親への手紙。
*
『殺人で捕まったんだって?』
ソルシエールは尋ねる。
男はギャングというには貧相だった。
椅子に座ったその大きな背は丸まっている。頬はこけ、目は虚ろで、なぜ自分がこんなところにいるのかいまいち分かっていないような顔をしていた。薬物中毒者みたいに見える。
『クスリやってる?』
『ああ?』
男は動物めいた威嚇の声をあげるが、二重の鉄格子の向こうだ。怖くない。
座ると頭の位置に格子の横木が来るので、ソルシエールは立ったまま、会話していた。
『暴行の前科に、殺人。しかも確定で行った三件以外のすべての罪も着せられようとしている。絞首台に昇る日も、そう遠くないにちがいない』
『突然現れたと思ったら、なんだお前』
席を立とうとする男を、ソルシエールは手振りで落ち着かせた。
『その突然現れた不審者に、どうして会おうと思ったの』
『……』
『ああ』
ソルシエールは納得した。
この男には他の面会記録がない。
『申し訳ないけど。私はあなたが期待しているような人間じゃない。でも他の提案はある』
男が舌打ちをする。
『どんな』
『連続殺人を起こしているやつを探してるんだ』
男は唇を皮肉げに持ち上げた。溶けたふぞろいの歯が剥き出しになる。
ソルシエールはなんだか、この前見た野犬を思い出した。とても飢えている。
『俺だよ』
『うそつき』
『じゃあ、だれだってんだよ』
男の目が挑むようにソルシエールを睨みつける。ソルシエールは肩をすくめた。
『知らないよ。でもあなたはなにか、知っている』
『どうして分かる』
『あなたって、あんまり女性や子供を狙うタイプに見えないんだ。喧嘩をふっかけるのも、暴行や恐喝の相手も、これまでは男ばかりだったって聞いた。普段だって女性との付き合いはほとんどない。なのに、今回だけ身体を売っていた女性が三人。なんだか変だよ。弱いやつを倒しても、なんの意味もないでしょう。利益もないしね』
『俺ならやりかねないぞ』
『だれかにそう、言われたの?』
『おれはそういうやつなんだ』
『そうかな』
ソルシエールは格子にもたれかかる。
『だって、そんな簡単な獲物仕留めてたのしい? だれかに唆されたんじゃないの?』
『唆された? この俺が?』
『そう。もしかしたらその人は、あなたが警戒しにくい見た目なのかもしれない。腕力に自信がないやつほど、口がよく回る』
嘲笑いを浮かべる。
『おまえみたいなやつか』
『もしかしたら、そうかもね。心あたりはない? 怪しくないからこそ、怪しいやつ。人を殺す前に会った人』
男はつかのま弛緩すると、ぼそりと言った。
『……あいつか』
『だれ?』
『なんか変なやつだったんだよ。飼われたヒモみたいに上品な身なりでさ』
『警察にはその人のこと話した?』
『ああ。でも俺の話は何も信じやしない。罪を逃れようとしてるんだろうって』
『ああ。きっと、捜査がめんどうだから閉じようとしているんだ』
男の頭はそこで初めて複雑な処理をしたらしい。憤慨した。
『事件はまだ続いているんだぞ!』
『私に向かって叫ばないでよ』
ソルシエールは顔をしかめて、耳を押さえる。そして、むっとした顔のまま言った。
『この国は命が軽いから、どっちみち死刑だろうけど。このままだとあなた、全ての罪を着ることになる。いいの?』
男はそこで虚勢を張り直すことにしたらしい。
ソルシエールの態度に触発されている。
『三人なんてしょぼい数じゃなくて、三十人超えのが箔がつくね』
これが彼の現実に対抗する手段なのだろう。
『本当はやっていないのに?』
しかし、現実の強大さに男の世界は勝てない。
ソルシエールが今引導を渡さなくても、いずれこの男は敗北する。
案の定、男はすぐに失速した。
『……どうかな』
『だって、あなたが死刑になるのを知っていて、ギャングの人たち、あなたを売ったんだよ。仲間なのに』
『……』
『それに、本当に殺人を犯している連中も、あなたのことなんて忘れて高笑いしているだろうね』
『……』
瞳が忙しなく左右に揺れる。
ソルシエールの目的は彼を追い込むことじゃない。
辱めることでもない。
『あなたの損なわれた尊厳をせめて死ぬ前に回復することで、一泡吹かせてやりたくない? 本当の殺人犯を突き止めよう』
『……警察の奴らは信用ならない』
ぽつりと呟いた。
『べつに警察に言わなくてもいい。言った方がいいとは思うけど。私は、あなたの言うことを信じるよ』
『お前なら、信じるってのかよ』
『私は、警察じゃない』
『分かった。あんた、なにをくれる』
ソルシエールは笑った。
『いいね、欲深い。あなたが提供する情報に見合うと思う願いを言うといい。それが釣り合うものなら、叶えよう』
ソルシエールの提案に、男はソルシエールをまじまじと見つめ、顔を顰めた。
『なに言ってんだ、お前。変なやつだな』
男は呆れたように首を振り、ソルシエールに話し始める。
『あの男、何人かの名前を言っていた。そいつらが、なにかするらしい。そうだ、あいつ……、どうせ、俺が言うことなんて信じられないだろうって。辿り着くものならくればいいって。バカにしてる……なんで今まで気が付かなかったんだろう』
話すにつれ、認識が書きかわったらしい。目を見開いている。
ソルシエールは先ほどの男の態度に憮然としていたが、それでも指を弾いた。
途端に、青々とした原っぱの匂いが広がる。
男が目を瞬く。
『ああ、そうだ。それに、モランになにかさせるって』
『モラン?』
『ムショで有名な男だった。自分の女が浮気したと勘違いして、見せしめのために女の両親を殺したって。そいつが今度、満期で出所するんだ』
『へえ。ねえ、その怪しい人、七つ目の生き物と一緒だった?』
『なんだそれ。化け物じゃねえか』
『そう。あなたの殺害現場の近くでも目撃されている』
『そんなものは知らねえ』
『……どうやら、本当に恥ずかしがりやらしいね』
それ以上、男は情報を持っていなかった。
ソルシエールが顎に手を当てて考える。
『俺は、死ぬのか』
男の呟きをソルシエールの耳は拾った。
ソルシエールは男を見つめる。
『……遅かれ早かれ、我々が辿り着く道は一つしかない。ちがいは早いか、遅いかだけ』
『死にたくない』
その目に隠しようもない恐怖が浮かぶ。
『……きっとあなたに殺された女性たちもそう思っただろうね。ねえ、待っていてよ』
『え?』
ソルシエールは軽く笑いかける。
ソルシエールは、どうして男がそこまでの感情を曝け出してしまったのか、分かりたくない。分かってしまえば、今度取り込まれるのはソルシエールだ。
『いずれ、残された人間もそこに行く。あなたは一人じゃない』
男はこくこくと頷いた。
最後に男が言う。
『……なあ、手紙を送っているのに、届いてないんだ』
ソルシエールは一瞬、斜め上を見上げる。
『……中身、確認してもいい?』
『ああ。親父に届けて欲しいんだ。親不孝者でごめんって』
男に向かって、ソルシエールは頷いた。
『しょうがないなあ。渡された情報の対価にしてあげる。ただし、変なこと書いたら破り捨てるからね、プロヴァージ』




