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ローマン -Between Contracts-  作者: ヤス


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9/16

chap.8 殺し屋たちの飲み会

アヤからの厳しい折檻を終えたローマンはアヤと共に客席に戻ると、そこには久慈良が少女を連れて席に座っていた。


「アヤさん、お疲れ様です!」


「久慈良」


「久慈良さん、蒼(あおい)ちゃん、今日もいつものでよかったですか?」


桜は、見慣れた客に対するような自然な口調で注文を確認する。


「そうだね、桜ちゃん。いつものお願いね」


ヤクザであり殺し屋でもあるとは思えないほど穏やかな口調で、久慈良は静かに答えた。


「やあ、ローマン!」


「久慈良。その娘は?」


「ああ、この子はウチの“鮫島盈(社長)”の娘だ。今日は社長が会議で帰れないから、俺が連れてきて一緒に飯を食べてる」


「奥さんはいないのか?」


「いない。病で倒れてからは、社長と俺でこの子の面倒を見てる」


「久慈良。この人は……?」


少女が小さな指でローマンを指す。


「お嬢、彼はローマン。俺が憧れる人間だ」


「私、蒼といいます。お兄さんは何してる人なの?」


――こ、答えづらい……


年端もいかない子供の純粋な問いは、そこにいる殺し屋たちにとって非常に難題な質問だった。


「久慈良はね、私の執事さんやってるの!」


純粋にそう答える蒼。


「アー……」


(おい、お前だけズルいだろ!なんで“執事です”で通してんだよ!殺し屋って言えよ! 頼むから!!)


ローマンは久慈良にさりげなく目配せする。


(いや、言えるわけないだろ!第一、父親が何してるかなんて全部言えるわけないでしょ!!)


「蒼ちゃん、彼はね、料理人なんだ!」


アヤが笑顔で、即座に別の設定を上書きする。


「え、料理人なの!?」


(アヤ、ナイス!)


ローマンは心の中で親指を立てた。


「そうなの、ここのランチメニュー全部(コーヒー以外)考えたの、ローマンなの!」


「そうなの!」


「ええ。ランチメニュー全部を考案した彼を、最近また呼び戻したのよね」


アヤは、話を盛大に“補強”しながら笑顔で誤魔化していく。


(なんか、徐々に話盛ってきてないかコイツ……)


「えー! そうなんですか!? ローマンさん!」


蒼だけでなく、料理を運んできた桜まで目を輝かせて食いついた。


(なんでお前も乗ってくるんだよ……)


