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透明な水。太陽。水遊び。焚き火。

『君はね、これから学校に通う。行くに当たって知っておかなきゃいけない事がある。そう、遊びだ!』


 最初にここに赤ずきんを連れてきたのは、ソルシエールだった。

 穏やかな初夏の太陽の光を反射して、魔女の家とそう離れていない距離にある湖は煌めく。

 八年くらい前だっただろうか、環境を変えて祖母と住み始めたばかりの十一歳の赤ずきんには知らないことが多かった。

 学校の存在は知っていても通ったことはなかったし、なぜ学校に通うのに遊びをしなくてはいけないのかも分からなかった。単純に学びに行くところだと思っていた。実際、そういう場所だと思う。

 でも、ソルシエールは赤ずきんが学校に通い始めるまで、時間を割き、手遊びや手作りのボードゲーム、意味の分からない仮装をしたり、いろんな場所に赤ずきんを連れ回した。山歩きも海遊びも、キャンプもした。


 後々聞いたところによると、どうもソルシエールが幼少期に散々していたことのようだった。よくあることだが、赤ずきんよりもソルシエールの方が楽しんでいた気もする。彼女は怠惰な時と乗り気な時の落差がはげしい。


 中でもよく来たのが、この湖だった。どこか他と水脈が繋がっているのか、見惚れるほど透明な水は緩かに動き続けていて、水中にはおたまじゃくしや小魚が泳いでいる。泳いだ後は湖畔でよく小さな焚き火をして、肉を焼いたりした。

 村の子供たちの何人かとはここで知り合って、学校に通い始めるより先に友達もできた。





 ケノンははしゃぎ回って下着姿で水遊びをし、暖かい日の下で大きな岩に寝そべり、のんびり昼寝をした。

 日が暮れはじめる少し前、ぱちっと目を覚ますと、楽しそうに笑う。


「赤ずきん、楽しかった!」

「ふふ、そうだね」


 赤ずきんが笑い返す。

 ごろごろと寝転んだままの、乾燥でパリパリの一塊になったケノンの髪の毛をときほぐしてやる。大人しく受け入れた後、あぐらをかいた赤ずきんの膝の上にケノンはぽすんと頭を乗せる。

 じっと赤ずきんの顔を見つめた。


「この湖、あたしを連れてきてよかったの?」


 子供らしい大きな目が、ゆっくりと瞬きをする。


「いいんだよ。村の人なら誰でも来れる場所だし、水も綺麗だ」


 赤ずきんが答える。


「だってこの特別なばしょでしょ?」

「特別?」

「赤ずきんにとって」

「え?」


 そんな話はしていない。

 大きな目が、じっと赤ずきんを観察するように見つめている。

 赤ずきんはここで初めて、この子供が何か変な事に気がついた。

 この子供のまとう雰囲気の異質さはなんだろう。

 子供のようで子供じゃないみたいな、

 まるで、

 まるで、なんだろう?

 ケノンはとん、と重力を感じさせない軽やかさで立ち上がると、体に大きなタオルを巻きつけ、赤ずきんに笑いかけた。


「ねえ、赤ずきん。師匠が欲しい?」

「……師匠は、だれのものでもないよ」


 赤ずきんは困惑する。

 最近にも、こんな会話をした。

 どうして彼女の周りには、こんな人がたくさん寄ってくるのだろう。


「自分のものにする方法教えてあげようか?」

「……ケノンは随分むずかしいことを考えているんだね。師匠を自分のものにするためにここに来たの?」

「ちがう! 紹介されたから来た! 面白いものがあるって」

「おもしろいもの?」

「うん! でも師匠と赤ずきんもおもしろい!」

「ええと、……」


 子供相手になにを言えばいいのか迷う赤ずきんに、ケノンはあっけらかんと言った。


「欲しいんでしょう? 壊しちゃえばいいの」

「壊す?」


 すう、とその瞳に妖しげな光が宿る。


「そう! だって、師匠は弟子を守るわ。でも、守る対象でいる間は、いつまでたっても自分のものにならない。師匠は同じ行動を返される心構えがさらさらないもの。対等にならないのは、あんたのせいじゃないわ。師匠のせいよ。なら逆に、赤ずきんの方が師匠を守らなければいけない状況にすればいいのよ。そうしたら壊して、閉じ込めて、自分のものだけにしちゃえばいいわ」


