↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
83/91

森の中。鹿と目が合う瞬間

*

 あそこのご飯には、なにか混ぜ物がされていた。

 そのせいか、プエルの体は言うことを聞かなかった。




『プエル、てめえ。またマットレスにおねしょしたね! 十にもなって、その歳でなんてザマだい。今日のご飯は抜きだよ!』

『ごめんなさい』


 廊下で管理人が箒を振り上げる。プエルは思わず体を縮めた。

 バシっという鈍い乾いた音がした。

 折檻を受けている最中、ずっと気になっていたのは、部屋にいるソルシエールにそれを聞かれたかどうかだった。薄い壁だから、ほんのわずかな悲鳴でも漏れたらきっと聞こえてしまう。

 歯を食いしばって息をころす。

 しばらくして管理人が引き上げると、プエルも自分も部屋に戻る。

 ちらりとソルシエールを見ると、 簡素な作りの二段ベッドの上段で、粗悪な作りの雑誌を読んでいた。

 プエルは痛む体を堪えて向いのベッドの上段に登り、足を抱えてうずくまっていたが、しばらくして顔を持ち上げると、おずおずとソルシエールに聞く。


『聞いちゃった?』

『何のこと?』


 聞いていなかったのかもしれない。

 雑誌から目を離さない。


『ううん。なんでもない』


 その目は潤んでいたが、涙を落とさないように懸命に歯を食いしばる。

 静かな室内に、ソルシエールが紙を捲る音だけが聞こえる。

 やがて彼女は顔をあげると、赤ずきんに手招きをした。


『おいで。おもしろいものを見せてあげる』


 昔、プエルをいたぶった人たちも同じことを言っていた。

 それでもプエルは向こうのベッドへ飛び越えると、ソルシエールの隣に膝を抱えて腰を下ろす。


『……見て』


 ソルシエールは人差し指をぴんと立てると、ふっと息を吹きかけた。


『私の魔法。見せてあげる』


 薄暗い部屋の中。

 指先に動物の影が浮かび上がる。

 馬や、ウサギ、鷹。

 飼い慣らされていない、自然のままの動物たちが、どこかに駆けて行かずにはいられないと、全身の筋肉を駆使し、まるで風のように駆け、空を舞っている。

 ほんの一瞬のうちに現れ、またたくまに消えていったそれは、それでも少年の心を惹きつけるのに十分だった。先ほどまで泣きそうになっていたことも忘れて、プエルは目を輝かせた。


『すごい、魔法みたいだ』

『魔法だからね』

『マジシャンなの?』

『魔法使いだよ』


 思わずプエルは尋ねる。


『これ、僕にだけ?』

『そう。今の魔法は、君のため』

『うれしい』


 プエルは心の底から笑うと、ソルシエールの腕をつかもうと手を伸ばした。しかし、その手はとまどい、プエルの方に戻される。


『なあに?』

『ううん、ごめん。間違えた』

『そう』


 ソルシエールはポケットを弄ると、ちり紙を渡す。


『……鼻水出てるよ』

『あ。ほんとだ』





 溢れてくる記憶。

 抽象画の前。

 これは、最近流行りのスタイル。街で聞いた。

 なんて名前だっけ。おばあちゃんが最近の絵は派手だねえ、って笑ってた。


「どうしたの?」


 赤ずきんは思わず力のまま、隣にいるソルシエールの腕を握りしめていた。

 ソルシエールは痛いだろうに、なにも言わない。


「そばにいるよ。大丈夫」


 だいじょうぶ、ではない。

 さっきから、変だ。

 記憶が溢れる。

 こういうことの原因は大体ソルシエールだ。

 それなのに、なんで隣にいられるだけで、こんなにも心強いのだろう。

 生理的な涙が一筋、頬を伝う。

 袖で乱暴に拭う。


「次に、行こうか?」


 淡く、微笑んでいる。

 そんな笑い方、似合わない。

 でも、赤ずきんは、拒むことができない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。