「さあてメニューも来たし、食事の邪魔しちゃ悪いから、そろそろ厨房に戻るわよ」


桜が料理を運んできたタイミングで、アヤは会話を切り上げた。


――19時。

出入口に“Closed”の札が掛けられ、カフェの灯りが静かに落とされる。


「アヤさん! ローマンさん! お疲れ様でした!」


学校の制服へ着替えた桜は、元気よく挨拶をして店を後にした。


「初日なのに、疲れたな……」


心身の疲労を滲ませるように、ローマンが呟く。


「初日にしちゃ、よく頑張ったほうよ。近くで一杯飲んでかない?」


「いいな、それ」


二人は近くの居酒屋へ足を運ぶ。

暖簾をくぐった瞬間――


「やあ」


そこには、すでに一杯やっている久慈良の姿があった。


「そっちはもう飲んでいいのか?」


「タクシーで帰るし、それに今は蒼のお嬢も学校の宿題をしてる」


「そうか」


日本酒の入ったグラスを軽く合わせ、三人は静かに乾杯した。


「一端の殺し屋が子守とはな……」


ローマンは日本酒を一口飲み込む。


「ローマン。あんたには話すけど、会長……盈(みつる)と、その奥さんの朝里(あさり)とは幼馴染なんだ」


久慈良もまた、酒を軽く口に含む。


「俺たちは昔から仲が良かった。でも、成人を迎えた頃から……俺は朝里を、一人の女性として意識するようになっていた」


グラスの中で揺れる酒を、久慈良は静かに一瞥する。


「だが、朝里は盈に想いを寄せていた。盈の方も同じだった。二人は最初から両想いで、俺に入り込む隙なんてなかった」


久慈良は酒瓶を手に取り、空いたグラスへ静かに酒を注ぐ。


「それに、当時から殺し屋だった俺は……この“汚れた手”で朝里を抱いても、幸せにはできないと悟った。だから身を引いたんだ」


琥珀色の酒が、静かにグラスを満たしていく。


「蒼が生まれてからも、俺たちの親友関係は変わらなかった。側近として、殺し屋として盈の傍に立ちながら……俺は家族ぐるみで蒼を育ててきた」


久慈良は静かに酒を口へ運ぶ。


「そんな時だった。朝里が病に倒れて、この世を去ったのは」


場の空気が少しだけ沈む。


「“強面の部下たちに娘の面倒を任せたら、絶対に泣かれる”ってことでな。今は俺と盈の二人で、朝里の忘れ形見である蒼を育ててる」


「蒼のために、殺し屋を引退しないのか?」


「俺が抜けたら……誰がダチと、その娘を守るんだよ……」


久慈良は静かに酒を煽る。


「守るために、あえて残ってるって訳か……」


「久慈良が殺し屋を辞めないのは、暗殺協会の後ろ盾が大きいってのもあるわ」


隣でアヤが酒を口へ運ぶ。


「身元の保護と保障は、殺し屋本人だけじゃなく、親族や関係者にも適用されるの。もちろん、協会へ正式に申告する必要はあるけどね」


「あの制度は、禁酒法時代に起きた裏社会の“欺瞞戦争”――その再発防止策の一つだったよな」


ローマンは軽く酒を口に含む。


「ええ」


「ローマン。たしか、お前……殺し屋を切り捨てるって噂の出てた組織に嵌められたんだろ?」


久慈良がローマンへ視線を向ける。


「ああ。暗殺協会がご丁寧に手出しできないよう、裏で警察にも根回ししてな」


「アヤさん、提案なんだけど……ローマンを極籠会所属名義にできないかな?」


久慈良が静かに口を開く。


「まあ、私の方で手続きすれば不可能じゃないけど……」


アヤは酒を片手に眉をひそめる。


「極籠会も、金貨鋳造を担う立場だ。サント=マリオファミリーも、そう簡単には手出しできないはずだ」


「久慈良……お前……」


ローマンが思わず目を見開く。


「俺はアンタに憧れて、この業界に入ったんだ。推しを守るのは当然だろ?」


久慈良は、酔った調子で酒を口に運ぶ。


「助かる……」


ローマンは小さく息を吐いた。




渋谷区――。

夜だというのに、街はネオンで昼のように明るい。人々が絶え間なく行き交い、雑踏が途切れることはない。


その中を、羽振りの良さそうな男が数人の女性を連れて歩いていた。


「今日ももう一軒行こうか!」


「キャア!」


「最高!」


その様子を、寂れたビルの屋上から一人の女が監視していた。

柵の隙間から、真緑の長物――DVL-10を構え、暗視スコープ越しにターゲットを捉える。


「ターゲット確認……」


胸元のピンマイクに静かに報告する。

女は呼吸を整え、ゆっくりと引き金に指をかけた。


息が白く消える。


「いまだ……」


呟きと同時に、人差し指に力を込めた。

一体化したサプレッサーが、7.62×51mm弾の牙を静かに解き放つ。

夜気を切り裂いた弾丸は、歩いていた男の眉間を正確に貫いた。


脳を破壊された男が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「キャアアッ!」


噴き出した血飛沫に、周囲の女たちが悲鳴を上げた。

金属音を響かせてボルトを後ろへ引き、熱い空薬莢を排出する。


「ターゲット、排除。任務完了……」


低く報告すると、女はDVL-10を肩に担ぎ、闇に溶けるようにゆっくりと立ち上がった。


スマホに着信が入る。

画面には「カン・フクヒョン」の名前が表示されていた。


「はい」


『無影(ウーイン)、今仕事か?』


「いや、ちょうど終わったところ」


『協会に行ったら、ちょうど金になる仕事が日本で見つかってな。二人組での案件だ。どうだ、無影』


「金貨何枚?」


『20枚だ』


「へぇ……円安で不況なこの国で、ずいぶん羽振りがいいじゃない」






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