
その後、ずっとソルシエールは赤ずきんの半歩後ろを歩きながら、ぐちぐち言い続けてた。
「なに?」
「なんでもないですう」
赤ずきんがソルシエールの方を向くと、その口はピタッと閉じた。
ところが、一緒に歩いているうちに機嫌も直ってきたらしい。
ぴたりと一つの絵画の前で、立ち止まる。
「ねえ、ここ行きたい! 赤ずきん、ここ行こう!」
後ろを振り返った赤ずきんに、ソルシエールは興奮して一つの風景画を指差した。赤ずきんも来た道を少し戻り、隣に並んで絵を眺める。
すべてが赤で構成された街の絵だ。
なににそんなに惹かれたのだろう。
「街が赤い! すごい!」
「……そうだね」
たぶん、さっきまでの不機嫌を忘れている。
二人はその絵に潜り込んだ。
空気が砂っぽい。
足元の違和感に目をやる。
乾いた土がむき出しの道。
二人はどこか異国の、街中にいた。
赤壁の街並み。とんがり帽子。ミントティーの茶器のぶつかる音。
とにかく人通りが多くて、賑やかだ。人々の声はやたら大きく、あちこちから子供の喧騒が聞こえる。
「随分、この街が好きな人が描いたものだと見た」
キョロキョロと辺りを見回して、ソルシエールが笑う。
「大陸向こうの国だね。あ、あっちにスークがある」
少し先の、窄まった路地の両脇に小さな店が連なり、土産物や香辛料、甘味を売っている。天井の木製の格子が日差しを遮って、地面に幾何学模様の影を作っていた。
「市場?」
「そうだね」
二人はそちらに歩みを進める。
肉屋には牛の体躯がまるごと吊るされて、蝿が周囲を飛んでいた。左右のあちらこちらから客引きの声がする。地べたで職人が木を削ってチェス盤を作っている。
赤ずきんの知らない大陸、知らない文化だ。
「いつか本物にも行ってみたいな」
きっとソルシエールは行ったことがあるにちがいない。
「うん、一緒に行こう!」
ソルシエールがアボカドスムージーの看板に見惚れながら返事をする。
『サラム、アリクゥム!』
陽気な声がした。
『おおっ、妹じゃないか! 今日も生きている!』
まるで舞台上の俳優のようにすっとんきょうな大声を出して、通りの向こうから人混みを掻き分け、くるくるの髪の男が近づいてくる。そのままソルシエールに無遠慮に抱きつくと、その頭にすりすりと頬擦りをした。
「兄さん」
ソルシエールはされるがままだ。
その視線が山積みになったザクロと、それを圧搾してジュースにする機械をちらっと見た。
『会えた! うれしい!』
「私も」
パッとソルシエールから離れると陽気に笑う。
『そう。なにを隠そう、ここにいるのは過去の兄だ!』
「久しぶりだね。何しにきたの?」
『この街は猫がおおいんだ! 至る所にネコネコネコ! ねこちゃあん! ん?』
そこで初めて赤ずきんの存在が視界に入ったようで、赤ずきんとソルシエールを見比べる。
「見ちゃだめ」
ソルシエールがすばやく二人の間に入り込むが、お構いなしだ。
そもそも遮蔽物として小さすぎて、赤ずきんは全然隠れていない。
男は、赤ずきんをじっと見つめていたかと思えば、
『向いてない! お前にその適性はないぞ』
今度はソルシエールを指差す。
「え、なにがですか?」
赤ずきんが尋ねる。
男は顎に手をあてると、ふんふんと頷いた。
『煽るものがコンダクターになろうだなんて夢のまた夢だね!』
「うるさいよ」
ソルシエールが手を振ると、その姿がパッと消える。
しかし、声だけは時差があるのか、少し遅れて消えた。なにやら文句を言っていた。
「……師匠、今のは?」
呆然と赤ずきんが尋ねる。
変な人だった。
「ハンス。兄さん」
白雪と会話をしていて出てきた名前だ。
たしかに二人とも黒い髪だ。でも背丈がぜんぜんちがう。
なにより、エネルギー量がちがう。
「本当に兄妹いたんだ……」
「うん。今の変な人。動物が好き。あと人の脚が好き」
「脚?」
「うん、脚」
「……そう」
変な人だ。