 赤ずきんは、舌足らずにペラペラとよく喋る口をぽかんと見つめる。


「へ?」


 ケノンは誇らしげに胸を張った。


「頭いいでしょ!」

「じ、邪悪」


 それ以外に言う事があるだろうか。

 あっけに取られる赤ずきんにケノンはぐいぐい詰め寄る。


「そうよ、好きでしょう? こういうの!」

「弟子なんじゃなかったの?」

「弟子よ。でも、赤ずきんのことも嫌いじゃないから、手助けをしてもいいと思ってるわ。それとも、ねえ、」


 滔々と喋るケノンの背後から近寄る影、


「コラ」


 短い叱責。

 バスケットを抱えたソルシエールがケノンの頭を撫で回す。


「随分ぶっそうな話をしていたな」

「師匠!」


 ケノンがソルシエールの腰にだきつく。


「機嫌直してくれた?」


 ソルシエールがケノンの肩を優しくぽんぽんと叩いた。


「さっきは大人気ない態度をとってごめんね。そして、赤ずきんを唆すのはやめてくれないかな。余計なことをしないように言ったはずだよ。次やったらこっぴどく叱る、とても怖く」

「ほんとう?! あたし、叱られるのって初めて! うれしい」

「はいはい」

「ねえ、師匠。いつになったら使い魔をくれる? 使い魔が欲しい!」

「べつにいらないでしょ」

「そんな! 魔法使いって言えば使い魔でしょ! 赤ずきんでもいい!」

「だめ。その辺の猫でも捕まえてきたら? 君のそのめちゃくちゃな情緒の教育に一役買ってくれるだろうさ。あ、他人の家の猫を持ってくるなよ」

「しないわ、そんなこと!」

「どうかなあ」


 遠い目をして笑うソルシエールが、バスケットを地面に置くと、蓋を開け、中にあった包みをケノンに差し出した。


「なあに?」


 無邪気に包みを興味津々に開けるケノンにソルシエールが微笑む。


「たくさん遊んだら、お腹が空いたでしょう。サンドイッチを作ってきたよ。食べるといい」

「え、あたし、フライドポテトが良かった!」


 さらっと自分の欲望を曝け出したケノンに、ソルシエールは予想外だったのか一瞬目を丸くすると、弾けたように腹を抱えて笑い出した。


「は、ははは」

「なんで笑うの?」


 不満げなケノンに、ソルシエールは目尻の涙を拭う仕草さえする。


「いや。いいと思うよ。贅沢ものめ。いっぱい食べるといい」

「だからフライドポテトがいいんだってば」


 それから、ケノンがなんだかんだ言いつつ空腹に耐えかねてサンドイッチを齧りだしても、ソルシエールはしばらく横で笑っていたのだった。



 


 その日の夜。

 赤ずきんとその祖母、メジーの住む家は村の外れにある。黄土の漆喰の壁にコロンバージュ。この地方でよくあるタイプの家だ。実際、隣の家も、そのまた隣も同じような作りをしている。

 メジーはかわいらしいものが好きで、窓辺のプランターには花が飾ってある。この季節になると毎年赤い花が咲く。


「雨戸閉めないと、おばあちゃんに怒られちゃうなあ……」


 自室で寝転がりながら、窓の外にある花を見て、赤ずきんは思い出す。

 去年、訪ねた城にも赤い花が咲き乱れていた。人の消えた城。あの城で見つけてもらえた彼女はきっと幸運だったにちがいない。

 幸せになりたかった彼女をピエールは見放さなかった。

 赤ずきんがソルシエールにそうしてもらえたように。



 ソルシエールが赤ずきんにしてきた旅行の提案。

 きっと楽しいものになるだろう。ソルシエールのとっておき。それはきっととんでもなく奇天烈で強烈なものだろう。

 でも、不安が拭えない。

 ケノンはあの後、ソルシエールの目を盗んで赤ずきんの耳元に囁きかけた。


『ねえ、赤ずきん。玉手箱の中身、知りたくない?』

『え?』


 そのどこか異国情緒ある響きは最近聞いたばかりだった。


『師匠の宝物なんだって。だれにも見せないの。あたし、すごく興味あるわ!』


 ケノンがいたずらっぽく唆す。


『師匠はね、きっと赤ずきんになら見せてくれると思うの。頼んでみてよ!』


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